第6話 別れ

「……いいものを見せてくれたお礼にその剣あげよう」

「ほ、ほんとか!?ありがとう、じいさん!!大切に使う!」

「いや、むしろ壊すくらい使いなさい。それは量産されている一般的な剣だ。自分にあった剣を見つけるまでの予備と考えるといい」


 ソルは、老人から片手剣を授かり喜んだ。


「わかった、これ使って強くなれるように頑張るよ!

 そうと決まれば特訓あるのみ!シンハ、アリス!今から特訓だ!もっともっと強くなるぞ!」

「あんま張り切り過ぎんなよ。オレがついていけなくなるからさ」

「何いってんだ!大丈夫だから、俺についてこい!!」

「とりあえず落ち着きなさい、ソルさんや」

「ソルに負けないように、私も弓の腕を磨くわ!」

「アリスもかい!?」


 ソルとアリスが強くなる訓練に前のめりになって焦るシンハ。

 のんびり過ごしたいシンハとしては、森での狩りでさえ疲れるのにさらに二人の訓練に付き合うことは避けたいところだった。

 しかし、老人がさらに余計なことを言い出した。


「……嬢ちゃんは魔法の適正があるようじゃな」

「え、ほんと!?おじいちゃん!」

「……微量じゃが魔力を感じる。本来なら魔法使いの師匠から習うんじゃが、嬢ちゃんは早めに魔力を感じてコントロールする術を知っておいた方がよいな」

「何で?」

「このままじゃと、巨大になる魔力が体を蝕んでしまう。……ちょっとコッチきなさい」

「わかったわ」

「お、おい迂闊に近寄るなアリス」


 あまりにも気軽に老人に近寄るアリスにシンハは注意する。しかし、アリスは気にする素振りもなく老人へ近づいた。

 老人はアリスの顔の前に手をかざすと、何かボソボソと呟いた。すると、アリスの体から赤いオーラが溢れてきた。


「な、何これ?体の力が抜けていく……」

「だ、大丈夫か!アリス」

「おい、じいさん!これ大丈夫なのか!?死ぬとかないよなぁ!?」

「大丈夫、これは嬢ちゃんの魔力じゃ。今は無理やり魔力を活性化させたから体から放出されているだけじゃ。このままだと魔力が枯渇して動けなくなるけどね」

「全然大丈夫じゃねぇ!?」

「アリス、頑張れ!抑え込め!!お前はやればできる子だぞ!!」

「あんたら、うるさい……。頭に響いて痛いんだわ……」


 アリスが気怠げに文句をいった。

 このままだとすぐに魔力がなくなってしまう。


「嬢ちゃん、深呼吸じゃ。そんで魔力が自分の体を循環しているようにイメージしてコントロールしなさい」

「……わかった」


 そういって、アリスは目を閉じて深呼吸した。するとすぐに放出される魔力が少なくなり、やがて収まった。


「こりゃ驚いた。ちょっとヒントをあげたらすぐにコントロールしおったわ。想像以上の資質じゃな。」


 老人が感嘆の声をあげる間もアリスは魔力の循環に集中していた。少しでも気を抜くと再び魔力が漏れそうだからだ。

 

「今の感覚を毎日意識して過ごしなさい。嬢ちゃんならすぐに魔力をコントロールできて魔法が使えるじゃろう」

「ほんとう!?よし、帰ったら村長の家にある本から使えそうな魔法を探すわ!」

「おぉ、これはアリスも訓練がんばらなきゃな!」

「……そうね、弓の練習だけじゃなくて魔法の特訓もしなきゃ」

 

 素質がある者しか使えない魔力のコントロールを、すぐにものにしたアリスも凄いが、気軽に使って他人の魔力を覚醒させる老人は魔術に関してもかなりの熟練者と感じたシンハ。老人の謎がますます深まった。


(っていうか、魔法が使えるようになってアリスもますます訓練に積極的になっちゃったじゃん。そうなるとオレも巻き込まれて……。このじじい、余計なことを!)


