第8話 美戦、開幕
女神様派閥。そしてそこから起こる派閥争い。
これは決して、どの女神様が美しいかだけで決まるものではない。女神様をどれだけ崇拝してどれだけ美しさを体現しているかを決めるための争いでもある。
つまりは、崇拝美のぶつかり合い。
女神様を崇拝することそれ自体は美しいもので、それを極め高めるための国際美立ヴァルガント学園でもある。
当然、学生同士の美戦を大いに推奨している。美しさと美しさがぶつかって、より美しさの高みを知ってもらいたいという創始者及び理事組の目論みがあるのだから。
しかしながら、個人の美しさの根幹にあるのは己の信じる女神様。シルヴィさんのアーシュ様や私のネーベル様、さらにはテッテ様に、他にもたくさんの女神様がそれぞれの中にいる。
そうなれば、各派閥ごとに戦闘スタイルもある程度定まってしまうもの。
例えばそう、お尻の美を極めようとするアーシュ様派閥の重装戦姫シルヴィさんのように。
「さてと、それじゃあどこからでもかかっておいで? 私は準備万端だよ、っと!」
一歩踏み出すごとに重みのある金属音が競技場に広がる。
目の前に立ち塞がるのは誰でもないシルヴィさん。漆黒の兜から束ねた銀白色の髪をチラつかせ、ニカリと明るく怖い笑顔を浮かべている。
体全体にも兜と同じ重厚感のある鎧を身に纏い、言葉の通り防御体制が整っている様子だった。
しかも左手には、ペンダントが彫り込まれた五角形の小壁。
「やっぱり、シルヴィさんは盾持ちなんですね」
「そりゃもちろん。縁の下の力持ちこそが私たちアーシュ様から教わった美しさの秘訣なんだからね」
アーシュ様の名前を聞いたときからある程度分かってはいたけど、正直私相手にここまでの装備を固めてくるとは思いもしなかった。
いくらネーベル様を知らなかったとはいえ、警戒しすぎではないだろうか。
私が身につけた戦闘スタイルは、シルヴィさんほどの厳つさはないというのに。
「で、そういうリノちゃんは徒手空拳っと。随分と、好戦的な美意識だね」
「いえ、好戦的とは少し違いますよ。もちろん、攻めないわけでもないですが」
「そう? じゃあ、その攻め手を見せてみて? じゃないと、戦意喪失で美戦失格にしちゃうよ」
「それはまた、横暴ですね……っ!」
お腹に意識を向けて、一息。
刹那、シルヴィさんの元へと体が動く。身体の求めるままに、意識を前に前にと突き進める。ただそれだけ。
私が身につけたのはただただシンプルな戦い方。
体を気持ちのままに動かすだけ。本能が攻撃したいと願ったら、体をその思いに預けるだけ。
お腹。おへそ。丹田の奥底に眠る熱量を、私の体で表現するだけ。
それ以外のものは必要ない。鎧も武器も必要ない。心と体があればそれでいい。
ですよね、ネーベル様。
「お、結構早いねっ! テッテ様の教えでも嚙んでるのかな?」
「私は生まれてこの方、ネーベル様一筋ですよっ!!」
「そりゃ、失礼したねっっ!!!」
「───っっ!!!?」
心と左拳を練り合わせた突きを真正面から受け止められるどころか、弾き返されてしまった。
盾を使わせたのならともかく、鎧だけで止められたのはびっくりせざるを得なかった。
だけど、それ以上にさらに凄みを増すシルヴィさんに、笑いを堪えるのに必死な私がいた。
「いい突きだねぇ、こりゃ。並の子だったら吹っ飛んでたかもしれないよ、コレ」
「でもシルヴィさんなら耐えるって分かってました」
「ふ~ん? 言ってくれるじゃない。じゃあ今度はもっと本気でかかっておいで? 私を吹っ飛ばしても文句言わないからさ」
「……いいんですね?」
生唾を飲み込んでしまう。
シルヴィさんが悪いんですからね? もっと本気でって言ったのはあなたなんですから。
