序章 はじまり

序章 第1話 火の国のタート村

「シンハー!朝ごはんできたよ!さっさと起きなさい!!」


 母の大きな声とシャーっと勢いよくカーテンを開けた音でゆっくりと目を覚ます。

 少年という年を過ぎ、青年に差し掛かった黒髪の男の子。


 森に囲まれた小さな村『タート村』に住むこの少年の名はシンハ。どこにでもいるような普通の少年である。


「……急に開けるなよ、まぶしいなぁ」

「嫌だったら自分で起きなさい、もう小さな子供じゃないんだから」

「……もう少しゆっくり寝かせてくれよ、かあちゃん」

「何言ってんだい!今日何か用事があるんでしょ!ソルくんとアリスちゃんが玄関で待ってるんだよ!!」

「……何か予定あったっけ?」

「遊ぶ約束でもしたんでしょ?しっかりしなさいよ……」


 シンハの母は呆れた顔でため息をついた。


「お――――い、シンハ――――――!!どうせ寝坊しているんだろ――――!!迎えにきたぞ――――――――――!!」

「声が大きい!耳元で叫ぶな!」

「あっわりぃ。はははは!!」

 

 よく響く男の子の大きな声と、それを諫める女の子の声がした。その大声でシンハは頭が醒めた。

 

「……この大声はソルだな?まったく近所迷惑な奴だなぁ」

「あんたの寝坊のせいでしょうが!!ボヤッとしてないで早く準備しな、オラァ!!」

「いてぇ!ぶたないで!準備しますからぁぁ!」



 *****



「……いってぇ〜、タンコブできてるよ……あの暴力ババアめ」

「ははは!寝坊するお前が悪いんだよ!」


 タンコブになった箇所をやさしく撫でながらぼやくシンハに、先ほど大声でシンハを呼んだ男の子、ソルが反応した。


 金髪にスカイブルーの瞳をもつ男の子で、シンハとは同じ歳の幼馴染。シンハよりも少し大きい身長で、引き締まった肉体をしている。顔のパーツが整った爽やかな青年は、白い歯を見せて朗らかな笑い声を響かせた。


「まったくね、どーせ約束を忘れてたんでしょう?シンハはどこか抜けてるのよねー」

「……ち、ちがうよ?約束はちゃんと覚えてたよ?ね、寝ぼけてただけだから」

「めっちゃどもってるじゃん。図星でしょ?」


 もう一人の幼馴染、赤髪にブラウンの瞳の女の子、アリスが呆れながら話した。シンハとソルよりも1つ年下、愛らしい顔立ちは大人と子どもの中間の印象があり、大きな吊り目が勝気な少女の雰囲気を醸し出している。


 シンハ、ソル、アリス。この3人は小さな頃からほとんどの時間をともに過ごした幼馴染であり親友。

 兄弟のように育ってきた彼らはお互いの性格も熟知していた。


「いや、ほんとに覚えてるって!森で遊ぶんだろ!」

「遊びじゃない!サバイバル訓練だ!」

「一応は覚えてたんだ、珍しい〜」

「あ、あったりまえじゃないですか……(て、適当にいったけど当たってた……よかった〜)」


 ここ『タート村』は小さな村のため、娯楽や遊び場が少ない。

 そのため、子どもたちにとって森は自然が生み出した天然のアスレチックで唯一の遊び場である。

 ただし、森の奥に進むにつれて大きくて獰猛な獣が潜んでおり危険なため、村長の許可が無ければ森の入り口近辺までしか入れない。


 しかし、成人に近い子どもたちは度胸試しに森の奥に進むことが多い。もし大人にバレたら非常に恐ろしいおしおきがあるのだが、好奇心の強い子どもたちは言う事をきかなかった。


「今日は昨日よりもさらに奥へ入ろう!シンハ!アリス!装備は大丈夫か!?」

「ええ、バッチシよ!」

「……猛獣が出てきませんように」


 シンハたちも例に漏れず、森の奥を目指していた。シンハの場合は森の奥に興味はなく、ソルとアリスに強引に連れられてきている。二人は強くなるために森の奥を目指していた。

 

「何弱気なこといってんだ、シンハ!出てきてくれたほうがいいだろう!!じゃなきゃ戦闘訓練になんないぜ?」

「オレはべつに訓練しなくてもいいんだけど?」

「シンハは少し運動したほうがいいよ?弱い男の子はモテないよ?」

「大型の獣との戦闘は少しの運動か?アリスは野蛮な女のコだね〜」

「あ゛んだと?」

「いったい!タンコブをぶたないでぇ!!」



 朝起きて、森へ行って度胸試しの戦闘訓練、夕方には帰って家の手伝い。

 これが3人の幼馴染が過ごす普段の平和な日常だった。

 しかし、今日という日を境に3人の日常は変わっていく。


 ――世界中の運命が動き始めたことを、まだ誰も知らない。

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