第十三章 武術の達人でも足手まといになる

 ひとしきり騒ぐと、変態版ドクターストレンジはやっぱり牢屋の前に姿を見せた。情報を提供するという誘惑にかかっちゃ、現れないわけにはいかないよね。


「あの幽鬼を見たというのは、どこなんだ!」理由は知る由もないけど、変態版ドクターストレンジはやっぱり明廷深の情報に興味津々だ。誘導尋問を試すこともできるけど、すべてのカウンセリングを進める前にまずは最も基本的かつ重要なものをそろえなきゃならない。それは居心地の良い環境だ。


 机とイス、もしくはソファーとお茶付きのサイドテーブルを見つけるのはあまりにも難しいだろうから、それならば最低限の『対等な関係』にしてもらおう。


「そんなに凶暴にならないでよ!私をまるで犯人みたいにこうやって閉じ込めてるのは、私たちの持っている情報が欲しいからでしょ?」


「つまり協力するつもりはないってことか?」


「そうは言ってないよ」私はすぐに否定した。「私はただ鉄格子越しに話をするのが好きじゃないだけ。私を外に出してくれてもいいし、中に入ってきてくれてもいいよ」


「自分の立場がわかっているのか、お前は捕虜──」


「もし最初にこんな犯人を尋問するようなやり方じゃなく、招待状で招いて温かいミルクティーを差し入れてくれていたら、私は最初に全部話してたんだけどな。最低限のマナーってもんはないの?」


 私は高飛車な態度をとった。私には確実に元手、ヤツの欲しがっている情報があるから……でもこの程度の挑発じゃ不十分なのは明らかだ。すぐに変態版ドクターストレンジは振り向いて去っていってしまった──


「その幽鬼の名前を知ってるよ」


 冥官の名前、このエサには間違いなく食いつくでしょ?案の定、変態版ドクターストレンジは足を止め、数秒間静止した。すぐさま決心して拳を固く握りしめ、指をパチンと鳴らすと格子がカーテンみたいにスライドして開き、ヤツが足を踏み入れたあとに閉まった。


 ハニートラップで鍵を盗もうとしなかったのは幸いだった。だってそもそも鍵がないんだから。


 魔法で開けるのは意外でもなかったけど、少し眉をつり上げてちょっとビックリしたふりをした。私は地面に座ると隣の床を軽く叩いて、普段クライエントに対して行っている『親近感を醸し出す』動作をした。変態版ドクターストレンジは合わせて座ったけど、それでも私からはやや距離を置いていた。不自然に組んだ腕の片方の手には、武器か呪符のようなものを握っているんだろう。


「さあ、名前を言え」


「まず自己紹介もできないの?それともこのまま『変態版ドクターストレンジ』って呼び続けてほしいの──ああ、怒らないでよ。私はただ名前が知りたいだけなんだから、その方が呼びやすいでしょ」


 変態版ドクターストレンジは悪態をつこうとしていた口を丸くすると、最後にはあっさりと言葉を発した。「ヨハネ」


 絶対偽名だ。


「明廷深」


「何?」


「あの幽鬼の名前が明廷深だって言ったの。背が少し低くて厚底の靴を履いている幽鬼のこと。襟元と袖口に赤い縁取りがある黒い中国式の古代の衣装を着ていて、長剣を身に付けてるよ。イケメンだから何度も見ちゃうんだよね」私はもともと明廷深の本当の名前を出す気はなかった。でもこの三文字にヨハネは依然として狂喜した。ヤツは書き留めようとノートを取り出したものの字がわからないことに気づき、まるで教えてもらえるとばかりに首を捻って私を見た。


「私は知らないよ!あの幽鬼にネームプレートが付いていると思う?私もたまたまほかの人が呼んでいるのを聞いて覚えたんだよ」


「ほかの人?ほかの冥官──つまり、ほかの幽鬼がいるのか?」


「幽鬼か……ほかの幽鬼を一回だけ見たことがあるよ。あの明廷深が東部に来たあと、私たちの周りをずっとぐるぐる回ってた」


「まったくいいことは何もない。冥官なんてどいつも冥府の走狗だからな──」


「そうなの?でもあの冥官は途中で私たちを攻撃しようとしていた赤い幽鬼を取り押さえてくれたよ──」話がここに至ったところで、激しい反応を見せたヨハネが拳銃を取り出し私の額に押し当てた。


