第4章(3/7)

 日も沈んだ頃。城外に展開させられていた龍敦憲兵分隊は、奪還した龍敦警察署内に臨時の指揮所を設けていた。


 元より警察署を襲撃した部隊は、憲兵隊を引き付けて時間稼ぎするための陽動だったのだろう、〈五稜郭〉が占拠されたという一報が入るや否や、彼らはあっさりと投降した。

 もちろん捕虜にされたからといって、訊かれるがままに〈叛乱軍〉の詳細を答える者たちではない。腐っても〝近衛〟の名を冠された部隊の所属である彼らは、士族叛乱の意義こそ熱を込めて語るものの、実際の作戦行動については堅く口を閉ざしたままだった。


 なので、指揮所に詰めていても何ら事態は動き出しそうにないと、駛良は待機命令が出ているのを良いことに、警察署を抜け出して〈五稜郭〉城門の周辺を散策していた。


 超弩級星形要塞〈五稜郭〉。

〝敵〟に回して改めて、その異様なる威容を実感させられる。


 地平線を見透させない高々とした城壁。その壁面に刻まれた幾重もの魔法陣は、あらゆる外敵からの干渉を防ぐ複層結界の術式。加えて壁をよじ登ろうとする者らを撃退するための罠が至るところに仕掛けられている。


 そして上空にまで目をやれば、魔力で編まれた不可視の天蓋が城全体をすっぽりと覆っている気配。それ自体は障壁のような役割を果たすものではないものの、指一本どころか髪の毛先が触れただけでも検知してしまえるという、強力無比な監視網――《天網》だ。


 つまり、誰にも気づかれずに城の内外を出入りすることなど不可能ということだ。それこそ気配遮断の魔法――禹歩を用いようとも、天網恢々とばかりのその鋭敏な感知能力は欺けないだろう。


 ちっ、と駛良は舌打ちする。完全に〈叛乱軍〉の後手に回ってしまっていた。


〈五稜郭〉を占拠するということは、同時にその内部の人員を人質に取っている状態を意味する。――命に代えてでも守ると誓った花鶏もまた、その一人であり。


 何が、花鶏を守って死ぬために生まれてきた、だ。そのように嘯いた矢先にこの様だ。


「母さんといい、伊江奈上等兵といい、花鶏といい、……どうして俺に関わった女は、どいつもこいつも俺の手の届かねえところで先に逝っちまうんだ」


 そう言えば綸子も憲兵分隊屯所に取り残していたのだったか。彼女も彼女でいけ好かない相手ではあったが、だからといって駛良の不運に巻き込まれて死なれるのも、少々寝覚めの悪いものがある。


 打つ手もなく歯軋りしていた駛良に、背後から声を掛けられたのは、そんな折のこと。


「よう、シロ助。いつにも増して物騒な表情かおしてるじゃねえか」


「シロ助言うな」


 気配は察していたので、別に驚きはしなかった。ただこのような状況で相手にしている余裕がなかったから無視していただけだ。


 駛良の振り向いた先に居たのは、状況の深刻さを鼻で笑い飛ばすかのような、軽佻浮薄極まりない格好の偉丈夫――大杉栄だ。その隣に連れ添っているのは、これまた銀幕に写る職業婦人がそのまま飛び出してきたかのような姿の伊藤野枝であり。


 反体制組織〈奇兵隊〉を率いる二人組だった。

〈叛乱軍〉とはまた性質を異にする〝敵〟の登場に、自然と駛良の顔つきも険しさを増す。


「この機に乗じて悪事を働くつもりですか?今度ばかりはさすがに見逃せませんよ」


「おぉ、怖い怖い。ま、おまえの言葉を否定はしねえけど、たぶんおまえの想像してるのとはちょっと違うかなぁ、おれらがやろうとしていることは」


 駛良は無言のまま抜刀し、その鋒を大杉の鼻先に突きつける。ひゅう、と大杉は口笛を鳴らした。ぴくり、と駛良の眉が動いたが、剣先は微動だにしない。


 うむ、と大杉は満足げに頷いた。


「今、ただの挑発か魔法の前触れかって、一瞬悩んだだろ」


「…………」


 刀の柄を握り締める手の力が強まる。依然として刃を向けられたままの大杉はくつくつと笑いながら、


「別に莫迦にしてるわけじゃねえよ、むしろ褒めてんだ。頭に血ぃ上ってるみてえだが、今度・・はちゃんと冷静な判断力も生きてるみてぇじゃねえか」、


 大杉が暗に仄めかした〝以前〟とは、勾田が二室戸に殺された直後のことか。確かにあの時は冷静さを失って、感情任せに剣を振るっては大杉に為す術もなく打ちのめされてしまった。


 だが、あの時はあの時、今は今、だ。こうして命を繋いでいるのだからこそ、今度は判断を過たない。――花鶏の命を救い出すためには、一瞬の気の緩みも許されない。


 くすっ、と小さく失笑したのは伊藤だった。


「いいわね、今の駛良くん。男の子の顔、してるわよ」


「俺は生まれついての男ですよ」


「そういう意味じゃないんだけど……あ、ごめんねエイちゃん。話の腰を折っちゃったかな?」


「いや?むしろ適度に緊張がほぐれて良かったと思うぜ」


 なぁ、と大杉は同意を求めてくるが、駛良は当然のように無視した。


 とまぁそういうわけで、と大杉は何事もなかったかのように話を進める。


「おれらはちょっくら〈五稜郭〉の中で用を足してこようと思うんだが……せっかくだからおまえも一緒に来るか? ――って、これはそういうお誘いの類いなんだわ」


「〈五稜郭〉の中? この状況で潜り込める当てがあるっつうのか?」


 大杉の言に軽く目を瞠る駛良。


 それと同時、つと駛良の中で、今までずっと気づいていなかった一つの奇妙な事実が浮かび上がる。


〈五稜郭〉の誇る監視機能――《天網》は、大杉の得意とする気配遮断の魔法をしたところで欺けるものではない。しかし大杉は誰にも気づかれることなく頻繁に〈五稜郭〉を出入りしており、今もまたこうして閉ざされた城門の向こうを目指そうとしている。


 この男は、一体どのような魔法を使って《天網》の隙間を掻い潜っているのか――。


「おっと、言っとくが別に魔法の類いじゃねえぞ? つーか、んな便利なもんがありゃ切り札として大事に取っとくっつうの」


「じゃあ何だと言うんですか」


 駛良の詰問に、大杉は突きつけられた鋒を指で押し退けると、


「たぶんおまえも知らねえような、この城の〝真実〟って奴さ」

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