第二部

プロローグ ぼんやりと覚えている……

「みんな、自由時間よ。グラウンドから離れちゃだめだからね!」


「はい!」三十人あまりの小学生は興奮しながら返事をすると、グループに分かれて散らばって行った。あるグループは鬼ごっこをし、あるグループはバレーボールをサッカーボールにして蹴り、あるグループは鷹と雛の追いかけっこをしている。学校が始まってからすでに半年が経ち、小学生がいくつかの小グループに分かれるのは必然だ。チォウアイピィンは内心密かにほっとした。体育の授業は、彼らのような哀れな教師にとって息抜きの時間なのだ。一人の子供の面倒を見るだけでも十分疲れるのに、ましてや一度に三十人の元気あり余る子供たちの面倒を見るなんてなおさらだ。


 彼女は子供が好きだから。だが、子供たちの面倒を見続けてきて二十年……さすがに疲れを感じずにはいられない。


「佳芬、一緒にかくれんぼしようよ!」


「いいよ!」佳芬は飛び跳ねながら、誘ってくれた小グループの方へ向かった。小学一年生の子供たちが広々としたグラウンドでかくれんぼをしているのを見るたびに彼女はいつも、子供はやっぱり無邪気であると感じた。


 じゃんけんのあとで鬼となった佳芬を残し、ほかの子供たちは彼女が目をふさいでいる数秒の間に走り去って隠れた。


 十人近くの七歳の子供たちがかくれんぼをしていることもあって、彼女は特にこのグループの子供たちに注意を払った。隠れた生徒が見つからないようなことがあったら、保護者に説明のしようがないからだ。


「九十九、百!見つけに行くよー!」


 佳芬は見つけ出すのが速かった。ほとんどは首をひねるだけで、遊び仲間が隠れている場所へ直行した。迷ったり、もしくは探し回ったりする素振りはこれっぽっちもなかった。


 ひょっとすると、子供たちは隠れるのが下手なのではないだろうか?彼女がグラウンドに立って見渡すだけで、大木の陰にしゃがみこんでいる子供たちが見えているかのようだった。彼らはそれで見つからないだろうと思っていたようだ。


 佳芬はあっという間に全員を見つけたため、今度はほかのクラスメイトが鬼になった。彼女の注意は、サッカーをしているほかのグループの生徒に向けられた。


 授業の終わりが近づき、鬼になった少年が慌てて走って来た。「先生、佳芬がいなくなっちゃいました!」


「みんな見つけられませんでした!」ほかの子供たちも追随して言った。


「見つからない?」邱愛萍は不思議そうに言った。彼女が最後にはっきりと佳芬を見たのは、一番大きなガジュマルの樹の下に隠れるところだった……


 どこに行ったのよ?


 邱愛萍の頭のてっぺんから冷や汗が噴き出した。子供が見つからないなんて一大事だ!彼女は子供たちと一緒に声を張り上げて叫んだ。


「佳芬!佳芬!」


「佳芬、早く出てきなさい!あなたの勝ちよ!」


「佳芬どこに──」


「ここにいるよ!」


 佳芬の返事が聞こえたことでとりあえず邱愛萍は胸を撫で下ろした。しかしそのか細い声は……頭上から聞こえてきているようだが?見上げると、木の幹に探していた女の子がいた。女の子は地上二メートルの高さで楽しそうに小さな足を振っていた。


「佳芬、どうやって登ったの!」七歳の小さな女の子が一人であんな高い所まで木を登るなんて、驚愕にも程がある。二十年の教師経験にもかかわらず、彼女が最初に発した言葉は意外にもこの質問だった。彼女は首を振って、すぐに落ち着きを取り戻した。「そこに座って動かないで!すぐに人を呼んできて下ろしてあげるから」


 十五分後、男性教師たちに加え学校の用務員がはしごと椅子を運んできて、やっとのことで佳芬を木の上から救い下ろした。


「どうやって登ったの!」邱愛萍は佳芬が下りてくるとすぐさま尋ねた。佳芬はクラスでいちばん背が低い生徒だ。あのガジュマルの古木の上に登るなんて、どう考えても無理だろう!


