夢見屋さんに雇用希望

夢見屋【幻堂】、世にも珍しい夢を売る変わったお店。夢を求めた人々は老若男女を問わずこの店へと足を運ぶ。今日も店のドア鈴がチリンと鳴っては止み、鳴っては止みを繰り返していた。



街中に響き渡るメロディーが夕刻時を知らせる。買い物袋を下げた主婦、手を繋ぎ歩く親子、今日1日の感想を言い合う学生達に、電話片手に足早に歩くサラリーマン等が何人も何人も夢見屋の前を通り過ぎていく。まるで其処には最初から何も無いかのように……


「ここで働かせてください!!」


「お客様」


「お願いします!!」


「…お客様」



普段は静かな店内に大きな声が響き渡る。店内を見渡せるカウンターに頬杖をつきながら若い店主は、この1時間程度で何度目になるのか分からない重たい溜息を吐き出した


「お客様、ここは夢見屋【幻堂】。私の仕事は夢を求め訪れたお客様にお望みの夢を提供することです」


「ここで働かせてください!!」


「……」


先程から馬鹿の一つ覚えのようにそれしか言わないお客様には申し訳ございませんが、そろそろ私も疲れてきました。最初にお断りしますと言ったというのに、かれこれ1時間もカウンターの前で床に額を押し当てたままなのだ。お客の足が途絶えている事が幸いだが、入口のドアを開けたお客様がこの光景を見たら一体どのような反応をするか…目に見える


「お客様……何度も申し上げておりますが、当店ではアシスタントを雇う予定はございません」


「そこをなんとか!もう本当にピンチなんです!生きていける金がありません!……ちなみにここら辺一帯のお店の面接は全て不合格でした!低時給のアルバイトで良いので!」


土下座を続ける少年の身に纏う制服には見覚えがある。この近くの高校だ。連絡する事は可能だが、店主はそれが出来ずにいた。何故ならば彼はこの店に入って来たからだ。1度この店に足を踏み入れたのであればこの少年はもう夢見屋のお客である。店を切り盛りしている以上、足を運んでくださったお客様を無下にする事は出来ない


「…ここは夢見屋【幻堂】」


「はい!もう何百回も聞きました!」


「…お客様、貴方がこの店に足を踏み入れた以上、私は貴方を追い返す事は出来ません。どうか納得しては下さいませんか」


「無理です、何を言われようとも帰れないです……アパート、追い出されました…」


先程までとは打って変わって消え入りそうな声で行った少年に対して店主は目眩を覚えた。そして一拍置いてから、なるほどなと心の内で相槌を打つ。先程からかれこれ1時間強土下座をし続け居座っているこの少年の横には大きなカバンが置かれていた。部活帰りなのだろうと勝手に考えていたが、つまりはその中には生活用品が入っているのだ。余計にこの少年を追い出す事が出来なくなってしまった


「……SNSの掲示板でこの店のことを知りました。何でも叶えてくれる不思議なお店だと…だから」


「だからこの店に足を踏み入れた、と」


「はい」


「なるほど…」


「お願いします、雇って下さい」


「……」


夢見屋【幻堂】、この店は特殊であった。夢見屋とは夢を見せる屋店、そして幻堂には…幻の店という意味が込められている。この店には誰も彼もが訪れる事が出来る訳では無いのだ。どのような理由であれこの店を強く求めたお客だけが足を踏み入れる事を許される店、それがこの店夢見屋【幻堂】であった


「……お客様の事情は良く分かりました、顔を上げて下さい」


暫くの沈黙の後、店主は少年に声を投げかける。ビクリと肩を弾ませた少年は言われた通りに顔を上げカウンターの向こうに座る店主へと視線を向けた


「予定はございませんでしたが、貴方がそこまで仰るならば前向きに検討しましょう」


「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」


「その前に試験をしますけどね」


「はい」


「これからいらっしゃるお客様にご満足頂ける様な夢を提供出来たなら…貴方を雇う事とします」


少年の後ろにある店の出入口の扉を指差し言った店主に彼は目を輝かせた。これから来るお客様に夢を売れたら雇ってもらえる、そうと決まれば絶対に試験に合格しなければならない。息巻いた少年は漸く床から立ち上がり、手荷物をカウンターの裏に預けドアを開ける客を待つ








暫くした後、チリンとドア鈴が店内に鳴り響き一人のお客が来店した





「いらっしゃいませ!」






「……ゆめひとつください」








アシスタント採用試験開始……薄汚れたTシャツに穴のあいた短パンを履いた小さなお客様のご来店です


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