あの青さを人々は神や希望、空と呼んでいる
佐渡遼歌(さどりょうか)/KadoKado 角角者
第一章 青さ①
──本当の空の色を、自分の目で見たかった。
それが、日記の最後の一ページに書いた内容だった。
字が汚く、内容も拙かったが、すごく印象に残った。その時、姉の右手は千金にも換えがたい価値があるという貴重な青の絵具で覆われ、日記の最後の一ページを強く握っていた。
長い間、酸素供給システムが使われていなかったせいか、空気が薄かった。
狭い『巣枠』には腐朽した本と埃の匂いでいっぱいだった。
それは、いつも姉のそばで感じられる匂い、私が一番好きな匂いだったが、その瞬間は、力いっぱい鼻をつまんで、酸素、埃、鮮血、絵具の匂いが体に入らないよう、全て隔離しなければいけなかった。
白いスカートをはいた姉は壁の隅に座って、両手を自然におろしていた。傾けた箱からでる青の絵具と右手に塗ったねばねばした混色の絵具は上に伸ばした。それはまるでカビのようなもので、指の付け根から手、やせ細った白い腕、美しい形の鎖骨、半透明になった薄い唇を這い、口の中を光に反射しない藍へ染まっていくように見えた。
胸の前の生地は鮮血で赤く染まり、白くて綺麗な肌とのコントラストを形成していた。
その血が腰に沿って床に落ちたが、青の絵具の『池』には混ざらず、縁にそって巣枠の入口へ流れていった。
床にはがらくたが堆積していてたが、鮮血が触れることはなく、まっすぐ流れた。
本当の空の色を見るためにこの巣枠から逃げることを選んだ姉が、なぜ自ら自分の巣枠に戻ってきたのだろう?
なぜ、このような致命傷を受けたのだろう?
なぜ、助けを呼ぼうとしなかったのだろう?
その問いの答えがわからなかったが、姉が失敗したのだと理解した。
姉は空を見れなかった。
姉は最後に大嫌いなこの『檻』に戻った。
姉は死んだ。
それはとても長い時間とも、ほんの一瞬とも思えた。
巣枠の入口に力が抜けて座った私は、行き来する人の姿が何度も見た。談話する声が聞こえたが、その内容は理解できなかった。二人の男が姉を担ぐときによろよろと起き上がった。この行為を止めるべきだったのに。姉のもとへ飛び込んで抱きしめたかったのに。姉をここから離れさせなかったのに、手足が言うことを聞かず、ただ、震えて躓きながら、その二人の男をついて行った。
この巨大な檻で死んだ他の人のように、姉の死体は遺体安置所に送られて司法解剖が行われ、感染症と他殺の疑いを排除できれば、家族のもとへ返し、家族自ら葬ることになる。大抵は花、鳥、獣が刺繍された被せ布が被され、外ゲートが開いたときに送り出された。
葬式も、棺も、墓石もない。
なぜなら、この檻には墓を収容するスペースがないから。
死んだ者は何の痕跡も残さない。
ここで暮らす者が過去を懐かしもうとするなら、宇宙を見上げるしかない。しかし、いつ見上げても、私は漆黒以外の色を見たことがない。
かつて姉は、地球から見た空は青色で、その青さは濃淡の違う青同士が混ざって染まり、時間や季節によって変化しているのだと言った。あの究極の美しさは、心を震わせ、永遠に見飽きることがない色だと言った。
私はその時から空の青さを憎んでいた……たとえ自分の目で見たことがなくとも、強く強く憎んでいた。
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