序章—完 第23話 最初の一歩

「ソル……」

「あ、母さん」


 ソルも母親と別れの挨拶をしていた。

 他二組の家族に比べて静かな語り合い。ソルの母親は昔を振り返りながら別れを惜しんでいた。


「……首都グロリスからこの村に引っ越して、どれくらいたったかしら?」

「う〜ん……俺が本当に小さかったからもう十年以上前じゃない?あまり記憶に残ってないなぁ」


 シンハとアリスは生まれも育ちもこのタート村だが、ソルはこのタート村も属する火の国の首都『グロリス』出身。

 父が病気で亡くなり、思い出が多くあるグロリスにいることが辛くなった母親が、生まれ育ったタートの村にソルと一緒に引っ越しをしたのだ。


 「あの頃のあなたは内気で気弱な子だったね。なかなか友達が出来ずに毎日半べそかいてた泣き虫が、今じゃ自信満々な顔してみんなから村一番の強さと言われるなんてねぇ」

 「は、恥ずかしいこと思い出させるなよ!!」


 村に来たころのソルは、今では想像がつかないほどの気弱な少年だった。

 いつも不安そうに母親の近くにいる、母親が仕事でいないときは泣きそうな顔をしながら家に引きこもる。

 そんな毎日を送っていた。


 そんな内気な少年を変えたきっかけがあった。


「それがいつの間にか、シンハ君って友達ができて、次にアリスちゃんって可愛い女の子とも仲良くなってたわね」

「……まあな」

「あの時はビックリしたわ〜。怖がりだったあなたが外に出てただけでも衝撃だったのに、知らない内にお友達もできたんだもの」

「……俺も驚いてるよ。俺にとって、人生の転換期だよ」


 あの時シンハに出会わなければ、アリスとも出会わなかった。

 シンハと一緒にいなけれな、村人たちとも仲良くなれなかった。

 自分に自信を持てなかった。


 ソルにとって、シンハは運命を変えてくれた、特別な存在だった。


「シンハは俺にとってヒーローだ。それにアリスも含めて親友だよ。だからあの二人と一緒の旅は最高に面白い旅になる!

 母さんには悪いけど、今もワクワクが止まらなくて震えてるよ!」


「……あなたは強くなったわね。体も……心も」


 ソルはとても強い子になっていた。

 かつては自分から離れることができなかった弱々しい子どもが、今では自分から安寧の場所を離れ、飛び立とうとしている。


 親馬鹿と思われるかもしれないが、尋常ではない程の成長を遂げ、今後もさらなる飛躍をとげる予感をソルの母親は持っていた。

 

「お母さんはまだ心の何処かでお父さんの影を探している。……あなたと違って弱いままでダメね」


「母さんは弱くない」

「……ソル?」


 母親の弱気をソルは強い口調で否定した。真っ直ぐに母親の目を見つめて続けた。


「女手一つで俺を育ててくれた。タート村の人に助けられたことはたくさんあるけど、あくまでも母さんは一人で頑張って育ててくれた。俺が強くなったって感じたらしいけど、心の強さは母さんの姿から学んだんだぜ?」

「……!」


「いろいろ心配だけど、タート村のみんながいる。何より母さんは心が強い人だから、俺は好き勝手できて今日旅立つことができるんだ!」

「そ、ソル……」


 ソルは最大限の笑顔で言った。

 

「必ずまた会いに帰ってくるからさ!笑って送り出してくれよ、母さん!!」


 ……ああ、本当にこの子は大きくなった。

 人として器まで大きくなった。それが嬉しくて嬉しくてたまらなくなり、ソルの母親の涙腺が壊れた。


 女手一つでやってきた多くの努力と苦労が報われた。

 愛しい我が子は、正しく育った。苦労の見返りは大きく返ってきた。


「……あなたを元気に送り出そうとしたけど、逆に元気づけられちゃったわねぇ」

「ははは!俺は元気だから必要ないって!」

「……そうね。今のあなたは元気の塊だものね。こっちがハラハラするくらい活発だし」

「は、ははは……」

「だからちょっと厳しいこと言って送り出すことにするわ」

「え!?」


 ここで叱られるのか?っとソルは怯えた。

 その表情を見て母親はふっと微笑み、ソルを抱きしめた。


「必ず生き残りなさい。あの二人が親友なら、必ずあなたが生きて守りきりなさい。それだけの力が、あなたにはあるから」


「か、母さん……」

「もっと大きくなって、また会いに来なさい!成長してなかったら許さないわよ!!」

「……へへ、もちろん!!約束する、最高の男になって帰ってくるよ!!!」


 そう応えてソルも母親を強く抱きしめ返した。

 厳しくも優しい母親の言葉を噛み締めながら……。


***** 


 村人とそれぞれの家族との別れを済ませ、いよいよ旅立ちの時がきた。


 「じゃ、そろそろ行くか!」

 「そうだな」

 「うん……」


 アリスはまだ寂しそうだが、シンハとソルを追って家族から離れる。

 村長が前にでてきた。


 「念の為にもう一度言っておくぞ。まずは首都『グロリス』へ向かい、騎士団に手紙を渡してくれ。そのあとは自由にしなさい」

 「了解!あぁ、ワクワクするぜぇえ!!」

 「……シンハ、アリス、ちゃんと頼むぞ?」

 「「……はい」」


 「あと、村の皆で集めたお金じゃ。これも受け取れ」

 「え!?こんなにも貰えないよ!」

 「な〜に、みんなの気持ちじゃ、受け取っておきなさい。お金はあったほうがええから」

 「…………わかった。ありがとう、皆!」

 

 旅への興奮で話半分しか聞いていないソルは諦めて、シンハとアリスにあとの事を託す村長。

 手紙とお金はシンハが預かることになった。


 「旅は面白いことばかりではない。つらいことや苦しいこともあると思うが、三人で力を合わせて乗り越えていくんじゃぞ」

 「「「はい!」」」


 村長は、真面目な顔を解き、優しい笑顔を浮かべて続けた。

 

 「辛くなったらいつでも帰ってきなさい。このタート村はお前たちの故郷じゃ。いつでも温かく迎えるから安心して旅立ちなさい。なぁ、みんな!!」

 「「「「「おおぉぉぉぉ!!!!」」」」」


 村長の言葉にみんなが歓声で応える。

 三人が安心して旅立てるように全員が精一杯の声をあげた。

 頑張れよ!大物になってこい!お土産まってるよ!など、思い思いの言葉を出し続けた。


 それは、別れの寂しさを紛らわせるためだったのかもしれない。


 「……あったかい村だな、オレたちの村はさ」

 「うん……そうだね!」

 「……へへ、よっしゃー!」


 ソルは大声で応える。


 「この村で育ってよかったぜ、みんなぁ!また会おうぜ!!」


 三人は手を振りながら歩み始めた。村のみんなが大声で送り出し、ソルたちは見えなくなるまで手を振り続けた。



 こうして、少年たちは故郷を旅立ち世界への第一歩を踏み出した。

 これから、いろいろな事件に巻き込まれる過酷な旅。


 そして——


 後の歴史に刻まれる壮大な旅の幕開けだった――



序章—完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る