第5節:かくれんぼ
ウィリアムの話によると、スラム街は衛兵隊が重点的に捜索しているエリアであり、繁華街は彼自身が担当するので、アンナはまず人通りの少ない平民街を捜索することにした。
歩きながら、彼女は自分の魂をフェザーリングして霊気に変えて、いつもより広い範囲に放出した。そして、目には見えない隅々まで恣意的に掠めていった──
前方の暗い路地にあるガラクタの裏側。
向かいの家の各部屋。
屋台の後ろにある家の三階と屋上……
アンナは音を立てず、すべての生物に触れ、誰一人としてボスの匂いが出ていないことを確認した。
霊気と血気は、どちらも人が生まれつき持っている魂のエネルギーである。さまざまな方法で抽出することで、人はそれらを使って本来の能力を超える力を得ることができる。
血気は思念のかすである。蓄積されると、怒り、悲しみ、嫉妬、情欲など、ありのままの本性が引き金となり、人の行為がより侵略的かつ破壊的になる。感情に満ち溢れていて、または、使いこなすことができれば、人は血気を他人を傷つける武器として扱うことができる。魔獣水晶は血気の触媒であり、魂の外まで簡単に溢れてしまうほど血気を激しく膨張させるのだ。
霊気は純粋な命のオーラであり、恣意的なフェザーリングによって己の肉体の延長に姿を変え、身体能力の強化や第六感を得ることができる。アンナが放出する霊気は、ほぼ触覚と嗅覚の組み合わせたものであり、自分の体が接触する前に感知する。しかし、遠くまで伸ばすほど、その分濃度が薄くなり、感知能力が鈍くなるため、特定のオーラをなんとか識別できる程度まで制御しなければいけない。
しかし、読心術のように人の感情を感知するのは、また別物である。
指名手配犯の手がかりを探してうろうろしながら、アンナは銅の月にいる一般市民が何をしているのか観察していた。ここにいる人々の生活ペースが少しゆっくりで、商品は日用品や食材を中心に、繁華街の半額程度の値段で売買している。
アンナは出店者たちから、商品のことから異邦人との交流経験まで、いろいろと話を聞こうとし、皆喜んで話してくれたが、老いたサゼラックの闇医者を覚えている者は誰もいなかった。
偶然、アンナはボスとも、シルバーウェアの人々のものとは違うオーラに気がついた。しばらくしてから、ようやくオーラの主が誰であるか思い出した。アンナはすぐに暗い路地に身を隠し、自分の体を影に包ませた。慎重に、通りの向こうの家の屋根に目を向けると──
黒いマントを着た二、三人の男が見つかったが、目視では皆ウィリアムより少し背が高く、その顔は顎髭以外何も見えなかった。彼らの魂は血の匂いが濃く、手から心まで冷たい色をしていたから、間違いない。奴らはラビの敵、祭司庁直属の武力組織『ナジルの武僧』だ。
武僧たちは話し中のようで、穏やかな雰囲気で感情の起伏がなかった。おそらくアンナに気づいていないのだろう。そうでなければ、こんなに穏やかでいられるはずがない。だが、なぜ奴らがここに?当初の予定では、奴らはラビと共に今頃西部の都市にいるはずだった。
アンナはドキッとした。「まさかラビの身に何かあったのか?」長い間潜んでいた悪い考えが頭に浮かび、アンナは指の関節で自分の頭を叩いた。「そんなことはありえない!ラビは強い。武僧に負けるとはありえない。それにもし何かあったら、ミスター・デオから真っ先に連絡があるはずだ」
アンナはなんとか冷静さを取り戻し、男たちの観察を続けた。武僧は、自分たちがどう見られているか全く気にせず、自由に議論を交わしていた。他人が彼らに従い、他者に合わせることはしない。まさにその組織の一貫した性質のようだった。
ナジルの武僧は生涯、ただ祭司庁の教えに従って生きてきたため、他の法律や規則は全く眼中にないのだ。ミスター・デオが言った衝突事件はまさに奴らがしたことであった。ターゲットさえ確認すると躊躇なく攻撃する。たとえそれが王国の高官であってもお構いなしだ。
武僧たちは魂のフェザーリングを習得していない。ただ己の本領である身体能力を極限まで鍛えることで、肉体を常人より強化して、感覚を常人より研ぎ澄ませ、血気を究極の領域までに鍛え上げることに重点を置いている。魔獣水晶の力に頼って自分を強化した者より断然手ごわい。ゆえに、迂闊に武僧と衝突せず、極力戦うことを避けるべきだ。
