第5話 勇者の資質

「時に、金髪の坊ちゃんは腕っ節に自信があるのかい?この森の獣では相手にならんと言っておったが……」

「ん?まあ、それなりかな?」

「何言ってんの!ソルはね、とっても強いんだよ!おじいさん!この村では狩人の人たちを含めて、間違いなく一番強いと思う!」

「アリス興奮しすぎだよ……。でも確かに強いと思うよ。少なくともこの森で一番強いといわれている大熊には一人で勝てるくらいには強いな」

「ほう……その年でなかなかの実力じゃな」

「え?そ、そうかぁ?」

「照れてる〜。ソルちゃんかわいい〜」

「だ、だまれ、シンハ!」


 この村には森の奥まで入り狩りを許された狩人たちがいる。言うなれば村唯一の戦闘技能を持つ人間。シンハとアリスは、そんな狩人たちよりもソルは強いと思っている。

 ……アリスは惚れた弱み補正でさらに美化されているようだが……。

 

「……ちょっと腰に持っているナイフを構えてくれないかの?」

「お?わかった」


 老人に請われてソルは狩猟用ナイフを構えた。実際に獣と対峙した時を想定した構えは戦闘している雰囲気をだしていた。


「なかなか良い構えじゃ。我流なのに攻め込む隙が少ない。じゃがナイフはお主に合わないな……」

「俺も本当は片手剣を使いたいけどさ、村では禁止されてるんだよ」

「この村じゃ15歳を超えて、村の狩人たちが認めた者のみに武器を持つことが許されてんだよ。このナイフも狩猟用だけど護身用として持たされたものなんだ」

「私の弓もこの森で隠れてつくったお手製なのよ」

「……作ったのはオレだけどね」


「……ならば、この剣を持ってみなさい」


 そういって老人は腰にもっていた短めの剣をソルに渡した。一般的な戦士が持つには小さめの剣だった。


「おお!片手剣だ!」

「通常の片手剣では少々重く感じるようになってな、少し軽めの剣なんじゃ」

「どうだ!似合うか?」

 

 ブンブンと剣を振るソル。初めて手にする実践用の剣だが、使い慣れたかのように剣を振う姿は剣士のようで様になっていた。


「じいさんの話聞いてやれよ。……まあ、様になってるよ」

「……か、かっこいい」

「……初めてなのに凄いのぉ。今の素振りだけでもなかなかの実力と見受けられるぞ」

「そ、そうか?へへ……」

「……ちょっと失礼するぞい?」


 今までの雑談で、老人がかなりの実力ある冒険者であるとソルは感じた。そんな老人に剣の腕を褒められて素直にソルは喜んだ。

 そんなソルを尻目に、老人はソルが持っていたナイフを拾って構えた。


「……今のワシに攻めてこれるか?」

「え、急にどうしたんだ、じいさん?」

「……いいから。ワシを森の獣と思ってかかってきなさい」

「おいおい」「お、おじいさん?」


 三人は驚いた。お互いの武器を交換してソルの剣術を見ようとする老人。それもナイフではなく、剣士としての技量を見ようとしている。

 しかし、老人はかなりやつれており、衰弱しているように見えた。そんな老人に打ち込んでこいといわれても躊躇してしまう。


「安心なさい。こんな体でも長年の経験でそれなりには戦える……」

「し、しかしよぉ……」

「それに……」


ズズ—


 「「「!!!」」」


 三人は息を呑んだ。老人からとんでもない圧力を感じた。衰弱した老人から発せられているとは思えない圧力の壁。


『少しでも間合いに入れば、斬る』

――全身でそう忠告しているようだった。

 構えているのはナイフだが、一刀両断されそうな雰囲気を感じ、三人はソルが老人に勝てるとは全く思えなかった。


(と、とんでもないじいさんだ!!ただのナイフが巨大な剣に見えてくる!!少しでも近づけば全身を切り裂かれる!!オレだったらすぐに逃げたい!!

