第4章(7/7)
どうして、と泣いて縋ってくる子どもたちがいた。幼く小さな手が綸子の膝を叩いていた。
――「どうして、キコおねえちゃんはかえってこないの?」
――「どうして、リンズねえだけしかいないの?」
――「わたしたちのおねえちゃんを、かえして」
その日から、綸子は〝生かされた罪〟を背負うことになった。
綸子が束の間の夢から醒めると、駛良が感情を読ませない瞳で綸子を見下ろしていた。
この男を道連れにして地獄に堕ちることができたのかと喜んだのは一瞬、感覚が麻痺しているがゆえの全身の鈍い痛みが、まだ自分たちが死んでいないことを否応なしに知らせてくる。
「……どうして、止めを刺さないの」
無意識に漏らしたのは、そんな言葉だった。
直前の状況が脳裏に甦る。綸子の放った乾坤一擲の魔炎は、しかし駛良の繰り出した抜刀術を乗り越えることはできなかった。炎龍の顎門を押し破って肉薄してきた駛良はそのまま綸子をも斬り付けた。――あろうことか、致命傷にならないよう、適度に加減しながら。
命を捨てずに済んだ安堵よりも、それを拾わされた屈辱の方が優っていた。
またか、と綸子は思う。また自分は死に損なった。
「……ま、今のお前を斬るのはちょっと寝覚めが悪いんでな」
駛良は頭を掻くと、誤魔化すように口に棒付き飴玉を咥える。ふざけるな、と叫びたい気分だったが、生憎とそれができるだけの気力は残っていなかった。
代わりに、綸子の湿った声が零れ落ちる。
「私は……私はただ、赦されたいだけなのに」
「…………」
駛良がじっと綸子を見下ろしてきた。今まで口に出したことはなかったが、綸子は彼の目が嫌いだ。いっそ大嫌いでさえある。
静謐を孕み、それでいて清冽な気迫を纏った瞳。その双眸に見つめられると、まるで全てを見透かされたかのような、そんな不安に駆られてしまうから。
と、少年の瞳が不意に剣呑さを帯びる。
「赦されたいって、誰にだよ」
「それは――」
綸子の脳裏をよぎったのは、喜古の〝実家〟である孤児院の子どもたち。慕っていた年長者の訃報に涙した彼ら。――しかしどうしてか、そこに喜古の顔は思い浮かばなかった。
「伊江奈兵長に生かされた、ってお前も考えてるんだろ? なら、生き抜けよ。そしてあの世であの女を見返してやればいい。生かされた命で、どれだけ多くの人間を笑顔にできたか、ってな」
「笑顔……?」
できるのだろうか。孤児院の子どもたちを泣かせてしまった自分に、そのような真似が。
駛良は何か観念したかのような無表情で、そっぽを向く。ここに居るはずの誰かを探すように、店の中に視線を巡らせながら、
「実際、そうでもしねえとあいつは笑ってくれそうにないからな」
その瞬間、綸子の中で急に得心がいった。駛良が目指そうとしているものについて。
彼はただ、その誰かさんを幸せにしたいだけなのだ。そのために、自分もまた幸せでなければならないと、そんな単純な事実に気づいただけなのだろう。
或いは――喜古もまた、そうだったのだろうか。
嗚呼、悔しい。こんなことにさえ、自分だけの力で気づけなかったとは。
綸子は瞼を閉じる。その裏に写る喜古の背中は、依然として遠い。
けれども、今はまだ、手が届かなくても良いかもしれないと、そう思えた。
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