第3章 問われるものは
第3章(1/10)
「自分がどうして呼び出されたか、解っているかい?」
「心当たりがないとは申しませんが、誤解を招かないよう、大尉殿自身のお言葉を賜りたいところであります」
甘粕の問いかけに、駛良はしれっとした顔で返した。
未だかつて、一週間の中でこう何度も分隊長の呼び出しを喰らうことがあっただろうか。
分隊長執務室の中、後ろ手を組みながら直立不動を保つ駛良は、そのようなことを考えていた。
甘粕は呆れとも諦めとも付かない溜息を漏らしながら、
「昨晩、お前さんは遊郭で大立ち回りを演じたそうだねぇ?」
「花魁の方から自分に迫ってきましてね。しかし自分は職務中だったため、やむなく振り払ったまでですよ。しかし向こうさんもそれでおめおめ引き下がれぬとばかりに――」
「格好良く捏造しても無駄だよ。こちとら詳細は既に把握している。高級娼館の中で自働人形と闘って、店の中を滅茶苦茶にしたんだろう」
更に続いた甘粕の言によれば、どうやらあの場に居合わせた高級将校が駛良の素性を突き止めて龍敦憲兵分隊へと苦情を申し立ててきたらしい。大方、お楽しみを邪魔された腹いせだろう。しがない下士官を相手に結構なことだ。
「……そこまで解っていながら空とぼけるとは、大尉殿も随分とお人が悪い」
「とぼけていたのはどっちだい」
ぴしゃりと言い放たれて、駛良は微かに鼻白む。
しかし言葉とは裏腹に甘粕からはあまり怒気を感じ取れない。形ばかりの叱責をしているに過ぎないと言わんばかりだ。
甘粕もそんな駛良の内心を気取ったのか、
「これでお偉方への体裁は保てたとして――本題はここからだよ、八神伍長」
甘粕の目許が引き締められて、駛良も無意識に居住まいを正した。
甘粕は執務机の上で手を組みながら肘を突く。
「それで、成果はどうだった」
「但馬陽大尉の手記を入手できました。勾田准尉が亡くなる直前に発見していたもののようです」
「真崎少将――旅団長の暗殺未遂事件と、勾田の死は、やはり関係があると?」
「具体的な繋がりは解りませんが、その可能性が一層高まりましたね。……目撃者の話によれば、あれは他殺の疑いが濃厚です」
目撃者、と甘粕は小声で繰り返したが、駛良は聞こえなかったふりをする。
さすがに分隊長の前でかの有名な破壊活動家の名前を出すことは躊躇われた。下手をすれば叱責の種が増えかねない。触れないで済むならそれに越したことはない。
幸い、甘粕は〝目撃者〟について特段の興味は持たなかったらしく、
「肝心の手記の内容は調べたのかい?」
いえ、と駛良は首を横に振る。
「魔法による防護が施されているようでして……開錠に少々手間取りそうです」
仕組み自体は単純で、何かしらの合言葉を吹き込めば良いというものだ。
しかし駛良は、勾田や伊藤のように但馬と親しい間柄にあったというわけではないので、その合言葉にてんで予想が付かない。いっそ伊藤に問い合わせてみようかとも考えたが、あの雌狐のことだ、きっとそれなりの代価を吹っ掛けてくるに違いないので、これは選択肢から除外 している。
それに、全く手がない訳ではないのだ。
「まぁ土橋伍長に頼めばどうにかなるでしょう」
「そうだね。呪術全般の解析も通信兵の専門分野だ。ああいった人材は
「……ですね」
応答するまでに間があったのは、綸子以外ならば、と頭の中で思ったためだ。確かに通信兵並みの技倆を持つ魔導師が龍敦憲兵分隊に加わってくれれば心強い。しかし綸子自身は真っ平ご免だ。
ところで、と甘粕は革張りの椅子に背を凭れる。
「
「はぁ……それはまたどうして」
唐突な話題の転換に軽く戸惑う駛良を、甘粕の隻眼がじろりと捉える。
「このところ立て続けに事件が起きているからね。旅団長の暗殺未遂に、勾田の殉職に、昨晩はお前さんの大暴れに――」
む、と駛良は押し黙る。ここで再び自分が槍玉に挙がるとは思わなかった。
「ともあれそういう次第だから、向こうで直接状況説明しなければならなくなったという訳だよ」
「それは、何つーか、お世話様ですね」
甘粕に気苦労を強いる原因の一端は駛良にもあるので、迂闊に言葉を挟めない。
甘粕は、ふふん、と意地悪く笑うと、
「そういう訳だから、八神伍長にはより一層職務に精励してくれることを期待するよ」
了解です、と駛良は敬礼し、執務室から退出した。
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