第九章 緑色のお客さん
「佳芬、聞いた?新人が来るんだって!」朝早く病院に踏み入ったばかりで制服さえまだ着替えてないのに、小魚は興奮してピョンピョン跳びはねながら私のところへやって来た。毎日この元気がどこから来るのか、本当にわからない。
「え?普通のことですよね?」看護師の離職率はすごく高いのに新人が来なかったら、どうやって失われたマンパワーを補充するというんだ?
「あんたはワクワクしないの?」
「男ですか女ですか?」ただ一言適当に質問しただけなのに、小魚が興奮して私の腕をつかんだ。「ちょっと待って、せめて荷物を置かせてくださいよ──」
小魚は私を事務室に引っ張っていくと、ドアの向こうに何かお宝でもあるかのように、神妙に木製のドアを開けた。
ドアの向こうの、冥官と見紛うばかりの美しい顔を見て私はすぐにわかった。
「佳芬先輩、お久しぶりです」
新たに来た後輩は、私の大学時代の直属の後輩――
私の直属とはいっても劉彦霓は私の二期下で、去年卒業したばかりだ。よく見知った間柄というわけではない……言うなれば、この手のフラッシュの中心にいるようなタイプはまさに私がずっと避けたいと思っていた人物である。避けようと頑張ってきたというのに、なんでさらに交流しなきゃならないんだ?
大学では特に仲のいい友人もいなかった。毎日冥官に付き添われているのに、どこに友人の必要性があるっていうんだ。だからグループレポートは私にとっていつも一番の悩みの種だった。
「記憶が間違ってなければ、故郷は北部だったよね?なんでここに来たの?」
「南部も悪くないですし、先輩がこちらで転職せずに三年も勤務されていることから、雰囲気の良い病院なんだろうと思いまして」
「まったくもってその通りよ!ウチの病院は小さいながらも綺麗だし、ほかの部署のことは敢えて言わないけど、救急外来は関係が間違いなくいいのよ!十分な人員がいるから、休暇中に仕事に呼び戻されることもないわ。こんな夢のようなレベルの病院をどうしてほかの病院と比べられようかしら?」
でも相対的に、この手の部署は応募するのも難しいんだよね。実際、私がこの小さな病院に入る前、救急外来の大変さは有名だった。でも私が入ってからは、今のこの天使のような看護師長に変わっただけでなく、上層部の人たちが何の薬を飲み間違えたのかはわからないけど、救急科の扱いが良くなったのだ……
……それは私の『陰徳』によるものに違いない。
冥府の祟りがあるんじゃないかと疑っていたちょうどそのとき、小魚がいきなりこんな言葉を投げかけてきた。「彼女はあんたに任せるよ」
えっ?
「いや、ちょっと待ってください。私は入ってまだ三年しか経ってないのに――」
「入って三年も経つのにまだ後輩を育てたことがないなんて、ちょっとおかしいでしょ?」小魚は私の話を遮ると、肩を叩いた。「あんたたちも積もる話があるだろうから、私はおいとまするわ!それから、今回の防災訓練をサボろうなんて思っちゃダメよ。師長から通知があって、行かなかったら忘年会であんたを酔い潰すって!今回は前回みたいに、カクテル一杯だけというわけにはいかないわよ!」
「でも──」
ドアは私の目の前で閉まり、反論の余地もなかった。
「先輩?」
その人間離れした美しい顔を見て、私はただ降参するしかなかった。
「まずはシステムについて案内するよ……」
「……あの子の教育係をしたくないわけじゃないんだけど、彦霓は本当に人目を引くんだよね。考えてもみてよ、そばに有名モデルクラスの女の子がいるのに、どうやって仕事中にこっそりあんたたちと話したり挨拶しろっていうの?」私は今度の救急科の旅行──いや、防災訓練の荷物を整理しながら、宋昱軒に直属の後輩のことを話していた。
「面倒くさいだけでしょ?」
「もともと面倒は好きじゃないからね、一生控えめに生きるのが一番だよ──」宋昱軒の問いただす目に耐え切れず、私はすぐに付け加えた。「まぁ、人間に限っての話だよ!あんたたちと一緒にいることで、たくさんの悩みを引き受けてきたのは間違いないしね」
「……自分がどれだけの問題を抱えているか絶対にわかってないんだ」
「なんて言ったの?」
「つまり、スマホの充電器を忘れてスマホの電池がなくなったら困るということだよ」さっきの言葉はよく聞き取れなかったけど、今言ったのだって全然関係ない話でしょ!
