幕間 ボクのヒーロー終
「なんだ〜おまえ?見ない顔だけど……」
「さいきん引っこしてきた奴じゃないか?」
「あ〜、なんかきいたな。女子がキャーキャーさわいでたな……」
年齢はソルよりも少なくとも三つ以上の少年たち、それも五、六人が集まってソルに近づいてきた。
あまり友好的な雰囲気ではなかったので、ソルの緊張感が高まった。
「おれもきいたぜ、『イケメンがきた!』『トカイの子だ!』『かわいい!』ってうるさかったよな〜!」
「ああ、おれはそういううるさいのは大っきらいだ……。だから今すげえ腹立ってるんだよ……なあ、おい?お前のせいだよ、キンパツヤロー!!」
(!?なんでボク、おこられてるんだ?)
訳がわからない展開で恨みのこもった目で睨まれ、困惑と怯えを感じたソルは、何も言えずに俯いてしまった。
そんなソルの怯えた様子をいいことに、少年たちは勢いを増して続けた。
「あのアリスまでそんな調子だ!ふざけやがって!急にあらわれて、アリスの心をうばったんだコイツは!……ゆるせねぇ!!」
「「「そうだそうだ!!」」」
(ありすって何!?ボクなにかぬすんだの?!)
ソルが混乱して何も言えないことをいいことに、少年たちはソルを囲んで好き放題に罵詈雑言をソルに投げた。
(なんでボクがこんな目にあうんだ……。身に覚えがないし…………な、んで……)
首都で父が死に、周囲の同情と孤立など嫌なことがあって、この村に逃げてきた。でも、この村でも訳が分からないことで恨まれて責められる。
悔しくて、悲しくて、言い返すことも出来ずに怯えるだけの自分に嫌気が差していた。
(せめて泣かないようにしよう……。コイツらをよろこばすだけだ……。でも……なんか……疲れちゃった。このまま……)
――おとうさんのところへ、いきたいな……
ささやかな抵抗をしているが、悲しみのフラッシュバックと現在の状況、これからへの悲観が一気に押し寄せてソルの心は限界に達した。
それは、自身も父親と“同じ場所”へ行きたいと思わせるほどだった。
「……コイツ何も言い返してこないな。つまらねえヤツ!」
「だったらよぉ……次は体におしえてやろうぜ!コイツの木刀でコイツたたこうぜ!」
「「「さんせー!!」」」
「!!いやだ!やめて!」
「あ、この!その木刀よこせ!」
父からもらった木刀を盗られまいと必死に抵抗するソル。
こんな奴らに父との思い出が詰まった木刀を渡さない!そんな思いで抵抗した。
「〜なんだコイツ!けっこう力あるぞ!」
「こ、コイツ〜!一発ぶん殴ってわからせてやるよお!」
「ひ……」
殴られる!
そう思って無意識に目を瞑った。
ドゴォ!
「ぐわぁー!」
しかし、ソルは殴られることがなく、殴ろうとした少年が蹴り飛ばされた。
「おまえら!何ソルをいじめてんだ!!」
「あ、おまえ、シンハ!」
「シンハ、よそ者に味方すんのか!」
「お前もそいつにほれちまったか〜?ははは!」
「?何いってんだ?…………ああ、なるほど。好きなひとがソルにほれたからやつあたりかよ。ハァ」
「な、ち、違うし!調子にのってるコイツに教育してんだよ!」
「なっさけな……。ヤキモチのやつあたりじゃんか!年下ひとりによってたかって!」
「なんだと!」
「よわいヤツほど群れてほえる。だからモテないんだぞ!」
「こ、こいつ〜!」
少年を蹴り飛ばしたのはシンハだった。
ソルがいじめられていると察知して思わず勢いで助けに走ったようだった。
「し、シンハくん!」
「ソル、何かたまってんだ!こんなへなちょこども、おまえのてきじゃないだろ!」
「!」
「……へぇ〜言ってくれるじゃん、シンハ。お前ら二人でオレらに勝てるっての?」
「ヨユーだ!オレとソルがくめばサイキョー!!おまえらなんかヨユーだ!」
「おもしれー!皆、コイツらやっちまうぞ!!」
「「「おおー!!」」」
「ち、ちょっとシンハくん!?」
「ソル!せなかはまかせたぜ!うりゃぁああ!!」
そう叫びながらシンハは少年たちに突っ込んでいった。
善戦はするが、すぐに年齢からくる体格差で押され始めた。
殴られては木刀で叩き返し、別の少年に殴られては石や砂を投げて威嚇、そしてまた殴られる。
少年たちもダメージを負っているが、シンハのダメージは徐々に大きくなっていった。
(シンハくんがたたかっている……。ボクのかわりに……。なのにボクはこわくてうごけない……。なんて、弱虫なんだ……。)
ソルの気持ちを見抜いたかのように少年たちもソルを罵倒する。
「シンハぁ!おまえの相棒は情けないな!ビビって助けにもこねぇぞ!」
「ホントだ〜!ははは!」
「ソルを……バカにすんなぁ!」
「「「「!!」」」」
「アイツはいま、じぶんの“よわさ”とたたかってんだ!でもなぁ……ともだちのオレのこんな姿みたら、すぐにそんなもんにうち勝ってたすけてくれるんだよぉ!!」
(……シンハくん)
ずっとシンハは信じてくれている。
こんなにも熱い思いに応えなければ、父親に怒られる。
(いや、おとうさんがゆるしても……ボクがボクをゆるせない!)
