第13節:高さ五丈の木枠

 ブレビス村の聖堂で、鎧に身を包んだ騎士たちが休んでいる。ベンチがすべて高位の者に占められ、それ以外の者は壁に寄りかかって座るか、背中合わせに寄りかかっている。

 一人の若い騎士は幸運にもコーナーで比較的楽なポジションを占めた。半日動き回り、四時間くらい戦った後、直角のエリアで頭と肩と肘を楽に休めることができるのは、アドナイ神からの恩寵に違いない。

 今朝早くに自主練を終えた後、若い騎士は城門の前で出発の準備をしている部隊に出くわし、伝説の盗賊団と戦うベレッタ大尉を支援するために向かっていることを知ったのである。たまたま騎士の一人が突然嘔吐と下痢に襲われた。格闘の末、若い騎士は馬車に飛び乗って任務に参加する機会を得た。

 この路程は思ったより長く、大尉の部隊が次々と別の場所に移動していたため、伝書鷹経由で進路を変更するようにとの伝令が何度も届いた。苦労の末、やっとのことでこの初めて聞いた村に合流し、中に潜んでいる一味を逮捕することになった。

 彼にとって、村にいる戦いの素人の相手は難しくなく、一時は彼らが本当にプリム祭なのかと疑ったほどだ。後になってから、彼らの団長は村におらず、彼らはただ怯えたネズミの群れであることを知った。

「おい、お前!」一人の高位の騎士がこちらを指差し、若い騎士は自分のことを呼んでいないことを静かに祈りながら、左右でいびきをかいている隊員たちをちらちらと見ていた。

「何をよそ見してるんだ?お前だよ!」騎士の口調はさらにぶっきらぼうになった。「支援部隊の者だろ?もう交代したはずなのに、サボっているのか。早く見張りに行け!」

 手元の兜を手に取り、鎧の重さに耐えながら立ち上がった。ブリキ缶みたいな兜をかぶせ、壁の時計に目をやると──時間は交代の三十分前だった。

 聖堂を出て、松明で照らされた道を歩いて村の門に向かって進んだ。両側の家の戸は閉められ、カーテンも引かれた。薄暗い蝋燭の明かりに中で動き回る人影が映り、時折、窓枠の端から嫌そうな視線を送っているのが見受けられた。この感覚はとても辛いものだった。王都で法の執行者をしているときもそんなに嫌われていない――少なくとも、それほどあからさまに嫌な態度を取らせることはない。

 しばらく歩くと、門の近くにある囚人用の馬車のそばまでやってきて、見張り役の騎士に交代の旨を告げた。彼は振り向きざまに、まるで予期せぬ訪問者を睨んでいるように、兜の隙間から彼を見つめた。

「緊張するな。長官に呼ばれて来たんだ。今は交代が要らないのなら、九時半にまた来るよ」彼は後ずさりして立ち去ろうとすると、周囲に現れた数人の騎士が、ゆっくりと彼の方へ歩いてくるのに気づいた。「おい!面倒事はごめんだ。先に帰るぞ」

 彼はそう言って来た道を去っていったが、十数メートル歩いても、不快な視線に自分が睨まれていることが感じられた。

 その時、彼は数人の隊員が彼に向かって歩いてきたのを見た。装備からして、支援部隊の者たちであることがわかる。彼らも多分先輩に呼ばれて交代を命じられるのだろう。

「おい!まだ行かないほうがいいぞ。先輩たちに睨まれたばかりだ。時間になったら行こう」

 困ったなと思っていたその時、村の門のほうから巨大な轟音がした。騎士たちが一斉に驚いて、剣を抜いて出火場所の方向に走った。その内、鞘の飾りが立派な一人の男が彼を引き寄せ、「先に村長の家に行って大尉に知らせろ、すぐそこだ!」と言って、その手はそう遠くないところにある大きな家を指差して命令した。