今のところ、奴らはいたって冷静で、躍起になって人を探している様子はない。合理的に考えると、武僧たちはラビの動きを不審に思い、部下を数人送り込んで様子を伺っているだけと考えるのが妥当だろう。これから数日は、更に用心したほうがよさそうだ。
アンナは路地の反対側に出て、隣の通りへ潜入すると、布地屋を見つけ、亜麻色のマントと暗い色のスカーフを買った。
スカーフで髪全体を隠し、マントを地面に叩きつけ、普通の旅人に見えるように数か所穴を開けてボロボロにした。そして、出店で目の色を少し隠す程度の濃い色の色眼鏡を見つけた。
変装を済ませてからも近所を徘徊していた。大小さまざまな路地を歩き回り、あらゆる職業の住民に声をかけたが、何も手がかりをつかめず、武僧たちにも再び遭遇しなかった。
今日は、高強度のフェザーリングで霊気を放出し、武僧たちを見張るために余分な神経を使ったため、アンナは自分が既に疲れ切っていることに気づいた。空がオレンジ色に染まる頃、アンナは疲れた体を引きずってホテルの部屋に戻ると、マントを脱ぐ間もなくベッドに倒れ込み、深い眠りについた。
アンナは夜中まで熟睡していたが、空腹で目が覚めてしまった。アンナは薄汚れた装備を外してぼんやりと部屋を出て、厨房に誰かの食べ残しがないか探していたところ、バーのカウンターにパンの載った皿と立っている紙切れがあった──
「アンへ しっかりお食べ。体を壊さないようにね。ルーシーより」
長い旅の中で、他所の人間にこんなに親切にされたのは初めてだったから、アンナは口元に少し酸っぱさを感じた。
パンとバーにあった半分だけ入ったワインボトルを手に取って、アンナは音を立てないように二階に上がると、貯蔵室内に屋根裏部屋への小さな階段を見つけた。屋根裏の部屋は雑然として物が積まれていた。アンナはドーマー窓のひとつからホテルの屋上へと足を踏み入れた。
見晴らしが良い場所を選び、星空の下で横になってくつろぎながら、ルーシーが用意してくれた食べ物と、誰かが残したワインを嗜んで、心身をリラックスした。
部屋に戻ってキセルを取りに行こうかどうか迷っていると、誰かが窓が開けて、頭を突っ込みながら「お前、猫かよ。屋根にいるのがそんなに好きか?」と声をかけてきた。
アンナはわざと猫の鳴き声を真似て、ウィリアムにここは屋根も登れないのかと聞いた。もちろん、ダメだと言われても従うつもりはない。せいぜい隣の屋根に寝そべっているとつもりだった。
「いや、俺もよく来ているんだ」そう言ってウィリアムも窓から外に出て、屋根瓦を持つように体を低くし、慎重でぎこちなく這うようにアンナの横に移動して、自分がくつろいでいるにように見せようとしているのか、両手を枕にした。
いつもならアンナはウィリアムにパンチをお見舞いしていただろう、一人の時間を邪魔されたらしばき倒すって。しかし、幸運なことに、この男に確認したいことがあったから、そうはならなかった──
「こんな夜更けになんで屋根登り?あんたも夜景を見るのが好きなわけ?」とアンナが尋ねた。
「お前の歩く音がうるさくて目が覚めたんだよ。どうせなら近づいて見てみようと思ってさ……」
アンナはウィリアムのやましい気持ちに興味はなく、銀髪の男の魂をまっすぐ見つめ、こう続けた。「これまで、他のサゼラック人と知り合ったことある?前にその名前が出たとき、あなたたちの反応が少し変だったんだよね」
ウィリアムの心臓が一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。「ああ、ずっと前に一人な。でも、その時俺も幼かったから、よく笑うこと以外は、あまり覚えていないんだ」
「それだけ?」
「俺もその人のことをよく知らない。母さんも話したがらないし、ビルおじさんがお喋り中に偶然に漏らしてしまうだけさ。おじさんは、母さんがクソ親父のことを早く忘れられるよう、わざとそうしたんだと思う」
