第14話 理解し、昂り、願う

「それではこれで、成績優秀者の発表を終え、閉会式へと移ります。もうしばらくお待ちください」


 会場に、凛々しい紅の声が響き渡り、ざわつきが一気に静まり返る。

 シルヴィさんと並ぶもう一人の寮長だけあって、カリスマ性が段違いに高い。

 そんな美しさのレベルを実感させられながら、私は壇上からの帰り際に一人の美少女に手を差し出した。


「えっと、フローラさん。これから、よろしくお願いしますね」

「リノ・グラッセさんでしたっけ」

「もう名前覚えてくれたんですね。嬉しいです」


 一足先に席へと戻ろうとした彼女───フローラ・ユーシェが怪訝な表情をしながら振り返る。

 私何かしたかな……?

 どこか毒気のあるフローラの視線に違和感を覚えながらも、それはそれとして仲良くするべく手を差し出し続ける私。

 それなのに、彼女は一向に手を差し出し返すことはしてくれなかった。


「嫌でも覚えますわ。コネで成績優秀者になるような人のことなんて」

「こ、コネ!?」


 代わりに、冷たい言葉が投げつけられる。視線も鋭利的。冗談ではなく、本気の目。

 本気で私が、コネで名前を呼ばれたと思ってる目だ。

 嫌でも思い出す、昨日のエール。今にも泣き出してしまいそうな、辛そうな友達の表情を。

 胸がキュッと締め付けられる嫌な、もう二度と見たくない表情。

 今のフローラも、目を逸らしたいくらいに私には辛い表情だけども、決定的に違うものがある。

 それは───理解度。

 私はフローラを、フローラは私を全くと言っていいほど知らない。

 女神様のことはおろか、性格すらもわからない。

 そんな状態で向けられる冷たい視線は、なんとも悲しい気持ちになってしまう。


「さっき、シルヴィ・リンス先輩とアイコンタクトしてましたわよね。だいぶ、親しげに」

「あ、いや、あれは……」

「別に隠さなくたっていいのですのよ。バラすつもりはないですから」

「バラすも何も、私とシルヴィさんは昨日知り合ったばかりで……」

「あら、そうですの? でもそんなことは関係ないです。本当に、ペンダントに相応しい人物であればいいのですから」

「ペンダントに相応しい、人物?」

「……何も知らないのですね。先輩の心中が心配になりますわね」

「それってどう言う意味……?」

「何も知らない人を推薦するなんて、随分と人を見る目がないんだなって失望しただけですわ」


 ただの決めつけだけで淡々と話を進められていることに、どこかイラつきを覚えてしまう。

 同じ初対面でも、エールとは明らかに違う。

 エールには、私を知ろう、私と仲良くなりたいという気持ちが前面に伝わってきてとても心地よかったのを強く覚えている。

 それに比べて、フローラはどうだろうか。

 勝手に人を断定して、何も知らないことを悪として、果てにはシルヴィさんまでもを貶める。

 いくら身体検査の成績が良くても、ヴァルガント学園の生徒としてはどうなんだろうと、疑問に思わずにはいられない。


「失礼。これ以上はお話の無駄だと思いますので、先に戻りますね」


 結局、最後までフローラのペースに振り回されっぱなしだった。

 立ち去る姿はやっぱり美しい。だけど、それはそれとして不満は拭えない。

 だから、私は決意することにした。


「絶対に、見返してみせるんだから……」


 フローラのいうペンダントに相応しい美しさになって、コネで成績優秀者に選ばれたんじゃないと証明することを、強く。




「リノ?」


 誰かが名前を呼ぶ。……って、私の名前を呼ぶのなんて一人しかいないよね。


「リノってば」

「……ん?」

「ん? じゃなくて、教室行こ? もうみんな掲示板に向かってるよ」

「あぁ、ごめんちょっと考えごとしてた」


 エールの呼びかけに応えて、顔を上げてみればもう会場にはほとんど人は残っていなかった。

 自分の世界に入っている間に、入学式は終わってしまったみたい。

 そんな、ちょっと気の抜けがちな私を心配してなのか、顔を覗かせてくるエール。


「考えごと? お姉ちゃんがどうしてリノを推薦したのかってこと?」

「それもそうなんだけど、フローラのことでちょっとね」

「……さっき何かあったの?」


 フローラと話していた時間はそんなに長くはない。本当に、ほんの数十秒くらいのはずだ。

 それなのに何かあったことに感づくエールにちょっと、畏怖を覚えてしまう。


「そんな怖いことはなかったよ。ただちょっと、何も知らないのに推薦されるなんて大変ですねって言われちゃって」

「何も知らないって……。むしろ、リノは私よりも世界を知ってるじゃない! リノのこと知らないで……っ! ちょっと文句を言って───」

「あぁ待って待って! 私は怒ってないから、そんなエールがそんなにカッカしないで!」

「でも───!!」

「確かに女神様については、他の人よりは知ってるかもだけど、それ以外はからっきしだからさ。フローラのいうことは何も間違ってないと思うんだ」


 あぁ、本当にエールは優しいなぁ。

 昨日もそうだものね。私とシルヴィさんのことを心配して泣いてくれたものね。

 今もそう。私のことを思って怒ってくれてるんだよね。

 きっとシルヴィさんのことを言ったらもっと怒っちゃうんだろうな。

 そんな人のために怒れるエールはとても優しくて美しいと心の底から思う。

 私じゃなくて、エールを推薦すればよかったのに、と本気で思うほどに。

 でも、だからと言ってフローラのことを否定ばっかりして言いわけじゃない。

 だって、何も知らずにその人のこと否定をするなんて、美しいどころの話じゃなくなってしまう。

 だからこそ、美を極めたいと強く昂ってしまう。


「ね、エール。私、やっぱりここに来て良かったよ」

「え───?」

「だって、こんなに綺麗なペンダントに何か秘密があるっていうんだよ? ドキドキしちゃうよ」


 いつからだろうか。お腹の奥が熱くてたまらない。

 丹田が燃えたぎってたまらない。

 心の底から、美しくなりたいと昂り荒ぶっている。


「私が全然知らないだけかもしれない。もしかしたら、成績優秀者の候補の中にペンダントについて知っている人がいたかもしれない。それでも私がこれを手にできたということは、きっと何かあるのよね」


 誰かと美しさを競える。初めての環境に、心揺さぶらずにはいられない。


「あぁ、楽しみだなぁ。ね、エールもそう思うでしょ?」

「そうだね」

「ふふっ」


 短くそれでいて、優しい眼差しで私を受け止めるエール。そんな彼女とこれからの学園生活を歩んでいけるように、強く願うのだった。

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