 彼は急いで木のドアをノックした。「大尉、大変です!プリム祭が反撃してきました!」

 ベレッタ大尉が出てきて、他の幹部も続いて出てきた。「聞いたぞ!聖堂にいる人たちが全員起きているか確認しに行ってこい!」

 また使いを頼まれたが、階級の低い自分にはどうすることもできない。彼は全力疾走で聖堂に向かったが、途中でまた爆発の音が聞こえて、振り返ると二本の火柱と煙が空に向かって上がっているのが見えた。「これがプリム祭の本当の強さなのか…」と彼は驚嘆した。

 数人の騎士がリトルモアに騎乗して彼のそばを通り過ぎ、まだ状況を理解していない騎士たちがゆっくりと聖堂から出てきて、彼の背後の光景を見て足を止めた。彼はすぐに、階級に関係なく一人ずつ前線に駆り出し、聖堂が空であることを確認してから戦場に戻った。

 息も絶え絶えに村の門に戻り、両手を膝につくと乾いた咳が止まらなかった。肺が口から出るような感じさえした。

 盗賊団と騎士団双方は陣形を組んで対峙している。最後尾にある囚人用馬車がめらめらと燃えている。他の囚人用馬車の前方は木の盾の陣に包囲されていて、すべての盾に矢がびっしりと刺さったから、ハリネズミのように見える。先頭の囚人用馬車の上には黒装束で顔を隠した一人の女が座っている。その不遜な態度からして、盗賊団の団長に違いない。

 大尉はその女に向かって「盗賊、お前はその馬鹿げた話を夢の中だけにしておけばよかったんだよ。二台の馬車の中にいる人を逃がせばそれで満足だよな?エステル村長と他の三台の馬車に載せた犯人を残して、朝の時のように、ネズミのように失せな!」と叫んだ。

 女はそれを聞いて、おそらく変声ガスを吸ったのであろう、甲高い声でしゃべり出した。「大尉、橋の上でやりあったよね。なぜ団長である私をもう知らないの?私はもうここにいるんだ。なぜ逮捕せずに失せろと言うんだ?」

 大尉は豪快に雄叫びを上げた。「お前が団長か?ガスを吸いすぎて頭がおかしくなったのか?村長が盗賊団の団員を匿っていた上、その家の中から武器が見つかった。死者の未亡人もみんなここにいる。ゆえに、村長こそが盗賊団のトップであることを証明している。奴がエステルだ。俺が奴を捕まえなければ誰が捕まえるんだ」と言った。

「そうだね。ダロ村とカッサル村の村長もエステルだね。お前が法務部に渡した資料にもそう書かれている。三人のエステルを集めてトリニティでも完成させたいのか?」

 それを聞いた騎士たちは皆大尉のほうを見た。大尉の表情がおかしくなり、黒装束の女に槍を向けて叫んだ。「何を言っているのかわからんが、想像力が豊かだな。シルバーウェアに盾突こうとするように頭がおかしい。奴らを捕まえろ。抵抗する者は殺せ!」

 号令とともに騎士たちは突進していったが、木の盾の陣の後ろから大量な煙が噴き出し、二秒もしないうちに全員の視界を飲み込んでしまった。訓練された優秀な騎士たちは、無意識のうちに自分の口と鼻を手で覆い、敵の位置に武器を向けたまま、仲間に生存を確認するために互いに声をかけている。

 煙の中で盗賊たちが殺しに来ると思いきや、馬の蹄と鳥の爪が馬車の車輪を連れていく音だけが聞こえてきた。その時、広場から一陣の風が吹き上がり、大尉の回転する槍の周りに煙がゆっくりと散っていった──

 彼らは周りが見えると、囚人用馬車はすべて消え、木の盾がマキビシのようなバリケードとして残された。すぐに、仲間の四割近くが行方不明で、どうやら敵がなりすましていたことに気がついた。

 大尉は自分の戦馬に乗り、部下に「奴らは森に逃げた。追え!特に黒装束の女と、先頭の馬車に乗っている囚人を見つけろ!見つけたら、信号煙管に火をつけろ。鳥騎士二名は俺と組め!」と叫んだ。

