第4節:ホワイトヘアの家族たち

 九時、十時を迎える頃になると、商人たちは仲間を連れて部屋に戻って休んだ。隅のいくつかの席で残りの何人かだけが談話をしていた。雇われた従業員が自分の仕事を片付け、次々エプロンを外して、帰る前にルーシーに挨拶をしてから帰路についた。

 アンナとウィリアム一家はカウンターで延々と会話を続けていた──

 ウィリアムはルーシーに対して、「この子、泊まる場所がないから、鐘楼で寝るって言ってたからさ、野宿よりはずっとましだから倉庫に泊まってもらおうと思ってるんだけど」

「あんたの部屋で寝ればいいんじゃない。女の子に倉庫で寝てと言うのはおかしいでしょ」ルーシーはそう言いながら、ミルクを自分のコーヒーにぐるぐると注いだ。

「女の子が男と同じ部屋で寝るほうがおかしいだろ!この子にいいかどうか聞いてみたのか?」ウィリアムは顔を真っ赤にして、極力アンナに視線を合わせないようにした。

「何、焦ってるんだ?倉庫で寝るのは君だよ」ビルはそう言いながら、ワインオープナーでコルクを開けた。

「恥ずかしいものは全部しまったんでしょうね?」ルーシーが続いてそう聞いた。

 それを聞いたアンナは、目をキラキラさせて、すぐハイチェアを飛び降りてウィリアムが装備を置いた部屋へ突撃しようとした。

 ウィリアムも反応が早かった。電光石火の速さでアンナの背後から服のフードを掴んだ。「ちょっと待て、先に片付けるから!」

「こら、君はレディの扱いが乱暴だよ」ビルはそう責めたものの、ワイングラスの中の泡を観察するだけで、特に割って入るつもりはなかった。

「うるさいな!こいつは人をおちょくるのが好きなんだよ。絶対甘く見ちゃいけない!」ウィリアムはそう言ってアンナを席に戻し、急いで自分の部屋に戻ってカギをかけた。

 ルーシーが興味深げにアンナに尋ねた。「あなたたち、いつ知り合ったの?」

「昨日、王都に来たとき、同じ馬車だったんです。」

「ウィリアムは十九歳なんだけど、君たちはどちらが年上なんだい?」ビルがそう尋ねると、ルーシーにきつく睨まれてしまった。

「ほとんど一緒じゃないかな」アンナがしばらく間を置いてから、テーブルのマグカップがゆっくり回しながら、恥ずかしそうに言った。「実は、あたしも自分の年を知らないのです。ラビが闇商人からあたしを買い取ったとき、名前とこのイヤリング以外、何も持っていなかったんです」アンナはイヤリング全体が見えるように、左耳前の前髪をかき分けた──そのイヤリングは半透明かつ乳白色のひし形の宝石と耳からぶら下がった金色のチェーンで出来ていた。

 話を聞いた二人は申し訳なさそうな表情を浮かべたが、アンナはすぐに彼らを慰めた。自分は別に気にしていないが、久しぶりにこの話題を他人に話すのは、ちょっとだけ恥ずかしかったと言った。

 そのとき、ウィリアムがようやくバーに戻ってきて、タオル一本をアンナに渡した。どうやらそれは各部屋に用意されている洗面用具の一部なのだ。

 ルーシーはウィリアムに対して、「倉庫で寝ろとは冗談よ。アンナが王都を離れるまで、私と一緒に寝ましょう」と言った。

「いやよ、もう子供じゃないんだから。さっき、布団を倉庫に置いてきた。戦士たる者、どんな場所であろうと寝れるんだよ」

「いいね。さすがは姉さんの息子だよ!」ビルはグラスをウィリアムのコップに当てた後は、自分で酒を飲み干した。アンナもウィリアムに対して丁重に感謝した。

「そうそう!」ルーシーが突然興味深い話を思い出して、アンナに訊いた。「あなた、シェムオランド大陸から来たと言ってたわね。広い大陸らしいけど、どこから来たの?ここから遠いの?」

 アンナは相手が単純に自分のことを知りたいだけで、他に何も目的がないから、ざっと説明するだけでいいと思った。どうせ、二人ともあそこには行けないだろう。「あたしは、大陸の西海岸から来たんですけど、距離はどれくらい?確か、二週間はかかったんじゃないかな。馬車、飛空艇、馬車の順番が一番安い交通手段です。出発地について知りたいなら、地図はありますか?指差しが早いので」

