第16話 約束、果たすときまで

 何度目かの嬉しさに満ち満ちているとき、私たちの後ろからもう一人の成績最優秀者が歩いてきた。


「あ、フローラさん……」

「……どうも」


 初めて顔を合わせるエールとフローラ。だけど、雰囲気は少し重い。

 というより、エールがフローラに向けている視線が厳しいのが原因だろうか。

 理由は……シルヴィさんのことなんだろう……。

 そんなことをつゆ知らず、フローラの視線が私へと向く。


「リノ・グラッセさん。私、あなたには負けませんので」


 落ち着いた表情で、だけど闘志や嫌悪感を隠さずに宣言するフローラ。

 たまらず、反撃するしかなくなってしまう。


「私は、誰かに勝つためにこの学園に来たわけじゃないから」

「では、今からでも辞退してくださらない? やる気のない最優秀者がそのペンダントを持つ資格なんてないと思いますの」

「悪いですけど、推薦を辞退するつもりはないですよ」

「なんですって?」

「確かに私は、誰かと勝負するつもりではもちろん入学してません」

「やっぱり、やる気のない人ですわね」


 ペンダントの資格なんて正直どうでもいい。

 最優秀者の証としてもらうくらいだから、特殊な何かがあるのかもしれないけれど、たかがモノの一つに一喜一憂するくらいの目標でこの学園に来たわけじゃない。

 そして、価値を決めるために勝負をするために入学してきたわけでもない。

 私が入学してきたのは、もっとシンプルな想いがあるから。

 勝負へのやる気を出すためなんかじゃない。


「学園そのものにやる気がないわけじゃないですよ」

「……それはどういうことですの?」

「単純な話です。ただただ、美しくありたいんですよ。女神様みたいに。いや、女神様と並べられるくらいに」

「夢物語ですわね」

「かもしれないですね。でも、だからこそやる気がないと言われるのはちょっと心外です。この学園に、やる気のない生徒がいるとは思えません」

「きれいごとですわね」


 たしかにきれいごとかもしれない。

 でもいいじゃない、きれいごとで。

 世界は美しくあるべきなんだから。世界が美しくあるから、平和があるんだから。

 夢物語。そうかもしれない。

 でも、夢を実現させようとするから、美しさを求めるんじゃないか。夢があるから、人はもっともっと美しくなれるんだから。

 フローラはきっと、現実主義者なのだろう。それ自体は悪い考えではないけれど、それを盾に否定しにかかるのは、少しムッとしてしまう。

 だから……。


「それに───」

「それに?」

「シルヴィさんを侮辱されたままなのは、もっと心外です。なので───」


 だから、私は決めた。


「私こそ、あなたに負けません。絶対に、負けたくないです」


 フローラとは、一度腹を割って分かり合わないといけないって。

 話し合いなのか。それともシルヴィさんとやったような、美戦なのか。はたまた、エールとした、互いの鍛えた部位を触り合うのか……。

 どんな形であれ、キチンとぶつかり合わなきゃいけない気がする。

 私のためじゃない。フローラが不用意に敵を作らないためにも。


「夢物語。きれいごと。何も汚れずに育ってきたのがよくわかりますね。本当に、綺麗すぎる。やる気のない生徒はいない? そんなのは理想ですわよ。楽して美しくなりたい。学園の卒業生という肩書を振り回して、ハリボテの美しさを演出する人の多さは目に余るんですよ、本当に」

「夢は大きくなければ、つまらないじゃないじゃないですか」

「言いますわね」


 冷めた瞳で想いをぶつけてくるフローラ。

 それは、多かれ少なかれ彼女が味わってきたからこその言葉なのだろう。

 だから、否定はしない。彼女の言葉自体には否定をしない。

 ただただ、私の想いをぶつけるだけにしよう。今は、これくらいしか出来ないから。

 だけど幸か不幸か、フローラにわずかながらの変化が見られた。


「ですが、あなたのやる気は認めました。辞退の件は撤回いたします」


 少なくとも私の美への姿勢は示せたみたいだ。まずはそれだけでも大きな成果な気がする。

 それでも、彼女の闘志は消えない。消えるどころか、増していく。


「ですがあなたには勝ちますわ。勝って、私が最も優秀だということを証明します」

「私も負けるつもりはありませんから。フローラに勝って、女神様に近づくので」

「いきなり呼び捨てですか。……いえ、宣戦布告までして、もうかしこまる必要はありませんね。ですよね、リノ・グラッセ?」

「あらためて、これからよろしくね」

「勝負のときまで、ですからね?」

「そういうことにしとくね」


 互いに名前を呼び合う、私とフローラ。

 入学式の時には果たせなかった、握手をする。

 互いの信念を掛けて、全力で勝負をしよう、と。

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