夜に背を向ける男
山野エル
夜に背を向ける男
星が瞬いていた。
本屋はそれを見上げながら集落から少し離れた森の境界線を縫うようにゆったりと歩いていた。夜の風が木々を揺らし、どこかから次の季節のにおいを連れて来る。
本屋の行方、暗闇の中から数人の男たちが姿を現した。
「静かに過ごしたかったんだがな」
本屋が溜息交じりに笑いを投げる。
「先日の自律航空機の件は助かった」男が無機質に礼を述べる。「我々の並列演算系に組み込むことで、大局的な戦略を構築することが可能になった。これもあんたのおかげだ、本屋」
「俺はあいつが好きだった本を天国に送ってやっただけだ」
立ち去ろうとする本屋の前に男たちが立ちはだかる。
「ついに奴らを切り崩す時が来た。あんたに力を貸してほしい。我々人間の解放の時だ」
本屋は立ち止まって、風がそよぐのを身体で感じていた。彼は言葉を風に紛れ込ませるようにそっと放った。
「俺はただの本屋だ」
「あんたの力が必要なんだ」
本屋は夜の闇の中で獣のような眼を男たちに向けた。
「革命に興味はない」
本屋は唖然とする男たちを残して、暗闇の中へ歩いて行ってしまう。
夜のうちに、本屋は荷物をまとめて浮動車に積み込んだ。
書棚に並ぶ本の背表紙を指で撫でながら、本屋はこの本を待っている人々の顔を思い描く。
本は彼にとって希望と災厄の種だ。
腕に巻いた機械が電子音を発する。中央都市から編成されてやって来る紙殲隊が近づいてくる。
浮動車に乗り込み駆動機を動かすと、車体がふわりと浮き上がる。
この生活を始めて、本屋はまともに眠った記憶がない。
浮動車が集落を出て走り去っていくのを、男たちは見つめていた。
「何者なんだ、本屋ってのは?」
ひとりが焚き火の中に枯れ木を放り込んで問い掛けた。木がパチパチと爆ぜる大がする。
「誰もそれを知らないのさ。ただ、ひとつだけ明らかなことがある」
「明らかなこと?」
「誰かを探してる」
「誰を?」
その疑問符は火の粉と共に夜の空に巻き上がって行った。
夜に背を向ける男 山野エル @shunt13
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