「そのサゼラック人があんたの父親を誘い込んだってこと?」
「君の想像する『誘い込む』とは違うけど、結果的にはほとんど変わらないよ。親父は妻と子供を捨てたクズ野郎に成り下がっちまった」そのとき、ウィリアムの魂の半分が赤く燃え盛っていた。しばらく黙ってから、こう続けた。「ビルおじさんが、親父と同じく闇医者だと言っているのを聞いたんだ。しばらくの間、よくうちに来て、親父はその人と医学の話をするのが好きで、だんだん親しくなっていった」
アンナは黙って聞いていたが、心臓の高鳴りが止まらなかった。『サゼラック人の闇医者』の足跡がここにも残されていた。この家族は彼をひどく嫌っているようだが、よほど辛い過去がなければ、確執の火種にはならなかったはず。だから、この一家には何か手掛かりが隠されているはずだ。
「ある日突然、クソ親父がハムプアに行く、いつ帰ってくるかわからないと言い出した。毎晩のように両親が喧嘩したことを覚えている。もちろん何で言い争っているのかわからなかったけど、大人になってからビルおじさんが言うのを聞いて初めて分かったよ」
「お父さんは何をするって言っていたの?」とアンナが聞いた。
「知らない。聞くのも面倒くさかったしな。あんなクソ親父のことなど、知りたくもなかった」
「それで、その闇医者は何をくれたの?例えば、薬草とか、ホーリー・ツリーの樹脂を使った製品とか?そうだ、医学書の写本、医者が他の医者と交流するときに愛用するアレよ!」
話を終えると、ウィリアムは顔を横に向け、疑わしい目を月明かりに照らして冷たく光らせた。その時初めて、アンナは自分が我を忘れて勇み足になったことに気づいた。「ごめん。同胞のことを聞いて気になったから、つい……」。
銀髪の男は視線を正面に戻した。「どうだろうな、本当に興味があるならビルおじさんに聞いてみてくれ。母さんには絶対聞くなよ。母さんには良くしてもらってるんだし、夕食もお前の分を残るようにしてんだからさ、辛い思いをさせないでやってくれ」
「わかってる、あたしもルーシーさんを悲しませたくないもの」アンナは約束した。
ウィリアムからこれ以上聞き出せなかったのは少し残念だが、少なくともビルにまだ話を聞くことができる。明日、商人ギルドに行って良いワインと高級ハムを買って、夜に聡明な商人さんとじっくり会話することにする。
「そうだ、今日は何か見つかったか?」仕事の話題に戻ると、ウィリアムに元気が戻った。「一つの情報を手に入れたんだ。奴はスラム街のチンピラと連絡を取り合っているらしい。恐らくお互い利用し合うんだろう。しかも、あいつらは元々衛兵隊に敵意を持っているから、話そうとしたがらないんだ。話を聞いてみたらどうだ?賄賂が必要なら何とかするけど、やってみるか?」
「うん、やってみるよ」アンナは適当に応答したが、心は既に夜の星空の中にいた。
「オシドリスズメ、まだ生きているよな、餓死させてないよな?」
「そんなわけないでしょ?あんたの部屋、虫だらけだし」
「本当か?お前がシェムオランドから持ってきたんじゃない?」
「違うよ。虫たちはお金がないし。入国料も払えるわけないじゃん」
「なるほどね。どうりで毎年密航者を捕まえるわけだ。シェムオランドからの者は特に多い」
「今年も?」
「そうだよ。銀の針の屋根に登ってタバコを吸ってたんだ」
二人は、このようなテーマも目的もなく『質疑応答』を繰り返し、興味の赴くままに、言っていることが本当かどうかも気にせず、とにかく話し続けていた。最後は、アンナの大きなあくびで会話は終わった。
ウィリアムは先にドーマー窓まで慎重に進んだが、動きは相変わらず不器用だった。アンナは、面倒くさがって屋上から一階へ飛び降り、路地に着地したとき、革靴の底が大きな音を立てた。
そして、ウィリアムの地雷と、ドアに鍵がかかっていて入れないことを思い出したので、またジャンプして屋上に戻ったときに、銀髪の男がちょうど振り向いて目が合った。
「さっきの音は何だ?」
「ううん、気のせいかな」アンナはまた知らん振りして笑みを浮かべた。
