第22話 別れの挨拶
その後、シンハの体調が回復してから出発することになり、約一月後に旅立ちが決まった。
その間、ソルとアリスは狩人たちと森や村周辺の見回りに参加した。
黒い怪物や黒い水晶が残っていないかの確認と狩りが目的だ。
改めてソルとアリスの強さを目の当たりにした狩人たちは、驚愕して呆然としていた。
見回りと狩りが終わると、ソルとアリスは訓練をしつつ親の手伝いも積極的に行った。
もうすぐ親と離れるため、少しでも一緒の時間を作るためだった。
親もそのことを理解しているため、今まで以上に濃密な家族の時間を過ごしていた。
一方シンハは療養のために見回りと狩りには参加しないが、ソルとアリスの要望もあり、二人の訓練には立ち合った。
そして、家では手伝いはできないが、両親とたくさん会話をした。
*****
そして一月後――。
「……うん、もう完治しているね。お疲れ、シンハくん」
「ありがとう、先生」
「な〜に、これが仕事だからね。でもまだ本調子ではないと思うから無茶は禁物だよ?」
「……オレは無理しないつもりですけどね」
「はは、これからあの二人と旅立つ君には無茶な相談だったね。でも気をつけてね」
「うん、ありがとう。それじゃあ」
シンハは、最後の診療を終えて診療所をあとにした。
前回の診療の際に、ほぼ完治のお墨付きを貰い次の診療が最後と言われていた。
その事をソルとアリス、村長に報告すると、最後の診療日を旅立ちの日にすることが決まった。
本当はその次の日を予定していたが、案の定ソルが駄々をこねたため、前倒しとなった。
診療所を出て少し歩くと、ソルとアリスが待っていた。
「大丈夫だったよな?もう完治でいいんだよな?」
「ああ、もう完治だってよ。ただな――」
「よっしゃ!じゃあ予定通り今日出発だな!」
「話聞け!まだ本調子じゃないから無理はするなってよ!」
「分かった分かった。ああ!ワクワクが止まらねぇ!」
「……ホントにわかってるか?」
「たぶん聞いてすらいないでしょ。諦めな」
「だよね。はあ……」
すぐ旅立てるように荷物は準備していた。
これから村長に出発の報告をして、いよいよ世界へと三人は旅立つ。ソルはずっと夢見た日がついに来たため、朝からこのように興奮状態だった。
三人は歩きながら村長邸へと向かった。
「そういや今日朝早く起きたんだけど、父ちゃんと母ちゃんいなかったなぁ。もう仕事してんのかな?」
「私のところもそうだった、ママは家に居ると思ったんだけど……」
「俺ん家もだぞ」
「……旅立ちの日だから村長の家に集まってるとか?」
程なくして村長邸に着いた。
道中誰にも逢わなかったので、村人みんなが村長邸に集まり、見送られると思っていたが、村長邸に着いても誰も集まっておらずいつも通りだった。
「「「村長、こんにちはー!」」」
「おお、三人ともこんにちは。シンハよ、体は治ったか?」
「ああ。本調子じゃないけど先生は完治したってさ」
「そうか。……ならば、予定通り今日が旅立ちの日じゃな」
「うん……」
自分達以外から言われると、本当に別れを実感して寂しさを感じた。
「あのぉ、ママたちが家にいなかったんですが、ここに来ましたか?」
「ああ、お前さんらを見送る為に村の入口に集まっておるんじゃよ」
「そうだったんですか……」
「何だよ水臭いな。言ってくれりゃいいのに」
「……きっと家で会えば引き留めたくなるんじゃろ。別れが寂しいんじゃよ」
「……そっか」
「ワシも見送るから、入口まで一緒に行くぞ」
村長を先頭に三人は村の入り口へ向かった。
誰も話すことはせずに歩き続けていると、もう少しで入り口に着くという所でソルが立ち止まり、村のほうを振り返った。
「……どうした、ソル?」
「今度はいつこの光景を見られるんだろうな?」
「やめてよ……。寂しくなっちゃうじゃん」
「まあ、当分見られなくなるからの。今のうちに目に焼きつけなさい」
村長に言われ、アリスとシンハも村を見渡した。
次に戻ってこれるのはいつだろう?
