第十章 小さい頃から弟子入りして学ぼう

 人間界に住み着いている冥官は、とてもうまく立ち振る舞っていた。元奕容は普通の食堂の主人みたいに来客に挨拶したり料理を運んだりしてとても忙しいからか、私を普通のお客としてもてなしてくれていた。食事をする必要のない明廷深は、別の空いているテーブルに座って待っていた。冥官が見える小さな男の子は食堂スペースから連れ出され、少なくとも昼食の間は二度と姿を見せなかった。


「ご主人、ウーロン茶をください」


「飲み物は冷蔵庫からご自分で取ってください!クーラーとテレビも勝手につけていいですよ。リモコンはカウンターの上に置いてありますから」


 冥官は自分が家電クラッシャーであることをしっかりわかっているから、自分が家電に触れない事実をごまかすための言いわけをとっくに用意していた。現代の服装に身を包んだ冥官は完全に人間界の生活に溶け込んでいて、少しの隙も見当たらなかった。霊視者の私ですら、冥官の体を取り巻く緑色のかすかな光が全然見えなかった。


「お魚のスープすごくおいしいわよ!」小魚は顔を押さえながら驚嘆して言った。「師長、いったいどこからこのお店を探し出したんですか?私も調べましたけど、インターネットにはこのお店の情報はほとんどありませんでしたよ」


「地元の人はみんなこのお店を知ってるわ。ただ、厨房を担当する女将さんは目が不自由だから、敢えて大っぴらに宣伝していないのよ。このお店を知るにはツテが必要ってことね!」


「そのうえ、ご主人もイケメンだしね」別の先輩が、ひっきりなしに振り返っては元奕容の後ろ姿を眺めていた。「あのイケメンはKPOPアイドルグループにも匹敵するでしょ!」


 冥官なんだから。私は感嘆したあとも、背景となってご飯を食べ続けた。


「写真を撮って当直の人たちにも見せてあげようよ」ある先輩がいきなりスマホを取り出し元奕容の横顔に向けた。制止しようと口を開く間もなく、その親指はすでにシャッターボタンの上に置かれていた。けど元奕容の反応はさらに速く、虫を追い払うふりをしてその実正確に先輩のスマホを陰気で払った。陰気に破壊された先輩のスマホはすぐさまフリーズし、横顔の撮影に失敗した。


「変ね、なんでフリーズしたのかしら?」


「神様が撮るなって言ってんだよ!」別の先輩が笑いながら言った。我が救急科の男性看護師は全部で三人いて、今回はこの先輩だけが来た。


 このとき、厨房担当が元奕容に支えられながら出てきた。ラブラドールも忠実に近寄ってきたけど、今は盲導犬の装備がされていなかったからただ尻尾を振るだけだった。


「本日の料理はご満足いただけていますか?」サングラスをかけている阿秀が心のこもった様子で尋ねた。焦点の合っていない目はまっすぐに前を見つめていた。


「満足です!もちろん満足です!」四つのテーブルにいる人たちは何度もうなずき、元奕容は大勢の人が妻を褒めるのを見てとても喜んでいた。


「ご満足でしたらなによりです。もししょっぱ過ぎたり甘過ぎたりしたら言ってくださいね」当初、阿秀の登場はこれで終わりだと思っていた。彼女は白杖を脇に振ると、正確に明廷深のほうを指した。


「阿容、あのテーブルにお客さんが一人いるわ。どうして注文をとらなかったの?お客さんを長く待たせるのはいけないわ」


 私の心臓が跳びはねた。みんなの動きに合わせてこっそりと誰も(幽鬼しか)いない空席のテーブルを見ながら、そのバカを激しく睨みつけた。


「阿秀、あそこには誰もいないよ」元奕容は優しく言った。


「そう……だったら『おばけ』かしら?また間違えちゃったわね……」阿秀は納得いかない顔をした。このやりとりをすでに熟知している主人の表情はまったく動揺することなく、私たちに向かって謝りながら言った。「すいません、阿秀はちょっと霊異体質なんですよ。見えないんですが、時々感じることができるんです」


「ベタベタしてムズムズする感じなんですけど、たまにやらかしちゃうんです。前に阿容の友人を亡霊と間違えて、たくさん冗談を言ってしまったことがあるんですよ」


 元奕容の友人……たぶん本当に幽鬼でしょ?阿秀はスピリチュアルな話題も全然避けないどころか、かえって平然と披露していた。超自然的なものを信じる科学的思考の人たちにとって、この話題は全面的に興味をかき立てるものだった。


