両親の秘密

平行宇宙

第1話

 僕の母は18で僕を生んだ。

 僕は父を知らない。

 と、母は思ってる。

 けど、僕には秘密がある。

 父と約した大切な秘密が・・・


 あれは、もう8年ほど前だったか。

 僕はまだ小学5年生で、それまでは母と2人で暮らしていたんだけど、どうやら母がその両親に見つかったとかで、祖父母とともに暮らすようになってすぐの頃だった。


 僕の母は高校1年の時、行方不明になったのだそうだ。

 同時に行方不明になったのが、当時仲良かったクラスメート5人。

 なんでも下校前にいつもの仲良し5人組でおしゃべりをしていたところ、5人を中心に激しい光があふれ、気づくと5人の姿がなかった、なんていうオカルトじみた話を、当時教室にいたクラスメートや廊下の通行人からの証言、として、噂されたらしい。

 当時の新聞・雑誌やワイドショーなんかでも大いに取り上げられ、現代版神隠し、とか、異世界召喚なんてワードが飛び交ったらしい。

 これは僕があの小5の事件の後、図書館に行って調べたり、近所の人たちの噂を聞いたりした話。


 僕が東京からこの母の生まれた土地に戻って初めての夏休みの時。

 ちなみに母の居場所はともに行方不明になっていたけど、2年後には帰宅できていた親友からバレたのだそうだ。彼女とは親友でずっと連絡を取り合っていたかららしい。


 

当時、僕はこの地に来て1ヶ月ほどしか経ってなくて友達もおらず、また祖父母とも打ち解けていなかったから、ずっと引きこもりの生活だった。まぁ、昼も暇で昼寝とかしてたから気づけたんだと思う。

その日、母が真夜中、そおっと家を抜け出したことに。


 僕は母をこっそりと追った。

 その結果、小高い丘にある小さな公園で、母は高校生ぐらいのお兄さんと抱き合っているのを、僕は見たんだ。

 当時、母は28歳。明らかに年下の少年に抱きつき、涙し、その・・・キスをした。

 僕は物陰に隠れ、固まっていたんだ。


 しばらくして、母は見たことのない悲しそうな笑顔を彼に見せて去って行った。



 「巧、いるんだろ。出ておいで。」

 と、そのとき、高校生ぐらいのお兄さんが声をかけてきたんだ。

 隠れている僕に向かって言っているのはすぐに分かった。だって僕が巧だから。


 僕はゆっくりと立ち上がった。


 彼は優しい顔をして、手招きをする。


 なんだか、懐かしいような、頼もしいような、そんな気持ちか湧いてきて、人見知りの僕が、なんの躊躇もせずに彼に向かった。


 僕が彼の前に立つと、彼は僕の頭をなでた。

 そうして両肩を持つと、少し遠ざけるみたいにして体を引き、まじまじと僕の全身を、明るい笑顔でなめるように見回したんだ。

 それは、普通なら嫌な気分になりそうなもんだけど、そうではなく、そのときの僕はうれしいような、でも照れくさいような、そんな妙な気分になったんだ。


 「うん。いい子だ。ママに大事に育てられているようだな。良かったよ。」

 なんだよ、ママって。

 そんな恥ずかしい呼び方はしない。母は母さんだ。


 「なぁ、巧。俺はケイタって言う。その、なんだ・・・おまえの父さんだ。」

 照れた風に言う。

 父さん?

 高校生のお兄さんにしか見えないこの人が?


 僕は納得いくような気もしたし、でも納得いかない気もした。

 だって、もし父さんならこの人が僕より小さいときに生まれた子、ってことになる。小5の僕だってそんなことはおかしい、って思うんだ。


 「あのな。訳あって俺は年を取らないみたいなんだ。正確にはゆっくりと年はとっている、みたいなんだけど、むちゃくちゃ遅い。おまえのママ、じゃない母さんか?母さんとは幼なじみで、高校も同級生だったんだ。」


