第二十二章 犬、猫、キツネ

 宋昱軒は私の家に長く留まらず、すぐに冥府に戻った。それも良いことで、冥官の視線から逃れる方法を考えなくて済んだ。


 身支度を終えて外に出た後、私は電話をかけ相手を誘い、二回目の電話はタクシーを呼んだ。


「どこに行かれますか?」


 私が伝えた住所は市内の中心部で、家から車で約二十分だった。


 こうすると、冥官も追いつけることができないだろう?冥官は幽鬼ではあるが、移動手段はかなり物理的だ。せいぜいヒッチハイクできるので、人間の移動よりも便利だけだった。私の行先がわからなければ、どの城隍廟から出ればよいのかわからず、私を見失ってしまうかもしれない。


 ドアを押し開けると、インダストリアル風のカフェから芳醇なコーヒーの香りが漂ってきた。


「いらっしゃいませ!何名様ですか?」


「友達が先に来ましたので大丈夫です」私は案内係の店員を越し、カフェの一番奥で最も目立たない席にたどり着いた。一人の男性はすでに二人掛けシートに座っており、スマホに依存する若者のようにスマホをスライドしている……


「すみません、尹さんですか?」


 彼は顔を上げて私に微笑んで、「はい」と言った。尹さんは私が彼に対する第一印象のままで紳士だった。私が座るや否や、彼はすぐに店員を呼んでメニューを私に渡した。「どうぞ、僕のおごりです」


「いいえ、私が誘ったので、今回は私のおごりです!」一回のコーヒーとデザートでは私の貯金を使い果たせないのだ。私はメニューをめくり、すぐに注文内容を決めてメニューを店員に返した。「フルーツティー一つとチョコレートパウントケーキ一つでお願いします」


 注文していた間に、控えめだが、尹さんの好奇心旺盛な視線で見られた私は少し不快だった。


「どうしましたか?」


「何も食べないと思っていました」


 私は白目で彼を一瞥した。「よく言いますね。私は自衛能力がありませんが、内境の事は少しだけ聞いたことがあります。私を気絶させたいなら、食べ物に薬を入れる必要はありません」他の法術であれば、今度宋昱軒が迎えに来た時に、絶対私の異状を見つけることができる。宋昱軒が気づかなくても、保険として蒼藍もいる。城隍のところに自分の死後の事について説明してから目の前の内境関係者を誘った。昼間に彼にあげた手紙を読むことができるのは、誰もいない夜だけで、ちょうど私が全てを聞き出した後になる。


「では、佳芬さんは僕に何の用がありますか?」尹さんもお世辞を言わず、私が面会を求める目的を単刀直入に尋ねた。私が気まぐれにアフタヌーンでもないアフタヌーンティーを一緒に飲む相手を探すわけがないはずだ。


 目の前に相手を誘ったので後悔してももう遅いのだ。台本通りにやっていけば問題はないはず……


「ちょっと……悩みがあるんですけど」私は顔を俯き、言いつらいふりをして唇を巻き込んだ。「幽鬼に関するんです」


「僕に幽鬼に関する質問をしたいですか?」


「はい」私は軽くうなずき、緊張しているふりを続けた――、いや、緊張しているふりはいらない、そんな大胆な脚本を演じて、騙す相手は内境関係者だし、緊張しないわけがない。


「このような質問するにはお金がかかりますか?アニメと小説をいくつか読んでいましたが、料金は非常に高いようです」


「それは状況次第です」と尹さんが言った。「もちろん、知らない人にカウンセリングを求められたらお金を請求します。このように雑談するだけなら、お金はいりません。僕はお金がそれほど好きではありません」


 聞き慣れた言葉を聞いて、ふと興味が湧いてきた。「違いは何ですか?」と尋ねた。


 もしかして……尹さんは内境関係者の心理カウンセラーなのか?


「僕の専攻に関わるかどうかで決めます」尹さんはマジシャンがトランプのマジックをするようにトランプより少し大きなトランプを空中から出して手に弄んでいた。「僕の専攻は占いです。タロット、紫微、夢の解釈、人相学など……東洋と西洋両方ともざっと研究しています。でも今日は雑談の後に気まぐれに占いをしてあげても、あなたに料金を請求しないことを約束しますので、それについてご安心ください」


 まさか占いなんて……ということは、ここに座っているだけで、私の顔やオーラから私の運命または運勢がわかるということだろう?好奇心は別として、知らないうちにメッセージを漏らす感じが好きじゃない。それはハッカーに情報を盗まれるのとどう違うの?