 次の話をする前に、『超自然的なものを信じる』ことと『科学的思考の人』この二つの言葉がなんで当然のように両立できるのかをまず話さないとね。


 一般人の既成概念と比べると、病院っていうのは実はとても迷信的な場所なんだよね。食べ物にしても言葉を口にするにしても、ある種のタブーがある。特にここ数年、我が病院では幽霊がよく出る。たとえば、壁を通り抜ける古代の服装をした女性(八割方、民祐青が姿を消すのを忘れていただけだろう)とか、小児科の病室で誰も世話していない子供に付き添っていたはずなのに隣のベッドで揺れ動く緑色の光を見たりすること(祐寧は子供がすごく好きだから、たまに訪ねてきては長期入院している病気の子をからかうこともある)とか、深夜のエレベーターで霊安室に連れていかれた看護師(これは私だけど……)などだ。


「つまりこの世に本当に幽霊がいるって信じてるんですか?」江小魚が目を光らせながら聞いた。元奕容は微笑んで回答した。「もちろん信じていますよ。そうでなければ妻が感じたものの説明がつきませんから」


 小魚は引き続き聞いた。「じゃあ、見たことはあるんですか?」


「ありません」自身も幽鬼である元奕容は悠然と言った。「私は本当に見たことはないんです……それっていいことですよね?」


「ああ……やっと霊視能力がある人に会えたと思ったのに……」江小魚はガッカリしながら言った。この悲痛な叫びに、元奕容はなにげなく私のほうをちらっと見た。


 私を見るんじゃないよ!私が『見える』ことは彼らに知られたくないんだよ!


「ぜひまたいらしてくださいね!」元奕容はドアの前で親切に手を振りながら別れの挨拶をした。防災訓練まではあと一時間近くある。運転手のお兄さんに話をすると、私たちを乗せて付近の古跡に連れていってくれた。



 いわゆる古跡というのは、もっとわかりやすく言うと寂れてしまった製糖工場のことだ。古い倉庫は現地政府の修復を経たあと、カルチャークリエイティブ業者に貸し出されて現在のカルチャーパークになった。けど、客層に限りがあるから、いくつかの修復後の古い建物は依然として空家の様相を呈しているんだよね……人間にとっての空家だけど。


 ちらっと見ると、空家の中ではいくつかの緑色の光が太陽からその身を隠していた。日当たりの悪い古い建物はそもそも亡霊の居場所になりやすくて、部屋に歴史的背景があるほど彼らに好まれる。さまよえる亡霊は私を見ても反応しなかったけど、明廷深がバスの荷物室から出てくるとそれまで漂っていた彼らは一瞬にして硬直し、慌てて散らばっていった。


「僕が処刑人の制服を着ているから、さまよえる亡霊が怖がるのも当然でしょう」明廷深はそう言いながら、太陽を避けるため私の日傘の中に潜り込んだ。


「でも、さまよえる亡霊は話すことができるんだよね。冥府は私と冥官の友好関係が彼らにバラされることを恐れないの?」


「安心してください。さまよえる亡霊は誘導尋問にひっかかるような対象ではありません。彼らの意識は主に生前の思慕に留まっています。質問しても思慕によって話題が脱線しがちですし、質問の仕方を少しでも間違えるとさまよえる亡霊が怨霊に変わってしまうのでさらに厄介です」と、別の声が言った。それは聞き覚えのある声だったので、私は反射的に感想を述べた。


「さまよえる亡霊は思慕で、怨霊は怨念なのは私も前からわかってたけど、さまよえる魂が誘導尋問にひっかからないなんて、たった今知ったよ……あなたはなんでここにいるの!?」私は小さな声で驚いた。同僚に私の異常を悟られないよう、体の反応を抑えるのに必死だった。


「ツアーバスが出発する前に荷物室に潜り込んだんですよ」元奕容が今着ているのは文官の制服だ。体を取り巻いている緑色の蛍光は強まることも弱まることもなく、冥官として最も正常な状態を呈していた。「すいませんが、臨時で簡さんのカウンセリングを受けることはできますか?」元奕容は遠くの小屋を指さしながら言った。


