第2話 森の奥にて

 三人が森を歩いてから数十分が経過した。


「いた……!灰狼が2匹だ……!」

「早く隠れましょ!あいつら目と鼻が効くから見つかちゃう!」

「……よく見つけられるな、ソル」


 三人は急いで草陰に隠れ、気配を消した。気配を消す技術は幼いころから森で遊ぶことによって身につけたものだ。

 シンハとアリスには何も見えなかったが、ソルには獲物の姿がはっきりと見えた。


「へへ、何か気配を感じたら目を凝らして周りをみるのがコツな」

「……まず気配を感じとるってなんだよ?」

「えっそこからか?気配を感じとるコツはだな……」

「しっ!静かにして!私にも見えてきたわ」


 体長2mはある大きな灰色の毛をした狼 —タート村の人間は灰狼と呼んでいる— 2匹がシンハとアリスの視界にも入る。

 空腹なのか、ギラついた目をキョロキョロさせて餌となる獲物を探しているようだった。


「1匹は俺がやる。もう1匹はシンハとアリスでやってくれ」

「わかった。シンハ、準備いい?」

「ちょっとまって、深呼吸と準備体操するから」

「私たちは準備できたよ、ソル」

「……あれ?オレ待ってって言ったよね?」

「よし、じゃあ合図をしたら一気に近づくぞ」

「……声聞こえてる?」


 ソルは大きめな狩猟用のナイフ、アリスは弓を構えた。何を言っても無駄とわかったシンハも渋々ナイフを構えた。


「……3……2……1……………………行くぞ!!!」


 そういった刹那、ソルがビュウッと猛スピードで駆ける。灰狼2匹も草陰から急に飛び出してきたソルに気づいたが、あまりの速さに臨戦態勢を整えきれなかった。

 

 その一瞬の隙をつき、ソルが最短距離で放った突きが1匹の灰狼に突き刺さる。しかし、灰狼は刺さった瞬間に回避行動をとった為、ナイフの刺さりが浅く、致命傷には至らなかった。


 臨戦態勢を整えた灰狼2匹は静かにソルと対峙する。


「あいかわらず速いな〜。全然見えなかった。」

「のんびりしてないで、あんたも行って……こいや!!」

「うおぃ!?蹴るなぁぁ!!」


 アリスの蹴りによって草陰から出てきたシンハに1匹の灰狼が気付く。


「ど、どうも〜」

「グルゥゥ……」

「……す、すごい牙ですね……よく突き刺さりそう」

「ガルアァァ!!!」

「ひぇっ!お、落ち着いて!!」


 唸り声をあげて飛びかかってきた灰狼を、ナイフを構えて迎撃……せずに避けるシンハ。

 ナイフで牽制し、牙やひっかき攻撃を捌き、何とかダメージを受けずに回避しつづける。


「ホント避けることに関しては村一番かもね、シンハは」

「ちょ、みて、ないで、はよ、弓うって!!」

「動きすぎて狙いづらいのよ、もっと灰狼の動きとめな!」

「勘弁して!、これで……うぉ、危な!……限界ぃ!」


 ったく〜、とため息を吐きながら弓を構えるアリス。

 灰狼の動きに合わせ弓先を動かす。やがて、灰狼の動きの”先の軌道”を予測し、矢を放った。


「キャイィ!?……グゥァ……」

「まだ生きてる!トドメさして!!」

「おう!」


 そのアリスの言葉に呼応するように瀕死の灰狼にナイフを深く突き刺し、トドメをさした。


「ふぅ〜、楽勝だったな」

「ヒィヒィ言ってたくせに、何が楽勝よ」

「傷一つついてないから楽勝でいいでしょ」

「あんたね……」


「おお〜い!そっちも終わったか〜?」

 そういってソルが、二人に近づいてきた。


「ああ、何とかね。そっちも終わった?」

「もう血抜きもやってるぞ!そっちも血抜きしよー!あとでこっそり食おうぜ!!」

「二人で戦ったオレたちより早く倒したのかよ。あいかわらず強いな〜、ソル」

「こっちはあんたが逃げ回るから時間かかったのよ」

「いやいや、村の狩人が三人いてようやく狩れる灰狼に、オレたち二人で勝てるのだって凄いと思うよ?それをたった一人で倒せるソルがとんでもないんだよ」

「鍛えてるからな!!」

「みんな鍛えているからそれじゃ説明になってないねぇ……」

「ま、ソルは特別なのよ、昔からこんな感じで何でもできたし」


 *****


 それからさらに森の奥へと進んだ。

 道中も何体か灰狼を見つけては狩り、襲われては迎撃した。さらには、森で最も危険な大熊にも見つかったが、こちらはソル一人で撃退した。


 少し攻撃を受けちまった、とソルは笑っていたが村の大人が5人がかりでも勝てない相手に1人で勝てる時点で普通ではない。


(アリスが言ったように、ソルは特別だ)