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二日目、二人は太陽が稜線を超える前に出発した。
ウィリアムは仲間に情報を聞きに行くつもりで、アンナは昨日探索しなかったエリアを見回ってからスラム街へ行くつもりだ。ウィリアムからまた怪しまれないように、アンナは彼に黒鼠幇のことを教えなかった。
アンナはその日のうちに探索しなかった平民街の路地を歩き回ってから、スラム街へと足を踏み入れた。そこには、以前にも増して息苦しい雰囲気が漂い、人に強い不安と恐怖を感じさせる。ちょうど数名の衛兵が通行人に乱暴な尋問をしているところに遭遇したので、それが理由だろう。
時間の経過を意識していなかったが、太陽はまだ半分しか出ていなかった。黒鼠幇の老人や少年も見つかっていないというのに、もうウトウトしてしまったので、ビルと飲むために体力を温存しなければと思い、聞き込みの続きは明日にすることにした。
アンナはゆっくりと市街地に戻り、裏口から商人ギルドに入った。ミスターデオは不在で、メッセージも残していなかった。楽観的に考えたら、何か問題は発生していなくて、つまり、ラビは無事だということだ。アンナはこのように自分を落ち着かせたが、隅で体を縮こませて少し泣いた。
心が少し落ち着いたところで、アンナは酒保に行き、高級赤ワインとおつまみにぴったりな肉製品を買うと、裏路地を出て、ゆっくりとした足取りでホワイトヘアホテルに戻った。
アンナはバーカウンターに座り、最後の元気を振り絞ってビルを待っていた。彼女は夕食を無造作に食べていた。ルーシーは仕事に忙しく、あまり会話しなかったが、ウィリアムが今夜は帰ってこないことを教えてくれたのを覚えていた。彼は仲間と一緒に夜間の捜査に行きたいだろう。
商人たちと何回トランプで遊んだか忘れてしまったが、ビルは戻ってこなかった。最後は体力がもたなくて、バーで気付けになるドリンクを頼もうとしたら、いつの間にかテーブルで寝てしまい、あげくに誰かに担がれて部屋まで運ばれていたのも分からなかった。
༻༻༻
暖かい日差しが窓から差し込み、オシドリスズメが小さい声で鳴いている。アンナは突如目を覚まし、急いで時計を見て時間を確認したら、もう十一時になった。この街に来て以来一番の寝坊だ。
アンナはすぐに出掛ける支度をして、必要なものを持って通りをダッシュし、急いでスラム街へ向かった。二日酔いのせいか、頭が少し痛かったので、体の代謝促進のため、常に胃袋の水を貯めていかなければいけなかった。
無意識のうち、霊気が一つ曖昧なオーラを掠ると、アンナはすぐに足を止めて振り向き、目でまっすぐオーラを発する方向を見ていた──
それは防火道路で、それほど長くはなく、端がすぐわかるようになっている。オーラの発生源はちょうど道路の向こう側にあった。不用意に少し触れてしまい、しかも今は頭がうまく働かないので、しばらくはその血の匂いがするオーラが誰のものか分からない。もう一度触れればわかるだろう。
アンナがこの小道を抜けると、窪地に建設された公園が目に映った。そこは、周囲の地形よりも低くなっていて、すべて石レンガ造りで、ブレッドケースのような形をしていた。この陥没した地形のおかげで、地下水路の一部が日に晒されて川みたいな形になり、住民が簡単にここで水を汲むことができる。
アンナはこの公園の由来を知っている。それは『選択者事件』の名残である。当時、武僧とバーナバスが戦った時に大きなクレーターができたため地下水路が崩壊し、元に戻せなくなったので、国王がいっそ水を汲むことができる場所──水源公園を建設したのだ。
白くて大きな盆地を見下ろすと、オーラの主は自分の視野に映らなかったが、その痕跡は確かに存在し、水路の出口まで伸びていた。彼女はそこに霊気を伸ばし、直感ではターゲットに近づいたと思った時、一本の投げナイフが飛んできた──
アンナは反射的に首を傾げて躱したが、刃はアンナのフードを掠り、背後の壁に突き刺さった。その直後、水路から大きな人影が飛んできたかのように三歩でアンナのもとに到達し、手にした斧で斬りつけてきた。しかし、動きが大振りすぎて、アンナはそれを簡単に躱し、ホップとステップで防火道路に戻っていった。
「フララ……ここで貴様とまた会えるとはな、嬉しいぞ」フードの下にボスがわずかに笑みを浮かべた。「変装したようだが、スカートの柄と木の杖までは誤魔化せなかったようだな。フラ!笛を吹かないでよ。今の俺は、戦意高揚だ。発散しなければならない。さあ来い!前回の続きをやろうじゃないか!」
アンナはオシドリスズメを服の中に隠し、木の杖を前にして、ゆっくりと後ずさりした。自分でボスを倒してはならない。せいぜい相手を弱らせて、ウィリアムに倒してもらうしかできないが、目の前にいる男の血気が赤黒く発光していて、フェザーリングした魂で繰り出す攻撃が簡単に相手の意識を奪う可能性がある。
ボスは狭い空間に斧で竜巻を起こして、壁やガラクタが一瞬で瓦礫と化した。アンナは後退を余儀なくされた。相手の攻撃をかわすのは難しくないが、このまま後退すれば通りに出る。
アンナは隙をついて斧の柄を木の杖で折ると、屋根に飛び乗って相手が上を向いたのを確認してから走り出した。ウィリアムの来る方向が分からないので、ボスを引きつけながら辺りをぐるぐる回って、ウィリアムのオーラを感じたらすぐに彼に駆け付けることにした。
ボスも屋根に登り、衛兵のサーベルを抜いてアンナに斬りかかってきた。アンナは俊敏な動きでうまく間合いをとったが、相手は殺気を帯びた目で、屋根の瓦を踏み壊し、煙突を壊してでも間合いを詰めようとしてきた。
砕けたレンガや瓦が大きな音を立てながら通りに崩れ落ちると、通行人から悲鳴が上がり、視線と指を二人に向けていた。通りで注目の的になり、銀髪の騎士もまだ現れていないから、アンナは焦って泣きそうになった。フードをさらに深く被った。
「フラ!小娘!どうした?貴様が速いのは逃げ足だけじゃないよな。来いよ!ぐずぐずしないで、かかって来るのだ!」ボスはそう咆哮しながらサーベルを振るい、アンナの前に飛び出すと、彼女の後ろにあった煙突をサーベルで真っ二つにした。
その時、アンナはようやく向かいの路地に見覚えのあるオーラを感知した。すぐに壁を蹴って移動すると、物陰にやはり一人がいた。だが、その人は予想外に小さかった──
「えっ、お姉ちゃん?」と、黒鼠幇の少年がアンナの衣装を見て目をキョロキョロさせながら、驚きの声を上げた。
アンナは唖然とした。魂で偶然に触れただけなのに、その瞬間に感じたオーラはこの子のものではなかったはずだ。特徴が全く違うのに、なぜこの子の元にたどり着いた?
ボスも路地に侵入し、アンナの後ろ首めがけて凶刃を振った。アンナは慌てて少年を抱きしめて突進し、サーベルがタイルだけ当たるように仕向けた。相手がサーベルを抜く前、少年をきつく抱いて、急いで路地から出た時、見覚えのある人影がちらりと見えた。
「奴はどこだ?」ウィリアムはサーベルを抜いた。そばには一人の見知らぬ隊員が一緒に来ていた。
「路地よ!」アンナがそう言うやいなや、指差した方向には誰もいないことに気づいて顔を上げると、その人が既に頭上から飛びかかってきた。
少年を抱えたままでは、うまく逃げることもできないので、木の杖を握って大量の羽根を放ち、相手の武器に照準を合わせた──
その瞬間、見知らぬ隊員が既に跳躍し、ボスに回し蹴りを食らわせて、横に飛ばされたのだ。
アンナは、その隊員が着地でつまずき、そして羽が何本か舞っている様子をじっと見ていた。
その男は小麦色の肌と短い黒髪で、ウィリアムより頑丈な体格だったが、身長は多分自分と同じくらいしかない。鞘の装飾はウィリアムのものより豪華であった。
「君なんだね!」黒髪の隊員が興奮気味にそう言ったが、ウィリアムはすぐに敵が起き上がったことを彼に伝えた。
「フラ!弱い!弱すぎるぞ!カスが、カスが、カス共が!」ボスがそう言ったのに、蹴られた脇腹を手で押さえ、片方の足が微かに震えていた。
黒髪の隊員はアンナとボスの間に入り、サーベルを抜いてウィリアムに言った。「今、奴は虚脱しかけている。僕が奴の攻撃を受けている間、お前は剣の柄で奴の肝臓を打つんだ。直接切り殺すなよ、いいな?」
