第3章(9/10)
憲兵分隊屯所に出勤すると、昨日の時点で本人から聞かされていた通り、分隊長の甘粕は帝都に出張中だった。彼にも気苦労を掛けてしまっているな、と駛良は内心で頭を垂れる。
分隊長の不在によって、屯所内の空気は多少緩むことになるのかと思いきや、むしろ普段よりも張り詰めたものが感じられた。不安、だろうか。甘粕の居ない瞬間に限って問題が起きてくれるなよ、という風なところか。隊員たちの甘粕への信頼は絶大のようだ。
そして〝問題が起きる〟心当たりがあってしまう駛良もまた、人知れず気を引き締める。
二室戸ら〈叛乱軍〉が、龍敦憲兵分隊の動向をどの程度把握しているのかは解らないが、甘粕の不在は武装蜂起するのに絶好の機会であることは言うまでもない。
と、そんな駛良は自然と殺気立ってしまっていたのか、すれ違う隊員たちが怪訝そうに駛良を振り向いていたが、今はそれに気を配る余裕などなかった。
特殊捜査班事務室の中に既に出勤していた綸子の姿を見つけた駛良は、開口一番に告げる。
「班長命令だ。俺と付き合え、土橋」
すると綸子はぎょっとした顔で駛良を振り向いた。心なしか、微かに頬が紅潮しているようにも見える。ややあって、駛良は自分の言葉が不足していたことに気づく。
「今日一日、特殊捜査班はひたすら城内の警邏に当たる。で、お前は俺と組め。……憲兵分隊の中で〈叛乱軍〉の存在を知っているのは、俺たち二人だけだからな」
「ああ、そういうこと……。って、他の班員って実在したの!? 私、一度も見たことないんだけど!」
「いや、たまに廊下ですれ違ってるぞ。別にお互いに用はねえから俺もいちいち紹介してなかっただけで」
「そこはちゃんと紹介しておきなさいよっ」
「機会があればな。つーわけで、さっさと準備しろ」
言いつつ、駛良は業務連絡用の黒板に命令を書き記す。理由も何も明らかにしない一方的な命令だが、特殊捜査班の中では珍しくない光景だ。必要だから命令されている、という信頼が自分たちの中にはしっかりと根付いているから。
相も変わらず文句の多い綸子を引き連れることに億劫な気持ちにさせられながらも、駛良は部下の少女と共に屯所の外へと足を踏み出す。
それで、と駛良の後ろで綸子は唇を尖らせる。
「警邏って、具体的に何をするのよ?ただ単に景色を眺めているのとは訳が違うんでしょ」
「まあな。とりあえず人でも物でも、怪しそうなものには片っ端から目を付けていきゃいい」
「なら筆頭は貴方よ」
綸子は駛良を指差す。
「敵の屋敷に殴り込む直前のやくざみたいな顔をしているわよ。さっきから通行人がみんな貴方を振り返ってるじゃない」
「む、そこはまぁ追々改める……」
屯所内ならばともかく、外に出た以上、人目――特に〈叛乱軍〉の監視を気にする必要がある。如何にも〝何かを企んでいます〟という顔で出歩けば、かえって〈叛乱軍〉を早まらせてしまうかもしれない。
――「あなたの親しい方々にまで災難が降りかかるやもしれませんよ?」
二室戸の思い通りには、絶対にさせない。
「だから、顔が怖いって」
「…………」
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