「先輩!」


「近寄ったらこのクソ女の頭が吹き飛ぶぞ!」ヨハネは素早く弾を込め、人差し指を引き金にかけた。間違いなく私の命を重視する彦霓は、歯を食いしばりながら牢屋の隅に引き下がった。この行為は図らずも、私が事実を理解するのに役立った。こいつの魔法は弾丸ほど速くもなければ効果的でもない。魔法の能力は明らかに蒼藍より低い──いや、この前出くわした尹さんよりもさらに低いかもしれない。その場合、『ヨハネ』は本当に能力不足だからこそ、上司からその場に残って看守をするよう命じられたに違いない。上司の命令に従う意志もなく自分で先に質問を始めるということは、自分の有用性を示したいと焦っている自信のない人間だってことを意味しているんだよ。この手の人間は扇動されやすいと決まっているから、まったくもって格好の実験台だ。


 二十八……いや、三十は越えているはずだ。三十歳は人生の境目だから、三十歳を過ぎているにも関わらず何も成し遂げられないで、さらには上司から囚人の監視を言いつけられて前線に出ることを許されないというのは、たまらなくつらいことだろう。


 チッチッ、女性を人質にとって脅迫するなんて、ウチの彦霓が武術の達人だということを知っているから警戒して銃を抜いたんじゃないの?それとも、こちらの見た目が猛々しいお兄さんは、正面から女の子に勝つ自信すらないんだろうか──いや、最初に銃口を向けられたのは私だ。私がヤツの話に反論したからだ。


 つまり私がヤツにとって脅威ってこと?


「お前は幽鬼の味方なのか?」


 私がアンタのこれまでの認識と逆行しているから、私に対してそんなに乱暴なの?


「アンタは人間だ。私に質問しておいていきなり頭に銃を突きつけるなんて、野蛮だと思わないの?」私は冷静に言ったけど、行間にはできる限り怖くて震えている感情を込めた。「撃ってもいいけど、私が死んだら誰も明廷深の情報の提供はできなくなるよ。でも急に幽鬼が見えるようになったここ数日の間、私が見たのは私たちに攻撃しようとして追い払われた幽鬼と、私と後輩を殺そうとしている人間のアンタだよ」


「お前たちが提供した情報は我々人間が冥官と戦い、冥府の脅威から人間を救い出す助けになる。我々はどんな些細な手がかりも逃すわけにはいかないんだ──」


 冥府の脅威?冥府の連中はただ地下で遊んでいるだけだし、この世でもさまよえる亡霊を引き渡したり怨霊を捕まえたりする機能しか果たしていないのに、どうして脅威になるんだろうか?でも今は忙しいから、この話はひとまず覚えておいて機会があったらまた話そう。


「それで私と後輩を捕まえたの?基準は何なの?なんで私たちを捕まえたの?情報提供に対して賞金を出さないんなら、せめて感謝の言葉くらい言うべきだよね?アンタは今、銃を持って私を脅迫しているんだよ!冥府とやらが人間に対して何の脅威があるのか知らないけど、アンタは私を脅迫している上に、私は人間なんだよ!」感情は声のボリュームに伴って幾重にも重なり、混乱と恐怖のすべてを最後の叫び声に注ぎ込んだ。


 言葉だけで他人の心を操るなんて幻想もいいとこだ。私は内境関係者のように魔法を使うことができないから、感情とボディランゲージを使って完全な演出をするしかない。三十分以内に逃げ出し、かつデブオタク道士に連絡して記憶を改ざんしてもらうために、私は全力を尽くさなければならない。同じ話の繰り返しになってもかまわない。大事なのはヤツに話を聞かせることだ。


 一瞬だけだったけど、ヨハネの目の奥に動揺が走ったのを見た。でもすぐに跡形もなく消え去った。


 同じ話を繰り返し続ける?でもあまりに冷静過ぎる対話は疑いを招かない?さっきはまだ無神経さと大胆さで口から出まかせを言うことができた。でも、銃を突き付けられた普通の女性は恐怖のあまりどう反応していいかわからないはずだから、そんな状況でベラベラ話ができる?次はどんなキャラを演じるほうがいいのだ?ヨハネが動かなかった数秒間、私は目の前の男を恐怖と反抗の目つきで睨みつけることしかできなかった。


