第10話 決着

「……まさか、軽く手を当てるだけで軌道を逸らすなんて思いもしなかったわ」

「いえ、たまたま上手くいっただけです……正直、初めて試したものなのでうまくいくなんて思わなかったので……」

「つまり私を実験台にしたわけだ」

「あ、いやそれは───!」

「大丈夫大丈夫! 怒ってないから!」

「はぁ……」


 シルヴィさんは確かに言葉通り、怒ってはいなかった。むしろ、スッキリしたかのような表情で腰に手を当てている。

 私はそれがたまらなく、不安で仕方なかった。

 スッキリした表情の裏側で、怨念を撒き散らしているのではないか。油断しているところにさっきの光の玉を発生させて蹴り飛ばそうと考えているのではないか。

 少なくとも、シルヴィさんにそんな不安要素は皆無だろう。

 もちろん、モヤモヤはしているかもしれないし、追撃しようとすればできるだろう。それだけの実力はあるのはよくわかる。

 けれど、やっぱりそこに不安はない。

 モヤモヤしている人が天を仰いでスッキリした表情を浮かべるだろうか。

 追撃しようとしている人が、光の玉の発生源である盾を地面に突き刺したままにするだろうか。

 少なくとも、シルヴィさんは国際美立ヴァルガント学園の上級生としてのあり方を示してくれているように思える。

 では、逆に何が私を不安にさせるのだろうか。それは、ごくごく単純な話。

 美戦の勝敗とはどのように決まるのか、ということだ。

 ただ殴りあって勝ち負けを決めるのでは、美しさのカケラもない。かと言って、何もしなければ鍛え磨き上げてきた美しさを示すことはできない。

 美戦のための訓練はしてきても、美戦そのものの仕組みをまだ分かっていない。

 不安の正体は、ここに帰着していた。


「よし、それじゃあ……」


 天を仰ぎ見る時間は終わったのか、シルヴィさんが私を正視する。

 まだ終わっていない。そう咄嗟に危機感を覚えた私は、お腹に力を入れて、闘志を再び整わせ始める。

 けれど、そんなことは意味なかった。


「参った! 降参っ!」

「───はい!?」

「これ以上やっても意味ないし、十分リノちゃんの実力が分かったからね。だから降参。私の負けってことで終わりにしよ」


 真剣な表情から一変。二ヘラと崩れた笑顔で短くも長い美戦の決着を口にするシルヴィさん。

 慌てて熱を高めていた私にはあまりにも急すぎる結末に、思わず声が裏返ってしまった。


「いやいやいや、ちょっと待ってください! 引き分けってことにはならないんですか!?」

「えー、それじゃあつまらないじゃない。それに、どっちかの勝敗が決まるまでやるつもりなの?」

「それは、嫌ですけど」

「じゃあ大人しく今回の勝ちを認めなさい。それだけ、リノちゃんの美しさは本物ってことなんだから」

「……」


 抗議してみても、シルヴィさんの意見は変わらない。それどころか、兜を外して完全に戦意がないこと示してくる。

 そして同時に、彼女の中ではもう完全に私との美戦はなかったことになっているのが分かってしまう。

 痛いのは辛かったし、早く終わりたいとも思った。

 けれども同時に、シルヴィさんの美しさの根底をもっと見たいとも、もっと知りたいとも思っていた。

 だからこそ、急な終わりに納得しきれないものがあった。

 もっと。もっともっと。美戦を通じて高まる探究心に、周りが見えなくなってしまうほどに。


「それに、そろそろ終わらせないとエールちゃんの胃に穴が開いちゃうかもよ」

「り、リノ……シルヴィお姉ちゃん……もう、やめ……」


 シルヴィさんが指差す方向には、遠目から私たちの名前を呼びながら立ちすくむエールの姿があった。

 今にも泣き崩れそうに、それでも堪えようと胸元に手を当てて声を抑えている、大事な友達の姿が。


「え、エールッッ!」


 私は大慌てでエールの元へと駆け寄った。

 打撲。擦り傷。精神疲労。そんなもの構うものかと、振り切って駆け寄った。

 冷めかけの丹田を振りしぼって、抱きしめに向かった。


「エール、もう大丈夫だよ? もう終わったから、ね?」

「ぅぅ……本当……?」

「本当本当。もう、誤魔化さないから」

「ぅぅぅ……ッッ!!」


 ズキリと胸が痛む。友達のことを蔑ろにして、美の欲求に身を任せてしまった報いなのだと身に染みる。

 たとえ、初めはシルヴィさんからの悪巧みで始まったことでも、それに分かってて乗ってしまえば自分の責任だ。

 相手のせいにするのは、美しくもなんともない。

 だから、この胸の痛みはよく覚えておこう。ただただ美しくあろうとするのが正しい美しさではないのかもしれない、と。

 傷だらけの肌にエールの涙がポトリと滴る。

 本当に辛かったのだろう。本気で苦しんだのだろう。

 そんなエールの気持ちを少しでも体に刻み込むべく、肌に落ちた涙を指で拭い、そのままおヘソの奥へと塗り込んだ。


「競技場の横にシャワールームがあるから、浴びて帰るといいよ。しっかり、エールちゃんを慰めてあげてね」

「だってさ、エール。ほら、一緒にシャワー浴びてリフレッシュしよ?」

「……うん」


 そのまま私とエールはシルヴィさんに案内されるまま、競技場を後にした。


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