「友だちが登るのを手伝ってくれたんだよ!」


「佳芬が木に登るのを手伝ったのは誰?早く言いなさい!」絶対にその共犯者を捕まえないと。木に登るなんて危険過ぎるわ!今回佳芬にケガがなかったのは運がよかっただけで、落ちていたら大変だったわよ?邱愛萍は両手を腰に当て、怒りのこもった口ぶりでガキどもに問いただした。しかし、生徒たちは誰一人認めようとしなかった。


「佳芬、誰が登るのを手伝ったの?」


「言えない!」意外なことに、佳芬はきっぱりとそう答えた。「言わないよ!友だちを売ったりなんかしないもん!」


 彼女はあきらめずに何度も聞いたが、佳芬の口は固く閉じられており、一字たりとも漏らそうとはしなかった。


 そもそも、彼女はこの件はこれで終わったと思っていたのだが、一か月後のある日……


「先生、僕のお財布がなくなりました!」邱愛萍が教室に入ると、怡婷が目に涙を溜めながら訴えてきた。小学校教師になって二十年の彼女にとって、この手の問題には何度遭遇しただろうか?彼女のクラスにもまた何人かのいたずら小僧がいるので、彼女はすぐさま容疑者の目星をつけた。彼女は繰り返し何度も聞いたが、それでも答えが得られないなんて誰が想像できただろうか。クラスの生徒たちのランドセルを一つ一つ調べても、怡婷の財布は見つからなかった。


「どうしよう……中には学級費が入ってるのに……」そう言うと怡婷は不安のあまり泣き出した。「ママに鞭で叩かれちゃうよ……」


 邱愛萍はすぐさま優しい声でなだめるように言った。「そんなことないわよ。邱先生がママにあなたを叩かないように言ってあげるからね。わかっ──」


「外の草の中」このとき、佳芬はそう言うと、教室の外の植え込みを指さした。七歳の子供は「低木」が何なのかわからないので、気にすることなく低い生垣を「草」と呼んでいるのだ。佳芬はまた子供っぽい言い方で言った。「怡婷が教室に入ったときに智遠とぶつかって、お財布が草の中に落ちたんだよ」


 邱愛萍は半信半疑ながら教室を出た。はたして、佳芬が指した方向の植え込みの下でピンク色の財布が見つかり、怡婷はようやく泣き止んだ。


 佳芬は楽しそうに言った。「先生、これで怡婷は家に帰ってもママに叩かれないでしょ?」


 しかし、これはまた別の疑問を生み出した。どうして佳芬は怡婷の財布がどこにあるかを知っていたのか?一般的に、クラスメイトの財布が落ちているのを見つけたら、すぐに拾ってあげるか、もしくはクラスメイトに拾うよう言うのが普通ではないか?


「佳芬、」邱愛萍はわざと声を低く抑えた。「あなた、怡婷の財布を盗んだんじゃないの?」

「盗んでなんかないよ!」


 邱愛萍は佳芬をじっくりと見ていた。彼女の一挙手一投足は完全に邱愛萍の監視下にあった。「じゃあどうして、怡婷の財布があそこにあるって知ってたの?」


「私──」佳芬はためらった。その目も泳いでおり、教師と目を合わせようとはしなかった。これは間違いなく子供が嘘をついているときのボディランゲージだ。


「見たんだもん!」


「佳芬、いい子は嘘をついちゃダメなのよ」教育は幼いうちに始めなければ。こんな幼くして嘘をつくことを覚えてしまっては大変だ!


「私──でも、嘘はつけないよ」あとから言ったその言葉は、佳芬が邱愛萍の後ろに向かって言ったものだ。だから邱愛萍は、佳芬は彼女の後ろにいるクラスメイトに向かって話しているのだと思っていた。今度、佳芬は彼女の目を見ながら言った。「友だちが私に言ったの!」


「どの友だち?」邱愛萍は反射的に尋ねた。


 頭上の蛍光灯が点滅した。


 突然、教室内の小学生の集団が叫び声と鳴き声をあげた。何人もの子供たちが抱き合って、顔を真っ赤にしながら大泣きしていた。


「どうしたの──」


 彼女は振り返って見るも、まず目に飛び込んできたのは口もとが耳まで裂けた顔であった。裂けた部分からはまだ鮮血が滴っていた。


 部屋中に子供たちの泣き声が響き渡る中、佳芬の子供っぽい言い方でよりいっそう身の毛がよだった。


「私の友だちだよ」


「うわあああああ──」

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