夢見屋 〜夢売る店主と不思議な物語〜

アオツキ

プロローグ

夢見屋さん

子供の頃は眠る時間が楽しみだった。嫌な事があったとしても、目を閉じて暫くすればそこはまるで別世界…例えば綺麗なお城に可愛い動物、そして白馬に乗った王子様…例えば悪い怪獣と助けを必要としてる街の人達、そしてそれを助けるヒーロー…等々、自分の思い描いた夢を小さな頃は見れていた




けれど近年人々は、望んだ夢を見れる事は少なくなった。大人であれば日々仕事に追われ、人間関係にくるしみ悩み、眠る事すらままならなくなってしまった。子供であってもSNSに没頭し睡眠時間が少なくなり、誹謗中傷に傷付き悲しみ寝ても寝た気がしない…など睡眠に対する楽しみが失われつつある






そんな中…

とあるお店のドア鈴が今日もチリンと鳴り響く




「いらっしゃいませ」



扉を開けた先は何とも不思議なものばかり。立て掛けた時計の指針はチクタクと"逆回り”に動き、棚に置かれた人形達はクマもうさぎもその他もみんなが目を閉じている。仄かに香る匂いは、アロマだろうか…店主の座るカウンターに置かれた小さなアロマポットが薄暗い部屋に淡く光り輝いていた



「ようこそ、夢見屋【幻堂】へ。本日はどのような夢を御所望ですか?」



幼子を宥めるような優しい声色でにこりと微笑んだのはこの店の店主を務める男。若い容貌でありながらも何処か威厳を孕んでいる彼に導かれる様に客は迷う事無くカウンターまで足を運ぶ


「当店ではありとあらゆる夢を取り揃えております。さぁ、お客様。アナタはどのような夢を御所望でしょう」


そう言って店主は色とりどりのアロマポットをずらりと広げる。淡いものから色濃いものまで、右から左へカウンターいっぱいに広げられたアロマポットに客は目を泳がせた


「お好きなものをお選び下さい。淡い色のものは優しい夢を、色濃いものは情熱的な夢を………但し具体的な夢を見せる事は出来ません。それはお客様の想像力次第。これらのアイテムは、その夢を見せる手伝いをするものです。例えば正義のヒーローになった夢を見たいと願うならば、この赤いアロマを。例えば、お花畑で動物と遊ぶ夢が見たいというならば、この優しい桃色のアロマを」


アナタのお望みのものに近しいモノをお選びください、店主は優しく声を投げた。焦らなくてもいい、ゆっくりと…しっかりと自分の望むものを選んで欲しい。見たくもない夢を買った所で誰も得などしないのだから




「……じゃあ…これを」



「畏まりました」




暫くして客が選んだアロマは薄緑の淡いもの。心穏やかな夢を見せてくれる其れを店主は丁寧に丁寧に包装し、紙袋に入れて客の前へと差し出した



「お待たせ致しました」



差し出された紙袋と引き換えに代金を置き、客は足を運び出す。ドアの向こうに消えゆく背中に店主は穏やかに声を投げかけた




「ありがとうございました。どうか良い夢が見れますように」



またのお越しを、とは言いません。再び此処に足を運ぶということは、良い夢が見れなくなったということですから…どうかどうか、お客様がより良い夢を見られますように…当店が望むのはそれだけです

















夢見屋【幻堂】…夢見の悪いお客様はどうぞ一度足をお運びください。きっとご満足頂けるような夢を提供致します………あぁ、申し訳ございません、少々語弊がありました。正確には、夢を見せるお手伝いを致します

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