第十九章 冥官と海辺の小村

「これは何?」


「武術大会の日程表」宋昱軒は横で従順に言い、私が注意する必要のあるページをめくってくれた。「ここを見れば十分だ。前の内容は全部余計な話。簡単に言うと、来週金曜日に準夜勤と深夜勤を入れないで、僕が冥府に連れていく」


「私はどの項目の評価を担当しているの?」私は武術のことを知らないので、全く評価できないでしょう。


「これについては心配しないで」彼は審判員リストを載っているページを開くと、最下行に私の名前があって、その隣に記載されている採点項目は『エンターテインメント効果』であり、合計スコアに含まれずに独立した項目なのだ。


「佳芬が担当したのは独立の賞なので、エンターテインメント効果の得点数が上位三名に入った事についてに、別の賞金をもらえる」


 いい感じじゃない?部外者があまり詳しくない項目について選手を評価する必要はない。


「今回の応募者が多く、試合は数週間続けるかもしれない。でも、初日の開会式は宴会なんだから──」


「また酔っぱらうまで私を飲ませるつもりだよね?」


「いや、佳芬が酔っぱらうと本当に怖いんだ」前回酔ったことは彼を相当びっくりさせたみたいで、今回は徹底的に反対したんだね。


「──でも我々の酒はあなたに影響がないから、大人しく付き合ってくれ!」


「……」私は三秒ほど言葉を失い、事実なので反論することもできず、それを受け止めて冥府のカウンセリングに戻るしかなかった。


 今回来られたのは新規のクライエントで、名前も見たことがなく、顔も見かけない方だったが、非常に悩んでいるのは確かだった。彼は眉をひそめて拳も握りしめたままだったから。


ユェンイーロン……本日ここに来た理由は何ですか?」


 私のクライエントは様々なタイプがいる。ドアから入るとすぐ泣く人、椅子に座っても言葉が詰まり一言も話せない人、そして元奕容のように私のところに来ることを決心して問題もきちんと考えて整理しているクライエントもいる。彼は私をまっすぐに見つめ、「僕には六歳の息子がいて……彼は霊視できる」と言った。


「ちょっと待ってください!」その言葉に含める情報量は多すぎて、一時に消化することができなかった。昱軒でさえ目を丸くしてこの文官を見つめるしかできなかった。「あなたには霊視できる六歳の息子がいます?」


「はい」


「あなたの息子さんは……人間ですか?」


「はい」


「あなたの息子さんは……あなたのですか?」


「違います。彼は僕と妻の養子です」冥官は首を振って言った。「先に僕の家庭状況を説明するほうがいいと思います」


 もちろん必要だよ!昱軒と私はあなたの話にびっくりすぎて唖然となっているのがわからないのか?


 彼は冥官だ。


 もっと直接的に言えば、彼は幽鬼なのだ。


 でも、彼は自分の意識を持つ幽鬼であるため、意識のないさまよう亡霊のようにあちこち漂うことはなく、生前の憎しみに縛られて破壊しか知らない怨霊のようなものでもなかった。


 冥官は休暇中に人間界に遊びに行くのは普通のことだ。事前に申請すれば、宿場である城隍神に嫌われなければ、いつでも人間界にぶらぶらしに行くことができる。


 ある夜、彼は崖の端で海のきらめく波を眺めていた。すると、明るい月が海に映り、とても美しい風景を構成した。


 彼ら冥官はそうだ。無限の時間があるので、いつもゆっくりと世界の山や川や美景を眺めている。


「綺麗でしょう?」突然に話をかけられて冥官は驚いた。自分が幽鬼なのに、生きている人間に驚かされることが恥ずかしくて仕方がなかった。


「そうですね」冥官は言いながら声の方向を見たが、彼女は海を全く見ていないことに気づいた。真夜中なのに、彼女はサングラスをかけ、手には白杖を持ち、その横には危険を察知して飼い主を避けるように誘導しようとする盲導犬がいた。


 動物は幽鬼の息に敏感なので、彼は犬を責めない。


「あなたの存在感はすごいですね!音は出さなくても、隣に誰かがいるのがわかります」


 それは単純にあなたが敏感体質だと思った。目には見えないが感知能力はそこそこ悪くない。


「海を見に来ただけです」


「偶然ですね。私もです」


 その出会いのきっかけで二人は知り合い、付き合い、そして一つ屋根の下で暮らすようになった。女は元々一人で盲導犬を連れて田舎の小屋で暮らし、時々近所の人たちが世話をしに来てくれたが、ある夜、盲女と一緒に帰った謎のハンサムな男の事に気づき、この事はすぐに海辺の小村中に広がった。