何か隠し事でもあるんじゃないの?考える間もなく、外で『チン』と鳴るのが聞こえた。その音はウチのトースターと同じ音だった。私が反応する前に、宋昱軒はもうキッチンへ向かっていた。
……
ウチのトースターに何をする気だ!私はすぐに部屋を飛び出してトースターの救助に向かったけど、キッチンからは爆発音も焦げた匂いもしていなかった。天性の電化製品クラッシャーはトーストとバターナイフを手にしたまま、困惑した様子で私を見ていた。食卓にはすでに、サラダと冷たい豆乳が並べられているのに気がついた。全部私の好きな朝食だった。
ブランチとほとんど変わらない盛り付けを見て私がまず最初にしたのは、冷蔵庫とトースターを調べることだった。
「待って、これどうやって準備したのよ?冷蔵庫は大丈夫なの?」自分の目で冷蔵庫が正常に動いているのを見て、ようやくホッとした。宋昱軒はサラリと言った。「蒼藍特製の手袋を付ければ大丈夫だよ」
実演しているのはわかっていたけど、宋昱軒が私のスマホをつかんだとき、私は罵詈雑言を続けざまに浴びせかけた。スマホが予想に反し爆発して煙をあげなかった後、宋昱軒が付けている黒い手袋の口に沿って赤いルーン文字が描かれているのに気がついた。一見すると中二病全開だったけど、宋昱軒の処刑人の制服と合わせると違和感がなかった。
「特に色とスタイルに関しては、蒼藍に圧をかけたんだよ。彼はもともと僕に、星の海音楽少女のコスプレ衣装の手袋を渡したがっていたんだけどね」
「どの色?」私は聞いた。宋昱軒は無言で私をチラッと見て、言った。「何色かって重要なの?黒だったら僕が蝶結びとレースの飾りを受け入れると思う?」
いや……私でさえ受け入れない。ゴスロリは絶対に私のスタイルじゃない。
「朝っぱらから私のところに来て何してるのよ?」この処刑人のせいで本当にショック死するところだったから、頭痛を和らげるために親指で軽くこめかみをさすった。
「報告があって来たんだよ」宋昱軒がベランダに向かって挨拶をすると、もう一人の処刑人がベランダからウチのアパートに足を踏み入れた。その処刑人も見知った顔で、入ってくるなり恭しくお辞儀をした。
「昱軒先輩、簡さん」
「今月は白黒無常大人を『見張り』に行くから、何かあったら廷深に連絡して」
「何かあるっていうの?」私はほとんど歯ぎしりしながら次の言葉を言った。「何かって、あんたたちが私に言いたくないことじゃないの?」宋昱軒の職務内容に私の身辺保護が含まれていることを確認してから、私に見えないところで何かが起こっているって確信したんだよね。というのも、宋昱軒がこの数か月で私のところに現れる頻度が、去年に比べて倍増しているからだ。最近じゃ、呼ばれたらすぐ来るほどだよ。
呼ばれてすぐ来ることができるというのは、ヤツがずっと近くで私を守っていることを意味している。
宋昱軒は表情をうまく隠した。「僕たちは──」
「答えなくていいよ」ヤツの言いわけなんてこれっぽっちも聞きたくなかった。冥府のこのやり方にはもう慣れ始めたと言わざるを得ないけど、やっぱりちょっとムカつくんだよ!でも……自白を強いることもできないみたいだし、強要してもいい結果を招かないしね。
言い換えると、閻魔の提言を受けてなお、自分の置かれた状況を理解しなかったらバカだ!冥府の心理カウンセラーの身分をバラす必要はないし、冥官と仲がいいことを内境に教えれば、内境関係者はたぶん早急に私を連行して拷問にかけるだろう。
「私は自分を大切にするよ。まだそんなに早く死にたくないしね」
「佳芬はまだ来てないの?誰か連絡してちょうだい。また防災訓練をサボったら、忘年会で酔い潰してやるわ!」
「来ました、来ました!」私は息を切らせてスーツケースを引きずりながら師長の前に駆け寄り、ちゃんと私を見たことを確認した。ヤバかった。カクテル一杯でもダメなのに、故意に酔い潰すなんてなおさらだ。
「そんなに田舎が嫌いなのかと思うところだったわ。たかが一日の防災訓練じゃない?あなたたちが旧市街を散策できるように、半日早く出発するわよ」
ついでに説明すると、今回長年協力してくれていた小学校が(蒼藍が起こしたかもしれない)地震の影響のせいで場所を変えることもあって、防災訓練は午後三時からの開始となったのだ。