「地図?あるわ──」ルーシーはそう言って、バーのカウンター下に潜った。一方、ウィリアムは突如はっとして、ある物を持ち出したいルーシーを止めたが、結局はルーシーの勝利だった。

 ルーシーは木の枠に収まった絵をカウンターテーブルに置いて、得意げに話した。「デデーン!世界地図、息子が五歳の時にプレゼントしてくれたの!」

「やるねえ、さすが僕の甥っ子だ!」ビルはまた自分のグラスをウィリアムのコップに当てて、自分の酒を飲み干した。ウィリアムはカウンターにうつ伏せ、顔を自分の両腕の中に隠し、耳まで赤くなった。



 絵地図の中に空中に浮いている三つの島のほか、傾斜した陸地が右下にだけ描かれている。左上にはコンパスが描かれ、矢印は左を向いている。中央右側の島が最も小さく、島には一本の大樹が生えて、そのそばに『シオン』と地名が記されている。その左側にあるのは二番目に大きい島で、豊かな景色に加え、一つの小さな城が見える。そばには『シルバーウェア』という地名、そして、その島には『ジャフェンラージュ』という地名が記されている。二つの島のうち、絵の上部に書いた島は巨大で、絵地図の面積を三分の一占めている。ランドマークは少し描かれているが、前の島のように細かくない。『シェムオランド』と記されている。傾斜した陸地には他の島のように場所を示す記載がなく、『ハムプア』とのみ記されている。

 ルーシーは各陸地の間に描かれた茶色い線を指した。「ほら!ホーリー・ツリーの根も描いてあるよ、細かいね!」

「しかも陸地の周りの空海もしっかり青で塗っている、素晴らしい!」ビルが付け加えた。

「もういいから!」ウィリアムが恥ずかしそうに憤慨した。「早くアンナに家がどこにあるのを教えてもらってよ。終わったら、これを燃やす!」

「何で燃やすの?これ、私がもらったプレセントなのよ!」ルーシーは慌てて絵をウィリアムから遠ざけると、出発地の場所を教えてもらうため、『放火犯』の手が届かない角度からアンナに渡した。

 アンナはシェムオランド大陸の西に位置する平原を指した。

「さあ、俺によこすんだ!」ウィリアムは絵を取り返しにカウンターをよじ登ろうとした。

 ルーシーは慌てて枠を遠ざけて、絵の細かいところまで鑑賞していた。「ところで、ハムプアがなぜ沈んだか忘れたんだけど、覚えてる?」

「『聖火』で攻撃されたのだ」ウィリアムは席に戻って、手に取ったパンをちぎった。「あれは聖会庁の秘密兵器さ。『サマリアの乱』の後期に飛空艇を使用して大陸中央に投下され、『バベル』という巨大なクレーターができたんだ。そのあまりにも強大な威力で、繋がっていた樹根を断裂して、大陸全体が片側に傾き、三分の一の陸地が直接地海に衝突したらしい」

「なんて恐ろしい……」ルーシーは絵に描かれた大樹を手で撫でた。「もし、ある日、ホーリー・ツリーが枯れてしまったら、シオン大陸も落下して、私たちも連れられて落っこちてしまうのよね?」

「その通り」ビルはそう言って親指をアンナの方向へ向けた。「まずは、アドナイの民に九百年前に全人類を空へ連れて、いつ我々を地海へ返すつもりだったか聞いてみようか?」

 それを聞いたウィリアムとルーシーは、訝しげな表情をした。ルーシーに関しては、複雑な感情を見せ、何かを思い出したように見えた。

 ビルはこの親子二人の反応を見て、二人よりもさらに興奮しながらアンナの目を見て言った。「なんてこった。これは明らかだろう!この小娘の瞳と髪が真紅の色をしているじゃないか。見えるだろう?姉さん、わからないわけないだろう?」

 彼が話し終えると、ルーシーの心の中で瞬時に強烈な感情が湧き上がって、溢れてきた。アンナはびっくりして、思わず震えた。強盗のボスに遭遇した時もこんな感情を感じなかった。それは殺意でも、恨みでもなくて、自分で経験したことがない感情だった──

