第14節:政治家、嘘つき、そして石頭

「バカげた話だ。あの豚野郎どもは我が国の銅の月が国家連合に毎年どれほどの経済効果のもたらすかを忘れたのか?しかも異邦人の客も大勢いて、その人たちの属籍にどう説明するつもりなんだ!」

「人が多ければ収穫も多いことが、彼らにとっての魅力なのかもしれないね」

「狂ってる!この世界は本当に狂ってしまった!」

 複雑に入り組んだ岩と木々に囲まれ、うまく隠された洞窟の入り口に三人は立っている。ここは村の南東にある廃坑跡で、現在はプリム祭盗賊団の『シェルター』になっており、エステルが任務終了時に団員に十二時間の待機を要求する場所である。

「それで、黒血樹の果実は一体何に使うの?それを育てるために、従属国の中で最も収益性が高い国さえ犠牲にするというの?」サラ――エステル――は、肩や首筋から少量の血煙を途切れ途切れに上げながら言った。

 アンナはハムの切れ端を一口かじり、美味そうに呑み込んだ。

「あれの用途は魔獣水晶と大体同じようだ。兵士の精神や魂、肉体を変化させたり、強力な爆薬に精製したりすることができるんだ。ただその質よりが高くて、奴らの手下で栽培することができる。つまり、祭司庁の魔獣よりもメリットが大きいんだ。だから、ここ数年、奴らが活発に活動して――」

「ちょっと待って!」とウィリアムが口を挟んだ。「つまり……魔獣たちは祭司庁が作り出したものなのか?」

「そうよ。あんな気持ち悪いものの作り方は気持ち悪い思考を持つ者しか思いつかないよ」アンナはかじられたハムをウィリアムとサラに見せた。「奴らは生きている人間から血気を絞り出し、様々な動物の死骸と一緒に馬の子宮炉に流し込む。それが発酵してから、魔獣は這い出るのだ。肉を加工してハムにするようなもので、魔獣は天然に存在していなくて、人の手で作り出されるものだ」

 ウィリアムは突然むかつきが起きて横に向き、胃袋に追いやられるように音を立てた。サラは口と鼻を覆って顔を背け、不快感を覚えながらも貴族としての矜持を守った。

「材料が足りない時、奴らは生きている人の腹腔を切り開いて、半殺しの状態で放り込むこともある」

 それを聞いて、ウィリアムは食べたばかりのものを吐き出した。サラは頬を膨らませたが、一瞬で飲み込んでから手を伸ばしてアンナの頭を叩いた。

「何よ!人を『木』に変えさせられることは知ってるだろ。人をモンスターとして孵化させるのに何を騒いでるんだ?お前らがそれを天然資源と同じように扱うことのほうがばかげた話だ!」

 サラはすぐに冷静さを取り戻し、ついさっき聞いた情報をまとめた。

「うん、よくわかったわ。聖会庁は祭司庁に媚び、祭司庁は聖会庁に恵みを授ける。そうして、祭司庁はより崇高な権力を手に入れ、聖会庁はより強力な武力を手に入れる。小国は皆彼らの養分に過ぎない。そう考えると全て辻褄が合うわ」

「こんな恐ろしいことを軽々しく口にできるなんて、君は全く怖くないのか?」ウィリアムは口の端についた一部の夜食を片付け終え、納得のいかない様子でアンナに尋ねた。

「やっぱり怖いよ。でも、悪魔の真似をする人間よりも、あたしたちは人間に化けた悪魔のほうが怖い。だから、不測の事態に対応できるよう、常にフェザーリングできる状態でいなければいけないの。知り合ったばかりの頃に倒した魔獣を覚えている?あんたはあたしに怪力があると思ったみたいだけど、あれはフェザーリングで血気まみれの相手を打っただけなんだよ。強盗も大尉も全身から血気を放っていたから、あたしは全く怖くなかったよ」

「ああ!じゃあ、商人ギルドにいた時はわざと彼に連れて行かせたんだね。やっぱりお前は大嘘つきだ!」ウィリアムはアンナの鼻に指を向けて罵倒した。

「陛下!この白髪の役人は、私が寝ている間に部屋に押し入っただけでなく、馬車の中で体を私のおっぱいにぶつかったのです。陛下、どうか公正な裁きを!よよよ――」アンナは一瞬固まったが、オペラのような派手なスタイルで、情けない声でこう叫んだ。