シンハは半ば強引に旅の同行が決まったが、未知の世界への好奇心があることも事実。
しかし、いざ旅立つとなると家族や村の人たちとの別れを強く意識してしまい、寂しい気持ちが大きくなった。
「……そろそろ行こっか、アリス、ソル」
「うん……」
「……」
「……ソル?」
「……何でもない。よし!行こうか!」
ソルは何かを振り切るように声を出して村の入り口へ歩き始めた。
*****
「……ん?何か騒がしいな」
「村の入口に……たくさん集まってる?」
三人と村長が村の入口に着くと、多くの人が集まっていた。三人の両親だけでなく、タート村に住む人全員が見送りに来ていたようだった。
「今日お前たちが旅立つことは回覧板で通達しておったからな。全員知っておるんじゃよ。まさか全員見送りにくるとは思わなかったけどのぉ」
「村長が集めたんじゃないの?」
「時間があれば来てもいいとは書いたぞ。……じゃが強制じゃないからみんな自分の意志で見送りにきたんじゃな」
「そっか……」
「ソルとアリスは良くも悪くも非常に目立っていたからな。みんな何かしら交流があったから寂しいんじゃろ」
「オレは!?」
「ははは!当然二人に振り回される苦労人として目立っていたぞ」
「な、なんじゃそら……」
ソルとアリスは照れながら、シンハはがっくりしながら村民たちのほうへ歩いた。
気づいた村民たちは三人のもとへ駆け寄り、矢継ぎ早に別れの挨拶をしていった。
ソルには女性陣、アリスには男性陣が集まった。
美男美女に異性が集まるのは世の常。対するシンハはおっさんが集まり、快気祝いに胴上げをされて悲鳴をあげていた。その光景を見てソルとアリスが笑い、皆もつられて笑顔になった。
「あー、笑ったな!……こいつらがいなくなると静かになるだろうなぁ」
「ちょっと!急にしんみりしたこと言わないでよ!悲しくなるじゃん!」
「そうよ!笑って送り出そうって皆で話したじゃん!」
「そうだけどよ……」
「みんな……」
会話が途切れると寂しさで涙が出る。だから村人たちは元気に騒いでいた。しかし、ふっと気を抜くとやはり悲しいようだった。
そんな村人たちの気持ちにシンハたちは嬉しく感じた。
「みんな何泣きそうになってんだよ!俺たち一生会えなくなるわけじゃないんだぜ?」
「そうだよ。ちょっと村長のお使いをして、ついでに世界を見てくるだけだよ!」
「ついでに世界へ旅立つのは変だけどな、普通」
「シンハ、うっさい!」
三人は村人たちを元気づけようと、そう言った。
するとアリスの両親が出てきて、アリスに抱きついた。
「あ、ありすぅぅぅ」
「ぱ、パパ?まだ泣いているの?昨日も泣いてたじゃない!泣き過ぎよ?」
「お、おぐわぁ、ぎ、ぎぃびぃぃぃぃ」
「な、何言ってるかわからないよ?」
「パパは辛いけど、アリスのしたいことを応援するって言ってるのよ」
「ママ、よくわかったね……」
「ママも同じ気持ち。……でも必ず帰ってきてね?つらくなったら遠慮せず戻ってきてもいいのよ。ここはあなたの味方しかいない“故郷”なのだから……」
「ま、ママ……。あ、ありが……、うぅ」
アリスは両親の優しさに触れて泣いた。これからの不安もあったのだろう。
その不安を察して取り除いてくれた。両親の暖かさと偉大さに涙が止まらなかった。
両親も泣きながら、アリスを抱きしめた。
「美しい親子愛だねぇ」
「……父ちゃんもあんな感じでオレの為に泣いていいんだよ?」
「うーん、心配と寂しさはあるけど涙は出ないかな?」
「おい」
「今日までに心の準備はできてるから大丈夫よ」
「母ちゃんもかよ!?何か寂しい!」
アリスの家族とは対照的にシンハの家族は冷静だった。息子の実力を考えれば道中の不安はあるが、既に心の整理はついたようだった。
「まあ、ソルくんやアリスちゃんもいるから大丈夫でしょ。それにシンハのその剣、凄いんでしょ?」
「ソルくんは伝説の剣ってはしゃいでいたねぇ。信じきれないけど、その剣のおかげで生き残れたっていうのは事実だしね」
「ああ。この剣には何か不思議な力があるみたい」
「なら、その剣に僕たちの息子を託すよ」
この剣はいったい何なのか?この旅で何か分かればいいな、とシンハは密かに考えていた。
……得体のしれない剣を持ち続けることも気持ち悪いから、なるべく早く理解したいものだ。
「それに、前に病室でも言ったけど父さんはシンハ自身のことも信じてるよ」
「えっ?」
「シンハはよく自分のことを平凡っと言って二人と比較して卑下してるでしょ?」
「……事実だしな。誰がみてもそう思うだろうし、もう慣れているよ」
昔はソルとアリスといろいろと比較されていた。
容姿、力強さ、知識などを比べられて、二人の優秀さは誰が見ても抜群だった。すると、よく一緒にいるシンハは比較の対象にされ二人との差をよく指摘されていた。
最初は悔しさもあったが、今では慣れてしまった。
「ホントかな?……まあいいや、それでも剣術の訓練や精神集中の瞑想を続けてるのを父さんは知っている。二人に付き合っているからかもしれないけど、これって凄いと思うんだ」
「そんなの……。誰でもできるだろう?」
「そうかもしれない。けと、人は上との格差を知ると届かないと挫折して努力の無駄と思って止める人が多いと思うんだ」
「……」
「シンハは諦めずに色々と努力してる。そんな諦めの悪い男が簡単には死なないし、心も折れない。だから無事に生き続けると信じているよ」
「父ちゃん……」
「常に生きる方法を考え続けなさい。折れずに考えることがシンハの武器だ。あの二人よりも優れた、偉大な武器だ」
敵わないな、とシンハはおもった。
父親の言葉は静かだが、力強い言葉だった。
この気持ちと受け取った言葉を忘れないようにしようとシンハは心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます