幕間 ボクのヒーロー1

 これは少しむかしの話、ソルが三歳のころにまで遡るはじまりの物語。


 *****


 「じゃあ、お母さんお仕事行ってくるから。お留守番、お願いね?」

 「うん……」


 ここは、最近引っ越してきたソルとその母親の家。

 火の国の首都『グロリス』に住んでいたが、夫が病でなくなったことをきっかけに、母の生まれ故郷であるタート村に引っ越してきた。


 ソルの母親は、村長とも顔見知りだったこともあり、首都グロリスから戻って来て村長に挨拶をした際に、最近開拓した土地の畑作業に人手が足りないからと仕事を紹介された。

 かつて住んでいた頃に仲が良かった人たちも同じ職場と教えられて母親はすぐにその仕事を引き受けた。

 

 ただ、その土地が今の住まいから離れていたのでソルは一緒に行けず、留守番をせざるを得なかった。


 「……やっぱりお母さんと一緒に行く?職場のみんななら事情を話せば分かってくれると思うし」

 「い、いいよ……。ボクもう三さいだよ?ひとりでもへいき……」

 「そう?……無理してない?恥ずかしがらなくても……」

 「だいじょうぶだってば!おしごとにおくれるよ!!早くいきなよ!」

 「……わ、わかったわ。じゃあお留守番よろしくね?行ってきます」

 「……いってらっしゃい」


 職場へ向かいながら母親はソルの今後に不安を感じた。

 昔から引っ込み思案な子だったが、父がなくなってからは母である自分以外との交流を避けるようになっていた。


 (昔は恥ずかしがってるだけだったけど、あの人がなくなってからは人との交流自体を恐れてるみたい……)


 大人からは同情の視線、同世代の子達からは父親がいないことへの無邪気な質問、それらがソルを苦しめ、自分も夫の喪失から逃げたくてグロリスを離れた。


(なんとかあの子を元気にしてあげたいけど、いったいどうすれば……。ダメね、わたし。自分も立ち直れていないくせに)


 まだ夫の死から自分も立て直せていない。

 そんな姿を見せ続けてソルが元気でいられるはずがない。


 母親はまずは自分が元気に振る舞わねば、と無理やり気持ちを奮い立たせる。とりあえずはタート村での生活に慣れてから考えよう。

 問題の先送りかもしれないが、少しずつコツコツ頑張ろう。


 あの子が頼れる人は、母である自分だけなのだから――


 *****


(お父さん……)


 ソルは今日も父親のことを思い返していた。


 グロリスの兵士だった父親は強く、豪快で、逞しく、ソルの憧れだった。剣の腕もかなりのもので、若い兵士の指南もするほどだった。

 そのため多くの人が父を慕っていた。


 そのため父親の葬儀の時には多くの人が弔問にきて、母と自分を励ましてくれた。


 しかし、ソルにとって励ましの言葉は、大好きな父がもういないことをはっきりと意識させられる悲しみの言葉だった。


 (あんなにつよかったお父さんもいなくなっちゃった……。人が『しぬ』ってこんなにもつらいんだ……)


 そう考えてソルはまた泣いた。

 出会いがあれば別れがある――。

 何かで聞いた言葉だが、想像以上に別れは怖い、とソルは感じた。

 だったら初めから出会わなければ、仲良くならなければ、この辛さを感じなくて済むのでは――?

 でも、それは何だか寂しいな――。


 いろいろなことを考えてしまい、ソルは何もできなくなる。

 ふと、かつて父親が言った言葉を思い出す。


『ソルよ、辛く苦しい時は剣を振ってみろ!体を夢中で動かすとスッキリするし、鍛えられるからオトクだぞ!』


 母親は単純ねぇと呆れていたが、この寂しさや辛さを紛らわせたい。

 そう思ったソルは、父からもらった木刀を手にして素振りした。力を目一杯込めて何度も振るった。


 (きえろ……。きえろ……!きえろ!)


 父の死に顔、母の辛そうな顔、周囲の同情の顔。

 多くの記憶を切り捨てるような気迫のこもった素振り。

 何度も思い出される記憶を切り捨てるようにソルは素振りを続けた。


 (ボクはお父さんのこどもなんだ!ユウカンなお父さんのこどもなんだ!!こんなことで……)


 しかし、記憶は消えない。

 悲しみが永遠に続くかのようで、ソルは涙を流す。それでも泣きながら夢中で木刀を振り続ける。


 その時だった――。


「す、すげぇ音がするとおもったら、きみか?」

「えっ?」


 一人の男の子が自分を見て驚いていた。

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