「コラ、そこは俺の部屋だぞ!それに、揺れていた馬車の中で、あれは不可抗力だったろう!」

「二人とも、その辺にしておきなさい。ほら、村の修道士が来たよ。もう入ろう。後で食べても寝てもいいけど、とにかく静かにしててね。それからもう一つ。中に入ったら、私はエステルに戻るから、わかったわね?」サラが二人の口喧嘩を止めるように言った。


༻༻༻


 洞窟内は広くないが、狭くもない。直径は十五メートルから二十メートルで、壁際には物資や戦具を入れる粗末なテントがいくつか張られており、六十人近くいる盗賊と、仲間の未亡人や残された子供を収容できるようになっている。

 エステルの捕虜奪還作戦は大成功した。捕虜になった団員と村人を救出しただけでなく、騎士たちから剥奪した武具とリトルモアを数匹獲得することができた。団長は、騎士団は撤退するしかないだろうと判断したが、用心のため、関連する者は一晩シェルターに泊まることにした。

 真夜中の月明かりが天井から差し込み、眼下の空き地とそこにいる人々に灰色のローブを着させた。小さな白いろうそくが床に散らばっている。それは死んだ団員の人数と同じ数、全部で三十一本だ。そのうちの一本は少し大きく、副団長――サウル――の名を記した黒いリボンが結ばれている。

 最後のきちんとした祈りの言葉を唱えた後、修道士は金色の球形香炉を置いた。そして、エステルのように泣きじゃくる遺族のところに行き、話をした。また、故人の昔の仲間に紛れ込んで、まるで盗賊団の一員のようにユーモラスなおしゃべりをした。

 アンナとウィリアムは一番外側の丸太の前に座り、最も簡素で、しかし暖かい追悼の儀式を静かに見守った。

 ウィリアムは修道士の一挙手一投足に大変興味を持ったようで、目で追っていた。過去の彼の経験では、聖会庁の聖職者はとても道徳的で秩序の守り手だった。王女が身元を偽って盗賊団の団長として活動しているのがまだいいが、聖会庁で教育を受けた修道士は犯罪者と馴れ合っていて、本当に世界の秩序が崩れてしまったのだ!

 アンナはキセルでタバコを吸いながら、ウィリアムが普通の道徳や倫理について語るのを聞いていた。顔に出ないが、心の中ではもう七の七十倍までも彼をあざ笑った。世界の秩序が崩壊しているかどうかは確かではないが、ウィリアムのような甘い人間が世界にもっと必要だということだ。彼のような人間がたくさんいなければ、避難所の街は世界で最も自由な場所ではなくなってしまう。

 数時間後、修道服の男は集団との会話を終えて、まさか彼らのもとにやってきた。彼は、野良猫に逃げられるのが怖いように、適当な距離をとって、小さい動きであぐらをかいた。

 修道士はアンナとウィリアムに人懐っこい笑顔を見せてから、次のように挨拶した。「こんにちは、アンさんは団長のいとこ、騎士さんは団長のいとこの甥だともう聞いていますよ。私はブレビス村を担当している修道士です。会えて嬉しいです。マルコと呼んでください。

 サラが勝手に偽った肩書きに、二人はすぐに嫌な顔をした。しかし、マルコはそれを見ていないようで、「あなたたちがいなければ、この奪還作戦は実現しなかったし、エステル団長も我々の元に戻ることはなかったでしょう」と続けた。

「聖会庁の聖職者が、盗賊団の団長の安全を願うとは、目から鱗だな」ウィリアムは、自分がどれだけ相手を軽蔑しているかを示したいと思っているようだった。

 マルコはそれを聞いて笑うばかりだった。「四年前の私だったら、もう二度と戻ってこないでほしいと思ったでしょう。聖会庁の教育が私の心にしっかりと刻み込まれていましたから。しかし、団長の行動を見て、私の考えが変わりました」

「この村はとても貧しかったので、血気盛んな者たちがよく集団で強盗して、相手に復讐のために村まで追われることもよくあった。ちょうど四年前、エステル団長がこの村にやってきた。彼女は皆と知り合い、盗賊団を組織し、数々の作戦とルールを立てました。そのほとんどが双方の命を救うためのものでした。ただのロマンチストだと思っていましたが、まさかすべてがうまくいくとは!」

「お前が作戦に参加したことがあるのか?彼女が本当にルール守っていること、どうして確信できるんだ?」ウィリアムは思わず聞いてしまった。

「団員が文句を言ったからですよ。団長は、貨物を取ったら逃げるよう、よほど特殊な状況でなければ人質をとらないと命令する。結局人質はいつも無事解放される。彼ら自身の説明によると、それが鶏小屋から鶏を盗む狐のような気分で、そのやり方は隣の丘の盗賊に馬鹿にされたそうです!」