 だけど――)


 ソルは違った。全身を緊張の汗で濡らしながらも少しずつ老人に近づいた。老人も自ら攻めるような動きを見せずにソルの動作を静かに見守った。


 そしてソルが老人にある程度近づいたところで――。


「……まいった。無理だ、攻め込めねぇし勝てるイメージがもてねぇ」

「ソ、ソルが何もせずに負けを認めちゃった」

「あの負けず嫌いがな。だけどあのじいさんに近づけただけでも凄いんじゃない?」

「かもね。でも、ショック受けてるよね……。あれだけ腕っ節に自信もってたから」

「……まあな」


 何もできなかった、その事実が一番ショックだったソル。村一番の強さと自分でも思ってて、それなりに世界にも通用すると思い込んでいた。

 だが、老人とのかけ離れた実力差に世界との途方もなく分厚く大きな壁を感じてしまった。


 そんな打ちのめされたソルに老人が声をかけた。


「……見事じゃ」

「……は?何がだよ。何もできなかっただろ?」


 突然褒められてバカにされているのか?っと怒るソル。

 

「それは違うぞ?お主は『動いて』『考えて』『選択した』。なかなかできることではない」

「?どういうことか全然わからん。俺はじいさんの圧に負けて何もできずに負けを認めたんだ。……自分の未熟さを思い知った……いや、思い知らされたよ」


「ほっほっほっ、その年で未熟じゃなかったら逆に成長はないぞい。未熟じゃからこそ成長ののび代がある。お前さんののび代はワシが今まで見てきた中でも随一じゃ。対峙してよくわかったわい」

「でも、何もされてないのに俺は負けを認めるしかなかった……」

「当然じゃ。ワシは何十年も戦い続けて手にした自信と実力がある。たった十数年しか生きていない小僧に負けてられんわい。見たかったのは勝敗やお主の剣術ではない」

「?」


 老人は続けた。

 

「お主はまず、ワシの圧に恐怖を感じたはず……。

 熟練の戦士が持つ技術……心の底から発せられる凄味みたいなもので、人によっては『覇気』や『オーラ』ともいわれている。実力差があれば無用な戦闘はせずに相手を引かせることができて、体力消耗せずに連続戦闘を続けることができる。大切な技術じゃよ」

「ふーん……」


(普段なら飛びついて聞きたそうな戦術の話なのに、全く聞いてないなソルの奴。大丈夫か?)

 シンハがソルの精神を心配する中、老人はさらに続けた。


「恐怖を感じながらも近づくために勇気を振り絞って『動き出し』、近づきながらも勝機がないか『考え』、無謀に突っ込もうとせずに勇気をもって降参を『選択した』。……これは実力ある戦士でもなかなかできぬことじゃ」

「……そうなのか?」

「うむ。なまじ実力があるとプライドができる。プライドを持つことはいいことじゃが、時にそれは重要な選択の邪魔になり、己の命を危険にさらしかねない。しかし、お主はプライドを乗り越えて行動できた。

 これはとてつもない『勇気』がいることじゃ」

「……」

 

「熟練の戦士でも絞り出すことのできない『勇気』……。それを既にお主は持っておる。だから見事といったんじゃ。」

「勇気……」


「実力なんて修練の差はあれど誰でも身につけられる。じゃが、勇気はなかなか身につけられない。何かキッカケが無ければ芽生えぬ『もの』と思っておる。実力と勇気の心、そして折れぬ信念を持つ者に人は惹きつけられ、こう呼ぶ。

 ――勇者や英雄と」

「!!!」

「……お主はそういった類の資質を持つ者じゃ」


 ソルは目を見開き輝かせた。物語にでてくる勇者や英雄になれる――。

 この老人にいわれたことが非常に嬉しく、全身に鳥肌がたった。


「そのためにはもっと強くなり、いろいろな経験を積みなさい。それは恐らく、この村だけでは手に入らないじゃろうな……」

「……だよな。……だよなだよな!やっぱそうだよな!!

 ありがとよ、じいさん!!当面の目標ができたぜ!もっと強くなって、いつか世界を旅するよ!あんたのような……いや、それ以上の冒険者になってやるぜ!!」

「……ほほ、それは楽しみじゃな」


(……やっぱそうなるよな、ソルなら)

 こんな凄い体験をして、さらに凄い体験を世界でなら体感できると知ったらもう止まらないだろう。ソルはそういう奴だから。そして――。


「シンハ、アリス!お前たちもそん時は一緒だぞ」

「もっちろん!面白そうだし、当然付いてくわ!」「ま、そうなるよな」


 当然二人を誘うこともわかってた。ため息をつきながらも不思議と嬉しい気持ちになったシンハ。


 老人が意図してかはわからない。しかし、老人に導かれて間違いなく物語は動き始めた。

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