第十四章 正当防衛だと言ったら正当防衛だ
一般的に、頭に傷を負って失神した患者は長い間気を失っているわけじゃなくて、すぐに目を覚ますか、目覚めるまで時間がかかるかのどちらかだ。ヨハネは悲惨な倒れ方をしたように見えたけど、すぐに目を覚ました。
「悪いんだけど、入口を開けてくれない?」
「お前は何を言ってるんだ……」
頭が混乱している隙に騙して入口を開けさせるのは、やっぱりダメだったか……ヨハネの手は痛くてたまらなそうな後頭部を押さえていて、意識はまだ少し朦朧としていた。でも、全裸に近い自分の姿を見てすべての記憶が蘇ったみたいだ。残念ながら下着一枚の状態で、使える武器は何もなかった。ヤツは空っぽの手のひらを私に向け、私もヤツ自身の銃をヤツに向けた。
「動かないで。アンタの魔法が弾丸より速いかどうか知らないけど、私は実験精神に溢れてるんだ。試しても構わないよ」
低レベルの魔法師は当然、弾丸よりも速く法術をかけられるわけがなかった。ヨハネは上げた手を下ろしたものの、目つきが緩む気配はなかった。
……いや、低レベルの魔法師の法術を唱える速さが弾丸に及ばないなんて、どうしてわかる?私が今までに会った魔法師は何人もいない……誰かが教えてくれたんだろうか?
たぶん蒼藍だろうな……まずは目の前の事に集中しよう、絶好のチャンスに気を散らしちゃダメだ!
「ごめん、ほかに選択の余地がないんだ」私は声に悲しみを滲ませた。「本当に後輩を守りたいんだよ」
「チッ、」ヨハネはまったく受け付けなかった。「嘘をつきやがって。お前の後輩は手を出すやいなや俺を気絶させたんだ。そんな体術があるのにお前が守る必要があるのか?」
「私は先輩だから、たとえ役に立たなくても後輩のために勇気を出さなきゃならないんだ。私だって貢献したいし、後輩を盾にするのは私のスタイルじゃないんだよ」この言葉だけじゃ足りないから、必然的にもっと激しい一撃を加える必要がある。
「おおかたアンタもそうでしょ」
三十分以内にヨハネを返り討ちにしないでいいなら、もっとリラックスして話やカウンセリングをしようか?いずれにせよ話して得られる情報はあとで使うかもしれないし。まさかヨハネが今回で懲りて、一文字たりとも話そうとしないとは思わなかった。でもヤツの目は動揺を隠せず泳いでいるから、ヤツの心には入り込んだはずだろう。
何も話さずにカウンセリングを続けることもできたけど……このままで本当に意味があるんだろうか?注意深く聞くと、私たち三人の呼吸音以外に何の音もしてなかったし、冥府がいったいいつになったら現れるのかもわからなかった──
暇潰しだと思えばいいよね。そうじゃなきゃ本当に何もできない。寝ることもできない──誘拐犯と同じ牢屋に閉じ込められて、どうやって寝るっていうんだ?