瞬間、ソルは駆け出した。
今までの苦しみを振り切るかのような疾走。
誰も目で追えないほどの速さで少年たちに近づき、木刀を叩きつけた。
「「「「「ぐわぁ!」」」」」
少年たちは吹き飛び倒れた。あまりに急な出来事に何が起きたか分からずに戸惑い、混乱した。
「シンハくん!だいじょうぶ?!」
「ぜぇ……ぜぇ……。おそいぞ……ソル。……へへ、でもしんじてたからな!」
「うん!ありがとう!」
シンハがボロボロの体に鞭打ち、拳をソルに差し出した。ソルはすぐ理解して自身の拳を合わせた。
「よし……!このまま、コイツらを、ギタギタにするぞ!」
「うん、やろう!」
「たった二人のガキがぁ、ナマイキだぞ!」
「ザコと弱虫が!皆、やっちまうぞ!」
「「おお!」」
――それからのことをソルは詳しく覚えていなかった。
無我夢中で動き回り、木刀を振るい続けた。
何度も攻撃を喰らったが、それ以上に少年たちに反撃した。シンハは正攻法では勝てないと考えて、途中から木刀を投げたり、石を投げたり、……少年たちのズボンを下ろしたりなど奇襲に専念していた。
そして、少年たちは観念したのか、泣きながら退散した。
ソルたちの初戦闘、そして初勝利だった。
*****
「ぜぇ……ぜぇ……か、かったぁ!」
ドサッ
「シ、シンハくん!?だいじょうぶ?」
「へへ……つかれた……。ソルは……へいきそうだね」
「うん、あれくらいなら、いつも素振りでうごくから」
「……ひぇ……う、うそだろ……」
少年たちが退散したしたあと、ソルとシンハは広場で休憩していた。
ソルは多少の疲れだったが、シンハは最初のほうで少年たちからダメージを与えられていたこともあり、かなり疲労がたまっていた。
シンハは大の字になって倒れ込み、肩で息をしていた。
「……ごめんね。ボクのせいで……」
「へへ……きにすんなよ……。オレらともだち……だろ?」
「でも、ボクがもっとはやくアイツらにたちむかっていたら……」
「あいつらみんな年上で……デカかったからしょうがないさ」
「……」
「それに、いつもどっかツラそうな顔してたからな。なんかあってチョウシわるいんだろうなって思ったから」
「!きづいてたんだ……」
「これだけいっしょにいたらねぇ。……いつか話してくれよ。チカラになれるかもしれんからさ」
「……うん、なら今からおしえるよ」
「え?」
それからソルは打ち明けた。
父の死や首都で同世代の子どもたちと気が合わず孤立していたこと、母親に迷惑をかけていると思っていること。
そして、今日までの自分が感じてきた気持ち。
母親にすら話していなかったが、シンハには話したくなった。話して自分のことを知ってもらいたい、もしかしたら、この沈んだ感情から救ってくれるんじゃないかと思ったからだ。
「そっか……。ソルのとうちゃんはもういないのか」
「うん、わすれようと思っても、たのしかったことがいっぱいだから……わすれられなくて……」
「……わすれなくていいじゃん?」
「え?」
シンハはあっけらかんと言った。
「だいじなとうちゃんの、だいじな思いでなら、わすれちゃだめだよ。かなしいことも楽しいこともぜんぶだいじな思いでだろ?」
「でも、おとうさんがしんじゃった日もおもいだしちゃってつらいんだ……。おかあさんのなきがおや、他の子たちの冷たいめせんも……」
「だったらさ!」
シンハは勢いよく起き上がり、ソルに笑いかけた。
「これからはこの村で、いっしょにたくさんたのしいおもいでつくろうぜ!」
「シンハくん……」
「シンハでいいよ!ソルにかなしい思い出があるのはわかった!だったらその思い出が気にならないくらい、たのしいこといっぱいやろうぜ!」
「……うん」
「ムリにわすれようとすんな!かわりにかなしくなったらオレのとこにこい!それ以上にたのしませてやるよ!」
「……うん!」
自分の悲しさも大切な思い出。それ以上の楽しい思い出を一緒につくっていこう――
初めて言われた言葉にソルは嬉しくなった。
「ありがとう……シンハ」
「気にすんなって!……オレたちともだち、だろ?」
これがともだちなのか――
ソルの心は温かくなった。先程までに感じた死すら望んだ負の感情は消え、これからの楽しさにワクワクが止まらなくなった。
ソルの生き方が変化した瞬間だった。
「そうときまれば、トックンしよう、シンハ!」
「え!?きょうはつかれたからもう……。っていうかきゅうにどうした?」
「さっきの子たち、またしかえしにくるかもしれないでしょ?次はもっとかんたんにやっつけられるようにしなきゃ!」
「お、おう。……ゲンキすぎてついていけるかな?」
「そういえば、あの子たち『ありす』がどうこういってたけど、ありすってなに?」
「ん?あったことなかったか?じゃあ明日しょうかいするよ!」
(おとうさん……。ボクにもともだちができました。……その子は僕にとって……でんせつのえいゆうのような、ヒーローです!)
*****
これはシンハとソルの出会い、はじまりの物語――
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