 指示をした後、先ほど雑用を手伝った騎士がそばにいるのを見て、片手で抱き上げると、自分の後ろに置いた。「お前は俺の背中の目になろう。行くぞ!」主人の踵に促されて、戦馬はマキビシを飛び越え、森の中の道を駆け始めた。

 この馬と御者はさすが軍部のエリートだ。限られた視界の中でも高レベルに動き、リトルモアと同じように機敏に動くことができた。あっという間に、囚人用馬車の後ろについた。

 大尉は顔を横に向け、ほとんど叫ぶような調子で、「後ろの隊員がついてきたか?」と確認した。

「はい!」彼も叫ぶように返事した。

 その返事を聞いて、大尉は光る指輪をはめた二本の指を立て、部下にしかわからないようなジェスチャーをいくつかをした。すぐに二頭のリトルモアが加速し、大尉の戦馬を追い越した。二人の騎士とも手には鉤縄を持っている。

 手を出そうとした時、木々の間から一つの人影が飛び出し、囚人用馬車の屋根に降り立った。騎士たちは皆それに気づいたが、大尉だけが手綱を引いて馬を減速させた。

 その人物は何かの物の包みを持って引っ張る動作をすると、巨大な布の幕が瞬時に展開され、彼らに向かって突進してきた。鳥騎士二人は反応できず、そのまま布の障壁に激突した。大尉は一瞬前に減速したため、反応する余裕があり、包まれた部下をかわした。

 戦馬は加速を続け、ゆっくりと囚人用馬車の左側に近づいた。左後輪が槍の攻撃範囲に入ると同時に、大尉は槍先を車輪に叩きつけた。

 馬車は激しく揺れ、上に張り付いた人物は一回飛んだが、投げ出されることはなかった。変形した車輪は数回回転した後に破片になり、車両が傾いて横転するところだった。

「お前は登れ、俺は御者を相手にする!」と大尉が命じた。

 最初は聞き違いかと思ったが、大尉に睨まれた後、馬の背を踏み、残っていた勇気を振り絞って馬車に飛び乗り、ギリギリ屋根の欄干をつかんだ。

 上にいる人物が自分を襲い掛かると思っていたが、相手が大尉との戦いに忙しく、自分に注意を払う余裕がないようだった。馬車の屋根に登ると、敵は大尉の攻撃を受け流し、戦馬はその辺の森の中に追いやられた。

 彼はサーベルを手にしっかりと握り、近づいてくる人物を薄暗い視界の中でじっと見つめた。移動する時のポーズから武器を持つその左手の動きまで、自分の破滅をもたらすようなところを見逃さなかった。

 二人は同時に相手に向かって突進した。彼は相手のふくらはぎを斬ると、サーベルが踏みつけられた。同時に兜の死ぬほど狭い視野から、相手の武器の軌道を垣間見た──

 緊急なので、彼は肩の鎧を相手にぶつけた。しかし、相手は二、三歩下がっただけで、彼の首の鎖帷子に一撃を食らわせた。奇妙な衝撃が体を揺さぶり、気を失いそうになった。

 彼は殴られた部分に手を置き、かろうじて意識を保っていた。この人物は想像以上に凄腕だ。どうしようかと考えているうちに、囚人用馬車は樹冠があまりない道路にさしかかった。そのとき月明かりが屋根を照らして、双方の黒いベールを持ち上げた。彼もやっとあの見慣れた悪だくみの笑顔が見えた──

「この野郎、やっぱりお前だったか!」

「あんたを気絶させなかったのは残念だね!」

 その時、戦馬が森の中から出てきて、大尉が「見つけたぞ、団長。村長は馬車の中だな!」と叫んだ。槍は運転席に向かって勢いよく打ち込まれ、その威力は左前輪も破壊した。

 車両がそのまま大尉に向かって傾いた。馬車を引いていた二頭の馬は強く引っ張られて、二頭とも地面に倒れた。戦馬もその影響でバランスを崩し、主人を道連れにして転倒した。