私は話題を振ってみた。「アンタの隊長遅いねえ……本当に来るの?」
ヨハネは黙ったままだった。さっきまであんなに話していたんだから、捕虜になったときは沈黙を守っておとなしく救援を待つ訓練を受けているんだろう。そうじゃなきゃ口数の多い人間が黙っているのって苦痛だよね、私みたいに。
「本当に私たちを出さないつもりなの?私の同僚たちが見つけるはずだよ。二人いなくなったんだから絶対に通報するだろうし、新聞の一面を飾ることになるよ!」もう一度探りを入れると、ヨハネの唇は貝みたいに固く閉ざされた。
私は話題を変えてみた。「もし胸の内をぶちまけたいなら、暇潰しに聞いてみたいな」ここまで言って、私自身も半ば諦め状態だった。これがたぶん私の最後の一手だ。次に何を言っても、自分が余計に怪しまれるだけだ。
どうやら本当に救援を待つしかなさそうだ。私の指は依然として引き金にかかっていて少しも緩めていないのに、劉彦霓はずっと私のほうに寄りかかっていた。
「せせせ先輩……あの人私たちに向かって動きましたよ……」武術の達人としては劉彦霓の肝っ玉は本当に小さい。さまよえる亡霊にだってこんな風に震えるんだ。私はちらっと眼を向けてさまよえる亡霊の周りに赤い光が発生していないか確認してからヨハネに視線を戻すと、ヨハネは何かに気づいたような表情を浮かべていた。
ヤツが口を開いて呪文を唱えると同時に私も自分がやらかしてしまったことに気づき、躊躇せずヤツの太ももめがけて発砲した。近距離射撃の弾丸は高速でヤツの太ももを貫通し、血しぶきが飛び散った。空気中に白煙が立ちこめ、花火に似たようなにおいが漂っていた。隣ではかわいい後輩が驚きの悲鳴をあげていたけど、私は自動的にスルーした。
……くそっ、さまよえる亡霊を前にした私はあまりに落ち着きすぎていた。それは数日前に霊視能力を手に入れたばかりの人間にあるまじき態度だった。比較対象としてそばに劉彦霓がいると、私に問題があることはバカでもわかる。私が幽霊を見ても何も感じないというだけで、さっきの演技と努力は全部水の泡になってしまった!
「あああ──!」呪文は中断され、豚を殺したような悲鳴が牢屋の中で反響した。でも私はヤツが苦しそうだからといって、動きを止めるつもりはなかった。再び弾をこめると、今度はヤツの右手を狙った。ほとんど同時に、私の頭上を黒い影が覆った。アーミーナイフを握った劉彦霓がすぐさま前に出て援護し、紺色のローブを細切れにした。
私を怖がっていても、必要なときには私を救ってくれるんだ!私と一緒に捕まったのがこの直属の後輩で本当によかったよ!別の人だったらナイフを持って戦うどころか、飛んでくる上着を見ただけでその場に立ちつくすだろう。たとえ劉彦霓がこのことを覚えていなくても、戻ったらご飯でも奢ってやろう!
「くそったれ──お前──」
「入口を開けろ」私はヤツにまったく話をする機会を与えなかった。どうせ今優勢を占めているのは私と劉彦霓だ。
「開けなかったら?」
「弾丸はまだ五発ある、」私は銃を手に入れたあと、暴発の危険を顧みず銃本体を分解して調べた。それが普通の拳銃だと確認した上で護身用にした。「私はテレビみたいに、手足とかのどうでもいい場所を撃ったりしないよ。次の一発は額だから、確実に死ぬね」言葉に説得力を持たせるために、銃口を右手から動かしヤツの額に向けた。
「それでも人間か!つ、妻と子供が帰りを待っているんだ──」
「ウソつくんじゃないよ。アンタに妻と子供はいない。アンタの人生を形容するのに最も相応しい二文字は『失敗』だね。三十過ぎて結婚もせずあちこちで女遊びしてるんだろうけど、決まった彼女もいないんでしょ?魔法使いとしても達成感がないだろうし、毎日門番をして掃除するだけってのはどんな気分?魔法を少し覚えて庶民の生き方を諦めたんだから、今さら普通の人間の仕事に就くこともできないよね?ああ、そうそう、ある『大魔法使い』が愚かにも囚人と一緒に牢屋に閉じ込められた上に、二十代の女子二人に脅されて地べたに座って降伏することしかできなかったんだって。こんなことが知れ渡っても、まだ内境にいられるの?一生笑い者だよね?」
