第十六章 我慢……しろ……
今日の予約リストの名前を見て、私はまずため息をついた。
今日は白無常の再診予約日である。時々、彼ら二人は必ずしもカウンセリングをしに来るわけではなく、ただ雑談するだけだ。でも今日はおそらくカウンセリングのためにここに訪ねると思った。
だからこそため息をつきたいよ。
風鈴が鳴ったとき、私は素早く扉を開けた。「こんにちは、今日は雑談ですか?それともカウンセリングですか?」
「カウンセリングかな?」清雅な白い衣装を着用している青年が入ってきた。彼の腕に『一見生財』と書かれた白い高い帽子を持ち、もう一方の手には羽扇を持っていた。
「それではお座りください」私は振り向いてタンスから白無常のカルテを取り出した。昔からのクライエントなので、彼のカルテは他のものよりもはるかに分厚いものだった。
「僕のカルテよりも厚い冥官はなかなかいないでしょう?」白無常は相変わらず無害な笑顔を浮かべていた。この笑顔で外に行くと、大多数の女性に幸福感を与えるのに違いないでしょう。
冥官は容姿で選ばれているのではないかと本気で疑っている……ほぼ全員が中間レベルを上回っている。今のところは見た目が普通の冥官を見たことがなかった。人間の男に興味がないのは、きっとイケメンを見すぎて無感覚になってしまうからだろう。それに、白無常は冥府全体で最も美形な冥官として認められている。私の向かいに座っている白無常を見ると、カラスの濡羽色の長髪が端麗な顔の横に垂れており、東洋風な雰囲気がたっぷり切れ長の目と細長い濃い眉に合わせて、男性よりも柔らかく、女性よりも艶かしい見た目になった。細長い指が淡赤い唇に軽く置いて、何かを考えているようだった。
初めて白無常を見たときは十五歳の頃だった。正直、あの時私は乙女心が爆発した。
「何を考えていますか?」と私は何気なく尋ねた。この顔を十年も見ていても、時々、見とれてしまうことがある。
「あ、無救一人で大丈夫かなと思ってさ」
「大丈夫でしょう!あなたたちはこの業界に何年やっていると思います?」黒無常は一人の方が楽かもしれないね。「心配なら、一度見に行きますか?」
「でも……ここでカウンセリングを受けるように無救に来させられたんだけど」白無常は後ろめたそうに言った。どうやらいつもの問題が再発したようだ……
「最近は相変わらず人を見ると殴りたくなるんですか?」
残念なことに、この美男子は人を殴りたいという欲求を抑えられない時が多いが、冥官にとって人を傷つけることはタブーであるため、これは喫緊の課題なのだ。
……というか、その問題は私の責任だ。
民間伝承によると、白無常は心優しく人を助ける親切な人である。彼を見かけたらレンガを投げつけると、彼は自分が持っている金銀財宝がなくなるまでに金元宝を投げ返すという説があった。
私は実験してみたが、それは本当だった。しかし私は投げてきた金貨を全て返し、ついでにこう言った。「馬鹿か?人々はレンガを投げてるのにあなたは金貨を投げるなんて、そうすると誰もがあなたをいじめたくなるじゃない?立派な白無常のはずなのにこんなにいじめやすいなの?」
それ以来、白無常にレンガを投げても金貨をもらうことはなくなり、レンガまたはヘドロしかもらえなくなり、今ならパンチがもらえるかもしれない?
人を殴るということについては……民間伝承によると、白無常は心優しく人を助ける親切な人であるが、非常に極端な人であるとは誰も言ったことがなかった。
発端は、ある日(その時はカウンセリングですらなく雑談だった)、白無常が私にある同棲中の彼女の子供に暴行を加えて死亡させたクズについての愚痴を言った。彼はそう言っていた。「あの男はあまりにもひどい……子供はそれで亡くなった」
私は、「だったらあいつを殴ろう!裏でちょっと殴っても大丈夫でしょうね?」と答えた。
当時、私は冥官が人を傷つけることがタブーであることさえ知らなかった。その後、白無常は殴ることにはまり、それをやったら後で笞刑を受けることがわかっていても殴らずにはいられなかった。
私が今一番殴りたいのは、おそらく若い頃の自分の無知な口なのだ!
社会の皆さんには申し訳ない。民間伝承が現実と異なるのは私のせいだ。
──だが、あのクズどもは殴られて当然だ。
私はカルテを開き、前回の診察日を調べた。「
白黒無常は有名なので彼らの本名を知っている人も多いでしょう。黒無常の名前は
きっと年寄りの冷や水だろう、当時十五歳の私に彼らを『無救お兄さん』、『必安お兄さん』と呼ばせたのよ。
十五歳の私は何と純朴だ。
「人を殴りたい時は、落ち着くまでに百から七を順に引くことなのか?」向かいの白い衣装の美青年は眉をひそめた。「でも、数えすぎて、もう答えを暗記したんだけど」
どれだけ人を殴りたいのか!