 馬車の屋根の上にいた――ウィリアムとアンナは――惰性の力で馬車から放り出され、道端の灌木の間に落ちてしまった。

 馬と車両は長い距離を横滑りしてから止まった。どんな生き物も短い時間でその衝撃に耐えられず、皆地面に倒れて悲鳴を上げていた。

 鎧のおかげで、落下したウィリアムは傷だらけではなく、多分打撲程度の傷を受けた。彼は潰れた灌木の上に横たわり、生き延びた余韻に浸りながら、険しい表情を浮かべていた。

 少し落ち着いた頃、彼は葉の隙間から覗くと、馬車の上に一見無傷で立っている人影が見えた。おそらくは、切りつけを避けるために馬車の反対側に登った団長だろう――馬車が横転する前に、彼女の素早い動きが垣間見えた。

 ウィリアムは這うように体を倒そうとしたが、筋肉が切れたような痛みが続き、悲鳴の上げ方さえ忘れてしまった。道の方向に数歩歩這っただけで、なにかの重さがかかってきて、もう一歩も動けなくなった。

 振り返ると、後ろにアンナがうつ伏せになっていて、「待って、まだ外に出ちゃだめ」と極めて弱々しいかすれ音で言った。

「彼らの調査を命じられたと思ったが、なぜ逆に参加したんだ?」

「黙ってて、その話は後でするから……」

 戦馬は瀕死の状態だったが、大尉は槍を杖の代わりにしてから立ち上がった。

「お前は本当に逃げ上手だな。攻撃されても落とされても死ぬことはないんだ。まあ、お互いの時間を無駄にしたくはない。村長はあの車両の中にいるのか?」彼は車両の上にいるエステルにと言った。

「本当にしつこいな、あんた。そんなに彼を罪人に仕立て上げたいのか?」団長の声のトーンはまだ高かった。

「出動したからには、結果を出さなければならん。簡単なことさ。村長を救いたければ、自首して俺と一緒に戻れ。あるいは、俺がお前の首を持って帰るのも良い」大尉はウエストポーチから棒状のものを取り出した。それは発煙筒に見える。

「お前のやり方はもうすでにシルバーウェアのすべての村に知れ渡っている。犯罪と戦うという名目で多くの容疑者を有罪にすることで評判を高めてきたな。でもそのほとんどは、ただ犯罪組織と少し接触したことのある一般人だ。犯罪者の親族から隣人、補給品だけを取引したことのある行商人に至るまで、お前に捕まえられた」

 大尉は黙って聞き、発煙筒が燃え上がるまでそれに火をつけていた。エステルは続けた。「金も権力もない人を狙って、罪を自由になすりつけるとは、巧いやり方だな。あの二つの村では、村長と事件の関係者だけを逮捕したが、その人たちの友人や親類は、その後すぐに死んだか、行方不明になったと後で聞いたよ。それについて、何か知らないか?」

「お前はどう思う?もしかして、それは彼らがお前と同じように喋りすぎたから?」大尉が発煙筒をそばに放り投げると、真っ赤な明るい煙が夜空に立ち昇った。「だが誤解するなよ。俺は奴らの敗者としての残存価値を高める手助けをしているのだ。たとえ人のものを奪うことだけができる犯罪者のお前でも、家柄と身分はある種の宿命であることを理解できるのだろう?ある者は上の者に仕えるために生まれ、ある者は下の者を管理するために生まれた。誰もが自分の役割を果たすことでより多くの人に利益をもたらすのだ。その上、俺がしたことは犯罪組織を根絶やしにしただけでなく、王国のために経済の足を引っ張る連中を排除したのだから、あの優柔不断な王は俺に感謝すべきなのだ!」