そばにいた小魚が同調して言った。「ほら、台湾全土を探したってこんな天使みたいな看護師長はいないわよ?なんたって演習と旅行を兼ね備えてるんだから!こんな提案を上層部が止めないなんて、それもこれも我らが師長の偉大な力のおかげよ」
「こんな小さな病院だからこそこうして遊べるんだけどね……自分でも、こんな遊び心のある提案が上層部に通るなんて意外だったわ」最後の言葉はすごく小さな声で言っていたけど、私には聞こえていた。その八十パーセントは、私が積んできた陰徳の影響だろう。
張昀禎が私のところへ来て、腰をかがめ心配そうに聞いてきた。「佳芬さん、大丈夫ですか?先に車に乗って少し休みます?」
「大丈夫。なんでもないよ」そう言うと同時に、軒下に隠れている明廷深をじろりと睨みつけることも忘れなかった。私が家を出ようとしていたとき、明廷深はやたらとうるさかったのだ。「それじゃ危険過ぎますから、僕がまず先に行って案内します」、「昱軒先輩からあなたをしっかり守るよう言われています」、「曲がり角でまちぶせしてるかもしれません、僕が調べてみます」、もう遅刻しそうだというのに、危ないから回り道しろだと!私はすかさず冥紙の折り鶴を燃やして宋昱軒を呼びつけると、後輩をしっかりしつけるよう命令してようやくツアーバスに間に合った。
あーあ、宋昱軒が去ってから一時間も経ってないのに、すでに恋しくなり始めたよ。
「何を見てるんですか?」
「なんにも。充電器を持ってきたかどうか考えてただけ」私は適当にあしらって言った。息がだいぶ整ってきたので、器材を運ぶ列に加わった。
いつもしっかり寝ているから、もたれかかる場所さえあればベッドや姿勢にはこだわらないのだ。ツアーバスが走る規則的な揺れの中で、私はすぐに眠りに落ちた。再び目覚めたときにはもう、東部の青い海が見えていた。
今度は師長だけじゃなく、ボスまでもが凄い力を発揮したんだ!先月、ウチの小さな地域病院に決定権はないから防災訓練で東部に行くのは無理って言っていたばかりなのに、場所を変える提案が通っただけじゃなく、医学センターの偉い人たちまで東部に海を見に行くことに同意するなんて、思いもしなかったよ。
なんだか……ゆっくり旅行するなんて、本当に久しぶりな気がする。昼夜逆転の仕事に冥府のカウンセリングまで加わって、本当にほとんどプライベートの時間がないんだよ。
悲しいかな、どれも私が自ら望んだものじゃないんだけどね。
「佳芬、やっと起きましたか?」スマホでドラマをチェックしていた昀禎が顔を上げて静かに言った。車内にはさすがに仮眠をとっている人もいるので、声の音量を少し抑えなきゃならなかった。
「うん」私は簡潔に返事をした。同期の戦友のまなざしを確認すると、私は単刀直入に聞いた。「前のストーカーの件はどうなったの?」
昀禎の目にかすかに驚きの色がよぎった。「そのことを話そうと思っていたの、どうしてわかったんですか?」
どうしてわかっただと?仕事ではあまりつきあいのない仲間が、今日は私を気にかけて挨拶をし、車に乗ったら私の隣の席まで選び、加えて何か言いたげな表情、これはもう完全に『お願いがあるんだけど』の基本パターンだろ。
「釈放されたんです」
「なんだって!?」自分の声の音量が制御できていないことに気づいて、私はすぐに声を押し殺した。「ストーカー行為に加えて傷害未遂、それだけでも一、二年の拘留じゃ足りないでしょ?」
「間違いなく足りないです。お金を払って済ませたんです」昀禎はうなだれて、私にぶちまけ始めた。「どうしたらいいでしょう?ちょっと怖いんです……」
「引っ越したの?」
昀禎は急に沈黙すると、おどおどしながら私の視線を避けた。私は文句を言わずにはいられなかった。「引っ越しするように言ったのに、言うこと聞かなかったのか!それが問題を解決するいちばんの方法だっていうのに、そいつが釈放されちゃったら引っ越したくてももう間に合わないよ!くそ、ちょっとでも危機意識はないのか!もう一度助けてくれと言われてもやらないからね!」
特に今は、言うことを聞かないバカを助けるために身分を明かすリスクを冒したくないんだ!もし助けた結果冥官と私の友好関係がバレたら、私が内境に捕まるだけじゃなく、冥官だって消されるかもしれないんだよ!
「でも佳芬、なんとかできるのはあなただけなんです……」
「『でも』じゃない。私にはもう方法がないから、ほかの人を探して」私はシビアに拒絶した。昀禎はまだ目に涙を浮かべながら、エサをねだる子犬みたいに私を見ている。私はそっぽを向いて海を眺め、頼みを聞くつもりがないことを示した。
突然、私の上を影が覆った。なぜだかわからないけど勤務二日目にして災難演習に参加できた劉彦霓が、私の椅子の背もたれに覆いかぶさっていた。「昀禎先輩、ストーカー被害に遭ったんですか?」
「私たち『ストーカー』って言ったっけ?」
「そうかな、と」劉彦霓は苦笑を浮かべた。「似たような経験があるんです。私、変な人を引き寄せやすいみたいで」
やっぱりミスキャンパスはひと味違うんだね。
「じゃあどうやって解決したの?」昀禎はさながら真っ暗な人生において明るい光が見えたかのように、一瞬にして希望でいっぱいになった。かわいい女の子が自ら伝授する痴漢撃退術なんだから、きっとエレガントさを保ちながら痴漢を追い払えるに違いない──
「簡単です。アレをちょん切るんですよ!」
何人かの同僚が唾液でむせる音が聞こえた。天使のような顔をしたかわいい女の子が美しく綺麗な声でさも当然のように『アレ』と口にしたんだから、そのギャップは本当に衝撃的だった。
「じゃなかったら、護身術を学んで自分で問題を解決するのもいい方法ですよ!」
私は劉彦霓に付け足した。「彦霓は小さい頃から護身術を学んでいて、テコンドー、柔道、合気道、空手、このうちのいくつかは少なくとも黒帯を持ってるよ。かつては我が校の合気道部の部長になったこともあったし」
ちょっと遠くに座っていた師長がきまり悪そうに言った。「つまり、あなたの履歴書に書いてあった合気道部の部長というのは……本当だったの?」
「本当ですよ!大学時代も、私を合気道部のお飾りに過ぎないって思っている人はたくさんいました」これがかわいく生まれたがゆえの厄介なところで、仮に一生懸命頑張っても、周りからは『ただかわいいというだけで今の実績がある』とか口うるさく言われるだけなんだよね。
「でも私が佳芬先輩にこのことを話したとき、先輩は直接こう答えました」劉彦霓は私の話し方を真似してみせた。「『自分がお飾りじゃないということをわかっていればいいんだよ。誰かが文句を言いに来たら、そいつの母親が息子とわからなくなるまで殴ってやれ!』」
ツアーバスは静まり返り、カラスが飛び交う音まで聞こえた。
「佳芬、あんたにもそんな一面があったなんてね……」江小魚はそっけなく言った。ひょっとすると、職場では誰に対しても礼儀正しい後輩にも粗暴な時期があったということを、受け入れがたいのかもしれない。
私は苦笑しながら口実を探すしかなかった。「昔はちょっと言うことがキツくて……」実際今も言うことは不躾なんだけど、本性を現すのは冥官の前だけだ。
「でも先輩のくれたアドバイスは、どれもすごく役に立ちましたよ!先輩は口ぶりに容赦がない人ですけど、その実提案することは全部シンプルで実用的な解決策なんですよね。短い言葉の中で、すごくたくさんこちらのことを考えてくれてるんです!授業選択やキャリアプランについても、先輩にたくさん相談しましたから」
「彦霓は佳芬のことが大好きみたいね!」と師長は優しく言った。劉彦霓もその美しい顔に、純真で率直な笑顔を浮かべながら公然と告白した。「私は本当に佳芬先輩が大好きなんです」
この純真さはおそらく車内の全員の心を掴み、その場にいた男女を問わず全員が『恋に落ちた』ような気分になった。
以前の私を知っている人間に会うことはめったにないから、小魚がこの機に乗じて追及した。「佳芬って、以前はどんなだったの?」
「先輩は、以前はまったく他人と付き合わない人でした。もともと先輩は変わり者だったから、ぼっちなんじゃないかと思ってたんですよ。でもあとになって先輩がいい人の中のいい人だと気づいたんです!何をするにもすごく落ち着いています。前に先輩の自転車がイタズラされて冥紙がまき散らされていたことがあったんですけど、それに対して文句も言いませんでした……」
文句を言わなかったのは、冥紙をまき散らしたのが自分だったからだよ……いや!私を好きだというなら、これ以上私の過去を暴露しないでくれ!私をアイドルとして崇拝している後輩を前に、この子が車内の同僚たちに私の大学時代の話をするのを泣くに泣けず聞き続けるしかなかった。一聴するとどれもポジティブなイメージに聞こえるけど、私は本当に人の注目を集めるのが好きじゃないんだ。
大学四年の卒業時、私には二人の女子の後輩と、一人の男子の後輩がいた。ホラを吹いているわけじゃなく、その子たちは本当に私を好いてくれた。私もなんでだかわからないんだけど。私はただ、かき集めた過去問と自分のノートを譲って、授業選択のアドバイスやインターンシップ中の自己防衛のヒントを与えて、たまに後輩たちの悩みを聞いた(職業病の発作でカウンセリングをしたかもしれない)だけだ。そしたら後輩たちが私を好きになっていた。
私は直属の先輩がやるべきことをやっただけじゃないの?私の直属の後輩たちはいったい何に感謝していたんだろう?