「い、今──とりあえず銃をわっ、私の頭からどけてくれる?」鼻をすすったりどもったり、涙声もちょっと加えた。怪しまれずに対話をするには、さっきまで怯えて口から出まかせを言う狂った女から、自分の立場を理解した上で不安におののく弱くて小さな女に変わるしかない──私の身長もちょうど弱くて『小さい』女に合っている。


 どけて、どけて、どけて──あわれに思う気持ちから銃口をどけてくれたら、この一連の対話を最後まで待たずして確実に私の勝ちだ!まだどけないの?私に一瞬で熱い涙を一、二滴絞り出す演技力があるかな?


 額の冷ややかな感覚が消えたから息を大きく吐き出すと、緊張していた筋肉が緩んだ。この部分に関してはまったく演じる必要がなかった。なぜなら一歩間違っていたら、次の瞬間私を迎えに来るのは白黒無常に加えて今月彼らのそばにいる宋昱軒だから。間違ってもそんな風にして彼らとばったり出会いたくはなかった。


 ヨハネを殺して、そのあと手錠をかけに来た白黒無常に直接助けを求めるという方法も考えなかったわけじゃない。でも内境は、捕まえたのは二人の民間人だと思っているから、『白黒無常についでに救われた』なんてどう見たって民間人が受ける扱いじゃない──でも今はその辺のことはまったく考える必要がないんだけどね。


 私は人を狂わせることに集中すればいい。


 さっきの説明は長ったらしく同じ話を何度も繰り返したけど、私はそれは必要だったと思っている。なぜならそうしないとそもそも次のカウンセリングに繋げられないからだ。でも次のカウンセリングはいつもとはまったく違う。


 私が普段行っている心理カウンセリングは、問題点を指摘したあとに考え方を変えるための方法を提示するというやり方だ。今やらなきゃならないのは、ヤツの人生の痛点をブッ刺して憂鬱、絶望に陥れ、最後には二度と立ち上がれなくした上で徹底的に自分自身と世界を疑わせることだ。


 逆カウンセリング、私はこう呼んでいる。アニメや映画で似たような話術によるコントロールを何度も見たことがある。でもそれはほとんどの場合、相手の人間性や過去を理解した上で闇の記憶を掘り起こす話を長々として、最後にはうまく丸め込むというものだ。でも私はそもそも『ヨハネ』の過去を知らないし、ヤツの性格の特徴に対する私の理解なんてこのわずか十分間ぐらいのもんだ。それに、いきなり私に怒りをぶつけないようコントロールもしないとならない。


 ……いや。ヤツを理解する必要なんてないんじゃない?『理解していない』上でヤツにいいことを言えば、それがヤツの人生における失敗を暗示することになるんじゃないの?私はヤツが人生でどれだけ失敗したのか知る必要すらないし、ひたすらヤツをおだて続けるだけでいい。じゃあ次に演じなきゃならないキャラは『天然ディスりお姉さん』だ。無意識に人を傷つけない人間なんていないでしょ?


「ありがとう、いい人なんだね。こんな風に乱暴に私たちを扱うのも、きっと隊長の命令なんでしょ?」私は優しい声で言った。案の定、事実とは真逆の予期せぬ肯定的なイメージに、ヨハネは居心地が悪くなり体を震わせた。実にわかりやすいヤツだ。ボディランゲージは全部外から丸見えだというのに、自分の今の一挙手一投足が次の私の作戦プランになることさえ気づいていない。


