第5話 白銀美

「ね、リノはどっちなの?」

「私は……」


 どっち。そう問われれば、どっちでもないとしか答えようがない。私が憧れているのはネーベル様なのだから。


「私はね、アーシュ様! 献身的で、美しきもの影でも輝くべしとした儚げなくも我慢強さのある人物って素敵よね。ね、リノもそう思うわよね?」

「あのね、エール。私は……」


 私が答える間もなく、エールは自分の慕う女神様の名を口にする。

 女神・アーシュ様。テッテ様と並ぶ、二女神の一柱。この世界にいて、知らぬものはいないほどの知名度を持つ彼女らは、何かと比較対象にされがちだ。

 それはまさしく、エールが私に尋ねてきたように女神様を慕っているかの質問につながる。

 どんな女神様を慕っているか、ではない。アーシュ様かテッテ様、その二択である。

 私はとても、答えたくない。どんな質問でも答えるつもりだったけれど、この手の話だけは避けたかった。


「で、リノは? リノはアーシュ様のどこに憧れたの!?」


 狂信的に私をアーシュ様の信者だと決めつけるエールの血走った虚ろな目に、後悔してもしきれない。

 あらかじめ、女神様の話はしたくないと言っておくべきだった。


「あ、あのね……とても、言いにくいんだけど私は……」

「ん?」

「……っ!」


 口を紡ぐ。真実を口にしたいのに、後のことを考えると勝手に言葉が消えてしまう。

 助けて……。ネーベル様、どうかわたしを助けてください……。

 コンコン。

「はい?」

「寮長です。荷造りが終わっているか、見回りに来ました。一度確認してもよろしいでしょうか」

「あ、はいっ! しょ、少々お待ちください!!」

 願いがネーベル様に届いたのか。間一髪のところで、エールの気が私から逸れた。

 一時的なものとはいえ、気持ちの整理をする時間は確保できそう。


「見回りだって。さっきしっかり整えて良かったね!」

「そ、そうだね」


 さっきまでの問い詰めているときと違って元気な様子のエールに困惑してしまう。

 けれどさっきのも含めてエール。友達として、出来る限りエールのことは受け入れたいと思っている。

 たとえ、あこがれている女神様が違っているとしても。


「失礼。早速見回り点検を開始させてもらうよ」


 扉を開けるや否や、寮長と名乗った一人の女性が部屋の奥へと歩み進む。スムーズに部屋中を見て回り、見落としが無いかを確認していく彼女。

 その様子はさながら、白銀の軍司令官。眩しく透き通る銀の髪を靡かせながら指さし確認する様子はさながら、一つ一つ異なる指示を的確に味方へと伝達しているよう。

 一つ一つの動作に無駄が見られることはなく、自然と部屋中に緊張感が張り巡らさされているように感じてしまう。


「ふむ、部屋はキレイに整っているな。文句なしだ」

「ありがとうございます」

「ふふんっ」


 ぺこりと会釈する私に反して、どこか誇らしげなエール。

『どうだ、私の友達はすごいだろ』

 そう言わんばかりの様子に、思わず緊張がゆるんでしまう。

 けれど、そう気を緩めてばかりはいられない。まだ、寮長が部屋を出る様子が見られないのだから。


「さてと、それじゃあ次は身体検査だな」

「し、身体検査……!?」

「そうだ。美しさを極めるのだから、当然体形にも気を配ることが大切だ。たとえ今は理想から遠くても、目標値を明確にすることでより一層美の極みに近づくんだ」

「それはそうかもしれませんが……っ」


 確かに、プロポーションは大切だ。どんなに部屋がキレイでも、プロポーションが整っていなければやっぱり美しいとは言い切れない。

 それほどまで、大事な要素の一つではある。そうではあるけれど、いきなり身体検査というのはまた違う気がする。

 そう思いながらも、寮長は止まらない。


「それじゃあ、エールちゃんから」


 あれ……? 名前の確認なんて、したっけ……?

 あぁいや、寮長だから私たちの名前を知っていてもおかしくはない、のかな……?


「ひゃ、うぅん……」


 ───!?

 脳裏に疑問符を浮かべていると、不意に異様に艶かしい声が耳に入ってきた。

 私の喉から出た声ではない。かといって、寮長のとはまた少し声質が違う。

 どこか、子供っぽくて、だけども美への信念はあるそんな声。

 まさか。そんなわけがない。

 認めたくない思いの反面、視線を向けた先では蕩けた表情のエールがいた。

 そして、いつの間にか寮長が彼女の背後に回り込んでいる。

 つまり、エールの頬が赤らんでいるのは寮長が原因というわけだ。


「ふむ、これは中々にいい美尻をしているね。将来期待できそうだ」

「触り方、いやらしいです……」

「いやいや、これは立派な身体検査だとも。だから安心して私に身を任せるんだ、エールちゃん」

「だからって、今じゃなくても……いいじゃないです、かぁ……はうんっ!」

「抜き打ちで検査するからこそ、キチンとケアしてるかわかるんじゃないか」

「それは、そうかもしれないけれどぉ……っっ!」


 さっきまでの真面目な寮長は何処へやら。真剣な顔をしながらエールのお尻をズボン越しに揉みしだいているではないか。

 そして、ことあるごとに甘い声が絞り出てしまうエール。

 いやらしい。今じゃなくても。否定的な反応の反面、エールの体は肯定的。

 か細い体に見合わず、しっかりとした体幹。それを支えるのは下半身、つまりはお尻がしっかりしているからというもの。

 そのお尻を寮長の指で撫で下げられると同時にピクリと跳ね上がる。

 友達が紅潮する様を私はただ、硬直して見ているしかできない。

 いや、動くことなんてできない。

 動くことを考える余裕がないほどに、目の前の光景に見惚れてしまっているのだから。

 そして、その光景はさらに過激へとなっていく。


「というわけで、ほら。もっと私のお尻を預けておいで? 寮長として、そしてアーシュ様に美を捧げるものとして、エールちゃんの状態を確かめる義務があるんだからさ」


 寮長としての義務。その言葉とともに、エールの腰に手を当ててお尻を突き出させる白銀。

 無防備になったエールのお尻を撫で回しているとは思えないほどに、真剣な表情をしている。

 まるで邪な思いなんてないのではないかと錯覚してしまうほどに。

 いや、もしかしたら本当にこれは寮長としての身体検査なのではないだろうか。

 目の前の光景を現実として受け入れようとしたその時だった。衝撃の事実を知ったのは。


「シルヴィお姉ちゃんに身を任せたらリノに変なところ見られちゃうから、今はダメぇ……!」

「シルヴィ……お姉ちゃん!!?」


 シルヴィお姉ちゃん。

 シルヴィ、お姉ちゃん。

 白銀の軍司令官の名と共に、意外な言葉が付け足されているではないか。


「おっと、もうネタバレかな? なら、ひとまずエールちゃんの身体検査はここまでかな」

「ほっ……」

 自らの名前を呼ばれたことで、寮長改め、シルヴィ寮長がエールを解放した。

 同時に、ペコリとお辞儀。続けて自己紹介。


「初めまして、リノさん。改めて、寮長のシルヴィ・リンスだ。そこのエールとは───心で繋がった姉妹ってところかな?」


 エールと同様、今度は聞き馴染みのない言葉を付け足して。

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