第十八章 悲しむ権利
「──芬、佳芬!」
「はい!」私は呼び声の元を探したが、小魚が心配そうに私を見ていることに気づいた。「佳芬、大丈夫?」
「──大丈夫です」
「疲れる事とか、悩む事があれば言ってね!」と小魚は言った。「最近の顔色はとても悪いよ」
本当に悪いと思う……唐詠詩のことを忘れようと自分に言い聞かせるのに、目を閉じると、掴めなかった小さな緑の光を思い出す……
「うーん……」小魚はしばらく考えていたが、すぐ電話の着信音に中断された。
「院外で心拍停止、あと三分で到着する」小魚は雑談モードを取りやめ、すでにプロセスに慣れている彼女は、体を伸ばす余裕まであった。「あと三分、ものを用意するように誰かに依頼して、あなたたちは手元の仕事を一旦止めて、手伝いに来て」と落ち着いて指示した。
小魚のいわゆる『あなたたち』について私も含まれる。この救命処置は何を準備すればよいのか、何度もやっていると慣れてくる。自分が用意するものと後ほどの作業が重ならないことを全員が確認した後、各自で用意して待機することになった。
救急用ベッドはすぐ押し込まれ、自動心肺蘇生器はまだ懸命に作動しておる。患者の目は開いていて目のピントが合わなくてぼんやりとし、すでに瞳孔が拡大している。私が担当したのは薬の投与で、三分毎に強心薬を投与することである。医師は二分毎にモニターを確認しているが、確認する度に心電図は直線のままだった。
元々から救われられないのよ……白黒無常がすでにやってきて魂を手錠かけして連れて行った。冥府の行政作業を介入して白黒無常と戦って魂を取り戻すのか?死人復活という中二の事なんて蒼藍ですらしない。
どうして……どうして私はとっくの昔に死んだ冥官のために涙を流したのに、目の前で消え去った命のためには涙を流さないのでしょう?
「佳芬、三分経ったけど、
私はふと我に返り、急いで薬を投与した。投与した後にロボットのように答えた。「エピネフリン、
三十分後、私が持っていた強心薬は十回目の投与量に達した。
「患者の家族に説明に行ってきます」現場の指揮を担当した医師は緊急救命室から出て、医師がこう言ったのを微かに聞こえていた。「三十分間救急処置をしていましたが、患者さんを救うことができませんでした……」
医師が再び緊急救命室に入り、私たちに『ストップ』という手振りをし、自動心肺蘇生器が止まり、緊急救命室は静かになった。同僚の看護師たちが患者につけていた針とチューブを一つずつ取り外した。
「佳芬、早く針を抜いて、何をぼーっとしているんだよ?」向かい側の同僚は私に知らせてくれて、ついでに心配してくれた。「大丈夫?」
「大丈夫──ああ!」
くそ……針刺し事故の報告をしなくてはならないよ!緊急救命室の看護師たちがみんな無言で私を見ているのが感じた。
「佳芬……」
「私がもう一度採血します……」あとで外にいる家族に私がなぜこんなにたくさん採血しなければならないのが説明すること……家族はあまり気にしないでほしいんだ。
「佳芬、本当に調子悪そうですね!何かあれば言ってね!わかってますよね?」
「わかってます……でも本当に大丈夫です」今回は針の扱いにかなり気を使った……
でも一方、緊急救命室の先輩たちにどうしても聞きたいことがある……
「小魚、いつから死亡についてこんなに落ち着くようになったんですか?」
小魚は救急専門の看護師で、私のような若手よりも間違いなく経験豊富である。小魚は顔を上げようともせず、患者のまぶたを開いてペンライトで瞳孔の大きさを確認した。死者の瞳孔は拡大したのでまったく生気がなく、長時間見ていると不気味であった。
「落ち着くって……いっぱい見たら落ち着くようになるよ!亡くなった人たちのために泣く訳がないし、泣いても救われないしね」
「──でも、もし自分の知り合いなら、やっぱり悲しくなるでしょう──先輩、霊安室に来るように連絡しますね!」別の先輩が話に割り込んだ。「この前父が亡くなったとき、私も泣いたよ。自分でもびっくりしたんだけど──佳芬のご家族が最近亡くなったの?」
「……友達です」私は手に持った採血スピッツに患者の血液を上限まで入れ、一本終わったら次の一本に取り替えた。「めったに会わない友人が、突然……」
「佳芬、あなたは悲しむ権利があるよ」小魚は手袋を外して私の肩を叩いた。「私たちは生死を見ることに慣れているが、だからと言って心を固くする必要はない。でも、仕事について友達の死に影響されないようにしてね!うっかり病気に感染されたら大変だよ!今は大人しく針刺し事故のインシデントを報告してね!」
「本当にそれ!針刺しって超面倒だし怖いんですよ!ついていないと死んじゃうかもしれませんね」
「縁起でもないことを言わないで!早く片づけて撤収しよう!患者の家族が入るよ」
……私も悲しむ権利があるでしょう……か?
