第4話 女神様、二柱
「どう? 落ち着いた?」
「えっと、ご迷惑をおかけしました」
「迷惑じゃないよー? でもちょっと恥ずかしかったから、程々にしてね?」
「うん、そうするね」
程々にしてね、ということはたまにならダイブしてもいいの……?
なんて、甘えた気持ちを考えているとエールが指をモジモジさせ始めた。
ダメだ、我慢しないと。落ち着くまでさんざん頭をなでなでしてもらったんだから、しばらくは我慢だ。
可愛い仕草をする友達に再び抱き着きたい衝動を抑え込みながら、彼女が再び口を開くのを待つことにした。
その間、私はほんの数秒前まで触れていた友達の手の温もりを思い出しては、安堵感を覚える。
迷惑をかけたと頭では分かっていても、また温もりを感じたいと思うのは欲深いのだろうか。いや、ネーベル様ならきっと許してくれるだろう。
なんてたって、エールの包容力は美しさそのものだから。美しいものに身を委ねたいと思うことに、美の女神様たるネーベル様が嫌うことはないに違いない。
私は、そう確信している。
そうこうしていると、エールのもじもじが収まった。
「ちなみに、言いにくかったらで言わなくていいんだけど、さ……」
「うん?」
「リノって、どうしてヴァルガント学園に入学しようと思ったの?」
「理由? 理由かぁ~」
私は言葉を濁した。きっと、エールが求めているような高尚な理由で入学したわけではないから。
さらに言えば、美を極めるということ以外にヴァルガント学園のことは知らない。いや、それ以外に知る情報が無かったというのが正しいのかもしれない。
美を極める。ただそれだけの理由があれば十分だと本気で思ってたし、今でもそう思っている。
だからこそ、今こうして理由を聞かれて私はとても困惑している。
『強く美しくなりたい』
ただそれ以外の理由があるのか、と。
そんな私の考えと相反する答えがエールの口から放たれる。
「私はね、あこがれている人がいるの。その人みたいになりたくて、この学園までついて来ちゃった」
「女神様からのお告げじゃなくて、あこがれの人を追って……」
「やっぱり、リノもお母さんたちみたいに不純だと思う?」
「ううん、そんなことないわ。とっても素敵なことだよ。私なんか、女神様みたいに美しくなりたくて、女神様に見てもらっても恥ずかしくないくらいの美しさを身に着けたくて入学を決めたんだから」
「女神様みたいにって、リノはすごいね。私はまだとてもそんな風には思えないわ」
「そう? きっとエールも心のどこかで考えているかも知れないよ?」
「あはは、ないない。私の家はそういう立場じゃないもの」
「……女神様にあこがれるのに、立場なんて関係ないんだけどなぁ」
あこがれている人がいる。その言葉を恥ずかしがりながらもハッキリと言えるエールに私は尊敬しかなかった。
身近に美しさを知れる人がいて、なおかつエールにとっては女神様に勝るとも劣らないほど。
そしてなにより、その人の後を追おうとするエールの気概に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
私にはとても出来ない。私はせいぜい、女神様に認めてもらいたくて美しさを身に着けようとしているのだから。
彼女から言わせたら、私の方が動機が不純だ。同じあこがれだけれど、ベクトルや考え方がまるで違う。
けれど、だからとて動機は変わらない。私は私、エールはエール。人それぞれが違う考えを持っているのだから、動機だってまた違ってもいい。
私の
「そ、それより私、もっとリノちゃんのこと知りたい! 好きな食べ物って何?」
「えぇ~、初めに聞くことがそれなの~?」
「だって、私友達っていたこと無いから。どんなこと話していいのか……」
「気にしなくていいよ。嫌なら嫌って、ちゃんと言うもの」
「あはは、リノは強いなぁ。それじゃあそうだなぁ───」
緊張が解けたのか、すっかり指をもじもじしなくなったエール。それどころかぐいぐい来る彼女に、ついつい私も乗ってしまう。
どんなことでも答えてしまおうという気持ちになる。
「リノって、テッテ様とアーシュ様、どっちの女神様にあこがれてるの?」
二柱の女神様の話題を出されるまでは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます