第二十四章 怪しいまごころ弁当

 最近はまた冥府の心理カウンセラーに戻った。しかし、私は人間であって幽鬼ではないし生活していくためにはお金を稼がなければならないので、救急外来に出勤し続けなければならない。


「佳芬、十番のベッドの患者が看護師を呼んでるわよ!」


「すぐ行きます!」


「佳芬、最近元気がいいわね!」患者の問題の対処を終えると、通りかかったナースステーションで小魚が嬉しそうに言うのが聞こえた。後輩の育玟も飛び出してきて言った。「本当ですって!数週間前、佳芬先輩には本当にビックリしたんですから!」


「ちょっと落ち着く時間が必要だっただけですよ」一方で、知りたかったことをいろいろな方面から聞くこともできたので、かなりホッとした。


 やはり、蚊帳の外に置かれている感じはすごく嫌なのだ。


「すいません、簡佳芬看護師にお会いしたいですが」


 ちょうど受付に座っていた小魚がスピーカー代わりに言った。「佳芬、このお嬢ちゃんがご用だそうよ!」


 そう、あのロリ声は聞いたことがある。何故だかわからないけどここに現れたあの子も見たのだ。


 なんで二千歳のロリ冥府術士が私たちの病院に現れるのよ!


「暁蕾?なんでここにいるの?」最も恐ろしいのは、そのうるんとした大きな瞳で居合わせた医療スタッフを一人一人見回すな、ということよね。虜になった同僚たちのとろけた表情が目に浮かぶようだ。


「お兄さまにランチを持って行くよう言われましたの」


 あんたの兄って誰だよ!嬴政えいせい(始皇帝)か!


「彼氏さんの妹さんもすごく可愛いじゃない!」


「いや、私──」待て、暁蕾は自分が「私の彼氏の妹」であることを否定しなかった。それって……そんな素直に宋昱軒の妹のふりをしているとでもいうわけ?唐王朝末期の昱軒はマジでこの秦王朝のロリが「お兄さま」と呼ぶのに耐えられるのかよ!


「佳芬お姉さま?」


「あなたのお兄さんは宋昱軒なのね?」


 私は深くため息をつき、演技に付き合った。「彼が昨日料理を多く作り過ぎちゃったから、私の分を持ってきてくれたんだよね?」蓋を開けて覗いてみると、中身は意外にもまともな三種類の野菜と一種類の肉だった。私が肉嫌いなのを知っているから肉の割合が少ないだけでなく、ご飯の隅には私の好きな辛漬けがのせてあった。


 ……


 ……あんたたちいったい誰の家のキッチンを使ったんだよ!まさかウチのじゃないだろうな!その漬け物はウチの冷蔵庫にあったやつじゃないか!ウチの冷蔵庫をまた爆発させてないだろうな──それに、幽鬼が作ったご飯なんて本当に食べられるのか!


 いったい何だっていきなり私に弁当を持ってきたのよ?私は二千歳の幽鬼ロリを眺めたが、彼女はただ微笑むだけで、立ち去らないどころか何が望みなのかも言いやしない。


「ちょっと待ってて、飴を持ってきてあげるから」


 この方法で暁蕾を追い払うのはひどくはないよね?けど、かすかに暁蕾ちゃんの白い目を感じる気はする。


 ……なら自分でここに来た目的を話すか、さもなければ空気を読んで立ち去ってよ!


「お姉さまはそんなに暁蕾に帰ってほしいの?」


「可愛い子ぶるじゃないよ、もう七歳でしょ」暁蕾が私をそう呼ぶのを聞いて、鳥肌が立った……七歳と言えばこの子のメンツも立つし──それが私自身の活路も与えてくれるかもしれないでしょ?女の子は年齢を気にするからね。


 私はまるで患者の家族に衛生教育をするような口調で教え諭すように言った。「病院は感染源が多いから、特にあなたみたいな小さいお嬢ちゃんは簡単に感染しちゃうの。だから早くおうちに帰ろうね、わかった?」


「では私は大丈夫ですね?」


 しばらくは彼が誰だかわからなかったが、襟もとに付いている天秤のデザインのバッジを見て、すぐさま暁蕾を背後に隠した。


 何と言おうが、私だって冥官が消散するのはもう見たくないんだ!


