欲望
「いいなあ〜絢斗は。彼女がいるなんて羨ましいもんだよな」
「亮磨……まあそっとしてといて」
「嫌なのかよ?」
デートから数日経ち、学校終わりの夕食中。
雰囲気に飲まれた、なんて逃げになってしまうので絢斗は言えない。
絢斗と彩智が付き合い始めたことは瞬く間に広まり、亮磨も妬んでる。
「そんなことないけど」
「じゃあなんで絢斗は嬉しそうじゃないんだ?」
「嬉しいよ。嫌なんじゃないんだよ……」
「でも?」
「でもって亮磨ねえ。俺に聞かないでよ」
なげやりな雰囲気の絢斗を不思議そうにみている。
「(もしかして絢斗は、好きじゃないのに付き合っているのか?)」
「……ごめん亮磨」
「え? 何が?」
「やっぱなんでもない」
「(絢斗のやつ、やっぱ何か考えてるな)」
夕食を食べ終えると絢斗は一人先に部屋へ戻る。
亮磨は彼と同部屋だが、今一緒にいると妙に息が詰まる。
「彼女出来るっていい事だらけじゃないんだろうな。
俺にはまだわかんねーな」
ジョギング用のシューズに履き替えて亮磨は夜のグラウンドへ。
彼が身につけるものは他の生徒から見れば比較的高価なブランドものの衣類やシューズ。
自主練習中の他の生徒からは離れ、一人黙々と走り出す。
「はっ……はっ……ん?」
十五分程走っていると、竹刀で素振りする女子生徒を見つけた。
絢斗の竹刀を手に持つ彩智だ。
「(相変わらず絢斗の竹刀使ってるなあ。
絢斗はともかく、あっちの方がぐいぐい好きなんだろうな)」
こんなに好きでいてくれる人も中々いないけどなと、亮磨は再び妬んだ。
「(俺かって彼女が欲しい。早く手に入れたいな。
ただそれ以上に……早く体力とかつけて、先輩とかどうでもいいから早くレギュラーの座も手に入れたい)」
開いた掌をぐっと握りしめる。
「(絢斗があんな感じなら、本当は俺が欲しいな)」
◆◆◆
「彩智?」
『ねえ絢斗。亮磨は外で走ってたけど絢斗はなんでこなかったの?』
外での自主練習を終えた彩智は自分の部屋に戻り、スマートフォンから絢斗に通話する。
あのデート以降は毎晩こうやって会話して、大した話題ではなくてもふざけたり盛り上がったり、小さな悩みでも真剣に話をしている。
「俺は今日はいいんだ」
『なんでよ。一緒にいたかった』
「んー、まあそうだなあ」
『まあそうだなあって、なんで冷めてるの? ひどい』
「冷めてはないよ。ちょっと考え事をしてて」
『考え事? 悩みなの?』
「そうそう」
『教えて。私も一緒に考えるから』
「……まだいい。その時には一緒にだけど、まだいい」
『まだ? それなら分かった。絢斗の言う通りにするよ。
でも私は絢斗のことをずっと考えている。ケント……本当に好きだから』
「ありがとう」
それからしばらく話し、彩智が眠くなったと言うので終える。
「はぁー……」
絢斗はため息をつき、ベッドに横になる。
亮磨がいないたった一人の部屋で、呟き始める。
「彩智も嬉しそうだから、それはそれでいいんだけどなぁ。
なんでだろうな。
なんなんだろうなあ。
嬉しすぎて辛い。
こんなこと亮磨には言えないよ。
でも俺がもしも亮磨とか他のやつの立場だったら、妬ましく思うんかな。
経験してみないと分かんないけど。
何かが変わることで楽しくも苦しくもなるもんかな。
……俺、堂々と付き合えばいいんだろうなあ。
……勢いで付き合っちゃったけど、俺好きなのかな?
彩智はそんな感じだけど、俺はまだ好きって分かんねーや」
ガチャリ。
汗をかいた亮磨が居室に戻る。
「絢斗、まだ起きてたのかよ」
「亮磨おかえり」
「早い時間に薄村が一人で素振りしてたぞ」
「知ってる。さっき電話あった」
「絢斗は行かなくてよかったのか?」
「うん、ちょっと考え事を」
「次のデートとか?」
「デートねえ。次はどこかなあ。
そんなことよりも今週末の大会の方でそれどころじゃないだろうな」
多くの部が各地で開催される春季大会。
絢斗と彩智のドタバタ一件があったあの日、部内の選抜で破竹の快進撃をした彩智は一年生ながらレギュラーを勝ち取り彼女もそれに向かって努力している。
もちろんそのきっかけになったのはケントであり、竹刀をお守りとして昨日も、今日も明日も自主練習を欠かさない。
絢斗はレギュラーといった実力はない。
応援に回るので気楽なものだが、彼にも唯一出来ることはたった一つあるのだろう。
「この後も一人部屋で竹刀を構えるんとさ。
なんでも突きの間合いを取りたいとか」
「一年生でレギュラーとかすごいよなー。
……本当に、なんでも手に入るって羨ましいよ」
「……」
「なんでもない。絢斗も応援大変だよな」
絢斗も少しもやもやが残る。
◆◆◆
そして、大会当日となった。
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