第二十一章 予選でも全力で戦おう!

「もう怒ってない?」


「なんだ、怒り続けてほしいの?」

 質問が間違えたとわかった宋昱軒はすぐに話すのをやめ、話題を今日のメーンイベントに移った。


「後ほどの審査をよろしくお願いします」


「私はただエンターテインメント項目を評価するだけなので、そんなに改まってお願いしなくても」私もあとでどんなエンターテインメント効果やかっこいいエフェクトや音響効果が見られるのかも楽しみしている。以前、雅棠と外でぶらぶらしていた時に、冥府と内境関係者の戦いを何度も見た。いつも横に隠れていた私はその華やかな対決を見てとても満足だったが危なかった。だから私は少し離れたところに立っていたので花火のような特殊効果しか見えなかった。前回雅棠と一緒に内境関係者に出会ったのが完全に意外だった。幸いなことに、そのとき内境関係者は私にまったく注目していなかった。そうでなければ、私の顔を覚えられると大変なことになるでしょう。


「冥府第一回武術大会へようこそ!本日司会進行を務めさせていただきます、唐舞悅タンウーユェと申します」司会は道案内人であり、道案内人の制服ではなく華やかな古代服装を着ているが、手首に巻かれた濃赤色のスヌードが唐舞悅の官職を示している。冥府でこれほど大規模なイベントが行われることは本当に滅多にないことかもしれないので、冥官たちは大興奮しており、出席率は九割近くだった。審査員席に座って観客席を見渡すと人──幽鬼の海が激しくうねり、歓声は地面を突き抜けて人間界に届きそうだった。慣例に従い、司会は冥府の長老たち十殿の殿主に式辞を述べてもらい、当然のことながらこの仕事は最終的に閻魔大王がやることになった。


「まず、このイベントを開催するには、冥府唯一の心理カウンセラーである佳芬に感謝しないといけない……」閻魔大王が私の名前を言うと赤いスポットライトが私に当てているので、私は控えめに冥官たちに手を振って挨拶をした──


「……彼女の希望通りにイベントを開催しなければ、飲みに付き合ってくれなくなるよ」


 私は全然脅してないよ、それはあなたたちがこの提案を聞くとすぐ爽やかに同意してさらに大規模で行ったんだよね!でも閻魔大王はとても真剣に発言しており、その黒い顔と相まって、観客席にいる冥官たちも八割信じていたようだった。


「今回の武術大会は、皆が自分の実力を証明する機会だけでなく、新たな仲間と出会う機会でもある。『けんかをしなければ、仲良くなれない』という諺のように、今回の武術大会で多くの人々の既定観念を一新することができると俺が信じている。俺だって、処刑人に劣らない実力を持つ文官を何人か知っている──」


 本当にいるの?文官が弱いのは既定観念ではなく事実だろう?私が閻魔大王の発言に疑問を呈したのを見て、今回の審判と審査員を兼務した殿主たちは面白そうに私に視線を向けた。


「佳芬、そのような固定的な印象を持つのは間違いだよ」第二殿の楚江王チュジィァンオウは隠さずに笑っていた。「将来カウンセリングするときに痛い目に遭うかもしれないよ!」


「私は生者だから、冥官が私を攻撃することができない──理論上では」冥官が人間を傷つけることはタブーだが、それでも楚江王の忠告を覚えておいた。


 武術大会の開会式は非常にシンプルで、閻魔大王の式辞が終わった後、余計の事をせずすぐに本題に入った。申込者が多く、冥官は多くの時間を消耗できるグループであるため、五、六百人の試合はトーナメント制を採用されており、相手をリングから落としたら勝利と見なされ、勝者が次のステージに進めることができる。エンターテインメント効果の審査員として、予選は本当に見るところがない……私は十試合が同時に見ることができる高い台に座っており、冥府が配慮して一名の術士を私の付添人として手配し、私がじっくり見たい試合があれば拡大画面を作って見せてくれるが、どこを見ればいいのかわからなかった。


 術士と言えば、彼らは冥府でどのような役割を果たしているかについて話そう。武官も法術をできるが、ほとんど手足と兵器を使う武術がメインとし、法術がサブだった。術士は逆で法術がメインで武術はサブである……しかし法術でさまよう亡霊と怨霊に対処するのは縛霊縄ほど効率的ではなく、冥官は人間に傷つけることができないため、術士はどんどん減少していく官職になった。また、法術の学習には才能を重視するので、新人の募集についても非常に困難である。