阿秀アーシュは生まれた時から目が見えないでした。両親も最近亡くなったばかりで、他に世話をしてくれる親戚もいません。あなたが彼女のそばに付き添ってあげるのは本当に良かったです」


「いいえ、いいえ。僕が仕事に行っている間に阿秀の世話をしてくれる姉さんにもとても感謝しています」冥官は熱心な近所の人たちに丁寧に応答したが、最初に女に付き添って家まで送ったとき、村中はどれほど騒いだのがまだ忘れていない。警察に通報するまであと一歩だった。


「阿容、どこで仕事していますか?」


「市内で事務の仕事をしています」この言葉は嘘ではなかった。


「ああ、余計な話を聞かないでよ。阿容は自力で生きて、阿秀の世話もちゃんとするだけで阿秀の幸福ですよ!阿秀はあなたの顔を見ることができなくて本当に残念ですね。あなたは阿秀がいなければ自分の孫娘を紹介したいと思いましたよ」


 彼は何も言わずに微笑んだ。


 数年後、二人は初めて出会った崖の端で村長の立会の上、質素な結婚式を挙げた。村の長老たち(実際には元王朝が生まれた彼のほうが年上だったそうだ)が騒がしくて行わせたものの、二人は喜んで指輪を交換し誓いの言葉を述べた。


「あなたは美しいです」


「あなたもきっとハンサムでしょう」阿秀は初めて会ったときと同じように無邪気だった。村の長老はどこなのか知らないクローゼットから緋色のチャイナドレスを掘り出し、簡単に直して阿秀に着せた。しかし、元王朝人の彼にとっては、この赤い格好のほうが好みだった。


 太陽の下で自分の文官制服(彼は熱心な村人に、お揃いの古代の新郎服を自分で用意すると言った)を着て焼殺されそうだったが、それでも喜んで耐えた。


 結婚して二年、新郎新婦はスイートな二人だけの世界を楽しんでいた。阿秀は不妊症なので、正体がバレる心配は全くなかった。でも、阿秀は子供が好きなので、二人は養子を迎えた。


「ママ、どうしてパパは緑色なの?」


 子供の何気なく発した言葉が、冥官を幸せな夢から目覚めさせた。


「簡さんはどう思いますか?」元奕容は自分の話をした後、さらに切ない表情を浮かべた。「当時僕が衝動的だったことは認めます。僕は人間の女の子と恋を落ちただけでなく、彼女に一生幸せにすると約束しました。子供のチェンイーが一言で問題点を言い当てから、僕は自分が冥官であることを思い出しました。阿秀は老いていくが、僕は老いないです。しかも、最近内境は冥官を狩る行為がますます過激になってきていますので、本当に発見されないとは限らないです──」


 ここまで聞いて、私は思わず宋昱軒をちらりと見た。この時、宋昱軒は私に背を向けて何も聞こえないふりをした。クライエントを尊重するため、心の中で爆発しそうになった不満を抑えることにした。


 しかし、次の言葉でさっきの不満を忘れさせてくれた。


「──でも、それらのことは僕自分で解決する方法を見つけることができます」この言葉を聞いて私は視線を元奕容に戻した。「今回ここに訪れたのは、僕の息子辰逸の霊視について、その能力を封印したほうがいいかどうかを簡さんに伺いしたいです」


 父に彼が見えないものについて初めて話した時のことを思い出した……


「佳芬、どこに行った?!トイレの外で待ってろって言ったんだろ──手に持った魚の餌はどこで手に入れたの?」


「隣のおじさんがくれたのよ!」私は養魚池の手すりにもたれかかる奇抜な服装のおじさんを指差したが、父はその場で固まり、すぐに私を引きずっていき、魚の餌が池のあちこちに散らばった。家に帰ると当然叱責された。


 当年、私はまだ五歳だった。


「佳芬!早くおいて一緒に遊ぼう!」太陽の下で鬼ごっこしている仲間が私に手を振ったので、私は日陰で「ちょっと待って!ここにお姉さんがいるよ──」と叫び返した。


 そのお姉さんは人差し指を唇に当ててふざけてウィンクして、「これは私たちのちょっとした秘密だよ。彼らに言わないでね!」と私の背中を軽く叩き、太陽の下で遊ぶように勧めてくれた。


「はい!」それから私は日陰から飛び跳ねた。


 当年、私は六歳だった。


 両親は弟を病院に連れて行き、私を家に一人残した。帰ってきたら、私が一人でテレビの前に座って、当時の超怖いホラー映画を観ていたのを見て──私は大笑いしていた。


「佳芬?」母はどちらかというと気弱な性格で、娘はソファに寝そべってホラー映画を見ながら笑っている写真を見て怖がっていた。 母はできるだけ優しい声で「何を笑ってるの?」と言った。