 さっきの同じ話を繰り返す対話で生じた罪悪感のせいでヨハネは視線を逸らし、かっとなって次の言葉を漏らした。「いいことを言ったからって出してやると思うなよ」


「出してくれないの?じゃあどうしたら私たちを出してくれるの?私たちが知っていることはもう全部話したよ──」


「少なくとも隊長が戻ってくるのを待って──」


「隊長はすごいの?お兄さんだって見たところすごそうだし、経験豊富そうなのに、自分で物事を決めることはできないの?」


 ヤツはもう一回繰り返した。「話は隊長が戻るのを待ってから──」


「えー、お兄さんもかなりの意気地なしなんだね?何事にも隊長の同意が必要だなんて……お兄さんもしかして一番下っ端なんじゃ──」


「黙れ!」ヨハネは苛立って大声で怒鳴った。ヤツの反応も私の予想の範囲内だった。ヤツは青いローブの裾をきつく握りしめ、うなだれた視線は思わず胸ポケットに唯一ある階級章に落ちた。そこにはバッジも模様も付いていなかった。今思い返すと、尹さんの制服の階級章にはバッジが付いていたし、尹さんがあの日緊急救命室から連れ出した重症の友人ですら、炎みたいな紋様が付いていた。それぞれの装飾に含まれた意味はわからないけど、何もないってのは負け組なんじゃないの?


「あの……ごめんなさい……なんか間違ったことを言っちゃったかわからないけど……」私は実に素直に間違えを認めながら、引き続き攻撃を続けた。「私はただお兄さんがすごそうだって思っただけなんだ。上着を飛ばしたり、さらには鉄格子をスライドさせたり、映画の中の魔法使いみたいだよね!」私はわずかな憧れを交えつつ、目を輝かせてヨハネを見た。「魔法使いってすごく強そうだし、どんなことも魔法でできる──うっ!」


 あちゃー、殴られたよ!私が想像していたより気性が荒かった。普段こういうときはいつの間にか蒼藍に声を出すのを禁じられているから、物理的に黙らせるやり方というのは本当に体験したことがなかった。


「その口を閉じろ!くそったれが」逆ギレしている。ヨハネは顔を真っ赤にしてそう怒鳴ると、息を大きく吸い込んで引き続き唾を飛ばしまくりながら罵り始めた。「何もわかってない!黙れ!」


「わかった、言わないよ言わないから」この機にもう一撃加えてみよう。私はわざとヤツに聞こえるように、大声でつぶやいた。「こんな凶暴な男じゃ、絶対に相手を見つけられないよ──」


 右顔面にまた一発パンチが飛んできて、さらには首を絞められたまま地面に押しつけられた。このとき私は、弱々しい女でしかない自分を恨んだ。ヤツは片手で私を押さえつけ、もう一方の手で次々とパンチを繰り出した。


 この反応はあまりよろしくなかったけど気づいたときにはもう手遅れだったから、拳によるお仕置きを受けるほかなかった。そもそもが怒りっぽい気質なのか?それとも本当に何か訳ありなのか?


 私は殴られながらも頭の中で冷静に分析できていることにふと気づき、自分に感心せずにはいられなかった。けど、また殴られて死なないまでも失神しちゃったら、どんなに頭が良くても役には立たない。今すぐ心を温めるような気遣いの言葉をかければ、もしかして私に心を開いて──


 突然、白く均整がとれた脛が私の視界に入ってきて、その膝がヨハネのこめかみに容赦ない一撃を与えた!ヨハネは蹴り飛ばされたものの、素早く起き上がった。ヤツは自分のポケットに手を伸ばしたけど、どんな武器や法符も彦霓の動きの速さには敵わなかった。彦霓は電光石火のごとくヨハネの目の前に姿を現すと、残像しか見えないほどの速さでパンチを放った。幸いなことにあの武術大会で多くの冥官同士の戦いを見てきた私の目は、いくらかまだついていくことができた。彦霓が腹と胸と顔にパンチを放ち、それから手足を取って柔道の技で青年の大男を投げ飛ばすと、ヨハネは地面に倒れて動かなくなった。


 あまりの速さに止めることさえできなかった。


「彦霓!」


「先輩、大丈夫ですか?」彦霓は私が声をかけると、武術の達人から過度に先輩を気遣う直属の後輩に早変わりした。先輩を守りたいという気持ちがこんなにも強い直属の後輩がいるというのは、私の理論上感動して泣かなきゃいけないことなんだけど、私は今怒りで泣き出しそうになっていた!


「人様を気絶させて何やってるのよ!」私は感情が崩壊して怒鳴り始めた。「失神しちゃったら、私たちはどうやってこの牢屋から出るんだ!ヤツがさっきどうやって魔法で入口を開けたか見なかったの!?それともあんたが魔法を使えるとでも言うの?くそっ、私のさっきのヤツとの話は全部無駄になったよ。人を少しずつ話題に引き込んでコントロールするのが、どれほど大変でめんどくさいことかわかってる!?」今さっき辛抱強くキモい内境関係者と話をしてもうすぐ成功しそうだったのに、突然彦霓に全部台無しにされちゃったよ!ヨハネはコントロールしやすい対象だったはずなのに、会話の途中でいきなり殴られて記憶を失ったんだから目覚めてまた対話をしようなんて思うか、くそっ!