 それはどうしようもなく、どうすることもできなかったもので、同時に生ぬるい憤怒を反芻していた。胸の中にはまるで大きな氷の塊が出来上がってるようで、激しい炎が燃えているようでもあるが、燃えても穴一つができず、黒煙、廃ガス、沸騰した高温がひたすら蓄積されても放出できず、ただ自分を傷つけ続けることしかできなかった。

 ウィリアムは自分について弁解した。「サゼラック人、もちろん知ってたさ。でも、そこまで考えていなくて……」

 ルーシーは枠を置くと、カウンターに寄りかかって、コーヒーカップを持ち直し、カップを見ながらつぶやいた。「忘れられるわけないじゃない。ただ、かろうじて頭の片隅に封印したのに……」

 口に出した言葉も出さなかった言葉も、全てアンナの目に焼き付けられた。強烈な予感が彼女の耳にこだました。この人たちから内容の密度まではなからないが、何か手掛かりが訊けるはずだ。ラビのため、この人たちの事情を顧みている余裕はもうない。このチャンスを利用して聞いておかねば──

 そのとき、数名の衛兵が慌てて店に入り、バーカウンターに向かって叫んだ。「ウィリアム!大変だ。あなたもこのことを知る必要がある!」

 ウィリアムはすぐに表に出て仲間のいるところに集まった。ルーシーとビルも忙しい一日を終わらせて休みたいので、テーブルのグラス、食器を片付け始めた。しばらく聞き出すチャンスがないのは残念だが、ここにいればまだチャンスはあるはずだ。アンナは自分にそう言って心を落ち着かせた。



 翌朝早く、アンナとウィリアムは街の中を一緒に歩きながら、昨晩急遽わかった状況について話し合っていた──

 ウィリアムはアンナに、強盗のボスが脱獄して、その際に多くの人を殺害したことを明かした。衛兵隊はすぐに警戒命令を出して、上級兵士を多数派遣して大規模な捜査を展開した。また、軍部と合同で、城壁と各出入口に多数の兵士を配置した。

 アンナはなぜ衛兵隊が商人ギルド強盗事件の脱獄犯を捕まえるのではなく、王室や貴族を暗殺した刺客を捕まえるかのような大見得を切っているのが不思議だった。一見、愚問だと思えるが、ウィリアムが興奮とは別に、何か思惑を隠しているようで、しらを切って尋ねてみた。

 ウィリアムは少し思考に耽っていた。「あの男は普通の犯罪者とは違うんだから。男は『ゴリアテ・ベルソン』という名の元衛兵隊分隊長だ。昇進の問題を巡って長官と衝突し、彼の昇進を反対した高級長官を襲撃して裏切り者となり、衛兵隊から指名手配されてかなりの時間が経っていた」

「高級長官を襲撃?昨日のあの総隊長のこと?」

「いや、もっと偉い人だった。俺の記憶が確かなら、王宮の大臣だった」

 それを聞くと、アンナはウィリアムをワクワクさせるものを推測できる気がした。指名手配犯は衛兵隊の裏切り者、しかも長官たちの関心が高い犯罪者だ。もし自分の手で捕まえることができれば、きっと大きな武勲を上げることができるはずだ。この銀髪の騎士の考えはわかりやすいが、念には念を入れることにした。

「あんたが自分で奴を捕まえたら、絶対昇進できるのよね?」

「昇進どころじゃないぞ?王女様が自ら勲章を与えてくださるに違いない!」ウィリアムの目は朝日よりもキラキラしていた。

「本当?それだけで王女様に会えるの?」アンナの直感ではウィリアムがホラを吹いている気がしたが、おだてて話をさせて、話す内容を観察することにした。

「もちろん会えるさ。王女様が衛兵隊のトップだからな!」まさか、ウィリアムの話が本当だとは。「衛隊の軍籍構成はもともと『君理ジュンリ』の駒が由来なんだ。強い順に並べるとキング、クイーン、ビショップ、ナイト、ルーク、ポーンの順番だ。俺は、ルークの初級だからもう小隊長にはなれる。ゴリアテはナイトの最高級だったから、昇進できなかったことでメンツをつぶされたらしい。昨日のシュネーマン総隊長はビショップの最高位。クイーンとキングは基本王室のメンバーであり、階級でいえば衛兵隊の最高長官に該当する。普段は隊の運営に関与しないけど、重要な儀式、式典には出席するんだ。そして、裏切り者の捕獲はきっと一大事になるよ!」