 その時、エステルはルーフボックスからスピーカーの付いた箱型の装置を取り出して腕に抱え、もう片方の手で装置のハンドルを回した。すると、風のような音がして機械が動き出し、『本当にしつこいな、あんた。そんなに彼を罪人に仕立て上げたいのか?』と人間の声を発した。それが蓄音機だった。

「このクソ女が!」大尉が車両に向かって歩き出すと、すぐに彼の足元でカサカサと音がした。

「お前の声を確実に記録したぞ。私はお前の代わりにこれをあの『優柔不断な王』に捧げることにしよう!」団長は筐体を開け、中に入っている音声記録用の芯を取り出した。

 大尉が車両に駆け寄ると、その手に持つ槍全体が赤く染まり、彼はそのまま槍でエステルの頭部を貫通しようとした。それと同時に、より速い一つの人影がその槍先に追いつき、それを踏みつけると、進路上の兵器は瞬時に下に向くようになり、車両の屋根に大きな穴を開けた──

 アンナは槍の柄にしっかりと立ち、木の杖は大尉の胸当てに当てている。大尉やウィリアムだけでなく、団長自身もこの人間離れした凄技に唖然とした。

「橋にいたあのファントムはお前だったか。団長さんよ、アドナイの選民もいるとは。お前のチームの構成多彩だな」

「私たちは運命に翻弄されたからな」団長は苦笑いをしながら言った。

 大尉は笑うどころか、気合いを入れて槍を力いっぱい振り上げ、車両の屋根により大きい穴を開けた。それで二人の盗賊を車両から降りさせたのである。

 ウィリアムは灌木から駆け出して大尉に加勢した。何せ彼は騎士だし、相手陣営が動き出したから彼がそのまま伏せている理由はない。

「小僧、」大尉はウィリアムに声をかけたが、彼の目は車両の穴に向いていた。そして、歯ぎしりしながら言った。「黒装束の女をけん制しろ。羊飼いの女を片付けたら、すぐに行く」

 一瞬にして、大尉から血の色の霧が熱湯のように吹き出すのが目に入った。

 エステルは、挑戦を受け入れるかのようにウィリアムに手を振った。「おい坊や、私はここだ!私をけん制してみろ!」

 すぐさまウィリアムは前方にダッシュしたが、相手は巧みにそばにある、森に飛び込んだ。彼は、大尉とアンナを残して、その後ろを追った。

 彼らが去るやいなや、大尉――クリス・ベレッタ――の槍がアンナに斬りかかった。彼女はバク転一回で攻撃を躱すと、血のように赤い武器が地面に亀裂を残した。

「さすがはアドナイの選民だな。他の場所を気にする暇があるとはな」クリスは槍を引き寄せ、アンナが目を合わせるのを待ってから続けた。「最近、王都にはお前の仲間がたくさんいて、皆を不安にさせていると聞いているが、お前はその一人じゃないだろうな?」

 もちろんアンナは相手が何を言っているのかわかっていたが、会話する気がなく、木の杖を振り回して戦闘態勢をとった。

 クリスは再び突進し、その腕から伸びた槍がまっすぐ射アンナの眉間を狙って──

 彼女は木の杖で横から槍の柄を叩いて槍をわずかに逸らし、ステップで体を回して槍先を完璧に避けながら、相手の懐にダッシュして兜のアゴ部分に狙って掌打を繰り出した。

 クリスは頭を片方に傾けて、彼女の攻撃が兜のほんの片隅しかとらえることができなかった。そして、相手はアンナの手首をつかみ、腕を折ろうとしたところで、木の杖がクリスの顎をとらえた──

 大きな金属音がしてクリスの頭が引き戻され、兜が宙に浮いた。相手が気絶する間、彼女は掴まれた手を引き抜き、身軽く安全な場所へと跳躍した。

 しかし、クリスはすぐに正気を取り戻し、その巨体と槍の柄でまっすぐにぶつかってきた。アンナはかろうじて木の杖でそれを受け止め、「やるじゃないか!お前はきっと面倒な奴の一人だな!」という賛辞をもらった。