「先輩、まさか……わざと殴られたんですか?」


「当たり前でしょ!私にMっ気があると思った?あんたを連れて出るためじゃない!くそったれなこの状況をどうしたもんか。後々看守が牢屋で倒れているのが警備員に見つかったら、警備がさらに厳しくなるだけだよ……」私は不平を言いながら次のステップを思い悩んだ。目下三十分の時間制限は残り半分しかないのに、唯一私たちを出せる人間は床の上で微動だにしなかった。ヨハネが前後不覚な間を見計らって入口を開けさせるにしても銃で脅すにしても、目が覚めてくれなきゃお話にならない。けど、いつ目を覚ますかなんて誰がわかるっていうんだ!


 それに、今回冥府の救援が来るのも遅すぎるでしょ!まさか本当に外で足止めを食らっているのか、それとも私が監禁されている場所が見つからないとか?


 めんどくさい、何もわからずこのまま待つしかないのか!スマホと財布もとっくに取り上げられているから、一か八か冥官に連絡をとる方法すらない。名前を呼んで呼び出した冥官が、私と一緒にここに閉じ込められるのも心配だし……


 いいや。私は諦めることにした。劉彦霓が私に霊視能力があることを覚えていても関係ない。冥府の心理カウンセラーであることを教えなければそれでいい。これ以上の積極的な行動は、私への疑念を深めるだけだ。せいぜいここを出たあとに劉彦霓が目について聞いてきたとしても、もう見えなくなったと嘘をつくだけだ。あいつがまだ意識不明のうちに、使えそうな物を持ってないか探したほうがいいだろう。


「先輩、こんなことして本当にいいんですか?」劉彦霓は私のそばに近寄ってきて、私がヨハネの服を一枚一枚剝ぎ取って空っぽにしていくのを見ていた。銃は当然私の手に渡り、私が使えないほかの魔法アイテムは全部鉄格子の外に投げ捨てた。私はこう問い返した。「こんな風に人様を気絶させたのはいいっていうの──アーミーナイフがあったからあんたにあげよう!ナイフは使えるの?」


「ナイフは習ったことがありません……」


「我慢してよ、私も本当は長槍か太極剣をあげたいんだけどさ。おいで、鉄格子のここに座って。こうすればヤツが鉄格子を開けて出ると同時に逃げるチャンスがあるよ」


 彦霓は私からアーミーナイフを受け取ったけど、その動きはやたらのろくてなんだか少しためらっているみたいだった。私を見る目つきも、ヨハネを気絶させる前とは違っていた。以前は比較的『崇拝』に偏っていたのが、今は『畏敬』の要素のほうが多い気がする。


 私との距離もちょっと離れ気味だ。


 私は映画で見たシーンを真似してスライドを引いて弾を込め、単刀直入に口に出して聞いた。「聞けば?聞きたいことはなんでも聞きなよ。もうしばらくはここにいなきゃならないんだから。おしゃべりしたって差し支えないでしょ」


「先輩、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?落ち着き過ぎて……怖いです」


 劉彦霓はこれだけ言いたかったみたいだけど、私は目くばせをして尻を叩き……話し続けるよう『命令』した。


 劉彦霓は身震いした。長いこと従順でおとなしかったのに、それ以上何の誘導も必要とせずに全部ぶちまけた。


「先輩は捕まったとき壁の角に隠れていましたけど……実は私気づいたんです。先輩は牢屋全体と、私とあの人のやり取りを注意深く観察していました。あの人と話をするときもそうで、まるで別の人格になったかのように人全体の感じが変わって、怒鳴り方さえも違っていました……先輩が殴られているときですら、笑っているのが見えました……」


「先輩、あなたはまさか……」劉彦霓は唾を飲み込んでから勇敢にその仮説を口にした。「……人の心を操るプロセスを楽しんでいますよね?」


「フッ、」私は少し微笑んだ。「どうかな?」

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