 ここまで聞くと、アンナは自分の今後の展望について思わず妄想してしまった──

 自分がウィリアムの逃亡犯逮捕に手助けして、衛兵隊は銀髪の騎士のために盛大な宴を開く。ウィリアムは派手なタキシードを着るものの、萎縮してもじもじしている。歓迎セレモニー中に登場した王女様は、床に引きずるすその長いドレスを着て、祝杯を挙げに来る。ウィリアムの顏はリンゴのように赤くなる。宴が終わった後、アンナは大きなハサミを持って王女を休憩室まで尾行して、相手の綺麗な衣装を人質に取り、秘密を吐くように脅したら、なんと探している遺物が絨毯の下にあると知って……

「あいつを捕まえに行こう!」アンナがそう提案すると、ウィリアムはイラついた表情を見せた。

 この銀髪の騎士がこれまで数回、最後の功績を横取りされたことを気にしているのに気がつき、アンナは慌てて睡眠弾三個をウィリアムの手に渡した。「これあげる!一個で大人を三時間眠らせることができるよ。でも、敵にそれに含まれるガスを吸わせる方法を考えないとだめだよ」

 ウィリアムは睡眠弾を確認しながら、ギロっとした目をアンナに向けて警戒心を見せた。「正直に言え、なんでそんなに俺を助けようとする?君は旨味を得られないだろう。強いて言えば君の報酬として金は払うけど。それとも、俺に恩を売るつもりか?」

 その表情には既に不信感が漂っており、もし不誠実な返答をすれば、この男とのつながりも断ち切れてしまうかもしれない。アンナは真剣な表情で打ち明けた。「わかったわかった。あんたに話す。但し、誰にも話さないと約束して。さもないと、あたしだけではなく、あんたも危険な目に遭うよ。それでも聞きたい?」

 ウィリアムは息を呑んだ。心の準備ができた後、アンナに話を続けるよう頼んだ。

 アンナは彼を連れて横にある小さな路地に入ると、声を小さくして言った。「あんた、大半の商人ギルドが『事務型商品』、つまり、懸賞依頼を引き受けていることは知っているよね。お金を払って他人に何かを依頼する、または他人から報酬をもらって依頼を引き受けているということ」

「もちろん知ってる。俺たち衛兵は商人ギルドの非合法依頼を取り締まっているからな。だから、俺たちを警戒している商人ギルドも多い。奴らが信用している傭兵しか殺人、放火、禁輸品の密輸など破格の依頼書を見ることができないんだ」

「そう、本当のことを話すと、あたしはこういう『商品』の取引をしているの。顧客の要求に応じて各都市を駆け巡り、他人の依頼を完了してお金を稼いでるってわけ。でもまあ、あちこち旅するのは好きだけどね。旅しながらお金を稼げるし」アンナが話し終わると、ウィリアムの眉間が少し柔らかくなった。少しだけ信頼を取り戻すことができたようだ。

 アンナは話を続けた。「昨日、朝に依頼書が一枚届いたんだ。委託者は匿名、恐らくは、商人ギルドの権力を持った大口顧客の可能性が高いね」

「だから危険だと言うわけか?わかった、誰にも言わない。だけど、その人の依頼内容を必ず教えてくれ。そうすれば安心して君を助けられるからな」

「あんた、あたしを逮捕して武勲を上げるつもりはないよね?」

「そんなことは絶対しない」ウィリアムは三本指を立てて誓った。「君を逮捕したら、俺の母さんは誰から家賃を回収すればいいんだ?」

「そうだね」アンナは左右を見て、近くに誰もいないことを確認した。「あのね、王室メンバーの直筆の署名が必要なの」

「お前……」ウィリアムはアンナの目を見て、少ししてから口を開いた。「俺を馬鹿にしてんのか?どこのお偉いさんが署名の獲得を依頼するんだよ?その人は晩餐会を開き、金銭を献上するなら、王室メンバーの署名はいくらでももらえるだろう。異邦人商人の力が必要な訳ないだろ?」言い終わると、彼は振り向いて路地を出ようとした。