 アンナは力を使って相手の槍を押し返して距離をとろうとしたが、すぐに押し戻された。クリスは続けて、「面白いことに、国王が聖会騎士団に、世界を混乱させているお前たちを始末してくれと頼んだらしいぞ」と言った。

 彼女の顔はすぐに真剣な表情になった。槍の柄に足をかけ、彼女は相手を踏み台にするように蹴り、空中で一回転して着地した。「あんたたちが聖会騎士団に頼んだというのは、本当なの?」

 クリスはアンナが返事したことが嬉しくて、つい無駄な言葉も言ってしまった。「もちろん!何せ三十年前にあんなことが起こったから、聖会庁に通報して彼らの手の者で対処するのが合理だよな」

「いや、それは非常に悪い決定だ……」 彼女の脳裏には、ある日ラビが商人ギルドの幹部たちと、聖会騎士団が訪れた多くの王国と街中に生えている木について話していた記憶がよみがえった──

 クリスは大笑いしながら「早く仲間に悪い知らせを伝えたほうがいいぞ。ああ、すまない。そんなチャンスはないよ、お前はここで死ぬんだから!」と言った。

 アンナは俯いて目を閉じて、肺の中の空気をゆっくりと吐き出した。彼女が再び目を開け、ギリギリ不意打ちをやめたクリスを見ると、焦りからくる血気は落ち着き、体の周りに浮いている羽根も増えた。

「必ず国王に、あいつらを王都に入れないように警告しな。あいつらは非常に恐ろしいことをするから」

 クリスは眉をひそめ、まるでさすらいの占い師の言葉でも聞いたかのような表情だった。「トラブルメーカーの言うことに耳を貸せというのか?」

「期待はしていないけど、国民のために一番いい決定をしてくれると信じているよ」この言葉とともにアンナは大量の羽根を放ち、羽根がつむじ風に運ばれて乱舞した。

 彼女が突進し、クリスが槍で突き刺すと、羽根を巻き付けた木の杖が稲妻のように誇り高い鋼鉄の槍を打ち砕いた──


 ༻༻༻


 夜の森の中で視界は五メートルくらいしかなかった。ウィリアムは渾身の力を振り絞って甲冑の重量に耐え、エステルの後を追っていた。相手の速度に合わせて走っていたから、森の中にその甲冑からの金属音を響かせた。

 エステルは彼を連れて森の中を走り回った後、最後は身軽く二階建ての高さの木に登った。

 普段ならウィリアムも一緒に木に登って問題なかったのだが、今の彼は幹につかまって狂ったように咳き込んでばかりいることだ。

「騎士さん、大丈夫か?」とエステルは心配そうに言った。ウィリアムは咳を和らげるだけで精一杯で、相手のことなど気にも留めていなかった。

 エステルは、ウィリアムの咳が少し治まるのを待って、話を続けた。「あんたとあの子は知り合いなんだろう?馬車の屋根の上での会話が聞こえたよ」彼女が使った変声ガスは徐々に消えて、本来の声は意外に綺麗だった。

 しばらく経って、ウィリアムはようやく背筋を伸ばすことができた。彼は木の上に座っている人物をじっと見つめながら、どうやって彼女を捕まえるか考えていた。「あいつを知ってるつもりだったけど、盗賊の手助けして金儲けしていたとはな。見る目がなかったぜ」

 これを聞いて、エステルも苦笑いして納得したようだ。そして、「お前も羽根の出し方を知っているようだな。さっき追いかけっこした時に少し見えたね。あいつが教えてくれたのか?」

「あんたもフェザーリングを知ってるのか?」ウィリアムは驚きのあまり、質問に質問で返してしまった。

「ああ、知ってるよ」エステルは、まるで友人と話しているように自然と答えた。「昔に少し習ったことがあったんだ。しばらく練習していなかったから鈍っていたが、あいつと一緒になってからは、その感覚を少し取り戻すことができた」