「じゃあ、私は後で聞きたい質問を占いでわかりますか?」


「佳芬さん、占いってこのように行うわけじゃないです」尹さんの口調では少し無力感が漂っており、おそらく長い間に誤解され続けた疲れがあるからだ。彼は私に固定観念的な質問をされたくないようで、すぐに本題に入りたかった。「では、佳芬さんは何を聞きたいのですか?」


「えっと……」私は少し遠慮気味に言い、今自分自身のキャラ設定は仕方なく目の前にいるお兄さんに助けを求めるツンデレの女の子であるので、なるべく意地を張るような感じで演じていた。「私が霊視できるって知っていますよね……でも、時々、どんな幽鬼が見えたら逃げないといけない、どんな幽鬼が逃げなくていいってわかりません」


 今回の目的はただ一つ、話を聞き出すことだ。私のような無免許の心理カウンセラーにとって、心理カウンセリングの方法や使う言葉は教科書に基づいたものではなく、提案する治療法やアドバイスは大体個人的な経験と自分が人や世界に対する見方に基づいたことが多いのだ。


 そこで、私は自分がカウンセリング対象であると思い込み、私の向かいに座っている尹さん、もしくは内境関係者が冥官に対する見方を知りたい――もちろん、単刀直入に聞くわけにいかないので、幽鬼という大きなカテゴリから徐々に範囲を絞り込んでいく。


 心の中に尹さんが私はわざと質問していることに気づいていないことを静かに祈った。幸いなことに、尹さんは私の質問に疑わらず、逆に質問で返した。「佳芬さんは喋れる怨霊に出会ったので、識別のルールについて少し混乱していますよね?」


 喋れる怨霊?もう演技を発揮する必要がなく、私は本当にわからなくなってきた。


「一番ざっくり分け方で行くと、幽鬼って三つのタイプがあります」おそらく説明しやすいように、彼は隣の棚から動物のフィギュア二つを勝手に取った。彼は柴犬のフィギュアで私たちの間に置いた。「一つ目は『さまよう亡霊』、最大の特徴は会話できることです。彼らは通常、魂が肉体はすでに死亡していること知らない、もしくは何かが気にかかることがあるので、人間界でさまよっています。それで引き起こしたポルターガイストも比較的に控えめです」


 彼は二つ目の猫のフィギュアを置いた。「二つ目は『怨霊』と呼ばれていて、喋れないです。恨みが多すぎて人間界に留まっていて離れたくないです。恨みはあるものの、あまり思考能力がなく、目もないです。通りかかった人が彼らの恨みを買う特徴があれば、その人は不幸になります。発動しない時はさまよう亡霊のようなものだが、赤い光を発する幽鬼を見かけたらすぐ逃げるのが最善の策です」


 知っている。私も時々取り憑かれることがある。でも、私のそばに冥官と蒼藍がいるし、みんな忙しいときはしばらく城隍廟に隠れることができるので、まだ解決しやすいほうだ。


「三つ目は、『冥官』と呼ばれています」尹さんは動物の列から選び、最後に冥官の代表としてキツネを選んだ。「冥官はその名の通り、冥府の官吏です。『聊齋志異』では陰差って呼ばれています。冥府は死後に魂が行く場所で、転生か刑罰を受けるか冥府で裁決します。十殿の殿主を筆頭に、冥官は自分の職務に従って冥府の仕業に補佐します」


 私はすべてを知っている。二十年間冥官と一緒にいるので、これらの基本常識を知らないわけがない。しかし、私が聞きたいのはそういうことではない。


「しかし、彼らは最も危険な部類です」尹さんは話の向きをさっと変え、ついに私が興味ある話題に持ってきて、それも私が今回聞き出したい情報である。


 どうして内境関係者は冥官を狩るの?聞き出さなければ、私はそれを防ぐことはできないし、海辺の小村に住んでいる元奕容の家族に安定した生活を与えることもできない。


「冥官は人間を傷つけることはできません。それは彼らのタブーです。しかし、冥官が人間を傷つけるとき、仲間に見られない限り、誰も知りません。ですから、冥官が人間を傷つけたり、殺したりする事件は時々あります。喋れる怨霊がいるのであれば、それはルール違反の冥官のことです」


 尹さんはキツネを手に持って、注意深く見つめていた。「普段は無害ですが、羊の皮を被ったオオカミのようなものです。どの冥官が自分を傷つけるか永遠にわからないので、警戒することはさらに難しいです」


「じゃあ……こういう喋れる怨霊──つまり冥官に出会ったら、どうすればいいですか?」と私は尋ねたが、これから聞く答えが少し怖かった。


「電話して頂ければ、近くの仲間に通報して対処させます」


「彼らを殺しますか?」私は少し心配して尋ねたが、自分自身の安全ではなく、冥官のことを心配していた。


「冥官はすでに死者です。死者を殺すことはできません」彼は私の言葉を訂正した。「現在、内境は冥官に会ったらその場で処決することを主張しています。一人を逃がすなら百人殺したほうがましだということです。しかも冥官消滅の任務報酬は非常に高額であるので、金欠の多くの人が冥官消滅を副業として──」


 ただお金のために残酷に抹殺するのか?お金のために善良な魂を殺すのか?ただ一匹の獅子身中の虫を防ぐために?