 小さな頃から一緒にいたからこそ、シンハは感じていた。

 ソルの常人離れした身体能力、行動力、そして大きな相手にも果敢に挑む勇気。


(ソルはこんな小さな村に収まらない器だ。きっとこれから世界に出ていって活躍していく男なんだろうな……。

 本人も昔村長の家で読んだ伝説の英雄譚を読んで村の外に興味を持っていた。いずれ村を出るんだろうな。……そうなったら、たぶんアリスも一緒に旅立つだろうな)


 ソルがどう思っているかわからないが、アリスは小さな頃からソルに好意を寄せている。幼馴染だからこそアリスの気持ちの機微を感じとれた。

 一時期アリスのことが好きだったシンハは、少なからず落ち込んだが、今ではアリスを応援している。


(二人が村を出て行ったら、オレはどうしようなぁ……)


 ソルはイケメンで強く、アリスも度胸があって、将来美人になると村中でいわれている。

 どこへ行っても輝かしい将来があるだろう。


(それに比べて、オレには二人のような誇れるものはない。何の特徴も夢もない、ただの『村人』だ。)


 歩きながらシンハは漠然と将来に不安を感じた。


 自分は何者になるのか?何者にもなれない『一般人』として一生を終えるのだろうか?

 つまらないけど、ささやかな幸せを見つけて穏やかな一生になると嬉しいのだが、それでいいのか?

 ……考えが堂々巡りとなっていた。


「……ん?二人とも止まってくれ」

「どうしたの?」


 何かに気づいたソルが2人を止めた。


「……何か見えたの、ソル?また獣?」

「……いや、違う。感じたことがない気配だ。……でも、危険ではない気配のような?……よくわからん」

「ソルでもわからない気配?大丈夫?引き返す?」


 そんな二人の会話が聞こえ、シンハは我に帰った。


「どうした?」

「何か得体のしれない気配を感じる。ちょっと様子を見てくる」

「いくらソルでも1人で行くのは危ないよ。オレも行く」

「ちょっと、か弱い女の子ひとり残して行く気?私もいくわ」

「えっか弱……な、何でもないです。」


 余計なことを言いかけたが、アリスがギロっと睨みつけたので、シンハは慌てて言い直した。


「おいおい、みんな来たら様子見にならねーぞ?」

「でも、こんな森の奥で別行動は危険だぜ?しかも得体が知れないんだろ?どう行動するにせよ三人で行動したほうがいいと思う」

「私も今回はシンハに賛成」

「……多数決じゃ俺の負けだな、みんなで行くか」


 三人で怪しい気配へ近づき、近くの木の陰に隠れた。

 すると、気配の正体が3人の視界へ入ってきた。


「見えてきた…………あれは、じいさんか?」

「ホントだ……おじいさんだ、でも村では見たことないよ?」

「しかも何でこんな森の奥に?怪しくないか?」


 ソルの感じた気配の正体は、痩せ細った老人だった。

 紺色の装束を身にまとい、黒髪が混じった長い白髪を後ろで束ねた老人が胡座をかいて座っていた。

 体調が悪いのか、顔色が悪く、大木に背中を預けて目を瞑っている。


(格好も怪しいなぁ……けど何か……)


「怪しいけど、危ない人じゃなさそうな……」

「ソルもそう思う?私も何か昔からしっているおじいちゃんみたいな雰囲気を感じちゃった」

「……でもあんな老人が一人で森の奥にいるのは妙だ。気をつけろよ?」


 ソルとアリスは老人への警戒心を緩めていたが、シンハは違った。


(確かに危険人物って感じはしないが、何か背中がゾワゾワする。怖いとかヤバいとかは感じないけど、何か違和感を感じるんだよなぁ。得体の知れないじいさんだ……)


 まあ森の奥にいることが明らかに違和感があるから感じたのか、

 とシンハは自己完結した。

 そうこう考えていると、老人がゆっくり目を開けた。


「……誰かそこにおるのかい?」


 老人は突如話しかけてきた。

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