 それを聞いて、ウィリアムはセトに嘘をつかれたのではないかと思った。セトは、魂がフェザーリングするための前提条件は、怒ることがあっても冷静になること、憎むことがあっても許すこと、殺す手段があっても救うことを選ぶといった「困難な道」を選ぶことだ。つまり――自分の本性に制限をかけて「善人」にあることがポイントだと告げた。

 しかし、マイペースな不良少女がフェザーリングに精通し、今では数え切れないほどの罪を犯した盗賊団長もそれができるのが目の前の事実だ。善人の定義が昔と違うのだろうか?もしかして、世界を破壊するような魔王によって、世界の価値観がもう覆されて、自分だけがまだ闇の中にいるのだろうか?

「お前があのバカの友人なら、私はお前を相手にしないよ。お前が十分休んでから追いかけるふりをして戻ることにしよう」

「俺を相手にしない?」侮蔑された感覚にウィリアムは正気を失い、長い間出していない血気が――焼けつくような、刺すような感覚が――右腕全体に広がった。彼は足元にある卵ほどの大きさの石を拾ってエステルに投げつけた。

 その後すぐ皮膚が打たれる音が聞こえた。エステルの顎が上がり、その頭が体を引いて斜めに倒れてから木の上から落ちていった。

 すぐにウィリアムは突進してサーベルを抜き、この犯罪者にとどめを刺そうとした。ところが、エステルは空中で回転して、見事に片膝で着地した。そして彼女は石を投げ返すと――革で覆われているだけの――彼の右足首にドンピシャで命中させたのである。

 背骨にかつてない痛みが走り、足が一瞬にして麻痺したせいで、彼は何度も床を転げ回ってしまった。

 ウィリアムが正気に戻ると、エステルが彼の胸当てに片足を乗せ、屹立して彼を見下ろしたことに気付いた。

「フェザーリングができる相手の前に、自分は血気が濃くならないよう気を付けろとあいつに教わらなかったのか?でも、これも仕方ないことだ。あいつ自身もそんな間違いを犯しているからな」エステルは自分の右手を振って、石がその手で投げられたことを示唆した。

 ウィリアムはエステルの足を掴んで関節技を繰り出そうとしたが、相手は既に自分の体を踏んで、手が届かない反対側まで軽くジャンプした。

「もう行こうか。彼らの戦いが終ったはずだ。おっと、お前は顔に泥を塗っておくと、長官の罰が当たらないかもしれないよ。じゃね!」エステルはそう言って、発煙筒の方向へ走っていった。

 ウィリアムは狼狽しながら地面から立ち上がり、血管が浮き出るほど拳を握りしめ、これ以上震えないくらい腕が震えるまで手を放さなかった。そのとき、自分が尊敬する人――ロイ――の話が脳裏をかすめた。若い頃、ロイも犯人を逃したが、自分の失敗にちゃんと向き合い、長官の叱責から逃れようとせず、厩舎を一人で掃除するよう言い渡されても不平を言わなかった。

 汚れた厩舎の記憶がよみがえる。英雄が歩いた道なら、それは即ち自分が進むべき道だ。彼は、うっかり掘ってしまった泥を叩き落とし、エステルの足跡を追った。

 木陰から出ると、すでに倒されて地面にうつ伏せている大尉が見えた。エステルはアンナの頭に手のひらを当て、髪をわしゃわしゃしながら賛辞を口にした。赤毛の少女は死んだ魚のような目で賛辞に無関心であった。

