夢見屋【幻堂】営業中
速水くん、初めてのお客様
蝉が忙しなく鳴いている。毎年毎年、この時期が嫌いだった。クーラーが無く扇風機1台しかない教室で朝から夕まで授業をしたあと、何が楽しくてしなければならないのか分からない部活で帰宅まで時間を費やしていた。夏の部活は特に地獄だった…だから夏は嫌いだ
「いらっしゃいませ」
クーラーの効いた店内に店主さんの心落ち着かせる穏やかな声が響く。カウンター越しに来客した方に商品を売り、帰るその背が見えなくなるまで彼はお客から目を離さない
「掃除終わりました」
「ありがとうございます。お疲れ様でした……では少し休憩にしましょうか、お客様の足も途絶える頃ですし」
お客さんが見えなくなったのを見計らい陽介が声をかけると店主はドアから視線を外して言った。優しく目元を緩め自身を見つめる店主に陽介は「はい」と頷き戸棚を拭いていた雑巾を片付けに奥へ向かう。陽介が夢見屋でアルバイトを始めてかれこれひと月程経ったが未だに接客は一度もさせてもらっていない。店主から理由を聞かされているので不満はないが、少しは役に立ちたいと思っている
「…まぁー?これも店主さんの優しさなんだろうけどさぁー」
それでも少しは…と考えながら手を洗いお茶の支度を始める。そういえば中々店主が来ないな、などと考えながら戸棚の中からお茶菓子を探していた時、ガタンと店の方から大きな物置が聞こえた。次いで言い争う声も…しかも片方はこの店の主のものではないか!
「ちょ、え、なに!?…店主さん!?……どうしたんですか!店主さーーん!!」
「速水くん…!?」
「おいおい!またか!また雇ったのか!!」
店内へと続く階段を駆け下りドアを勢いよく開けた瞬間、陽介の目に飛び込む信じ難い光景。金髪にピアスバチバチのチャラそうな男が店主さんの腕を掴んでいるではないか。これはあれか、痴情のもつれというやつか…いやいや待て待て落ち着け俺、店主さんはどう見ても男だ。確かに綺麗だが確実に男だ!
「また雇ったのかお前は!あれほど止めろと忠告したというのに!!というか手伝いなら吾がすると言っていようが!」
「貴方の助けはいりませんと何度もお断りしている筈ですよ…!早くお帰り下さい」
「嫌じゃ帰らん!」
「子供であるまいし我儘仰らないで下さい!」
声を荒らげる事などないと思っていた男が、チャラ男相手に激怒している。というかこの2人の関係はなんなのだろう…そもそもこの男は何者なのだろうか!?…いや、とにかく止めなければ!と漸く思考が追いついた陽介は揉め合っている2人の間に割って入る。店主の腕を掴むチャラ男の手を掴み声を張り上げた
「いらっしゃいませお客様!!当店の主は嫌がっていますので!おやめ下さい!!」
離れた所からでは分からなかったが背丈が随分と…大きい。間に割って入った己を見下ろすその瞳はイラついた様に歪められ、陽介は思わず青ざめる。やってしまった、コレはヤバすぎる…数発殴られるのは覚悟しなければ、と目をキュッと瞑った瞬間…目の前の男は「いやぁぁあ!」と目元を抑えその場にしゃがみ込んでしまった
「……え?」
「貴様っ…貴様ぁぁあ!!なんてことをしてくれる!」
「え…え!?」
自分はそんなにもヤバい事をやらかしてしまっただろうかと狼狽える陽介に向け男はビシッと指をさす
「なんだそのキラッキラした生命エネルギーは!巫山戯るでないぞ!目が潰れる!この店に相応しくない!」
「ぇえ?!」
「……速水くん、彼の相手を任せますね」
「えっ…?」
「貴方の初めてのお客様です。奥でおもてなししてあげてください」
「ちょ…店主さん?」
オロオロとしている陽介をカバーすることなく店主は何時もの笑顔でそう言った。蹲る男の首根っこを掴んだ彼は「丁重におもてなしするように」と男と共に陽介を奥へと押し込む。何かを言う間もなく押し込まれた陽介は未だに目元を覆っていた男に恐る恐る「2階へどうぞ…」と声を投げた
「……貴様が先に行け」
「はい…」
逆らっては何をされるか分からない…と怯え、言われるがままに陽介は2階へと足を進める。右手にある客間に入りお茶と茶菓子を用意して待つ事数分後…サングラスをかけた男がスっと静かに襖を開け陽介と机を挟んだ向かい側に腰をおろす
「……お、お寛ぎください…」
「これか?このサングラスはな…貴様を直視しない為だ。似合うか?」
「あ、聞いてないです…」
「そうかそうか、似合うか!…ところでこの茶は何茶だ」
「冷たい麦茶です。外は暑いですし」
話が通じていない…というか、話をする気がないのだろう。萎縮する陽介を他所に金髪のチャラ男は麦茶を一気に飲み干し、サングラス越しに陽介の事を睨め付けた
「…貴様、速水…と言うたな」
「あ、はい。速水です…この店でアルバイトをさせて頂いております…」
「ふん……」
「……」
一体何なのだろうか…もう、金髪でピアスバチバチの時点で怖いのにサングラスまでかけられては溜まったものでは無い。いやオシャレは人それぞれだからなにか言うつもりはないけども!…けどものすごく怖い…店主さんどうして俺にこの人の相手をさせるんですか……などと嘆いた所で店主に届くはずもなく、陽介はただただ硬直し目の前の男の言葉を待っていた。暫くの静寂のあと、彼は指先でトントンと机を二度叩き小さく溜息を零す
「…悪い事は言わん。今すぐこの店から去ね」
「…はい?」
何を言われたのか理解するのに数秒の時を要した
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