第七章 暗がりにいるのは誰
白無常の『保護宣言』のせいで冥府の関係者だと認定されてしまったら、連れ戻されて洗脳されるのではないかと心配していたとき、目の端に現代の服を着た宋昱軒と明衡業の姿が見えた。エスカレーターに乗ると、蒼藍が反対側のエスカレーターで下に降りていくのが目に入った。駅を出ると、コンビニの前で普段着の雅棠に遭遇した。
こんなにたくさんの冥官が出動しているなんて心強いけど、同時に疑問も感じる。
あんたたちも大仰すぎるだろ!見知った冥官が三人に道士が一人……私が知らない冥官は含まれていない。たかが冥府の心理カウンセラー一人に、そこまでする価値があるの?
この問題はひとまず心の中にしまっておくとして、今はとにかく尹さんを振り切って逃げることが先決だ。あの長い足での一歩は、私の大股二歩分に相当する。尹さんに引きずられないよう、私はほとんど小走りだよ!
「尹さん――尹さん!」私は足を止めて思いきり振り払い、やっとのことで尹さんの手を振りほどいた。
「佳芬さん、ここはまだ危険です……」
「何が危険なのよ?」私は周囲を見回した。薄暗い路地、
「白黒無常さまが追ってくるかもしれません――」
「安心して、彼らは追ってこないよ」だって追いかけてきているのは別人だし……思わず口走ってしまったけど、すぐに間違ったことを言ったと気がついた。尹さんの私を見る目つきもやや鋭くなった。
「白黒無常は忙しいから、二人とも魂を縛って去っていったよ。五、六人の魂が彼らに引きずられているのも見かけたし。追いかけるならほかの冥官に頼むしかないよね」言っていることは事実でも、ちょっとした言葉の言い回しや声のニュアンスで、全然違う結果になるのだ。案の定、尹さんの目つきは穏やかになったけど、私を見る目はまだちょっと変だ。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
その感じはなんでもあるだろ!でも、「なんでもないと言うなら、私も夕飯を食べに行かないと」
「待ってください!」
「尹さん、」私は我慢ならず言った。「もう十分回り道したでしょ。腿の間に『イチモツ』が付いてるんなら、ハッキリしなさいよ!ほら!いったい私に何がしたいのよ!」
コイツのせいで、私の夕食の時間は大幅に過ぎているんだ!しかも手の運動(心臓マッサージ)をしたばっかりだから、これ以上夕食を食べないとあたしゃ飢え過ぎて胃に穴が開いちまうよ!
後ろにいる紳士は遅々として言葉を発しなかった。ヤツは話そうとしなかったし、私もここに長居はしたくなかった。今夜は閻魔とカウンセリングの約束をしているから、遅れたくないんだよ。私は足を踏み出し、少しずつ遠ざかった。
「佳芬さん、私がかつてあなたを内境に加入するよう誘ったことを覚えていると思いますが」
もちろん覚えているさ。尹さんに背を向けているからこちらの表情は見えないけど、私は遠慮なく白目をむいてやった。
「でしたら、私がかつてあなたを調査したことがあるのも知っているはずです」尹さんは冷静に言った。「あなたの住居も含めてです」
私は足を止めた。頭を高速で回転させている最中だというのに、このやりとりにどう返答したものか。私自身、玄関にどれだけの強さの結界と禁制があるかはよくわかっている。見た目は普通の独身女性の住まいだけど、どこの独身女性の家に符水や聖水があるっていうんだ。世界で唯一、道術で加持されたほうきがベッドの横に置いてあるんだぞ!
私が振り返って「この変態!録音して警察に突き出してやる!」というようなことを叫ぶ暇もなく、尹さんはすでに話し続けていた。「あれは本当に息を呑むほど素晴らしい暗示ですね!私は何度も行きましたが、その都度知らず知らずのうちに自分の家へと戻っていました。たとえ私があなたやあなたの隣人に監視魔法をかけようにも、少なからずあなたの家の入口を見て法術の流派を確認することはできません。なぜなら、あなたの住居があるフロアに入った途端にすべての魔法が濾過されてしまい、結界のルールに合致しないものは排除されてしまうからです」
ウチの賃貸住宅に結界があるだろうことは知っていた……そんなハイレベルな結界だったのか!こんなプロテクトを大々的に展開したのは冥府か、それとも蒼藍か?いや、ひょっとしたら両方かもしれない。
「もしあなたが自分で言うように、『ただの』救急看護師だというのであれば、これほど多くのプロテクトがあるのは奇妙な話です」背後から革靴の足音が聞こえ、その音が私に近づいてきた。「私はあなたの過去も調べました。高校三年生の時の臨死体験以外に、何もおかしいところはなさそうでしたが――」
「言いたいことがあるなら言いなさいよ!私の過去の傷をほじくり返してんじゃないわよ!」私は振り向いて怒鳴った。急な態度の豹変に尹さんは驚いたのか、呆然として言葉に詰まりながら言った。「あの――あなたに同じフロアの隣人の監視をお願いしたいんです。私は――あなたと同じフロアに逃亡中の魔法師がいるとにっ、睨んでいます。手を貸していただけるとありがたいのですが」
なんだって?
待て待て、思考が飛躍し過ぎだろう。もう一度整理しよう――
「なんでこの建物に内境の魔法師がいると思うの?しかも逃亡中の?」
「それは……この建物の結界が大袈裟過ぎるからです。普通の魔法師であれば、これほど強大な結界を張る必要はありません。私たちは内境の規約によって守られているので、誰かが復讐に来ても恐れるに足りません。したがって内境の規約の保護を失っているのは、逃亡中の魔法師だけということになります」
「じゃあ私に頼む理由は……?」
「えっ?」尹さんは疑問の表情を浮かべた。「なぜなら私は徹底的に調査しました。あなたはごく普通の、霊視能力を持った民間人に過ぎず、内境とは何の関係もありません。私にとってはちょうどいいと思いませんか?」
くそったれの天然野郎め。私は心の中で罵らずにはいられなかった。私はいったいなぜこのバカ野郎と、大事な夕食の時間を無駄にしてしまったんだろうか!私をずっと監視していた宋昱軒と冥官たちが、血を吐いてズッコケたのを感じることができた(まだ吐く血があるならばの話だけど)。
スマン、内境の魔法師の知能を過大評価していたよ。
「わかった、わかった」私はおざなりに言った。「怪しいことがあったら電話するよ」
目的が達成されたのかどうかは知らないけど、尹さんはようやくついて来るのをやめた。周りに人がいないのを確認して、そっと呼んだ。「昱軒」
……
近くにいないの?普段私が危険なときはいつも近くにいるのに、なんで今回はいないんだろう?
違う、ウチで閻魔大王が私のカウンセリングを待っているんだった!これで私の夕食すらおじゃんだよ!あとでタピオカミルクティーを買って腹の足しにすればいいか。私は夕食に哀悼の意を捧げながら、急ぎ足で家に帰った。
あまりにもお腹がすき過ぎて、暗がりで今日の観察結果に満足した誰かが邪悪な笑みを浮かべているのに気がつかなかった。
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