デート

 「このお肉美味しいね〜♪ 一回行ってみたかったんだ!」


 海が見えるフレンチレストラン。

 コース料理とはいえ学生が少し背伸びしても比較的リーズナブルな値段で食べれるので、絢斗達の学校でも話題になっていた。


 「あれ? 絢斗その手どうしたの?」


 彩智は絢斗の手の甲に貼られた絆創膏に気がつく。

 慌てて作り笑いをして適当な言い訳をついた。


 「これね、電車の中でトイレからの帰りにちょっとバランス崩してね……」


 危うく法を犯しかけたのを痛みを持って止めたなんて口が裂けても言えない。


 「そっか。可哀想」

 「なんともないから」

 「わ、私がお肉切ろっか?」

 「お、おう」

 

 誰かにしてもらうなんて実家以来だから、こういうのは嬉しい。


 「これからも困ってたら私がしてあげるから」


 妙にマウント気味な彼女にドキッとする。

 言い返そうとして言葉が出ず、そのまま切ってもらうが……。


 「(一口サイズ。俺は幼稚園児が高齢者か)」


 雰囲気的に洒落て切り分けて、何か取り分けてくれるものだと思い少しがっかりしているが、お構いなしに続けていく。


 「ねえ、飲み物頼もっか。何がいい?」


 それもどこかお母さんのような言い方。

 

 「じゃあ俺は水で」

 「はいはい」

 「……んー」

 「何?」

 「薄村の言い方が親っぽい」

 「それは、どうなの?」

 「どうなのって、どういうこと?」

 「絢斗は嫌?」

 「まあ俺は嫌かな。でも切ってくれたり気つかってくれるのは嬉しい」

 「絢斗って甘えん坊」

 「甘えん坊っていうか、まあ……」

 「まあって?」

 「特に意味はないんだけどさ。

  俺ら二人とも実家出て寮生活してるから、こうやってしてもらえるのが嬉しいだけだよ」

 

 絢斗は頬が緩み、ついでもらった水を飲む。

 彼女もまた同じ独り身。

 その気持ちは痛い程理解できる。

 

 ……こういう時は手を握ってスキンシップを取った方がいいのかな?


 「違う違う!」


 顔を左右にふる彩智をみて絢斗は驚く。


 「ち、違うってのはそうじゃなくて。私もそうだよ! っていう意味。

  だ、だけど、今私達そうじゃない。でしょ?」

 「え?」

 「ね。そう思わない?」

 「ねって。それは……」

 

 ––絢斗、俺がいるじゃんって言ってよ!

 私が目の前にいるから恥ずかしいのかな?


 「田舎者同士ってこと?」

 「……」


 グサッ!

 彩智は皿に乗ったステーキにフォークを突き立て、上品さのないナイフ捌きで肉をカットし、それをワイルドに食す。


 「おぉ〜。俺たちまだまだ都会に染まらないから、なんか今の薄村みてたら落ち着くよ」

 「!?」


 予想外の返事に言葉を失う彼女を気にせず彼は続けていく。


 「俺の住んでたとこ、今の薄村みたいにこうワイルドっていうか、こんなお洒落な店なんかないようなど田舎だったんだよな。

  近所のおじさんなんか狩猟してきた熊とか家に持ってきてくれて、俺の家でも鍋にして食べたりとか。

  だから俺も嬉しいよ」


 「まあ、それはよかった」


 「田舎から出るときは家族からも都会のこととか聞いてたけどさ。

  俺に馴染めるかどうか不安だったんだ。

  剣道関係もあるけど学力も問題ないからお父さんから行ってみたら? って言われて来てみてさ、俺ずっと不安だったんだ」


 「あらあ、そうなの」


 「だから嬉しいんだ。

  なんか俺にとって話しやすい女子の友d……」

 「絢斗」

 「だ……、はい?」

 

 彩智はステーキ肉を彼女なりの上品な切り方に変えて、わざとらしく食べるところを絢斗に見せる。

 ボーッと見ている、ずっと見せていたい。

 友達と言われて嫌なわけがないのに、彼女はもどかしい気持ちを雰囲気で作りだす。


 「絢斗はさあ。好きな子とかいるの?」

 「前にも言ったけど……俺は」

 「ねえいるの?」


 彼女の言葉が少し強くて、彼は物怖じしている。

 だが彼女もまた恋愛経験がなく、それを考える余裕がなかった。


 「絢斗さあ。私は好きな人がいるんだ」

 「そ、それは?」

 「それはって絢斗。本気で言ってるの?」

 「本気で言ってるってどういうこと?」

 

 本音は、絢斗に気づいて欲しい。

 自分から言って失敗した時が怖かったから


 「意気地なし」

 「……薄村?」

 「ねえ絢斗、分かってよ。」

 「……それはつまり、だよね?」

 「だよねって。言わせないで。

  私ね。ケントのことを本当に男らしいって思ってるの。

  だから絢斗も男気というか……その」

 

  自分のことを男らしいと言われ、褒められることが嬉しい絢斗は気分を良くはした。

 だが、なんとなく自分が言われてたり彩智の思いを察し始めてその返事をする勇気を振り絞る。


 「薄村!」

 「は、はぃぃ。ちょっと声大きいから」


 絢斗のテンションの昂りが度を越して店内がざわつき、一度クールダウンして仕切り直した。


 「そのな」

 「うん」

 「変わってるけど、突きを受けたりする間合いの練習ってしてるんだっけ?」

 

 顔を赤らめる彩智を見て、絢斗はこれなら伝えやすいかもしれないと覚悟を決めた。


 「俺も一緒にさせてよ、剣道っていうか突きの間合いの練習。

  だから“付き合って”ください!」


 顔を真っ赤に勇気を出し、それを見た周りの客や店員も暖かい目で見守る。

 彼女も幸せだろうなあ……と思うのも束の間。


 ぶしゅーっ!!


 彼女は見えるところでは鼻血を出し、絶頂した。

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