というのは全部私の口からでまかせで、それが当たっているかどうかなんて重要じゃなかった。重要なのは、ヤツに余計な話をさせないことなんだ。私の意志は固くて影響を受けることはないし、どうせ私を怒らせるような内境のバカなんだから、撃つ必要があれば当然撃つ。でももしヤツの言葉で劉彦霓が寝返っちゃったら、私は最悪の状況に陥るだろう。さすがに今のシーンでは私のほうが悪者みたいだし。
私は続けて嫌がらせを言った。「どう?なんか反論ある?ないなら入口を開けて。私はアンタに感謝してるし、アンタもあとで私に感謝するよ」
「お前に何を感謝するんだ?俺を即座に生まれ変わらせたことか?」
「私に感謝するのは、アンタの人生を変えたことだよ」宇宙の彼方からやってきた『心温まる話』の一節のような言葉に、ヤツは唖然とした。私は、ヤツに話をさせないというルールに基づいて長々と話を続けた。「まったくもって図星をさされてすごく悔しいよね?これまでに、こんな鋭くアンタの間違いや欠点を指摘した人は誰もいなかったはずだよ。両親、先生から同僚まで、みんなアンタの弱さを容認して、自動的に言いわけを用意してくれた。任務を与えるときも、いろんな理由をつけてアンタを重要でない場所に配置するんだ。アンタは今まで現実と向き合おうとしなかったし、キャリアを積み重ねればいつか前線に立てるだろうと夢見ていた。でもゴメン、二人の普通の女子にさえ勝てないというのが、残酷な現実なんだよ。挫折するでしょ?自分には何の取り柄もないって思うよね?遂に自分の弱さを認めて立ち上がる、この出来事こそアンタが強くなるきっかけなんだよ!」
くそっ、あまりに興奮して話したら職業病が出ちゃったよ!敵の戦意を弱めたいだけだったのに、こんなこと言われたらヨハネの戦意は爆発しない?でも口に出した言葉はこぼした水みたいなものだからいくら後悔したって取り返しがつかないし、思い切って成り行きに任せるしかないよね……
「どう?入口を開けて私を出して、殺す算段がついたらまた来なよ。先に言っておくと、私は簡単に降伏しないからね」
この命懸けの条件に劉彦霓は全くもって同意していなかったけど、察しがいいから、ひどく驚いた以外は何の批判もしなかった。
私の後ろで鉄格子がスライドして開いた。
ヨハネはまるで映画で悪役が退場する前と同じように捨てゼリフを吐いた。「覚えておけよ、必ず探し出して──」
ヨハネが言い終わる前に、私はヤツの胸に穴を開けた。私はすぐに劉彦霓の手をつかむと、鉄格子が閉まる前に牢屋を出て走った。
「先輩、先輩──」私たちを監禁していた建物からはまだ離れていなかった。劉彦霓は力いっぱい私の手を振りほどくと、恐怖にかられながら私を見つめた。「あの人を殺した……」
「バカなの!?私が狙ったのは右胸で、心臓は撃ってないよ!奴等の治療技術なら、三日も経たずに跳びはねながら私を探し回るでしょ!せいぜい、あんたを連れて逃げ出したあとで自首するから!」二人の捕虜はどこからどう見ても人間社会に潜伏している魔法使いに見えなかったからか警備は異常に緩く、私たちを監禁していた場所に余分なロックはなかった。直感に従って階段を上り上部にある木製のドアを開けると、そこは森の真ん中だった。私たちを閉じ込めていた場所は森の地下にある基地で、入口は腐った木の葉の下に隠されていた。
これからどこに向かったらいいんだろう?スマホと財布はとっくにあの動く上着に没収されていて、出てくるときも見当たらなかった。今は深夜だし、星回りを見られない私は東西南北さえわからない上に、懐中電灯すらなかった。たとえあとで日が昇って東西南北が確定したとしても、どっちに行けば助かるのかわかるのか?歩き回るのはまったくもって得策ではないし、じっとしているのもなんらいいアイデアじゃない……
「あそこで何か動いてます!」劉彦霓が私たちの左手を指し示した。目を細めると、確かに私たちのほうへ向かってくる人影があった。さらに忌々しいことに、そいつは内境魔法使いの紺色のロングコートを着ていた。
もう、やっとのことで脱出してきたのに、また鉄格子の中に放り込まれるっていうの?
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