「なんでここに来たのよ?」尹さんが苦々しく眉をひそめているということは、私の口調はよほどひどいのだろう。「一度お会いしましたよね?佳芬さん、そんな他人行儀にしなくてもいいじゃないですか」


 彼のこの言葉のせいで、ナースステーションの医師看護師と事務員から変な目で見られるだけでなく、周囲の患者たちからまで奇異の目を向けられた……いや、その奇異の目は尹さんに向けられたものだった――


 私は内心邪悪な笑みを浮かべながら、怒りを爆発させないように言った。「勘違いしてるんじゃないですか?この間言いましたよね、あなたには何の興味もないって」


 私が突然態度を変え、さらにはダイレクトに彼の株を下げるようなマネをしたので尹さんは呆然とし、姿勢を低くしてこう言った。「佳芬さん、そんなに敵意をむき出しにしないでください。直接職場に会いに来るのはよろしくないってわかってますが……」


「わかってるんですね」私はダイレクトに退去命令を伝えた。「お帰りください。今は仕事の時間ですので、病気に関することでないのなら、プライベートの時間にまたあらためていらしてください」


 暁蕾は軽く私の手をつねった。いささか不満みたいだ。でも私も、尹さんという内境のラインを断ち切りたくはない……あるいは、断ち切りたくても断ち切れないのだ。直接彼の眼前から消えるのはかえって怪しいし、私のような平凡な人間がどうやって内境関係者の目から逃げることができるというのだ?内境の方たち(蒼藍の言い方より)は独自の管理システムや、現代を越えるテクノロジーに、多くの幻想的な理論を実現化してしまう魔法や法術を擁している。そんなリソースを持った連中から、どうやって身を隠すことができるというのか!どうせ冥府の機密を守るために、冥府が毎回私のカウンセリングをする前に呪いや法術がかけられたりしていないかチェックしてくれるって信じてるし。


 尹さんは私が彼をシャットアウトするわけではないのを聞いて、満足そうな笑顔を浮かべた。「では、近くで仕事が終わるのを待ってますよ」


「あなたがどうしたいかは関係ありません。今すぐお帰りください」これだけわかりやすく言ってるんだから、いやでもわかったでしょ!尹さんは相変わらずの紳士的な態度で、軽く会釈すると背を向けて去って行った。尹さんがいなくなってようやく、私は二千歳のロリに目を向けた。「あなたもよ。宋昱軒を呼んで家まで送らせる?」


「必要ありません。暁蕾は一人で帰れます」暁蕾は頬をふくらませて、不服そうに言った。「暁蕾は七歳です!もう大人なんですから!」


 はいはい、どうせ自力で帰る方法はいくらでもあるんだし……冥府の術士は城隍廟を通る必要がないもんね?


 暁蕾は私が目を光らせる中、ちゃんと救急外来の正門から帰って行った。太陽のことが心配だったが……太陽を見上げて日差しの強さによっては着ている洋服と同じスタイルのサンバイザーをかぶることもできるので、特に心配する必要もないだろう。


「佳芬、さっきのあのイケメンは誰よ?」


「どこかで見たような気がするんだけど……テレビ番組かなぁ?」


 時々、我が救急外来の看護師どもは特にゴシップ好きだと感じることがある……同僚がハーフのイケメンに絡まれているのを見たら、興味を持つのは人情の常かもしれないが。


「先週脳出血とあちこちの骨折にもかかわらず結局AAD(医師の許可なく自主的に退院すること)で退院した患者さん覚えてる?」私は仕方なく言った。一方で、同僚に『その男はワケあり』と吹き込むことで、これ以上私に関する変な連想をさせないようにするためでもあった。「彼はあの患者さんの友人なのよ」


 緊急救命室は交代シフト制なので、当然事情を知らない同僚が当直の看護師に質問することになる。そして当日その場にいた同僚が、ついでにさまざまな個人的感情を織り交ぜて伝達することになるのだ。


「うわ……友人がそんな状態なのに女性を口説くなんて。だとすると彼の友人は生きてるわね」

「そもそも生きてることが奇跡だよ」ちょうど候先生もいて、その日のCT画像を開いてみんなに見せていた。「彼をもう一度連れ戻して、いったい何をどうしたら死なずにいられるのか聞いてみたいね。症例に関するレポートを書いて学術誌に投稿したら、点数も稼げるかもしれないな」CT画像が理解できる医師とベテラン看護師たちは、その大きく広がる白光りした出血を見て誰もが賛嘆の声をあげた。


 うーん……『奇跡』ってことだよね?初めて蒼藍が自分で自分の治療をするところを見たときも心底驚いたけど、ずっと見ていたのでさすがにもう慣れた。でも少なくとも成功したよね、少女漫画のプロットで頭がいっぱいのみんなに――もっとぶっちゃけて言うと、江小魚はこれでもう二度と私と尹さんをくっつけようとすることはない……デメリットは彼女たちの宋昱軒に対する評価がさらに高くなってしまったことだ。弁当を送ってきたこともかなりの加点材料になってしまった。


 比較すると傷つけちゃうことになるけど、尹さんの顔面偏差値にさっきの態度や話しぶりを加えて、ポイントが低くなるなんてとても思えない。ただ惜しむらくは、緊急救命室のみんなはすでに宋昱軒の方を先に目にしているってことなんだよね。


 私は今でもまだ、暁蕾が私に弁当を持ってきた意図が何だったのかが解せないんだけど……好意なわけはないよね?