 これはすべて、さきほど知り合った術士が教えてくれたことだった。


「私たちは、旧時代の産物と言えるものです。冥府と天界が対立していた時代、術士はとても重要な戦力であります」私に付き添った術士は小柄な女の子で、年齢は七歳に見え、巻きショートヘアーをお団子ヘアにして流水をイメージした飾りで飾った。まだ幼い顔で明るい笑顔をし、みずみずしい瞳の色は神秘的なライトグレーで非常に特別であり、彼女が着ている改良されたチャイナドレスと同じシリーズの色だった。そのチャイナドレスと言えば……冥官もロリータ系が好きなのでしょうか?長さを短く幅を広くしたスカートとレースの縁取りが飾られた広い袖、ハーフブーツと白いソックス、人間界で歩いても何の違和感もないロリータしか思われないだろう……


 彼女の名札をちらっと見た。『チンシァオレイ


 ……このお嬢ちゃんには優しくして、彼女の苗字のことは決して言わないことに決めた。


「私のところにカウンセリングしに来る術士はいないようですね!」


「術士の数が少ないですよ!平和な時代になった今は、皆人間界に遊びに行ってますよ!だって冥府はあまり変化がないですから、ずっといると結構退屈です。人間界のほうがずっと面白いですよ!この面白い武術大会がなければ、私も冥府に帰らないですね」


 私は曉蕾ちゃんの言葉にノーコメントだったので、顎を支えて下の試合を見続けている。すると、七番のリングが私の注意を引いた。私が何かを言う前に、曉蕾ちゃんはすでに水霧で七番リングの拡大画面を作って私の前に送ってくれた。


「ハハハッ!」私は大笑した。七番リングの出場者のスコアシートを取り出して採点した。


 いいね!ちゃんと審査員の好みについて情報を手に入れている。私が軍服好きだとわかり、フルセットの洋式軍服を着て私の機嫌を取ろうとした……それだけで、『服装』の項目に六点をあげた。


 満点は十点。四点減点した理由は洋式軍服が大刀と合わないからだ。


 私のことを知っていると言うなら……私を最も知っているのはやはり宋昱軒だろう?彼を最も長く知り合っているわけではないが、間違いなく私と最も長く一緒にいる人であった。彼も出場名簿に入っているが、彼の出番までにはしばらく時間がかかりそうだった。


 明らかに、私は彼のことをそれほど知っていない。それは後の話だ。


 宋昱軒が出場したとき、私だけではなく、審判を務めている殿主たちもこの試合について高い関心を示した。


「どこまで瞬殺するか見てみよう!」


 宋昱軒とは長年の知り合いだが、彼が戦った場面を見たことはなかった。清慕希を捕まえた時でさえ、私が見えない場所に連れていかれた……


 昱軒は武官で、職位も武官の中で最も強い武力値を持っている処刑人である。でも彼が『宋』なので、冥官の年齢から見るとまだ若すぎる。リングの反対側に立っているのも見覚えがあり、たまに秦広王チングゥアンオウのところで見かける処刑人なのだ。私の記憶ではその方が雅棠と同じ『晉』だが……晉王朝生まれの彼は宋王朝生まれの者に対して冷静沈着で余裕があるはずなのに、余裕が全く見えなく、剣を持った手は少し緊張していた。二人は派手な動作もなく礼儀正しく戦っていた。最後宋昱軒は相手の武器を取り上げ、相手を地面に押し付けて制圧した時、相手の頭がリングの限界よりわずかに超えた。


「アウト!五番リング、予選三十八回戦、勝者は宋昱軒です!」


「ああ、あいつはやっぱり八百長をしたんだ……」


「やっと話題の中心から離れたので、目立たないようにし続けたいのは当然でしょう?」


「晋王朝の方の話ですか?」


 私の言葉を聞いて、殿主たちは互いに顔を見合わせ、誰が先に笑い出したのかわからないが、審査員の席全体から爆笑が聞こえた。


 私は何か面白い言葉を言ったのか?


「灯台もと暗しだね!」私に最も近くにいた秦広王は感嘆したが、顔には笑みを隠せなかった。


 私はまだ頭の中に疑問符がいっぱい残っているが、十殿の殿主たちは一斉に口を閉ざした。しかし、それでも口の端が笑っているのが見えた。


 一体何を笑っているの!


