第18話 困惑、不安、そしてレクリエーション
「はい、みんな静かに」
ざわつく教室に、一人の女教師が竹刀をもって教壇に立つ。
キリリとした眼差しに、ピッチリとしたスーツでは収まりきらないほどの大きく美しい胸元。
それでも腰回りはキュッと締まり、タイトスカートがよく似合っている。
そして仕舞いには、脇に突き立てられた竹刀の手入れの良さ。まるでいつも私が女神様を想って手入れした直後のおヘソのように美しく輝かしくみえる。
たった一言発しただけなのに、もうすでに美しさの片鱗を見せつけられた気がしてならない。
「一年間、このクラスを受け持つ、フレアだ。フレア・ファルシオン。見ての通り、主に体育、特に“美戦”を担当する。担任だからと言って、甘く指導してもらおうなどと思わないように」
トントン。竹刀で教壇を軽く叩くフレア先生の挨拶と共に、主に二つの声が教室中に響き渡る。
一つは「えー」という不満げな声。
一定数、体育が苦手な人はいるだろうと思っていたけれど、教室の反応を見るに予想以上の人数が不満を漏らしていた。
理由はそれぞれ。
そもそも運動が苦手、動きたくない。
運動なんてしたら、汗や砂で汚れてしまう。美しくなくなってしまう。
力強くなるためにこの学園に来たわけじゃない。出来れば休みたい、などなど。
本当に、人それぞれだ。
そしてそれは、美戦についても同様だ。
美戦ってなんだ。
担当なんだから甘く指導してほしい。
戦い方なんてしらない!
聞きなじみのない言葉への不審や不安感に駆られた声が多い。
どちらにせよ、教室はあまりよくない雰囲気で空気が分断されてしまった。
対して、私とエールはどちらでもなく、楽しみだねとお互いにワクワクしていた。
「胸大きいね……」
「多分だけど、テッテ様の教えを受けてると思うよ」
「そうなの? よくわかるね」
「竹刀持ってるから、もしかしたらと思って。詳しくは分からないけど、テッテ様派の人は、攻撃的な武器を好むって聞いたことあるし」
ワクワクするどころか、フレア先生の風貌や武器からどの派閥なのか、どんな戦い方をするのかと推察まで始める始末。
お尻に美徳を覚えるアーシュ様に対になる、胸への美徳を重んじる女神様───テッテ様。アーシュ様派のエール曰く、フレア先生はテッテ様派じゃないかとのこと。
先生の持っている竹刀が、それを裏付けているらしい。
攻撃的な武器を好む……。聞けば聞くほど、鎧や盾で美戦をしてくれたシルヴィさんとは真逆な印象を抱く。
とはいえ、シルヴィさんが保守的だったかといえば全然そんなことはない。隙を伺って反撃を狙う戦い方は、むしろ攻撃的の一面じゃないかと思ってしまう。
そんな戦い方について考えていると、一つ思い出したことがあった。
「あぁ、そういえば昨日のシルヴィさんも似たようなこと言ってたかも。攻撃的だね、テッテ様の教えを受けたのか、って」
私にとっては、慣れ親しんだ構えだったけれど、シルヴィさんにとっては思うものがあったのだろう。よく考えれば、まだ攻撃をする前だったというのに、女神様の派閥を勘ぐろうとしていた。
結果はシルヴィさんの初めて聞く女神様だということになったけれど、少なくとも彼女はテッテ様派の人と美戦をしたことがあるのだろうか。
どうだったのだろうか。私と戦い方が似ていたのだろうか。それとも、構えだけなのだろうか。
あぁ、気になる。気になって仕方がない。
気が付けば、私は気持ちが前のめりになっていた。エールの嫉妬心をギリギリまで喰づかないほどに。
「へぇ、お姉ちゃんとそんな話してたんだ」
「あ、ごめん! 大丈夫、エールのことは忘れてないから、そんなに不機嫌にならないで……?」
「な、なってないもん!!」
「大丈夫、後でさっきの続きしてあげるから」
「そんなんじゃ、まるで私が求めているみたいじゃない」
「じゃあ、しなくていいの?」
「そういうわけじゃないけど、さぁ……」
今は、エールに集中しよう。
せっかくの友達を無くしたくなんてない。それに、エールとこうやってワイワイするのは楽しくて仕方ないもの。
こんな至福の時間を無くしたくはない。
大丈夫。時間は、たっぷりある。分からないものは、時間をかけて知っていけばいいんだ。
それに───。
「リノは、そうやってすぐお尻を触ろうとする……私、そんなにチョロくないんだからね……?」
シルヴィさんがエールをからかいたくなる気持ちがよくわかる。反応のひとつひとつがかわいくて仕方がない。
見つめる。慈愛なのか、はたまた別の感情によるものなのか。どこか熱い感情を芽生えさせながらエールを見つめていると、タイミング悪くフレア先生に見つかる。
「ほらそこ、無駄話をしない」
「あ、すみません」
「おや、誰かと思えば、さっき表彰されてたリノ・グラッセじゃないか。そうか、うちのクラスだったか」
どうやら、今の今まで生徒名簿には目を通していなかったようで、ざわつく教室の中でたまたま動揺していない生徒が、たまたまついさっき成績最優秀者で壇上に呼ばれていた私だったというわけだ。
「ふむ、これはいい機会かもしれないな……」
「あの、フレア先生……?」
成績最優秀者なのに無駄話をしていたことに怒るのかと思いきや、何やら神妙な面持ちでボソリとつぶやくフレア先生。
私はこれが、とても嫌な気がしてならなかった。
たとえば、そう───昨日の美戦のように。
「よし、早速だがこれからレクリエーションを始める。内容は、そう───初めての“美戦”だ」
悪い考えというのは、時として現実になって襲い掛かる。
タイミングが悪いというのは、こういうことを言うのだろう。
驚きを通り越して、呆れるばかり。
「ちょっ!!?」
「最優秀者の実力、とくと見せてもらうよ?」
この学園の指導者だったりは強引な人でも多いのだろうか。シルヴィさんしかり、今のフレア先生しかり。
そんな学園の一部の人に不安を覚えながら、私は先生についていくように校庭へと足を運ぶのだった。
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