 また、彼は囚人用馬車の後ろの扉が開いているのに気付いた。よく見てみると、中には装備を剥がされた騎士たちがいっぱいいた。

 その時、道の果てから疾走する鳥の爪と馬蹄の音が聞こえた。おそらく、発煙筒で呼ばれた援軍であろう。

「こ、小僧、何ぼーっとしてるんだ、早く奴らを捕まえろ!」。大尉は力を振り絞って叫び、立ち上がろうとしたが、また倒れ込んでしまった。

 ウィリアムの目と二人の女性の目が合った。アンナにまた木の杖で打たれるのが嫌だから、彼は動くのをためらっていた。

 ためらっていると、突然ブーンと音が耳に入った。木の上から長い麻縄が滑り落ち、彼らの間をかいくぐった。エステルとアンナはすぐにそれを掴み、空へと引っ張られた。

 二人が上がっていく方向を見ると、星の川の中に大きな黒い影が舞い上がっている──

「ひ、飛空艇だ!」とウィリアムが叫んだ。

 頭がはっきりしないうちに、もう体が勝手に追いついていった。ロープが空高く引き上げられようとしているのを見て、彼の足から羽根を出し、そして彼は一気に宙に跳び、ギリギリ縄の端をつかむことに成功した。

「船長に賄賂を渡して、先に空で待機してもらうという知恵を絞った自分に感心したんだ!」エステルは自慢げに言った後、アンナの視線を追ってウィリアムに向かった。「おっと、密航者がいるね」

 ウィリアムはサーベルを抜いて下の森に投げ捨てると、二人に向かって「あんたたちを捕まえに来たんじゃない、真実を知りたいだけなんだ!どうして二人ともそんなに強いんだ? フェザーリングは心優しい人間しか使えない技ではないのか?なのに嘘つき女と盗賊団長がなぜそれをあんなに使い込んだのだ。俺はセトに騙されているのか?」と叫んだ。

 女性二人はそれを聞いて、しばらくなんて言っていいかわからなかった。顔を見合わせた後、エステルが「羨ましいのか?」聞いた。

「そうだ!」

「さて、もっと大事なことがあるの。二人とも聞いて!」アンナは二人の話を遮り、二人が自分に注意を向けるのを待ってから続けた。「先ほどあの大尉から聞いたんですが、国王はあたしとラビを始末するために聖会騎士団を呼んだらしい。信じてください、あいつらはろくな連中じゃない。あなたたちを助けるために来るではなく、『植樹』するために来ているのだ」

「植樹?何の木を植えるか?」とウィリアムは尋ねた。

「偽のホーリー・ツリー、黒血樹、善悪樹などの呼び方があるんだけど、名称は重要じゃない。聖会騎士団は絶対入城の許可を要求し、『汝らはアドナイに呪われているから、街を清めるのだ』と言ってくる。奴らを絶対城内に入れちゃだめ」

「私たちは他に何ができるのか?」とエステルが尋ねた。

「正門を何かの物で塞ぐのだ」

「それだけか?」緊迫した口調で話したエステルの言葉を聞いて、ウィリアムはそれを可笑しく感じた。なぜ悪者が王国のことを心配しているのだろうと思った。

「そう、それしかない。あるいは賄賂を贈ってもいい。聖会庁の者と戦う勇気があるのか?」そしてアンナは「ラビとあたしは遺物を手に入れたら帰るから、少なくとも祭司庁の武僧は誘い出すことができる。あなたたちは騎士団の相手に集中できるんだ」と付け加えた。

 エステルは空を見上げ、異邦人の少女の返答に対して呆れたような感じだった。

 それを見て、アンナは軽くため息をつくと、柔らかい口調で言った。「そんなに悲観的にならないでください。奴らがどうやって『種をまく』かはまだわからないけど、奴らを入城させなければ問題ないでしょ。本当に気を付けるべき存在は『祭司』だ。それが現れたらラビが直接手を出す可能性がある。そのとき、街はひっくり返すかもしれない」

「『それ』?祭司は人間じゃないのか?」

「人間じゃないのだ。蛇だ。人間に化けた悪魔だ。でも、あなたたちもあまり焦る必要はない。過去の大戦では、奴らはラビと『ティーバ』の暗殺対象だったから、奴らも簡単に姿を見せないはず。派遣された騎士団を追い返す方法だけを考えればいいんだ」

 間もなく三人は完全に騎士たち視界の外に出て、飛空艇につれて森の奥深くへと入っていった─

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る