「簡さん、あなたがクローズアップに指定した組がリングに上がりました」質問しない限り、ほとんど黙っていたロリ術士は言った。私の目の前の画面は文官の格好をした一名の男性と一名の女性に切り替えた。通常、文官の試合は面白い格闘シーンがあまりないのでそれほど注目されないものである。しかし、この試合は意外に大勢の冥官がリングの周りに集まり、大声で応援していた。


 私は今回武術大会の開催を提案した当初の目的を忘れていないぞ。最初は小規模な親善試合を予想していたが、全冥府参加の大きなイベントになったのは全くの予想外だった。当時、部長たちの間のもつれた恋に悩んでいた文官でさえ人波の中にいて彼の部長を応援している。リング上の二人は無言で見つめ合い、審判の指示に従ってそれぞれの武器を出した。男部長はよく使われている長剣を使い(四割の冥官は剣を使用)、女部長はその背中から……琵琶を下ろした。


 つまり、仙侠ドラマはファクションじゃない。楽器は実際に武器として使用できるのだ。あとで琵琶が剣になるかどうかわからないけど。


「マネジャーになるには晋王朝以上でなければならないのですか?」私は二人の部長の名前を見て呟いた。


「え?冥府は年功序列で昇進を決めたことはありませんよ。簡さんはご存じないですか?」曉蕾は生き生きとした口調で説明した。


「ただし、勤務年数は一部の実力を決めることも確かにありますが、ほんの一部に過ぎません」


 曉蕾ちゃんは何気なく言ったが、音波と剣気が衝突した瞬間に激しい気流が爆発し、その気流は近くの会場まで広がり、他の出場者に場外まで飛ばして負けざるを得ないと宣言された時、このロリ冥官の言葉は一瞬説得力がゼロになった。


 ……本当にほんの一部なのか?


 待てよ、晋王朝の文官にそんな実力があれば……半分武官である雅棠はもしかして……


 幸い私は雅棠といつも良好な関係を保っていてよかったと突然思った。


「でも、唐王朝以降になってから、冥官の戦闘力がかなり弱くなったようですね?」以前、雅棠が自分の能力に対する自慢は忘れていないよ。彼女は唐宋元明清王朝の方々をすべて実力下位グループに分類したよ。


「試練が足りたいだけですね、将来性のある若手はたくさんいますよ」見た目は小学一年生にしか見えない人の口からこの話を聞くと違和感が半端ない。


 試合に戻ると、リング上の二人は激しい攻防が繰り広げていた。防御手段を持てない女部長は剣技に対して琵琶でかろうじて防守するしかなく、受身状態に陥った。しかし、その機敏な動きにより、男部長はしばらくの間彼女に何もできなかったが、接近戦により女部長が琴糸を引いて攻撃することもできなかった。男部長には『指が琴糸に触れたら切ってやる』という意思が見えた。


「女のほうが負けますよね?」突然猛然と突進してきた男部長の勢いの一部は琵琶の本体で相殺されたものの、女部長は反作用力で飛ばされ、境界線の外を踏みそうだった。男部長は相手に琵琶を弾く暇や呼吸する暇も与えず、剣を持って追いかけた。女部長があと一歩後退すれば彼の勝利になる。


「彼女は勝つ」閻魔大王はきっぱりと言った。


 男部長が足元の何かにつまずき、地面になにがあったのかをはっきり見える前に、突然彼の足元から音波が飛び出し、彼を空中に吹き飛ばした。


「この技は素晴らしいですよ!」曉蕾ちゃんは私にそれを証明するかのように、水霧画面をタップと、肉眼で見えない琴糸がすべて現れた……密集した琴糸がリング全体を覆った。女部長は勝利の笑みを浮かべ、琵琶で音符一つを出し、そしてその音符は音波に変えた。でも音波のターゲットは男部長ではなくて空中に架けた琴糸だった。その音波によって五本の琴糸が乱れ、さらに音波が発生して他の琴糸に響き渡した。まるでウェルテル効果のように、殺人的な音波が四方八方から男部長を囲み、逃げ場がなかった。


「一番リング、予選四十二回戦、勝者はジンチィウシィエンです!」女部長は地面に倒れて動けなくなった男部長の襟を掴み、そのまま彼をリング外に投げ捨てた。男部長が場外に投げられた瞬間に審判が結果を発表した。女部長は琵琶を背中に戻し、申し訳なさそうな表情で男部長の前に来た。