自宅の本棚の前で詠詩が残したカルテをめくると、彼女の最後の美しさだけが思い浮かんだ。
「佳芬……」
「もし『大丈夫?』と聞くつもりなら、私の答えは『あまり大丈夫じゃない』」
「実は、あなたに聞きたいのは、サービスセンターで詠詩の偲ぶ会が行われているけど、行かないかと聞かれている」私の後ろから宋昱軒の優しい声が聞こえた。「雅棠先輩が来てほしいと言っていたね」
幽鬼の偲ぶ会……なんか奇妙に聞こえるけど?しかし、詠詩の偲ぶ会であれば、欠席する理由はないようだった。
「何か持って行きましょうか?」と聞くと私はすぐに後悔した。詠詩の偲ぶ会に参加するのは冥官だけなので、食べ物を持っていくのは失礼だそうだ。
「うーん……普段『理学療法』で使っているものを持って行ったらいいよ」
これは私がほうき、モップ、オーブンミットと青白のサンダルをひもでまとめて固定したものを持ってバスに乗っている理由なのだ。幸いなことに、これらは目立ったものではなく、せいぜい大型量販店で掃除用品を買ったばかりだと思われるので、誰にも疑われない。この時、宋昱軒はまだ古代の衣装を着ていて、私の隣に座り、そっと窓に頭を傾けて外の景色を眺めていた。
「この名前はどんな魔法でも効かないほど有名なので──」
私の隣にいる冥官は歴史上の人物なんだ……どの歴史上の人物なのかわからない。昱軒は宋王朝に死んだが、自分が唐王朝末期に生まれたと言っていた……
理科系出身の私は歴史に詳しくないよ!唐王朝末期には有名な武官がいたのか?
「佳芬、そろそろ着くよ!降車ボタンを押し忘れないでね!」
「ああ……はい」
サービスセンターに到着すると、とても大きな文字が貼られているのを見た。
【本日は貸切です。道を探している方は別のサービスセンターへお越しください】
その下にとても親切にもう一軒のサービスセンターへの地図が載っていた。
宋昱軒は『休業中』のプレートを無視して扉を押して入った。すると元々広々とした道案内センターはテービル全てが壁に片付けられているのでさらに広く見えた。部屋の真ん中には空いたスペースがあり、冥官たちはお酒を手に気楽に様々な話を交わしている。仕事の話をする方も、家庭の話をする方もいて、偲ぶ会のような活気のない感じではなく、普通のパーティに見えた……
「佳芬、来てくれてとても嬉しいです」雅棠は手に持った二杯のお酒を持ち上げた。「人間界の酒がいいですか?それても冥府の酒がいいですか?」
「えっと……人間界の酒のほうがいいです」今の状態では、自分を麻痺するため、アルコールが必要かもしれない。
雅棠も私の後ろにいた処刑人にワイングラスを渡した。道案内人の現代的な衣装ならまだいいけど、古代中国の衣装を着ている男はワイングラスを持っている姿は、違和感が半端ない。しかし、この時の私はツッコミをする気分ではなかった。
雅棠はペンでワイングラスの縁を軽く叩き、みんなの注意を引きつけた。「さあ、これから偲ぶ会が始まります、ここを見てください」彼女は咳払いをし、落ち着いた口調で言った。「新しく私たちに加入した唐詠詩は昨夜、私たちを永遠に去ってしまったことを残念に思います。詠詩が私たちに加入したのは少し前ですが、私たちにとって彼女は永遠の家族です」
冥官たちは俯向き、響き渡った雅棠の声を静かに聞いた。私も同じことをし、頭に浮かべたのは全て私が掴めなかった緑の光だった。
雅棠の口調は突然に憤慨になってきた。「詠詩がなくなりましたからには、悔いなくさってもらうようにしないといけないです!こっちに連れてきて!」
詠詩を消滅した内境関係者を捕まえたのか?しかし、宋昱軒が黒檀の扉から引きずり出したのは、確かに雁字搦めにされた男冥官だった。
「ちょっと待ってください、美男美女の皆さん。僕は詠詩の夫ですよ!今一番悲しんでいるのは僕ですよね?」
「でも、私たちはあなたが詠詩に何をしたのかも知っている、この薄情者!」雅棠はすごい迫力で怒鳴った。「武器を出せ!」
「僕は無実ですよ!僕は何にも……」
「よく言うよ!詠詩が消えた翌日、お前は人間界で女の子とエッチしたじゃん!前のことは別として、この件だけで罰してやる!」不平を言っている怒る声があった。
「お前は彼女のお金を全て盗んだ!」
「うちの詠詩は、お前にいじめられるために嫁入りに行ったのか?」
雅棠は突然手を高く挙げると、道案内センターはたちまちに静まり返った。雅棠がまた何か言いたいのかと持ったら、雅棠は一言だけ言った。
「殴ろう!」雅棠が発令すると、全ての道案内人は武器を振って詠詩の夫を殴ってやった。突然の事態に、私は自分が参加すべきかどうかわからず、横に呆然としていた。
雅棠は横で私を押した。「佳芬、あなたも殴りに入ってよ!こいつは死んだ詠詩を不幸にした男なのだ。詠詩が自分でできなかったことを私たちが代わりにやってあげる!誰か!詠詩が残した離婚届を出して!」
亡くなった人の果たせなかった願いを叶えること……
私は微笑んで、オープンミットを着用した。私が寄ってくると冥官たちは暗黙の了解で顔に一番近いところを譲ってくれて、私は思いっきりに顔を殴ることができた。みんなはこのかわいそうな男の手を掴んで離婚届に強制的に拇印させて完成し、偲ぶ会がとても楽しいものになっていた。
これで詠詩を慰めることができるかどうかわからないが、少なくとも私は少し気分が良くなった。
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