 私は周りを見回すと、そばにいた人にトイレに行くと手短に伝えてすぐさま同僚のそばを離れた。元奕容が選んだ小屋は幹線道路から完全に外れていて、まだらな屋根瓦とタイルがその荒涼感をさらに際立たせていた。元奕容はまるで無人の場所に入るかのように、そっとかんぬきを外して私を中に入れた。


「廷深、見張りをしてきて。盗み聞きはダメだからね」結局のところ明廷深は代理人なので、クライエントの真情を聞かれてしまうとプライバシーが漏れる恐れがあるのだ。明廷深も自分の立場をよくわかっているから、おとなしく外へ見張りに向かった。


「じゃあ始めよう!」元奕容は本当に、カウンセリングに適した場所を選んだよ。この空家はプライバシーが十分に保たれている。窓もほとんど枝に遮られているから、かすかな明かりが隙間から射し込む程度だ。壁際には簡素なスツールがあって、その虫食いの跡とたまった埃が、この空間がいかに長い間使われていなかったかを物語っている。


「座って!」私はティッシュで簡単に埃を払うと、隣に座るよう元奕容に合図した。文官は席に着くと、ダイレクトにショッキングなニュースを投下してきた。


「最近、私たちの家が監視されているようなんです」


「すぐ廷深を中に呼ぶよ……」私はほとんど死んだような目つきで文官を見た。「一つ、マジでハッキリさせておきたいんだけど、私はあんたたちの心理カウンセラーであって、便利屋でも解決士でもないからね!その悩みは殿主かほかの友人に言えばいい話で、まったくもって心理カウンセリングで解決できる問題じゃないんだよ!」


 心理カウンセリングでストーカー被害が解決できるなら、あのバカな同僚がこんなに長くストーキングされることはなかったんだ!


「あ、実は廷深を呼ぶ必要もありません。彼はすでに知っていますし、相手の意図もすでに調べました。彼らは私の息子を狙っているんです」


「息子さんに何をするっていうの?」


「彼らは私が辰逸を内境に入れることを望んでいます。二人の内境の魔法師から、辰逸にはものすごい素質があると聞きました。息子に素質があることを知らないわけがありません。以前私の友人──冥官の友人が遊びにきたとき、一部の人たちがふざけて辰逸に人間の法器を渡して遊ばせたら、危うく部屋を燃やすところでした!」


 どうしてこの会話にはツッコミどころ満載なんだろう?けど、元奕容が子供を自慢するささやかな時間を台無しにするのは忍びなかったので、冥府の心理カウンセラーの専門知識を駆使して問題点を探すしかなかった。


「内境関係者が『言った』?つまり接触してきたってこと?」


「安心してください、彼らは私の正体はわかっていません」


「ヤツらはバカなのかな……」冥官が服を着替えてオーラを抑えたら偽装が成功するっていうのか?


「私もそう思います。三十分ほど彼らと話をして、『内境』と『冥府』とは何なのかについての説明を聞きました」元奕容は腕を組んで内境の魔法使いとの会話を思い出しながら、まだ物足りていない様子で話した。「とても興味深かったのは、内境の観点から彼らがどのように自分たちのことを説明するのかを聞けたことです。彼らが『冥官は殿主の命によって人間界を血に染め、恨み辛みを食料にしている』と言ったのを聞いたときは、吹き出しそうになりました。今まで自分が恨み辛みを食べているなんて知りませんでしたからね」


 長いこと冥官とつるんできた私も、最初は冥府の観点から冥府と内境を認識していた。蒼藍は永遠の特例だからさておき、尹さんは最初から私のことを事情通だと思っていたみたいだから、この点については何の説明もしてくれなかった。


 でも、内境の冥府に対する誤解が海のように深いということも、完全に明らかだ。


 話がそれた。今日のカウンセリングに話を戻そう。「じゃあ今日主に相談したいのは、息子さんが内境関係者になるべきかどうかってことだね」


「さすが簡さん。いつでも私が何を考えているかわかってますね」


「難しいことないでしょ?奥さんと子供をすごく愛しているみたいだしね」


「生前は十分与えられませんでしたが、今から与えても遅くはありません」生前を思い返している冥官の体の周りを緑色の光がゆらめき始め、突如揺れ動いた冥官の陰気によってレンガ造りの家はガタガタと音を立てた。私が止めようと声を出す前に、レンガの壁を通り抜けて入ってきた明廷深が素早く元奕容の手首をつかんだ。