 アンナは急いでウィリアムの腕をつかんで、引きずられ、泣きながら言った。「どこのお偉いさんが何故ご飯もおごらないほどケチな奴なんて、あたしにもわからないよ!あたしを信じなくてもいい。でもあんたが信じようが信じまいが、世の中には奇人変人がどこにでもいるの。そうじゃないと、あたしと同業者はどうやって生きてこられたの!」

「三マラック」銀髪の騎士は横目で見て。少し蔑んだ表情をしている。「俺と共に行動するならまずは手付金として三マラックだ。依頼が終わっって、依頼完了書を提出したら、俺はその金を返す。奴の報酬はとても多いはず、こんな小銭なら君を困らせることもあるまい」

「人のために働いたあげくお金を払う奴なんてどこにいるのよ……」アンナは悔しそうに、小銭袋から三枚のマラック貨幣を取り出して、ウィリアムに渡した。このとき、アンナは心から後悔した。彼をお人よしなバカ扱いしていたが、この銀髪の騎士がここまでやり手でタカのように獰猛だったとは。

 貨幣を受け取ったウィリアムは、コインの両面を見ながら、勝利の笑みを浮かべた。

「行くぞ」貨幣をポケットに入れ、人でごった返している大通りに戻った。「今、隊員が各地を隅々まで巡回している。厄介なのは、相手が元分隊長ということだ。奴は隊員たちがどのように捜索するか必ず知っているはずだ。だったら、発想を転換させればいい。もし俺が犯罪者なら、どこに隠れるってね?君なら俺たちが気づいていない盲点が見えるかもしれないな──」

 ウィリアムは勝手に状況を分析していた。しかし、アンナにとってこの任務はさほど難しくない。なぜなら、あのボスの気配はまだ少し印象に残っているから、感知範囲内ならすぐ察知できる。だが、感知範囲を街全体まで広げることができない。標的の気配を捕らえるため、一定順に従って各地を回らなければいけない。

 ただ、アンナはあまりウィリアムと一緒に行動したくない。その理由の一つは、彼が絶対自分についてこれないということ、もう一つは『フェザーリング』について説明する必要があることだ。これが最も面倒だから。なぜなら、フェザーリングを知るには体験と経験が必要であり、頭だけでは絶対に理解できないからだ。ウィリアムの性格を考えれば、きっと質問攻めするだろう。自分は任務を遂行するために来たのであって、弟子をとるためではない。

 そもそも、ウィリアムの昇進をサポートすることは遺物を見つけるルートの一つに過ぎないのであり、ここで全てを賭けることができない。他のチャンスも開拓しなければいけない。この銀髪男を連れてチャンスを見つけることができるはずがない。

「ウィリアム」アンナが提案した。「街は広いし、人も多い。手分けして探そう。その方が早いよ」

 それを聞いたウィリアムはまた、不信感で眉間にしわを寄せた。「ゴリアテを再び見た時、奴はまた自分で滑って転んで、頭を打ったことはないだろうな?」

 アンナは今回、冗談を言う気にはならなかった。ただ単独行動を早くしたいだけだった。なので彼女は顔色を変え、厳しい口調で言った。「あいつがあんたに倒されなければ、あたしには何のメリットもないの。あたしの目的はあんたに王室メンバーに謁見するチャンスを与えること。それなら、機会を見計らって署名を得ることができる。だから、あたしの計画に加わる?それともしない?」

 ウィリアムは少し躊躇したが、最後は加わることを選択した。手分けしたほうが成功率が高いと思ったからだ。だが、手分けした後合流するのが難しい。そこで、鳥売りから一対の『オシドリスズメ』と特製の笛を買った。

 一人一羽ずつ連れ、先にターゲットを発見したほうが笛を吹く。笛の音色は高音のため、人間の耳ではあまり聞こえないが、街の半径まで音色を届けることができる。もう一羽はその音色を聞くと引き寄せられる。

 アンナは鳥を麦わら帽子につなげると、鳥は帽子のつばでとても嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。ウィリアムは鳥を剣の鞘につなげた。もう一羽の鳥は剣の柄で行き来することしかできず、行動範囲が主人と同じく窮屈だ。準備が終わった二人は、各自の担当エリアに移動する──


—‧—‧—


 ▍君理▍ジャフェンラージュ大陸で流行っている二人対戦のボードゲーム。両者はそれぞれ白と黒の駒を使い、六十四マスの盤上で自分の駒を操り、先に相手の君主を追い詰めた方が勝ち。

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