 シンハが恨みのこもった視線を送った。

 それを見抜いているのかわからないが、老人はシンハを見返していたずらっ子のような笑みを浮かべた。


 *****


 それからしばらく、老人がアリスに魔力操作のコツを教えた。老人のアドバイスは分かりやすかったらしく、アリスの魔力循環は次第に落ち着き始めた。

 

「さて、もう十分じゃろ。結構長居してしまったし、そろそろお暇させて頂こうかのう」

「え!?おじいさんもう帰っちゃうの?」

「なんだよ〜、ゆっくりしていけよ〜」

「……いや、この森でゆっくりは危ないだろ」

「じゃあ村に案内するからさ〜。ゆっくりして行けよ〜」


 そもそも、この老人はどこから来たのだろう?結局老人に関することは何も聞けていなかった。


(結局何事もなくて大丈夫だったか。……いや、帰り際何か仕掛けるかもしれないし警戒はしとくか)


「ありがたいが、あまり時間がないのでな……」

「そっか……用事があるならしょうがねえな」

「おじいさん、元気でね。体に気をつけてね」

「……気をつけて、怪しいじいさん」

「ちょっとシンハ!さっきから失礼でしょ!!いい加減にしな!!!」


 今だに老人に懐疑的すぎるシンハに怒り、アリスはシンハのタンコブ目掛けて拳を何度も振り下ろした。


「いってぇ!?何回もタンコブ叩きはやばいぃ!!」

「ははは!!シンハはぶたれてばかりだな!」


 老人は立ち上がりながら、三人のやりとりを見て微笑んだ。その顔は少し寂しさが混じっているように見えた。


「仲が良いな、お前さんら。……そのまま仲良くな」

「おお!」「もちろん!」「……いわれなくても」

「……じゃあの」


 少し危なっかしい足取りで老人は歩き始めた。……しかし、少し歩いた後に立ち止まって三人へ振り返った。


「言い忘れておったわ」

「どうした?じいさん」


  老人は振り返らずに続けた。


「……旅をして感じたことじゃがな、そお遠くない未来、世界は荒れることになる」

「「「え!!!」」」


「各国で大きな混乱が起き、人々は不安に駆られて心が荒んでいく。ひょっとすると各地で戦争が起こるかもしれぬ」

「さ、最後にとんでもないことをブッ込んできたな!?」

「な、何それ!?大丈夫なの」

「……へぇ、そうかい。それは腕がなるねぇ」

「……ソル?お前、『そんなの俺が解決してやるぜ!』って考えてない?」

「さっすが親友!よくわかってるぅー!」


 やっぱりか、と呆れるシンハ。

 ソルの性格上、揉め事は放っておけないからだ。


「言っとくけど、だからって明日旅に出るとか言うのなしな?せめてもうちょい実力つける必要あるからな?」

「……俺の考えそこまでわかんの?すげぇなシンハ」

「ソルが短絡的なのよ……」


 シンハたちの漫才のような会話を聞いて、老人は改めて微笑んだ。


「ワシはその世界中で起こる出来事は、世界規模の大きな事件の前触れと考えておる。

 本来なら自ら調べるところじゃが……老先短い年寄りよりお主らのような未来ある若者に任せようかの」

「おおよ!任せときな、じいさん!」

「どうせ世界を旅するし、ついでに解決してあげますかね」

「ちょっと待って?オレ気ままな世界旅行のつもりだったのに、かなりハードな旅になりそうじゃない?」

「そうだな!だから鍛えようぜ!!」

「あ、もう全部そこになっちゃうのね、ソルの結論は……」

「ほっほっほっ……」

 

 老人は安心したような表情になり、再び前を向いた。

 さいごに……といって話を続けた。

 

「……ソル、お前さんはとても強くなる。

 今も年齢のわりには強いじゃろうが、もっともっと強くなるじゃろう。その強さはただ戦闘能力が高いだけでなく、暗く沈んだ者たちを照らし笑顔にする人格、どんな困難も切り抜ける心の強さじゃ。そんな強さをお主は持ってくれると信じておるよ」

