第19話 美戦について
ざわつく校庭。それもそのはず。初めての“美戦”と言われて、わけも分からず校庭に連れ出されいるのだから。
そして、私もまたその一人。理由は、みんなとは少し違うけれど。
「あの、フレア先生? 美戦をするなら、競技場なんじゃ……?」
「んあ? 競技場? なんで?」
「なんで、って。シルヴィさんが、美戦は競技場でやるって……」
「あぁ、そういうこと。半分あってるけど、半分間違ってる」
「半分間違ってる、ですか?」
「そ。半分」
美戦全てを競技場でやるわけじゃないってことなんだろうか。
それに、シルヴィさんの名前を出したら少しだけ表情が厳しくなったのが気になった。
本当に一瞬のことだったから、もしかしたら見間違いかもしれないけれど、もしそうだったらその理由は一体なんだろうか。
やっぱり、派閥が違うからあまりいい気はしないのだろうか。
自分から言ったわけではないけれど、エール曰く、テッテ様派のフレア先生と、アーシュ様派のシルヴィさん。もしかしたら、別派閥の人の名前を聞いて、嫌な思いをしたのかも知れない。
そうだったら、迂闊なことをしたかも……。次からは気をつけないと……。
「それに今日のは、あくまで授業だからね。美戦のことを教えても、美戦そのものじゃないからね」
「なるほど?」
「ま、そんなことより、いつでも実践授業できるように準備しといてね」
「はい……っ!?」
私の悩みとは裏腹に、フレア先生は教室の時と変わらない傍若無人っぷりを発揮して、どんどん物事を進めていく。
やがて、目的地の大広場にたどり着くと竹刀を振り回しながら、整列した生徒の前に立った。
とうの私は、実践授業という言葉に嫌な考えしか思いつかなくて、冷や汗が止まらない。
もちろん、フレア先生が生徒の一人でしかない私を気にすることはなく、美戦についての説明を始める。
「まず一つ。美戦とは、強さを競うものではない。美しさの想いそのものを示す儀式だ。そこのところをはき違えることのないよう、気をつけろ!」
「「はいっっ!!」」
フレア先生が言い切ると、元気な返事が校庭中に響き渡る。
さっきまでざわついていたのに、フレア先生が語り始めた途端に、空気が一気に変わった。
やっぱりこの学校に来てよかったと、本気で思う。
普段はだらけていても、いざというときになったら真剣になるのだから。そして、その雰囲気はもちろん美しいの一言で表すのが難しいくらいに輝いている。
一つの所作をとるにしても、やっぱり既に洗練されている人がほとんどだ。
私も、頑張らないと、とつられて背筋がピンとしてしまう。
「二つ目。美戦の勝敗そのものが、優越をつけるものではない。あくまで、想いがぶつかった際に、相手の本気度合いを測るための儀式だ。少なくとも、美戦に勝つことが正義ではない。負けることが悪ということでもない」
返事はない。というより、どう返事をしていいのかほとんどの人が分かっていない。
少なくとも私は、シルヴィさんと美戦を交えたからある程度のことは理解できているけれど、もし初めての状態で聞いたらきっとチンプンカンプンだっただろう。
それだけ、馴染みのない人にとっては分かりにくいシステムなのかも知れない。
美戦。美の
「そして最後。決して、美戦で向き合った相手のことを見下すマネはするな。たとえ、自分が圧倒的に強くとも、それは武力だけのもの。美しさとは別物だということを忘れないように。あくまで、美しさで競うことだ」
これもまた、返事がまばら。力強く返事する人もいれば、首を大きく傾げている人もいる。
そして、きっと各々にこんなことを思っている人が多い気がする。
『じゃあ、なんで美戦をするの?』
と。
少なくとも、名前を聞く限る勝敗をつけるものなのに、その実情はその真逆。勝敗は美しさに関係ない、と言われる始末。
一体どういうことなのか、全然わからない。
けれど、それはフレア先生にとっては予想の範囲内だったのだろう。
「言葉だけではよくわからないだろう。実践あるのみだ」
そういって、生徒集団に近づいてくるフレア先生。
いや、生徒集団というより、私個人に狙いを定めてやってくる……。
逃げようとしたところで、集団であるが故に逃げ出せない。
やがて、私の前に立ち、竹刀を肩に乗せて言い放つ。
「さ、リノ・グラッセ。構えてみて」
初めての授業、と謳うわりにはいきなり構えさせる傍若無人っぷり。
こんなんでいきなり、構えが出来る人なんて早々いない。
「……これでいいですか?」
日常的に、美戦の訓練をしてきた私以外には。
「へぇ、見ない構え方ね。それに、武器とか持たなくていいの? 普通、いきなり構えてって言われて戸惑いながら武器を求めるんだけど」
「美戦ならすでに経験済みなので。それに、私は武器を使った戦い方は知りません」
「ふぅん? 剣でも盾でもないとなると、なるほど、これは期待できそうだ」
肩に乗せてた竹刀を前方に構えるフレア先生。
半身の状態の先生の肩口から伸びる竹刀。その所作があまりにも美しく、思わず構えを解いてしまいそうになった。
「よし、私も準備いいわ。いつでもかかっておいで」
真剣な眼差し。昨日のシルヴィさんと似ている、本気の目。やっぱり、美しさに関しては誰でも共通なのかもしれない。
生徒でも教師でも、変わらず美しさを求めているのだろう。
私が、ネーベル様になりたいように……。
「では、いきます!」
私は飛び込む。昨日のように、フレア先生の胸を借りるように。全力の自分を見てもらえるように。
自分の美しさを示すように───。
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