 彼女は手を伸ばし、「大丈夫?私はあまりひどく攻撃してなかったはずだよね?」と尋ねた。


「よく言うよ!あなたとの間にどれだけ深い恨みあったか?僕に対してこのような大技を使うなんて……唐宋元明清ならあなたさっきの技を耐えられると思う?」


 耐えられない……周りのリングをよく見て、冥官たちは共同認識があるようにしゃがんで頭を守り、その二人の戦いを終えてから続行することにした。


「私たちは死なないし……せいぜい遠くへ飛ばれるくらいかな?」


「お前な!」男部長は女部長の手を握り、まるで今の爆発は彼に何の影響もなかったかのように笑顔で立ち上がった。


 冥官は基本的に気絶も死亡もしないので、それは武術大会の勝利条件は相手を場外へ撃退する原因なのだ。


 しかし、場外の範囲は実際にはとても広く、白いロープで囲まれた円の外側はすべて場外と見なされる。例えば、二番リングでは流れ星になって遠くに消えたかわいそうな奴がいた。とにかく、冥官たちは帰り道を知っているので、あまり心配する必要はなかった。


 私はリングの横にいる文官をちらっと見て、彼は隣の女の子と先ほどの戦況について熱く話しているが、女の子はクールタイプのようで、あまり返事をしなかった。


 恋愛の障害を取り除いてあげたので、あとはあなた次第だ。彼がそのうち失恋に関するカウンセリングに来ると予感がしたけどね。空いた時間を利用して、宋思年のカルテを急いで追加した。



宋思年

主訴:面子第一の部長二人が謝らないため、部下に波及し、そのせいでクライエントは彼女を追うことができずに困っていること

治療評価:両部長が殴り合ってから仲直りしたが、クライエントのターゲットは相変わらず冷たい。

処置:次回再診の時、彼女を追う進捗状況を確認してから再評価すること。要観察。



 この試合は終了しても、観察して評価する試合はまだ十六回ある!エンターテインメント効果の審査をしながら心理カウンセリングのクライエントの評価を同時に行うなんて……考えるだけで疲れた。でも、私は素直に評価を終わらせないといけない……だってこの武術大会の提案者は私だから。


「予選通過おめでとう」私のそばには十殿の殿主と曉蕾ちゃんがいるが、私が人間界に帰らないといけない時に宋昱軒は素直に私を送りに行った。曉蕾ちゃんは慎重に私の魂を縛っているロープを宋昱軒に渡した。


 仕方ない。このロープがなければ私は冥府の奥深いところに消えてしまい、冥府にいる何万の魂の一員になるからだ。彼らはそう言っていた。私も自分の命で遊ぶ興味がない。


「処刑人は冥官の中で最も武術が強いんだよ。予選通過できなかったら恥ずかしいだろう」宋昱軒は『余計のお世話だ!僕は勝つのは当たり前だろう!』という表情で言った。


 ふと、予選で処刑人が自分の同僚と対戦したのはついてないことであると感じた。


 曉蕾ちゃんはまだ離れておらず、彼女は隠さずに両手で頬を支えて私たちの会話を見ていた。私はこの反応にはよく知っている。


 それは『萌え萌えキュン』と言う現象である。ロリ冥官は萌えキュンで現れた小花に埋められる姿がほぼ目に見えてきた。


「お願い……冥官までそんなことしないで」彼女が中国のどこかにそびえる万里の長城と同じくらい古いかどうかわからないが、解明すべきことは解明しなければならない。「私と宋昱軒はただの友達であり、これからもただの友達に過ぎません」


 ロリ冥官は力強くうなずき、笑顔は消えなかった。「わかってますよ!私はこの前に見たタイムスリップ漫画の男女コンビにとても似ていると思うんですけど……どうしてそんな目で私を見るんですか?あの漫画は人気がなくて二次創作があまりなく、自分の想像力を発揮しないといけないんですよ!超不公平です!」


 ……あなたは蒼藍と良い友達になれると思う。


 この言葉について頭の中で考えたが、私はまだ知り合ってから三時間も経っていない冥官に対してツッコミを入れるほど失礼な奴ではないのだ。私は曉蕾ちゃんに向いて、「今日はお世話になりました。説明して頂きありがとうございました」と軽くうなずいた。


「どういたしまして!」曉蕾ちゃんは元気で返事した。彼女は手で空気を掴むと、冥銭で折られたウサギが彼女の小さな手のひらに現れて横たわっていた。


「これはお土産です。必要な時に呼んでください」


 冥銭ウサギを受け取りながら私は考えていた……


 もしナースステーションにいる同僚たちが暇な時に、私の財布を覗いたら死ぬほど驚くんじゃないかな?

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