第9話 黒い獣
「く、黒い狼のような獣?灰狼の変異種か?」
一瞬集会所が動揺でザワつくが、ベテランの狩人が報告を聞いて若い狩人に問いかけた。
「い、いや灰狼とは違う感じでした。灰狼の二、三倍の大きさで、体のあちこちが亀の甲羅みたいな皮膚になってました。……それに灰狼を喰べていたし、同族って感じじゃなかったっす」
「森の生態系の頂点にいる大熊と灰狼をエサにする獣……聞いたことないのう」
「甲羅のような皮膚をした狼ってのも知りませんな。外来種ですかね?」
「だとしても、どこから来たんだ?そんな獰猛な獣が来ていたら、森へ侵入する前に村を襲っててもおかしくねぇぞ?」
「え、縁起でもないこと言わんでください。村人たちが不安がってしまうでしょう?」
「だがよ……。」
ああでもない、こうでもないと皆が混乱し始めた。
黒い狼のような獣――今まで森の奥まで入っても見たことがなかった。そんな獰猛な獣がいたら既に自分たちも会っているはずと考えたシンハ。
しかし、実際には会っていない。ソルとアリスをチラッと見たが、二人とも首を横に振った。
「……シンハ、ソル、アリス。お前たち昨日も森の奥まで行ってるよな?」
「ええ、でもそんな獣に会ってません。大熊や灰狼も森の奥でしか会ってないし、黒い獣も1匹もみてません」
「そんな奴がいたら絶対に見落さねぇしな」
「うん、それに森の様子も特に違和感は感じませんでした」
「……っとすると昨晩侵入された可能性が高けぇな。村への被害もないとすると侵入経路は村の反対側の山から侵入したか?」
「かもしれんが、何もわからん。ハリス、こりゃ調査が必要じゃな」
村長はそうまとめて全員に指示をだした。
「当面、狩人以外の村人の森への接近を禁ずる。入口にも近づいてはならん。
守れなかったものは最低3日の自宅謹慎に処する。各まとめ役は通達を頼むとともにちゃんと守るように気にかけてくれぃ。
狩人たちは見回りを交代制にして人数も3〜4人体制にしてくれ。見回りの人数は実際にやってみて変更していこう。
そして、明日狩人たちで山狩りをしてその黒い獣の調査をしてくれ。狩人たちには大きな負担をかけてしまって申し訳ないが、どうか頼む」
「なぁに気にすんなよ村長。この村で戦えるのは俺たちだけだからな。みんな、勿論大丈夫だよな!?」
「「「「おおさぁ!!!」」」」
狩人たちは気合を入れて返事した。
若い狩人たちは不安そうだが、話し合いの結果、ベテラン勢がフォローに入れるチーム制で動くようだ。ハリスのいう通り。村人たちも護身用の武器を持っているが、戦闘に慣れているわけではない。この村では狩人しか戦える者はいなかった。
(でもハリスさん、そんな言い方されるとうちのバカが……。)
「俺たちも戦えるぜ?ハリスさん」
「ソル?」「何言ってんだ?」「でも確かに強いって噂が……」
ソルの突然の発言に驚くまとめ役たち。
「そうよ、私たちなら大熊も楽に仕留められるし戦力に数えてもいいですよ?」
「あ、アリスちゃんまで」「……というか大熊を仕留めたっていったか?」「うそだろ?」
(やっぱこうなるよな)
ソルとアリスの突然の立候補に大人たちは驚いた。村長と狩人たちは実力をなんとなく知っていたので驚かなかったが、他のみんなはソルとアリスの実力の高さが信じられない様子だった。
「……そうじゃな。ダメと言っても勝手に入ってそうじゃし、ならばいっそ許可を出して捜査班に組み込んだ方がいいかもな」
「そうっすね、村長の言う通りだ。この三人も班編成に組み込んでおきますぜ」
「頼む、ハリス」
「「やったー!!」」
「……え、三人?オレも入ってる?」
「当たり前だろ?あの二人は強力な戦力だが暴走しがちで俺らじゃ制御できねぇよ」
「お、オレが手綱握れってことっすか?」
「他に誰ができる?まかせたぜシンハ、頼りにしてる」
「う、うそだろ……」
ただでさえ危ないのに、さらに疲れる任務まで任されてしまった。
明日がくることが億劫になったシンハだった。
「これから明日の打ち合わせするから、狩人は残って他は解散だ。お疲れさん!」
「じゃシンハ。決まったこと後で教えてね?」
「は?お前らも残るんだよ!」
「俺は明日に向けて訓練したい。さすがに今日は森に行けないけど、いつもの場所で明日の調整しとかなきゃ!」
「私も魔力操作の訓練しよっと」
「面倒ごとをオレに押し付けんなよ!!」
「「じゃ、まかせた〜」」
「あ、ホントに出ていきやがった。ち、くそぉ!!」
「……苦労してんな、シンハ。でも頼むな」
「わかってますよ……ハァ」
こうして、大人たちに混じってシンハのみ明日の山狩りの打ち合わせに参加するのだった。
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