心の中でぶつくさと呟いていると、さらに逃げ場をなくしてくるシルヴィさん。
「もちろん。美の志をもって、誓うわ」
美の志。それはつまり、自分のあり方そのもの。
自分がどんな美を持っていて、どんな美を目指しているのか、自分自身そのものと言っても過言じゃない。
そんな魂にも近いものに誓うということは、そういうことだろう。
相手が賭けるものを賭けているのに、美戦させてもらってる私が乗らないわけにもいかない。
つまりは、さっきのじゃダメっていうことだ。
ええ、望むものですよ───。
「では、いきます───」
さっき以上に前のめりになる。
もっと。もっと早く。もっと鋭く。
心が一点に集中するように。
両腕をつかず離れずの状態にして、拳を前に構える。
刹那、シルヴィさんの胸元に飛び込む───。
「───ふしっ!!!」
「とうっっ!」
「うぐっっっ!?」
勝負は、一瞬だった。
両手で打つと見せかけて一瞬、右拳でさっきと同じ場所を狙い突いた。
瞬間、下方から猛スピードで膝が浮かび上がってきて、結果的にカウンターを見事に喰らってしまった。
それこそ、決して軽すぎない私の体を浮かび上がらせるほどの威力で。
「あ、あっぶなぁ……ッッッ!」
少なくとも、ネーベル様の教えで丹田を鍛えてなかったら、気を失ってしまっていただろう。
それほどまでに猛烈な反撃だった。
シルヴィさんは、とても悔しそうな顔をしているけれど。
「ありゃ、耐えられちゃったか」
「はぁ……はぁっ!」
「うーん。渾身のカウンターだったんだけどなぁ」
「さっきも、いいましたよね……。好戦的なだけじゃないって……っ」
「うん、ちょっと見くびってたかも。うまく、力を逃したわね」
「……バレてましたか」
「防御は私の専売特許よ? 当然仕組みは分かっちゃうわよ。右手でうまく軸を逸らしてから脱力して力を後ろにそらしたのでしょう?」
悔しそうな顔をしていても、きっちりと分析できてしまうあたり、すごい人なのだと実感してしまう。
正直、エールへのセクハラがなければ、ものすごく尊敬するというのに。
……いや、今の時点でも十分に尊敬しているのだけれども。
例えば、そう。両腕をつかず離れずの状態にして突きを放つ技、『夫婦手』の仕組みを簡単に説明されるなんて思いもしなかった。
そんな彼女の様子はといえば、とても満足気。
「まぁ、十分にあなたの美しさは伝わってきたわ。ぶっちゃけ、このまま合格にしてあげてもいいんだけど」
「じゃあ───」
「せっかくだし、もう一つの方でも試しちゃおうかな」
「……もう一つ?」
満足気な表情に、てっきりもう終わりなのかと思い気を緩めてしまった。
もしこの状態でさっきの蹴りを不意打ちでやられたらと思うと背筋が凍ってしまう。
いや、シルヴィさんがそんなことをする人物じゃないと心のどこかでわかっているから、気を緩めたのかもしれない。
とはいえ、さっきのカウンターで身体中が痛いし正直もう早く終わらせたい。
「別に、防御だけが縁の下の力持ちってわけじゃないもの。まぁ、あんまり得意じゃないから使わないけど……せっかく付き合ってくれたリノちゃんにはちゃんとおもてなししないと、じゃない?」
おもてなしなんて求めてない私の想いとは裏腹に、着々と準備を進めるシルヴィさん。
「それじゃあ、とっておきのおもてなし、存分に味わってみてね!」
そうやって構えた先には、無数の光の玉が彼女の左手に構える盾から生成されているではないか。
あぁ、どうしようこれ。嫌な予感しかしないよ。
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