夢見屋のアシスタントさん
本日最後のお客様は小さなお客様。薄汚れたTシャツに穴のあいたハーフパンツ、靴もボロボロで胸の前に握り締めた拳が微かに震えている
「いらっしゃいませ!」
この店に雇って貰う為の試験…この小さなお客様にご満足頂けるものを提供する事、と店主はそう言った。試験に挑むのは小一時間土下座をし続けた付近の高校に通う少年…
「何をお求めですか?」
「……あの…ゆめ…」
「どのような夢ですか?」
「…えっ、と…うんと…」
「色々な夢がありますよ!……えっと、あ、これなんかどう?ほら、ヒーローになった夢がみられるんだって」
怖がらせてはいけないと考え小さなお客様と同じ目線まで腰を屈める。手に取った赤色のアロマを差し出し言えば、男の子の身体から微かに緊張が解けて見えた。その様子をカウンターから見守っている店主はほんの少し目を細める。1つのアロマを持ったまま話をしていた陽介に小さなお客様は「これにする」と言葉を述べる
「!…ありがとうございます!あの、これお買い上げです!」
「いらっしゃいませ、お客様」
アロマをカウンターに置き笑顔で言った陽介の言葉に耳を貸さず、店主はカウンターから足を踏み出し小さなお客様の前に膝を折る
「本日はご来店頂きありがとうございます。当店では様々な夢を取り扱っております……お客様、よろしければ此方の商品もご覧ください」
優しく穏やかに、刺激しないようにと店主は微笑み戸棚の中央付近に置いてあった黄色のアロマを手に取った
「これは、楽しい夢を見られるものです」
「…たのしいゆめ」
「えぇ、お客様が楽しいと感じる夢が見られます。家族と遊びに行った夢、お友達と遊んだ夢……先程彼が説明したヒーローになる夢でも、なんでも」
「……あの」
「はい、どうなさいましたか?」
「……あのね…あの……おとうさんと、おかあさんが……また…いっしょにいられるようになる?」
「えぇ、勿論」
不安げな瞳で見上げるお客様に店主は優しく微笑んだ。その言葉に安心したのか、お客様は小さな手で店主の持つアロマを指差し「これにする!」と笑顔を浮かべた
「ありがとうございます。それでは丁寧にお包みしますので少々お待ちください」
呆然とする陽介を他所に店主は手早く商品を包装し、背負えるタイプの袋にいれてお客様の前に差し出した
「お待たせ致しました、お客様。落とさないようにお気を付けて。お家はこの近くですか?」
「うん、おうち、ちかいよ」
「そうですか、それは良かった。このライトはサービスです。お店を出たらスイッチを押して、ライトを照らしてお帰り下さいね」
「わかった!」
ニッコリと笑ったお客様は袋を背負いドアを開ける。日が落ち始めた街に消えゆく背中を店主は見えなくなるまで見送った。渡したライトの光が消えた所で漸く店内へと戻った彼は未だに呆然としている陽介に座るよう声を投げた
「雇用希望のお客様、カウンター席にお座り下さい」
「はい…」
商品を提供出来なかった、明らかな不合格…肩を落として言われた通り腰を下ろす陽介の前に店主は彼が先程手に取ったアロマをコトンと置いた
「コレをオススメした理由をお聞きしても?」
「……男の子はヒーローが好きなので…正義のヒーローになれる夢を見れば、あの子も元気になれるかと」
「あのお客様の姿を良くご覧になりましたか?」
「……ボロボロだなぁ…って」
「そうですね。服も靴も、身体の所々もボロボロでした。それだけ見れば此処に来る途中で転んだだけかもしれません」
「…もしかしたら、虐待かも…」
「それは初見で考えた答えですか?」
間髪入れずに問われた声に陽介はグッと押し黙る。真っ直ぐと店主の顔が見れず俯けば、店主の指先がトントンと音を鳴らした
「これも試験の一つですよ」
怒られてしまったと思い慌てて顔を上げた先にあったのは、微塵も怒った様子がない店主の姿。その瞳はただ真っ直ぐと陽介を見つめていた
「もう一度問いましょう。先程の考えは初見で考えた答えですか?」
「…違います」
「では何処でそう思いましたか」
「…あの子が、父親と母親が一緒に居られるようになるかと貴方に聞いた時です。そこで、もしかしてって思いました」
「お客様の手が震えていた事に気付きましたか」
「えっ……い、いえ…それは、その…すみません、全然…」
ああこれは不合格だなと気分を落とす陽介は店主の言葉を何処か遠くに聞いていた。目の前の景色が霞む、これから先どう生きていけば良いのだろうかと頭の中はそればかり。そんな陽介に気付いた店主は彼の額をピンと弾く
「結果を聞く前から落ちこむのは頂けませんね」
「え…」
「私が見たかったのはお客様に対する貴方の態度です。夢を提供出来たなら合格と言いましたが、それよりも大事な合格基準がございます」
「…」
「当たり前であって、中々出来ないこと……お客様自身を大切にすること。それに関して貴方は初心者にしては上出来でした。なので合格とします」
ふと口元に笑みを浮かべた店主はみるみる笑顔になる陽介に契約の書類を書かせる。何はともあれ、雇ってもらえる事になった陽介は嬉し涙を零しながらも上から下まで丁寧に書類を埋めていった
「書きました!!」
「はい、ありがとうございます……ではこれから宜しくお願いしますね、速水くん」
「宜しくお願いします!」
ここは夢見屋【幻堂】。スタッフ一同、お客様にご満足頂けるような夢を見せるお手伝いを致します。お困りの際は何時でも当店へお越しください
「ところで、店主さん、この店は何時閉店ですか?」
「当店は年中無休二十四時間営業ですよ」
「年中無休二十四時間営業!!?!」
「えぇ、この店に訪れるお客様は、どのような理由であれ追い込まれている方ばかりですので。先程の小さなお客様も、そして貴方も。追い込まれていたからこの店に足を踏み入れた……困ったお客様が居ると言うのに、お店を閉める訳にはいかないでしょう?」
「…なるほどぉ……え、でも…じゃあ店主さんはいつ寝てるんですか?」
「寝てませんよ」
「"寝てませんよ”!!?」
「人間ではありませんので」
「人間ではありませんので!!?!!」
当店は年中無休二十四時間営業中です
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