まったく理解できない。
私たちが旧市街を散策できる時間はあんまりない。明廷深が太陽に焦がされてしまうことを考えると、本当は集合時間までコンビニにいたかったのだ。
「簡さん、本当に僕のことは気にしなくていいですよ。散策したかったら、行ってきてください!」
「いい、私もめんどくさい」私が旧市街に散策に行ったら、明廷深はどうするんだ?太陽の下でも焼け焦げないようにしっかり修養を積んでいるだろうけど、それでも気分は悪くなるんじゃないの?その場にいるように言ったらまた騒ぎ出すだろうし。
このとき、床から天井まであるコンビニの大きなガラス窓の前を同僚が通りかかった。私服を着て髪を下ろしていたから、同僚だと気づかないところだった。彼女らはおしゃべりしながら笑っていて、コンビニから出たがらない私に気づいていなかった。突然、一筋の陰気が気流と化して、床から天井まである窓越しに流れ出た。
「廷深!」私は怒鳴りつけた。「何やってるのよ!」
「簡さんがあまりに長いこと心配してくれているので、ちょっとリラックスしてほしかったんです」
「大丈夫だって言ったでしょ──」
「これは昱軒先輩の指示なので、背くわけにはいきません」
突然の強風に同僚たちは辺りを見回し、強風の原因を探した。すぐにこの小グループにいた育玟ちゃんが私を見つけ、弾んだ足取りで私をコンビニから引っ張り出した。
明廷深はコンビニの中から恭しくうなずいて合図をすると、私たちの後をついてきた。うまく隠れているので、ほとんどその姿が見えることはなかった。
本当に、お節介なヤツだ。
一行が旧市街の散策を終えると、師長は神妙に全員をツアーバスに乗せ、私たちを食事の場所へと連れて行った。ツアーバスは分かれ道に差し掛かると、幹線道路からそれてゆっくりと
「救急科の同僚のみなさんいいですか、もうすぐ昼食を食べる場所に着きます!今回の昼食は地元の人がお薦めの隠れた名店で、ネットでは見つけることができないお店です。しかも、ご主人はイケメンだそうですよ!」今回リーダーを務める師長は、マイクを持って嬉しそうに言った。途中師長は口をつぐんでいたけど、今回の昼食の場所はさておき、多くの同僚の食欲をそそることに成功した。
ツアーバスは質素なトタン屋根の家の前で停まった。日に焼けて色褪せた看板には『阿秀食堂』と赤い文字で書かれていた。私はバスを降りると日除けのために日傘をさし、ついでに処刑人も日差しから守った。
「犬が吠えませんね」明廷深は、ドアの内側で冷気に当たっているラブラドールをあごで指した。ラブラドールはまるで冥官の存在に気づいたみたいに目を開けたけど、ただ目を開けただけで、すぐにもっと楽な姿勢に変えて昼寝を続けた。吠えもせず逃げもしなかった。
「暑さでぼうっとしてるんでしょ?」独り言を言っていると思われないように、できる限り声を最小限に抑え、わざわざ手で口を覆って話した。
「パパ、お客さんが来たよ!」食卓に突っ伏して宿題をしていた男の子はまだ小学校にも上がっていないようで、私たちを見るや楽しそうに騒ぎながら厨房に走っていった。「今度も緑色のお客さんがいるよ!またチョコレート食べられるかな?」
「緑色?」ちょうどオリーブ色のロングスカートを履いていた楊育玟がボソッと言った。「私はチョコレートなんて持ってきてないよ?」
冥官を見ても吠えない犬と男の子を見て何も思い出せなかったけど、厨房から出てきた男を目にすることで私はようやくこの間の案件を思い出した。このクライエントには『阿秀』という名で呼ばれる盲目の妻がいるのだ。
「今日は緑色のお客さんはいないぞ。辰逸、そんな手口で俺を騙してチョコレートを食べようったってダメだ──」男は私、もしくは明廷深を見て一瞬唖然とした。それから満面の歓迎スマイルを浮かべて、先ほどの怪訝な表情を覆い隠した。
「いらっしゃいませ、ここの主人の元奕容です。阿容と呼んでください」
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