第4章(2/7)

[こちら北部第二区、制圧及び非同盟人員の収容を完了]


[こちら北西部第六区、自分たちも制圧及び非同盟人員の収容完了しました]


[――本部了解。二室戸中尉、以上にて〈五稜郭〉の主要箇所の掌握を完了致しました]


 二室戸の脳内に、方々からの報告が飛び交う。お疲れ様です、と二室戸もまた言葉を返す。


「皆さんはそのまま待機しつつ監視を続けて下さい。特に魔導師の方々の挙動にはより一層の注意を」


[了解]


 一斉に為された威勢の良い返事に、二室戸も満足げに頷く。 ――近衛独立混成旅団司令部の通信室だ。学校の教室ほどの広さの中に、壁際には電話機や電信機などといった機械設備を並べ、床には通信魔法を操るための魔法陣も描画した部屋だ。

 室内には二室戸のほかに三人ほどの通信兵が詰めている。いずれも通信魔法を会得している魔導師たちである。


「では、私は別命がありますので一旦失礼しますね。皆さんも根を詰め過ぎないよう。争議たたかいはまだ始まったばかりですからね」


 この場に集っているのは、いずれも士族の誇りを奪われんとする志を同じくする者らだ。


 もちろん旅団内にはこの運動に反発する者ら――例えば但馬陽のような――も少なからず存在したが、彼らにはこの決起に際して身体の自由を奪わせてもらっている。


 非同盟人員――もとい反対派の封じ込めのために当たらせている分を除けば、実働できる戦力はおよそ千五百といったところか。大雑把に一個連隊ほどの規模だ。


 少なくはないが、要塞を占拠する分には多いというほどでもない人員で、ここまで効率良く〈五稜郭〉を手中に収めることができたのは、ひとえにここが彼ら自身の拠点でもあるからだ。


 攻城と防衛は表裏一体だ。どうすれば自らの城を攻め落とすことができるかと熟知していなければ、敵軍の侵略を防ぐことなどできない。したがって〈五稜郭〉を最も効率的に攻め落とすことができる部隊は、他ならぬ〈五稜郭〉の警護に当たる近衛独立混成旅団自身なのだ。


 二室戸が旅団司令部内の正面玄関を通りかかると、ちょうど決起部隊の一員である綸子が戻ってきたところだった。

 すると二室戸の姿を認めた綸子が素早く敬礼する。


「土橋綸子通信兵伍長、ただいま帰還致しました」


「お疲れ様です、土橋伍長。憲兵隊の内偵調査、よく頑張りましたね。おかげで甘粕大尉の居ない隙を突くことができました」


 と、そこで二室戸は綸子が引き連れているもう一つの人影に気づく。


 仔馬の尻尾のように結われた後ろ髪をゆらゆらと不安げに揺らす少女――豊田花鶏。一見平凡な町娘だが、八神駛良に所縁のある人物ということで、その重要性は非常に高い。


「花鶏さん、こちらに連れていらしたのですか」


 すると綸子は咎められたとでも勘違いしたのか、上擦った声で、


「い、いけませんでした? 八神との交渉に使えると思ったんですけど」


「いいえ。むしろ良い判断だと思いますよ。あの厄介な少年を封じ込める抑止力として大いに期待できます」


 そう言って笑みを深める二室戸を、花鶏がじっと見つめてきていた。どのような困難にも挫けんとする意志の強さを孕んだ瞳だった。


 いい目をされていますね、と二室戸は内心で舌を巻く。綸子よりか花鶏の方が肝が据わって いるようにさえ見えるほどだ。


 そんな二室戸の内心を知ってか知らずか、綸子が小さく唇を尖らせながら尋ねてくる。


「八神が厄介?過大評価じゃないですか?」


 綸子の言に、花鶏もまた興味深げに瞬きする。どうやらこの二人の少女は駛良の真価にはまた気づいていないようだ。

 しかし、そんなところもまたあの少年らしくて、くすり、と二室戸は場違いにも失笑してしまう。


「むしろ土橋伍長の方こそ八神伍長を過小評価されていると思いますよ。ご存じの通り、ああ見えて彼は尼港を生き抜いた男ですからね」


 尼港、という単語に少女たちが軽く身震いする。


 実は二室戸もまた尼港とは無縁ではなかった。救援軍の一員として彼の地へと赴いたのだ。

 その惨状を目の当たりにしたからこそ、二室戸は確信している。その激戦を生き延びた者ら ――篩に掛けられてなお淘汰されることのなかった者らが、確かな実力の持ち主であることを。