 それから僕は父、と名乗るその人と、ずいぶん話をしたんだ。


 彼によると、母と父を含む同級生が5人異世界へと召喚された、のだそうだ。

 魔王を倒してくれ、そうすれば元の世界へ帰れる、そう言われて頑張った。

 父は魔法剣士。母は魔術師。後は軽業師と呼ばれた母とともに帰った女の人。そして盾役の男の人と治癒師の男の人。

 旅の途中で盾役の男の人は亡くなったらしい。

 魔王討伐で無事地球に帰れるということになったのだけど、問題が起こった。

 勇者と呼ばれるようになった父と、聖人と呼ばれるようになった治癒師の人が、老いづらくなったことが分かったんだ。

 二人は治癒の魔法が使えるようになっていた。

 なっていた、というより異常に強い治癒力でほぼに戻せてしまうことが原因で、ほとんど年をとらなくなってしまったのだ。

 すでに女性2人と男性2人では、先輩後輩のような見た目になりつつあった。

 このまま地球に戻ってもこの異常が続くだろう、そう言われ、男2人は残ることになったそうだ。


 母も残ろうとしたけれど、父の説得と軽業師の親友の説得で戻ることにした。

 そして、戻るまでの間に父と母は、子供の頃からの思いをお互いに打ち明け、契ることになったらしい。


 そうして地球に戻った母は僕を産んだ。


 そんな経過もあって、父のことを明かせない母は、人知れず僕を都会で産み育てることにしたらしい。

 たった一人、ともに帰った軽業師の親友とだけ、連絡をとり協力をしてもらって、母は僕を育てたのだとか。

 そして、その親友が自分の結婚を機に、母とその両親を会わせた、ということがあったようだ。そして今に至る。



 父からそんないきさつを僕は聞いた。

 もちろんすべてではなく、後で僕が調べたり、後日聞いたことも併せて、今分かっていることってことだけど。


 父にはタイムリミットがあるらしく、最初の邂逅では、自分が父で母と異世界召喚されともに魔王を倒した、なんてことを教えられ、勇者の息子である僕が母をしっかり守れ、と激励されただけだったけど。


 最初の邂逅。


 そう。

 その後も、僕は何度か父と会うことができた。

 母も魔力が多く、父の魔力と母の魔力を使って特定の日に世界を渡れる魔法を父は使えるのだという。

 母がこっそりと抜け出す夜。

 時間を見て、僕は母の帰る頃にあの公園へと向かう。

 そして父といろいろ話をする。

 

 その日は母にとっても楽しみだったろうけど、父たちの冒険譚を聞くそんな時間は僕にとっても楽しみで、でも僕が父のことを知ってるというのは、なんか母に悪いような気がして、だから僕が父と会っていることはずっと秘密、だったんだ。


 ただ、今日はちょっと違う。

 少し前、両親は僕のことについて話し合ったのだそうだ。

 母の不安と父の僕と会っていたという告白で、今日の日が決まった、らしい。

 母から聞いて、僕は悩んだけど。

 でも、それでも両親のすすめを受け入れることにした僕は、今、ここに母とともにいる。



 今では、僕と父は同級生ぐらいに見えるだろうか。

 だが、最近父ほどではなくても僕が若見えする、というのに母が気づいてしまった。


 それに・・・


 どうやら地球で生まれ育った僕も魔術師の母と勇者の父の血を引いて、巨大な魔力を持っている、らしい。僕にはそんな自覚はないし、魔法の使い方なんて知らないけれど。



 だけど、今夜。


 18になって成人になった今夜。


 僕は母とともに公園にいる。


 母は僕のひたいにキスをした。

 そしてギュッと抱きしめて、僕を父に向かって押しやる。


 父は母から僕を受け取るように肩を抱き、コツンと額を額にぶつけてきた。

 そして僕の肩を抱いたまま、母にキスをする。

 って、なんで目の前で両親のディープキスなんて見せられてるんだろう。

 なんだかもやっとするも、二人からしてやったり、というようないたずらっ子のような視線を向けられ、嘆息する。


 「行こうか。」


 父が言う。


 僕は小さくうなずく。


 「たまには顔を見せなさい。」

 母が気丈に笑って僕に言う。

 僕は胸がいっぱいで、ただうなずくしかできない。


 父は僕の頭を乱暴になで、母に小鳥のようなキスをした。


 「いってきます。」

 父が言う。

 「いってらっしゃい。」

 母が言う。

 僕はただおじぎをする。


 空間が揺らぎ、母の姿は遠のいた。


 ( 完  )

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