「幽霊に追われた男だよ!泣きながら走っている姿がとても面白い!ねね、お兄さん、そうでしょう?」


 両親の目の中、私の周りにはお兄さんなんて全くいなかった。


 当年、私は七歳だった。


 おおよそ七歳の時、ようやく自分は他人とは違うことに気づいた……多少の代償を払ったが、ようやく自分の霊視能力を隠す必要性を理解した。


 元奕容は悩んでいるように私を見つめ、私のアドバイスを求めていた。しかし、自分の過去については全く参考価値のあるところが全くないと思った。


「彼を内境に加入させるつもりか、それとも冥府と関わらせるつもりがありますか?そうでないなら、封印したほうがいい。」私は目の前にいる二人の冥官を見る勇気がなく、まぶたを閉じた。「人間は霊視できなくても生きていける、さらに良く生きられる。平凡な人生も悪くない──」


「簡さん……」


「私は子供の頃から自分の霊視能力を隠すように冥官に色々と教えられてきたので、人間や神や幽鬼に傷つけられることはなかった。あなた自体が標的であり、息子の『霊視能力』に加っておそらく内境関係者に発見されやすい──」


「佳芬、内境はこういう風に動くわけじゃない」


「じゃあ、どういう風に動くかを教えてくれよ!」両手でテーブルを叩き、テーブルをひっくり返しそうになった。「『冥官を狩る行為がますます過激になってきている』って?お前たちが狩られていることは初耳だぞ!冥府と二十年間知り合っているのに!」


 宋昱軒は手を伸ばし、私の肩を握って落ち着くように言うつもりだったと思ったが、彼は縛霊縄を投げ出し、私をテーブルに縛り付け、さらに私の口を封じた!


 宋昱軒!


「奕容、冥府は人間と付き合うことを推奨していないが、冥府が近年この慣例を緩和していることも知っているだろう。しかし、冥府の立場からすると、冥官が安全であってほしい」昱軒はテーブルの横の引き出しから折り紙の短剣――それは明廷深の召喚法術である。それから自分のポケットから折り鶴を取り出した。「折り鶴は僕を召喚するためのもので、剣は別の処刑人を召喚するためのものだ。子供の霊視能力はできるだけ封印しないほうがいい。彼と妻を連れて他の冥官ともっと付き合って、そうすると今後万が一隠せなくなるときに、拒否される可能性が低くなる。安全上の懸念がある場合は、直接僕のところに来てください」


 元奕容もここに長くいるのは良くないことをはっきりと知っているので、「ありがとうございます」と言って急いで診察の部屋から出た。


 昱軒は私の縛りを完全に解けなく、ただ私の口を封じたロープを緩めただけだった。口を自由に動かせるようになったら、私は最初にした行動は大きく噛むことだった!冥官を噛むと食中毒になるかどうかはどうでもいい、私は今とても腹立っているんだ!もちろん、冥府処刑人が私に噛まれるとしたら、それは冥官ではなくゾンビだろう?


「佳芬、怒っているのはわかるけど──」


「怒るのは当たり前だろ!」と私が叫んだ。「どうして何も教えてくれないの?お前たちとは二十年の友達なのに、お前たちが今どんな危険に晒されているのかですらわからない!死者じゃない以外、私も冥府の一員であるじゃないの?」


「佳芬、僕たちの状況は医療業とは違って、知れば知るほどできることは増えるじゃなくて、逆に知れば知るほど、さらに危険になる。これは冥府だけの考えじゃなく、蒼藍も同一考えだ」昱軒の口調はいつもより優しく、彼は私をなだめ、彼らの取り決めを受け入れるよう一生懸命説得しようとしているのは見ればわかる──


 ──受け入れるわけないだろう!


「私の気持ちを考えたか?」私は必死に前よりも大声で叫んだ。「今お前たちを見ていると、いつかが私の前に消えてしまうのではないかと心配している!患者の死には兆候があるけど、お前たちの死は兆候が全くない!詠詩は私のせいで――」


 しかも、消えた唯一の理由は、悪意で消されるなんて──どうやって受け入れさせるんだよ!


「佳芬、詠詩の消散はあなたのせいじゃない――」彼は私を慰めようとしたが、今の私は何も聞くことができない。


「今日はもう診察しないので連れて帰れ」


「佳芬──」


「もう知らない、私は別途知らせるまで無期限休業だ、家に来る常連も診察拒否する!」


 宋昱軒はそれ以上私と議論せず、静かに私を家に連れて帰り、点滅している照明の下で静かに立ち去った。



元奕容

初期診断:息子の霊視能力を封印すべきかと悩むこと

処置:しばらく現状維持

備考:宋昱軒の馬鹿野郎

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