 レンガが振動する音は止まり、外で鳴いていた鳥のさえずりも聞こえなくなった。


 明廷深は厳しく言った。「奕容先輩、ここは人間界です。あなたは僕以上に暴騰した陰気が何を引き寄せてしまうのか、注意する必要があるんじゃないですか?」


 古代の服装をした二人の男が私の目の前でアイコンタクトをとると、すぐに元奕容はそっと手を引っ込めた。「わかったよ。本当にすまなかった」


 アイコンタクトはしていないけど、私は暴騰した陰気が内境関係者の注意を引きつけてしまうことはよく知っている。そのときに被害を受けるのは元奕容一人だけじゃなく、その妻子、ひいては海沿いの小さな村の住民にまで及ぶだろうから。


「じゃあ息子さんの話に戻ろうか」私は陰気が暴騰する前の話題に戻って、この気まずい局面を打破しようと試みた。「冥官の息子が内境の魔法使いになることに何かしらの不都合があるかどうかはひとまず置いておいて……その二人の内境の魔法使いはあなたの正体さえ見抜けなかったんだよね。自分の息子がそんな代物に弟子入りして学ぶなんて、本当に安心?」


 二人の冥官は同時に怪訝な目で私を見た。先に口を開いたのは明廷深で、ヤツは小声で注意を促した。「簡さん、子供の養父は冥官ですよ」


「よくわかってるよ。でもそれは何の影響もないよね?子供には才能があって学ぶことにも興味があるんだから、人として両親がその才能をサポートするのは当然のことじゃないの?魔法を学ぶための金銭的な敷居が高いかどうかは知らないけど……」


「簡さん、あなたは本当に息子が内境に入ってもまったく問題がないと思いますか?」


 私はあごを触った。「あるんじゃないかな……奥さんは目が見えないから冥官の特異性を隠せてるんであって、息子さんだとそういうわけにはいかないし、大きくなればなるほどごまかすのが難しくなるだけだよね。それに、内境は冥府のイメージを悪くしているから、子供をそういった間違った情報に触れさせるのもあまりよろしくなさそうでしょ――なんでそんな表情なの?冥官の養子が魔法を学ぶのは理にかなっているよね?」ひょっとしたら大ヒットするライトノベルの題材になるかもしれないよ!


「いえ、私はただ、冥府と繋がりのある者が内境に入るのはあまり適切ではないかと――」


「適切なら私のところにカウンセリングに来ないでしょ」私は言った。「個人的には、内境に入ることと魔法を学ぶことは別のことだと思うんだ。内境に入らないで魔法を学ぶことができたら、それがいちばんいいんだけど……」


「そんなことは不可能でしょう?内境は配下にいるすべての魔法使いを管理しているんですから」


 内境は配下にいる『すべての』魔法使いを管理している……


「じゃあ蒼藍は?」


 冥官たちは口をそろえて言った。「魏蒼藍さまは特例です」


「正解」私はスマホを取り出し、すぐさまデブオタク道士にメッセージを送った。メッセージの内容は簡潔に済ませ、元奕容の怯えた表情は完全にスルーした。


「いや、待ってください!私たちは魏蒼藍さまに弟子入りする資格なんてありません――」


「ヤツが受け入れる気があるかどうかも、まずは確認する必要があるよね?」蒼藍はすごく忙しい奴なんだ!ご飯食べて寝て授業を受けてゲームをすることと、星の海音楽少女の動画を何度も見ることが、ヤツのほとんどの時間を占めている。


 待て待て、蒼藍がすごく強いという点はさておき、このデブオタク高校生道士は本当にいい先生になれるのか?でもメッセージはもう送って既読にもなっているから、取り消すには手遅れだ。


「冥官の養子である人間を俺の弟子にだって?こんなデタラメなこと思いつくのは姐さんだけだよ。また今度話そう」


 ほら、蒼藍は拒否しなかったよ!



元奕容

初期診断:息子を内境に入れて魔法を学ばせるかどうか悩む

処置:蒼藍のところに行かせるという、第三の方法を指示済み

備考:蒼藍が人さまの子供に悪さを教えないよう注意!

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