「まだ一回しか蹴っていないのに、もう虚脱しかけている。奴は病にでも侵されているのか?」ウィリアムは戦闘態勢を整えると、まだ避難していない民衆たちに怒鳴りつけ、迅速な退散を命じた。
ボスがかろうじて態勢を立て直すと、再び突撃を仕掛けてきた。ウィリアムと黒髪の隊員は踏ん張り、アンナは少年に路地に身を隠すよう促した。
状況を理解したボスは、まず邪魔なウィリアムを突き飛ばし、黒髪の隊員と衝突させた。そして、少年を路地の入口から引きずり出して片腕を持ち上げ、剣先で彼の腹を刺そうとした。
アンナの木の杖が瞬く間に大きな弧を描き、なんとか斬撃の角度を変えて、少年の頭上を通過させた。少年は地面に落ちたが、その腕の半分をまだボスが持っていた──
少年が血だまりで悲鳴を上げると、ボスは切断された腕をアンナの足元に投げつけ、勝ち誇ったように笑った。「フラララ!そう、その目だ。最高だぞ。フララララ!」
その隙をついて、ウィリアムと黒髪の隊員がそれぞれボスの頭と足に攻撃を仕掛けるが、いずれも難なく防がれた。双方の激しい交戦が始まった。
「ごめんね……ごめんね……」とアンナは言いながら、フードを外して少年の傷口をきつく抑えて、痛み止めを飲ませた。ひたすら謝った。
ボスは勇猛果敢な黒髪隊員を突き飛ばし、ウィリアムのサーベルをたたき落として、首をつかんだ。「フラ、手ごわいガキだ。でも大丈夫。貴様の友達を捕らえたぞ。俺に斬られる姿を見るが──グハッ!」
アンナが杖でボスの顎を強烈に叩くと、ウィリアムが地面に倒れこみ、咳き込んでいた。
さらに何度も杖を振り、眉間、顔、首、心臓を打ったが、怒りに任せて打ったため、フェザーリングの効果が有効に発揮されなかった。
ボスの鼻のそばに血が流れて、更に激昂した。「フラ!そうだそうだ!ついにやる気になったか!」と言って、サーベルで斬りかかってきた。
アンナは直接サーベルを破壊したが、ボスはこの瞬間を待っていたかのように、タイミングを合わせて木の杖を掴み、もう片方の手でマントの下からもう一本の剣を抜いて、アンナを真っ二つに斬ろうとした──
アンナは木の杖から手を放し、一瞬で空中に跳び上がって、相手の斬撃を空振りさせた。そして、落下しながら高速回転し、かかとで体の周りに羽根のような軌跡を描いてから、蹴りをボスの頭部に命中させた。血の色の魂があっという間に砕け散って無数のかけらになった。
ボスは白目をむいて体を硬直させながら地面に倒れ、一言も発さないまま気絶した。
ウィリアムの目は大きく見開かれ、しばらく口を閉じることができなかった。黒髪の隊員は傷ついた腕を押さえて遠くからよろめいた。やじ馬の群れから大勢の衛兵が現れたが、全員がサーベルの柄に手をかけ、恐怖の表情でアンナを見ていた。
その光景を見て、アンナの頬に涙が伝った。普段は目立たないように行動するよう注意を払い、一刻も早く遺物を見つけることがラビを苦労から救う唯一の方法だと知っていた。しかし今、一つの無辜の魂が段々冷たくなり、街にいるすべての法の執行者に自分の能力を知られてしまった。今後、一般人を装って情報を集めることなんてできるだろうか?
ついにアンナは泣き出し、駆け付けたウィリアムと黒髪の隊員を怖がらせてしまった。瀕死の少年を抱き上げたアンナは、二人の男の呼びかけに応じず、迷わず大量の煙霧弾を投げて、通りの半分に乳白色の煙を充満させた──
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西の山にある大木に、一つの影が木の葉の間に隠れていた。ゆっくりとした呼吸と非常に小さな動きで、彼女はほとんど草木に溶け込んでいるため、ベテランのハンターでも発見は困難である。
その隠者は梢から単眼鏡を伸ばして、豆粒のようなシルバーウェアの街を遠くから覗き込んだ。皺の寄った指がゆっくりと焦点を絞り、城壁をレンズに合わせると、煙一つが立って、街の上空で少しずつ霧散している様子を見た。
「落ち着け、我が子よ……」とアンナのラビ――デボラ――は独り言った。
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