「でも佳芬、あんたの異性運はいいじゃない!しかもそのどれもが美味しそうな美男子なんだから!」


 美味しそうって何だそりゃ……あんたはどうやって幽鬼を『食べる』んだよ!


 同僚にひとしきりからかわれたあと、どうにかこうにか隙を見てナースステーションから逃げ出した。だが、黒い影が私のあとについて休憩室に入って来たことには気付かなかった……


 その人影は突然、私の肩に手を置いた。


「佳芬──」


「わぁああああ!」私は危うく箸を落とすところだった。目を凝らして見てみると、同期の昀禎じゃないの?


「佳芬さん、ビックリするじゃないですか!何をそんな大声で叫んでるんですか!」


「それはこっちのセリフよ!」ほら、たまに運が悪いと幽鬼の気配すら感じられることがあるけど……忍び足の人のほうが案外簡単に私を驚かせられるのかもしれないな。「何かあったの?」


「それなんですけど……」張昀禎はほかの人からの注目を避けるため、談話室のドアを閉めた。さらには声も低く抑えて、なんだか悪いことをしているみたいだ。「佳芬さん、聞いてもいいですか、さっきのあの──」


「彼の連絡先は知らないよ」


「違いますよ!」昀禎はすぐさま手を振った。「私が聞きたいのは、佳芬はいったいどうやって嫌がらせする男を拒絶したんですか?ってことです」


「え?なんでそんなこと聞くの?」


「それは……最近、ストーカー行為をされてることに気が付いたんです。家の玄関に変な飲み物と手紙が置かれてて……でも──佳芬さん、どうしてそんな目で私を見るんですか?」


 なんで?


 人間にまで便利屋だと思われたくないんだよ!私は冥府の心理カウンセラーだ。入口にだってちゃんと「人間は受け付けません」と明記してあるだろう!でも、同期が変なヤツに好かれてしまったのを助けないのもどうなんだろう?だが私はどうしても後輩に言いたい。『脳というのは素晴らしいものだ。間違いなくあんたにもある。方法は自分で考えなさい!』って。


 自分で解決方法を考えるのはそんなに難しいことだろうか?どうして生者から死者まで、どいつもこいつも私に相談したがるんだああああ!


「佳芬?」張昀禎は机に突っ伏して声を出さずに泣き叫んでいる私に声をかけた。


「大丈夫、家のガスを閉め忘れてたことを急に思い出しただけ」この理由がデタラメなのはわかっているが、昀禎はほとんど気にしていなかった。私は暁蕾が持ってきてくれたまごころ弁当を開けた。匂いを嗅いだり、突っついたりして、食べても救急外来直行にならないことを確認してから、口に入れた。


 意外とおいしかった。病院の当直弁当の何百倍もおいしい。当直弁当を開けてにんじんと大根の炒め物を見たときは吐き気がした。ましてやかつてゴキブリを食べたことがあるのは言うまでもあるまい……


「いつストーカー行為をされてることに気付いたの?」ダメだ、食べ物の誘惑に負けずに早く正気に戻らないと!同期がストーカー行為をされているのを知りながらあまり関心が持てないのではイメージが悪い。せめて聞いてみよう――


「だいたい……一か月前ですかね?」昀禎は箸を動かしながら回想している。「あのとき、パンとかが詰まったランチボックスが郵便受けに入れられてるのを見つけたんです。そもそも郵便受けを間違えて入れただけだろうと思ったから、持ち主が引き取れるようメモを貼って郵便受けの外に置いておきましたけど……そのランチボックスがこう、消えちゃいました」


 ランチボックスが消えたのとストーカーにはあまり関係はないはずだ。ひょっとしたらホームレスが持っていったのかもしれないし、野良猫や野良犬がくわえていった可能性もありえる。私は箸を止めた。ひょっとしたら私のボディランゲージで、昀禎は私が本当に彼女の話を聞いていることを悟ったのかもしれない。彼女も続けて言った。「でも、その後も次々と、入口のそばにケーキや飲み物、クッキーが置いてあるのを見つけて……最近じゃもう、直接ウチの玄関に置かれてるんです──佳芬、どうしたらいいのか教えてもらえませんか?」


 どうしたもんか……このようにシンプルで魔法要素に関わりもない悩みである以上、まずは当然──


「通報はしたの?」


「しましたよ!」昀禎は憤慨して言った。「でも警察はハッキリした証拠がないから法的な罪にはならないって」そこまで言うと、昀禎はうなだれて肩を落とした。こんな無力な同僚をどうして放っておけようか。


 どのみちこれは解決しやすそうなケースだから、先に進もうじゃない!人間のストーカーを退治するなんて、白無常が我を忘れて人を殴るのを止めさせることに比べればよっぽど簡単だよね?


「空いてる日に家に同行して見てみようか!」


 三日後、私はこの決定を後悔した。

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