「もちろん、最初は彼女が偽善者だと思う人も多かったのです。でも文句を言いながらも、作戦が失敗しなかったこと、以前よりずっと安全になったことを否定することはできません。村人たちは、生活に余裕ができると、家族ともっと話をしたり、近所の人に積極的に関心を持ったり、プリム祭をやめて他の合法的な金儲けに挑戦したりするなど、ただ生きること以外のことを考えるようになりました」

「村は死んだような状態からどんどん活気づいてきて、これは十年間ミサを執り行ってきた私ができないことです!副団長がそれを理解する前に亡くなってしまったのがとても残念です……」この言葉を言い終わると、マルコは顔を横に向けてアンナとウィリアムの視線を誘導し、会話の相手を変えたばかりのエステルに目をやった――。

 エステルは多分二、三歳であろう子供とその母と一緒に丸太の上に座っている。エステルは子供が自分と目が合うように体を屈めている。彼女は両手で自分の顔を覆った後、両手を離しておどけた顔をすると、子供が笑い出した。ハンカチで涙をぬぐってばかりの母親は、エステルが何度かその動作を繰り返して、子供が嬉しそうにしている姿を見て、ついには自分も泣くのをやめて笑ってしまった。

 マルコの目はまだ子供を見ていて、その口調に揺らぎはなかった。「副団長の本名はサウルです。生前は最も団長に反発していた人物でした。若い頃、炭鉱ギルドの中間管理職に昇進するほどの腕前だったから、村の元鉱夫たちのほとんどは、かつては彼の部下でした。炭鉱が枯渇したが、彼は威厳を失わず、村長でさえも彼の顔色を窺わなければいけませんでした。村人が強盗を働くようになったのは、最初は彼が元部下たちをつれて強盗を始めたという話です」

「それから彼のせいで村全体に何度か災いが降りかかりました」と、一人の男が付け加えた。三人は会話に割り込んできた男に向き直った。

 見覚えのある人物で、その名前は確かジョナサンだなってアンナは思った。彼は手にワインの瓶を持ち、重い酒臭を漂わせながらふらふらと歩いてきた。そして丸太の反対側に尻餅をついて、後頭部を三人に向けた。

 酔っぱらって大きくゲップを出してから、ジョナサンは続けて言った。「団長はとても素晴らしい方だ――奴など百年経っても追いつけまい!奴は最初、俺たちのことを笑っていた──俺たちはタマなしで、女の部下になることを望んでいるとね。それからどうした?奴は村長に口添えを頼んだ!プリム祭に加入するために。そして、彼を副団長にしてもらえるように頼み込んだんだ!恥知らずめ、奴こそタマなしだろうが」

「こらこら、飲み過ぎですからから今夜はここまでにしてくださいね」マルコは酔っぱらいの肩を叩いて、それ以上しゃべらないように止めた。

 アンナはその話を聞いて楽しく感じた。彼女はキセルを手に取って、いたずらっぽく笑った。「団長はいつも冷静沈着だと思っていたけど、感情的な脅迫にあったことがあるんだね?」

 マルコは苦笑いを浮かべながら、「仕方ありません。優しい人だから他人の家族に干渉するんです。その家庭では、夫はギャンブルで財産を失い、妻は毎晩のように泣きながら、赤ん坊が飢えないようにと、町で暮らす人に送る準備をしていました。その頃、私はその泣き声が気になって眠れませんでした」

「わかる」ウィリアムは即答した。

「他人の家庭に口を出すことがですか?」

「いや、クソ親父がいることに対してだ」

 アンナはエステルの背中を見た。彼女は泣きじゃくる女性を抱きしめ、手のひらで優しくその背中を撫でていた。子どもは何が起こったのか理解しようと、大きくて無垢な目で彼女たちを見ていた。

 この時、記憶の中のあるイメージがエステルと重なったが、峡谷にいた時とは違って、より鮮明だった――

 その人物は背が高くて背中が広い。肩まで伸びた白髪と、皺の寄った横顔を持つ。エステルと同じ仕草、同じ表情をしていて、まるであの人――ラビ――がどこかで同じことをしていたかのようだ。外見は全く違う二人だが、なぜかサラが本性を現した時に、アンナはいつもラビのことを思い出す。

 この時、ジョナサンはさらに狂ったように語り始めた。彼が何を言っているのかよくわからなくなって、嘔吐の音までも聞こえていた。マルコは彼を支えて、洞窟のさらに奥の方に休ませようとした。彼が去る前にこう言った。「みんなと話せて楽しかったです。先まではちょっと疲れていましたが、会話をしている途中、気分が急に良くなりました。おやすみなさい。アドナイのご加護があらんことを」と言った。