「そ、そう?へへ、めっちゃ持ち上げてくれるじゃん。照れるぜ……」

「じゃが、その強さゆえにすべてを自分で背負おうとしてしまうじゃろう。自分のものも他人のものも背負ってしまう。強いがゆえに耐えてしまう。

 ……それではいつかお主は潰れてしまう。すべてを背負う必要はない。

 お主は決して一人ではない。必ず周りに心強い仲間がいるはずじゃから……。皆で背負っていけば良い。仲間を頼りなさい……」

「……わかった。覚えておくよ」


「……アリス、お主も強く、そして頭が良い。

 その二人を支えてやりなさい。君は優しくて繊細な子。時折自分が無力で何もできないと気に病みすぎることがあるかもしれないが、君にしかできないことは必ずある。だから、常に自分を信じてあげなさい。しかし、無理しすぎず、時には自分の弱さも仲間に吐き出しなさい」

「……はい!」


(……やっぱり会ったことあるのか?なんか二人のことをすごく知ってるかのようなアドバイスだな)


「……シンハ、お主は……普通じゃな」

「「プフッ!!!」」

「ふっざけんな、じじい!!!言われんでも自分でわかってるは!」

 

 二人への助言との差に、ソルとアリスは吹き出し、シンハは嘆いた。他人から言われると少しショックを感じるようだ。


「……まあ聞きなさい。お主は普通じゃが、数奇な運命に翻弄される。

 お主は、二人のような強さがないから同じ生き方はできん。優秀な二人と比べられて辛いことが多々起こるだろう。しかし、お主の生き方はお主意外誰にもできぬ。力なくとも知恵と勇気を振り絞って前へ進め。どんな運命が待っていても勇気を持って立ち向かえ」


 シンハの全身を不思議な感覚が駆け巡った。老人の言葉に全身が強く震え、心に刻まれた。


「……何か歳取るのが怖くなった。とりあえず覚えておくけどさ……」

「……ほっほっ、老人の戯言と聞き流すかどうかはまかせる。じゃが、どうしても伝えておきたくての……」

「……やっぱりどこかで会ったことがあるか?じいさん」

「ホントね。私たちのこと知ってなきゃここまでしっかりしたアドバイスできないでしょ?」

「オレもそう思ってた、そんでオレたちにこれから起こることも知ってるみたいな言い方だったし」

「……いったじゃろ?ワシはいろんな経験を積んできた。その経験値からそう分析したまでじゃ。――未来のことは誰にもわからぬさ」


「……わかった!もうじいさんが何者で、何で俺たちにいろいろと話してくれたかなんて気にしない!じいさんが俺たちにスゲェ期待してることはわかったぜ!!」

「ま、あとは私たち次第ってことね!まかせて、おじいさん!!」

「結局どこ出身かはおろか、名前も名乗ってくれてないけどな」

「もういいでしょ!そんなこと!」


 そう、結局いろいろな思い出話やアドバイスをしてくれたが、自身のことは何も言ってくれなかった。本来なら怪しさ全開だったが、なぜか最初からソルとアリスは老人を警戒せず、接してみてさらに老人に懐いたので何も疑わなかった。

 シンハも最後まで怪しんではいたが、老人の雰囲気に触れて警戒心が薄れていったのか最終的に話の信用はしていた。


「……お前さんらに“また”会えてよかった。……それでは、本当に……さよならじゃ。どうか元気でな……」

「「「??」」」


 別れを惜しむように呟いて、老人は本当に歩き去っていった。去り際にシンハの頭に手を当てガシガシと撫で、ソルとアリスに向けて満足そうにニッコリと笑った。


 その後ろ姿を眺めて、ソルとアリスは涙を流した。


「え!?な、何泣いてんだお前ら?」

「わ、わからんが……」

「うん、なんか……涙がでてきた。悲しいのか、嬉しいのか、寂しいのか……いろんな感情がでてきて……」

「それに、あのじいさんとはもう二度とあえないような気もしてな……」

「……初対面だよな?あのじいさんとは」

「「たぶん」」

「なのに何でそんなあのじいさんに心動かされてんの?」

「「……さぁ?」」

「……謎だ……」


 シンハは涙を流さなかった。初対面の老人と出会って別れただけなのだから、そこまで感情は揺れ動かないはず。

 しかし、シンハも妙な感情をもっていた。

 最後の老人からの言葉、助言と一緒に世界の命運を託されたような気がしていた。

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