「──でも、僕はこのやり方には賛成しません」尹さんの優しい声に、私は怒りから我に返った。「僕の家族の長老たちが、冥府と敵にならないように教えてくれました。冥府を怒らせるより、天界と敵対するほうがまだましです。冥府は非常に団結しているので、一人を怒らせれば、冥府全体と敵対することになってしまいます。天界には派閥があるので、一人を怒らせたら拍手してくれる人がいるかもしれません」


「それで……」


「だから、冥官を見かけたら通報してあげると言っていましたが、対処していきません。それに、もしかして僕の仲間たちの到着速度が遅いので、冥官は情報を聞くと先に消えてしまうかもしれません」尹さんは意味深く微笑んでいる。おそらくその『通報を遅らせる』、『噂を漏らす』やつは目の間の紳士に違いない。私は本当に感謝の意を表したい。彼の行動で多くの冥官たちが消滅されなくて済むかもしれない。私は回りくどい言い方をした。


「冥官はきっとあなたを感謝しています」


「どれだけ感謝しているかわかりませんが、僕は城隍廟に足を踏み入れることができる数少ない内境関係者の一人です。おそらくそれが彼らの感謝の表現でしょうね」尹さんは軽く肩をすくめて言った。この利点について話したとき、彼は特に上機嫌だった。彼は三体のフィギュアを棚に戻し、「どうですか?話を聞き終わったんですけど我々の仲間になりませんか?」と私に尋ねた。


 私は相変わらず長年職場で鍛えられた仕事向の顔でぎこちなくも礼儀正しい微笑みをした。「内境関係者たちは底知らずの方だと思いましたが、この話はなんかネズミ講が人を誘ってるように聞こえるのはなぜでしょうね?悪いけど、私は今の仕事が好きです」


「入っていただければもっと知ることができますよ──」


「ピッコ!」突然の音が私たちの会話を中断した。普通の通知音だったので、私も自分のスマホを取り出して確認したが、その通知音が私のスマホからではなく、尹さんのスマホからの通知であったことは思い付かなかった。


「お客様のアメリカーノです」


「すみません、テックアウトにしてもらえますか?」尹さんは立ち上がり、申し訳なさそうに私にこう言った。「ごめんなさい。急用があってすぐに行かないといけないです。今度問題がありましたらまた聞いてください。喜んでお答えしますね」


 喜んで引き続き私を内境に勧誘するだろう?尹さんはそそくさと行き、私は一人でゆっくりケーキをいただいた。突然、誰かが勝手に椅子を引いて私の向かい側に座った。


「蒼藍」相手に対して全く驚かなかった。冥官が私を見つけられない場合、最初に助けを求めに行くのは蒼藍のところのはずだった。「見られるかもしれない……」


「俺は近くに数匹の怨霊を出したので今のところ彼らは戻ってくる暇がない」蒼藍のこの話は放生することよりも簡単そうに言い、何の罪悪感も持たずに逆に私を叱責した。「佳芬姐さん、前も言ったんだけど、それはあなたが入るべきではない世界だ」


「あなたたちが冥府と内境の状況を教えてくれるなら、私はそんなやり方をする必要があるの?」私は顔を上げずに、目の前のチョコレートパウンドケーキと戦い続けた。「食べる?奢りますよ」


「教えないのはあなたを守るためだから──」


「私を守る?私の安全を守るため?それともあなたたちのイメージを守るため?」私の発言はきっときついだろう、だって向かいにいたデブ高校生は明らかに一瞬縮こまっていた。


「佳芬姐さん、冥官がかつて人を殺したのは確かに事実だけど否定できない」蒼藍はきっぱりと言い、私に彼の言葉を信じさせようとした。「でも、知ってほしいのは、この二十年間、冥官が人を傷つけた状況はだいぶ減っている。もはや史上最低記録だ。あの牢屋はほとんど空いてるのを見た──」


「知ってる」黒無常から聞いたエピソードを忘れていない。


「それと、今、城隍も内境関係者に冥官の殺傷行為を通報依頼して調査をしている──いや、知ってるの?」


「私は冥府に対する信頼は人間に対するよりも遥かに大きいので、その点について安心してください」


 はい、私は人間不信だ。


『佳芬、悩むことがあれば私に言ってね!私たちはいつまでもあなたのそばにいるから』


 不快な人物のことを思い出すと、口の中にあるケーキが不味くなってしまった。私はフォークを置き、落ち着いて言った。「だから私に物事を隠さないなら、私はクライエントの悩みを解決するために内境関係者にコンタクトしなくて済むじゃん」


「心理カウンセリングのクライエントのために、リスクを背負って内境関係者にコンタクトするの?」蒼藍は驚いて尋ねた。彼の声は全く低くしていないが、カフェの他の客の注意力を惹きつけていなかった。おそらく二人の会話を漏れないような法術を使っていた。「あなたの行為は自殺することと変わらないよ」


「大丈夫だよ」私は先日発売されたアニメの限定Tシャツを着た万能道士を見つめ、彼の胸が凍るほど微笑んだ。


「私はあなたに知り合ったじゃないか?」


「佳芬姐さん、あなたと知り合ったことを後悔し始めた……」

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