 アンナは丁寧に微笑み返した。去っていく者の体の周りにより顕著な霊気が漂っているのに気付いて、自分の神職が偶然にもまた誰かを「祝福」してしまったことを知ったのだ。

 エステルが言うように、人の魂に栄養を与え、心を落ち着かせ、血気をサラサラにし、フェザーリングの能力を増幅する、『牧師(pastor)』は確かにアンナが得意とする神職の一つだ。それは勝手に他人の魂を潤し、相手の心を落ち着かせる。その過程で血気は希釈されて、フェザーリングの能力は増幅される。

 だから時折、「あなたと一緒にいると気分が良くなるね!」、「あなたと話していると元気が出る!」という言葉を耳にする。実際、彼女は何もしていないし、その言葉も特に知恵があるわけでもないのだが、周りの人たちはいつも彼女より幸せな時間を過ごしているのである。最近では祝福された後、増幅されたフェザーリングを彼女に対して使った人がいる。まるで石を持ち上げてから、自分の足に落とすような能力だ。

 一般的に、どのような神職が得意かはその人の性格や才能、経験などが大きく関わってくるという。彼女は自分が優しくなくて、見知らぬ人に対しても比較的無関心で、典型的な牧師(pastor)の性格とはかけ離れていると思っている。

 だからアンナは、なぜ自分が牧師(pastor)の神職の資質があるのか理解できない――しかも、それはとてつもなく強力なものだ。あまりに強力なため、アンナは読心術を使ったように人の感情を感じ取ることができる。戦闘中では相手の追跡を容易に振り切ることができて、不意打ちも彼女に対して意味を為さない。

 どれくらいの時間が経ったのかわからないが、火皿の中のタバコはほとんど燃え尽き、ウィリアムはうとうとしている。暗闇の中、靴底に当たる砂利の音だけが遠くから近くまで、眠気を誘う脳裏に聞こえてきた──

「おい!起きろ!私のいとこたち!王都に戻るぞ!」

 アンナとウィリアムが寝ぼけた目を次々と開けると、洞窟内はとても静かだったと気付いた。村人たちはほとんど休んでいて、しかも入り口のほうはまだ暗いままだった。

「四時……」アンナは目をこすって、懐中時計の針を見間違えないように再確認した。

「お嬢さん、誰が私を無理やり王都に帰らせようとしていたのか?それとも――ゆっくり寝てから戻ろうか」エステルは元気いっぱいで、未亡人たち全員と話した人だと思えない。

 それを聞いて、アンナは急いで地立ち上がった。「戻る、戻る。今すぐ出発しよう!」

「そうだな。私たちはもう行くことにしよう。私とアンナは二人で一匹のリトルモアを乗り、ウィリアムは一人で乗ってね。王都に入ったらアンナを狐のところに連れて行くから、お前はまず騎士団の件の後始末をする。彼らは任務に失敗したから、飛空艇に飛びついたお前に八つ当たりするかもしれない。もうお前の鎧にいくつの穴を開けておいたから、負けたことにしておいてくれ。いいか?」エステルは微笑むと、二人に言った。

「もちろんだ。自分、部隊とはぐれるのは初めてではないので、何を聞かれるかはわかってるさ」

 そして、エステルはこう言い出した。

「すべてが片付いたら、正午十二時に水源公園に集合しよう」

 これを聞いたアンナはサラがまたズルをすると感じたので、すぐに心の中で守りを固め、相手の魂を凝視したまま、そのような提案の目的を問うた。

 エステルはまだ自信に満ちているように見えたが、口調が少し冷徹になった。

「私がお前と一緒に帰るなら、何をしてもいいって言ったんだろう?おいおい――お前の時間を無駄にするなんて言わないでくれよ。お前とお前の同族が我が国で問題を起こしたわけだから、欲しいものだけもらって帰るわけにはいかないだろ。欲しいものはあげるから、その代わりに、お前が去る前に私の欲しいものを手に入れるための『チケット』になってくれ!」

 ウィリアムは驚いて尋ねた。「チケット?この王国の中であなたが入れない場所があるのか?」

 しかし、アンナはサラが言った言葉の意味を理解した。アンナは確かに『チケット』だが、もっと正確に言えば『保証人』のようなものだ。

 その時、高貴な王女殿下は盗賊団の団長ならではの笑みを浮かべた。「私は王国の法律が及ばないところ、真の闇市――『シルク』に行く」

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