第10話 早朝の山狩り

 翌朝、いつもと違い母親に起こされる前に起きたシンハ。

 「今日はさすがに自分で起きたのね。しかし、あんたも山狩りに参加するって聞いた時は驚いたわ〜」

 「オレもそうだよ。でもソルとアリスが行きたがってるからさ。そのお目付役としてハリスさんに指名された」

 「ああ〜なるほどね。あの子たち元気いいし、すごく強いって噂になってたわね。参加したいって騒ぐ姿が浮かびやすいわねぇ」

 「なんか不安になってきた……。あいつらは強いからいいけど、オレは一人で大熊に勝てないのに、さらに強くて大熊を餌にする怪物と戦うなんて……。」

 「あんたは戦力じゃなくてソルくんとアリスちゃんが暴走しないように注意することでしょ?……頼むから無理して戦おうとしないでよ?」

 「……うん、わかってる。じゃあ頑張ってくるよ、母さん。いってきます」


 心配する母に笑いかけてシンハは家をでた。

 しばらく歩くと、ソルとアリスがシンハの家へ向かってきていた。


 「あれ?珍しいな、シンハ。もう起きてるなんてさ」

 「不安で眠れなかったの?」

 「まあな。……お前らはよく落ち着いてるな。怖くないの?」

 「そりゃ怖いけど、今回は戦いよりも探索がメインでしょ?だったら落ち着いて周りの観察に集中した方がいいでしょ?」

 「そりゃそうだけど、それで落ち着けるのは凄いな……」

 「魔力操作をうまくするのって、精神統一して冷静な精神状態を保つことが大事ってわかったの。あんたにいつも精神統一の邪魔するようにお願いしてるでしょ?その訓練が今生きてるのよ」

 「なるほど、あの精神統一の成果ってわけか、なら今度からオレも試してみるか……」

 「俺は――」

 「早く戦いたくてワクワクしてるって言いたいんだろ?」

 「先読みすんなよ!……その通りだけど」


 そうやって話しながら集合場所へ進んでいると、シンハも落ち着いてきた。

 いつもと変わらない会話が普段の精神状態に戻してくれたようだった。

 

 しばらく三人で歩き、集合場所に着いた。既に多くの狩人が集まっていた。


 「ハリスさん、おはようございます」

 「「おはようございまーす!」」

 「おう、おはようさん!三人とも元気そうでよかったぜ!ビビってるかと思ってからよ」

 「不安ではありますけど、二人と話しながらきたら落ち着いてきました」

 「私は日課の精神統一で感情をコントロールしてますので」

 「戦えるかもしれないと思うとワクワクします!」

 「シンハとアリスはいい感情コントロールしているな。うちの若手にも見習ってほしいぜ。ソルはちょっと変わった反応で参考にならんけど」


 若手の狩人は緊張で青ざめているものが大半だった。ベテランの狩人も普段通りに振る舞っている者もいるが、大半がピリピリしていた。

 大熊はタート村の森の生態系において頂点に立っている。その大熊をチームを組めば倒せる狩人もいるが、単独で倒したことがある者この村にはいない。

 それゆえに大熊を餌にできるほどの怪物『黒い獣』との対峙は死に直結する。緊張するなという方が無理な話だった。


 「みんな、時間になった。全員逃げずに集まってくれてありがとな。

 今回は討伐ではなく、あくまでも山の調査がメインだ。黒い獣がいる想定でいてほしいが、見つけても絶対に戦うな。逃げてこの集合場所で待機してくれ。探索時間はだいたい日が真上に来る頃までにする。準備はいいか!」

 「「「「おお!!」」」」

 「よし、じゃあ各班に別れて行動を開始してくれ!」


 こうして山狩りが始まった。


 *****


 「なんか森の様子はいつもと違うわね」

 「……ああ、オレでもわかる」

 「大人しい感じがするな、いつもは動物たちの気配がするのに。いまは息を潜めているようだな」


 シンハはソル、アリスと班行動している。

 チームワークに慣れていない狩人たちと組ませるより、慣れ親しんだメンツのほうが動きやすいだろうというハリスの考えだった。

 おかげでいつもと同じような雰囲気で、緊張感のかけらもなく雑談していた。


 「二人とも、わかってると思うけど今回戦いはなしだ。あくまでも調査なんだからな」

 「わかってるわよ。ハリスさんも言ってたし、しつこいわよシンハ」

 「しつこく言っておかないと忘れると思ってね」

 「…おい、シンハ。なんだその言い方わ。私を馬鹿にしてんのか?」

 「ち、違いますよ?ね、念の為の確認じゃないですか、やだな〜アリスさん」

 「おぉ……アリスから何か危険な気配を感じるぞ〜。さては、お前が黒い獣なのか〜?ははは!」

 「……ソル?燃える?」

 「……調子に乗りました。申し訳ございません」


 探索開始してから数時間が経ってるが、異変は何も起きなかった。

 三人の雰囲気がいつもと同じなのは、何も起きなさすぎて暇だからだった。徐々に緊張感がなくなり、油断がうまれる。


(この二人の実力は確かだけど、オレは弱いから油断せずに行かなきゃ)


 「いまは何もないけど、油断すんなよ二人とも。何が起こるかわからんからな」

 「もちろんよ、ちゃんと気配を探ってるから」

 「いつもしゃべりながらも気配察知しているしな。クセみたいになってるから何か起こったらすぐわかるぜ」

 「……よく考えるとそうだな」


 意外としっかり仕事してた二人に少し驚愕した。

 よく考えればこの二人は戦闘に関しては真摯に向き合っていたので、普段から油断しないよう心掛けていたようだった。


(アリスはともかく昔だったらソルは自分の実力に自信があったから油断してたかもしれないけど、あのじいさんのおかげで上を知って慢心が起きなくなったな。二人の心配は必要なさそうだ)


 むしろ実力が不足している自分が足を引っ張らないように、シンハは注意して周囲に気を配った。

 

 その時、遠くから悲鳴が聞こえた。


 「……なあ、今あっちのほうで悲鳴が聞こえなかった?」

 「シンハも聞こえたか?俺も聞こえたぜ」

 「わ、私も」

 「あっちは森の奥だな。となると……黒い獣がでて誰か襲われてる!?」

 「二人とも、行ってみるぞ!」

 「ああ!」「オッケー!」


 三人は全力で森の奥へ向かった。

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