「尼港は、それはもう筆舌に尽くし難いほどに酷い場所だったのですよ。幸運や奇蹟、ましてや惰性などで生き残れるほど――あの地獄は甘くありません」


 生きる。生き抜く。そう力強く言い切った者たちだけが生き延びたのだと、二室戸はそう考えている。


「自分の意志で生き抜いたからこそ、シロくん……八神は今も生きている、ということですか?」


 そう尋ねてきたのは花鶏だ。空気を読んでかずっと口を閉ざしていた少女の質問に、ええ、と二室戸は力強く首肯する。


「少なくとも私はそうだと思っていますよ」


 何が意外だったのか、花鶏はくりくりとした目を丸くしている。ただ、そうなんだ、と呟きを漏らした口許は少し嬉しげなようにも見えた。


 反対に眉間に深い皺を刻んでいるのは綸子であり。


「昔はどうだったか知りませんが、今もそうだとは限らないんじゃないですか?どんな名刀だって放っておけば錆びるじゃないですか」


 そう言う綸子は、先日の報告書によれば、龍敦市の郊外にある妓楼〈壱葉〉の中で駛良と自働人形が一戦を交える様子を目撃していたはずだ。


 にもかかわらず――いや、だからこそ、と言うべきか。


「土橋伍長が先日ご覧になった八神伍長の一戦ですが……あの時の八神伍長は、決して全力を出し切っていたわけではありませんから」


「……っ! だ、だからって――」


「本気、だけでは駄目なのです。報告にあった人形とて、せいぜい同格程度でしょうからね。そうではなくて、本来であれば勝ち目のなさそうな格上を相手に全力を発揮してこそ――あの少年の真価が現れるというものなのですよ」


 そこまで言葉を尽くしたところで、自分でも意外なほどに熱を込めて語ってしまっていることを自覚する。これではまるで恋い焦がれる少年のようだと苦笑する二室戸。


 何はともあれ、と青年将校は士官候補生の少女を見据える。


「大方、この機に乗じて八神伍長と決着を付けてやろうなどとでもお考えなのでしょうが……くれぐれもご油断なされぬよう。忠告は、しておきましたからね」


 歯噛みしながら俯く綸子の隣を、では、と二室戸は通り抜けようとして、ふと足を止めた。


「ああ、そうだ。花鶏さん」


 急に名前を呼ばれて驚いたのか、花鶏が弾かれたように二室戸を振り返る。二室戸は安心させるような笑みを浮かべながら、


「驚かせてすみません。あなたのお父上――豊田鷹寛上等兵ですが、実は我々の包囲網をくぐり抜けて未だに逃走中でして。まだ掴まったわけでも、もちろん死体で発見されたわけでもありませんので、ひとまずご安心召されれば」


 花鶏は鳩が豆鉄砲を食ったよう顔をしたが、やがて言葉に迷った末という様子で

「ありがとうございます」と硬い声を発した。


 それでは今度こそ、と二室戸は少女たちと入れ違いに旅団司令部の外に出る。

 そして立ち並ぶ三棟の庁舎を振り返りつつ、通信魔法で部下たちと意識を接続する。


「二室戸です。八神俊成大佐のご様子はどうですか?」


 返事はすぐだった。


[こちら合同庁舎班。今のところ八神大佐は我々の指示通りに動いてくれております]


「了解です。何か異変があればすぐに報告をお願いしますね」


 言い置きつつ、早い時点で俊成が動くことはまずないでしょうね、と心中で呟く。


 俊成が下手に行動を起こせば――そのまま事態を解決してしまえば、治安維持を主任務とする憲兵隊の面子を潰すことになってしまう。見ようによってはつまらない縄張り意識とも写りそうだが、俊成のそれはきっと、他部署に対する信頼だろう、と二室戸は考えている。

 何せ俊成は、あの駛良の父親なのだから。筋を通そうとするところは親子でそっくりだ。


 だから――二室戸がこの争議の裏側で目論む〝もう一つの目的〟を達成するには、今この瞬間に動き出さなければならない。俊成が静観を続け、駛良がまだ間に合っていない、この短い間隙だけが好機なのだ。


「悪く思わないで下さいよ。これでも私は、人類ひとびと救済しあわせを願っているのですから」


 西の空に、宵の明星が輝く。

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