「本当に理解できない、なぜ人を殴れないのか。定義上、僕は冥神であって冥官ではないよ!それでも冥官のルールには従わなければならないのはなぜだ?殴ってやりたい奴はいるんだよ。当人が目を瞑ったばかりで、僕たちはまだその世に連れて行っていないのに、その家族がやっていたことはすでにひっきりなしに泣くことから相続についての争い合いに変わった。このような行為は新しい魂にとって非常に傷づくのを知っている?お父さんまだ隣で見ているのよ!」おそらく普段に発散する方法はないので、白無常は私のところに来るたびに、狂ったように愚痴をこぼしている。
「あと、先月の件だけど、若い親はPCゲームに夢中して、子供のことをちゃんと世話をしていなかった。その結果、子供が餓死したのに彼らはまだダンジョンを攻略していた!数百年前の生活環境は今よりずっと悪かったのに、それでも当時お迎えした子供の新しい魂は、そんな馬鹿げた死に方なんてなかったよ!」
白無常はかつて同じようなことについて不満を言ったことがある……正確に言えば、何度も言っていた。
私は白無常の愚痴を聞き続けた。とにかく、彼はただ誰かがに聞いてもらいたいだけだ。他の冥官に文句を言うのは、同僚に文句を言うのと同じで、しかもほとんどは部下であり、やはり良くないことである。常に一緒に行動しているペアの黒無常は絶対同じことをもう一度聞きたくないので、完全な部外者には一番言いやすいことだ。
少なくとも、白無常は陰気に対する制御力が他の冥官よりはるかに優れている。彼は口角泡を飛ばしていっぱい言ったが、頭上の蛍光灯は一度も明滅していなかった。
話が一段落ついた時点、白無常は少し悩んでいるように長髪を掻きながら、「……僕はずっと文句を言っていたようだね」と言った。
「私の役割は、あなたの話を聞いて、適切なタイミングでアドバイスをすることでしょう?」
「そうだけど……」
「でも、このままじゃダメですね……少しでもコントロールできないですか?自分の民俗学のイメージを考えてみてよ……」人間に当てはまるものから冥官に当てはまるもの、どちらにも当てはまるものまで何度もアドバイスしたが、まだ抑えることができないからどうしたらいいでしょう……
黒無常ならまだ阻止できるかもしれないが、しかし、悪いことに──
「この前、親友に裏切られ、地位も名譽も失い、債権回収業者に殺され命を落とした魂、その魂があまりにも深く傷つかれて見るのも耐えられなかった。あの時、無救ですら拳を振り上げた」
悪いことに、あまりにもひどい案件に遭遇すると、黒無常も同じく袖をまくって殴ろうとする。
そのため、私の提案により、白黒無常にはお二人の理性が切れる時に阻止しながら同時に殿主に通報するという仕事を担当する付添人がいる。この種の仕事をする人の心理的トラウマは、彼の白無常よりも二倍厚いカルテを見れば理解できる。
「佳芬は仕事場で人を殴りたくなるケースに遭ったことないのか?」白黒無常は救急室に頻繁に出入りするので、救急室でよく挨拶をしていた──もちろん、視線を交わすだけだ。空気に挨拶をすると、同僚全員がびっくりするでしょうね。
「ない訳がないですよ!」そう思うと腹が立ってきた。「あとで検査するために空腹にしないといけないと言ったのに、八時間だけ食べなくても死なないけどそれでも聞かない。しかもその理由は『義母がずっとお腹空いたって言っていた』なんて、あとは点滴スタンドを物干しスタンドとして使う人、何度を言っても聞かない(以下三千字省略)……法律がなければ、本当にビンタをしたいよ!」
「僕は本当に殴りたいのよ……」白無常はテーブルにうつ伏せて悲鳴をあげた。
「私も……」私も一緒にテーブルにうつ伏せて、憤りを込めてため息をついた。
冥官ですら殴ってはいけない……どうして人間ってこんなに偉いのか!
「コンコン!」
「今診察中です。また後で来てください」今日来る予定の冥官は白無常一人だけではないのか?でも予約なしで臨時に来る冥官もたまにいるので、驚かないが……
『風鈴を鳴らす』ということの意味がわからないバカがもう一人いることのほうが不思議だ。
白無常は一瞬警戒する目つきになり、淡々とドアの方に一瞥した。「佳芬、最近誰かと喧嘩した?」
「ないよ?私はずっと大人しいですけど?」私は自分が何もできなくて、ただ霊視できる普通の女の子であると重々承知しているので、あえて人を挑発しない。もし内境関係者の偉いさんの気分を害したら責任を取らなきゃならなくなる。
白無常が私について来てと合図し、ゆっくりと木の扉を開けたところ、木の扉の外には誰もいなかったが、中には猫が入ったダンボールがあった。
死んだ猫だった。
しかも、真っ白な毛皮についた血がまだ赤かったので、死んだばかりだった。
「ツツ、なんて風雅でない人なんだ!」
はあ?この形容詞は何なんだ?死んだ猫を家の外に置くやつに対して、凶暴で気持ち悪いとは言うが、風雅でないとは絶対言わない。
白無常は猫の死骸をそっと撫でていて、顔に怒った様子は全くないものの、逆に嬉しそうに見えた。でも猫は死んでしまったのに、彼が嬉しくなる理由は全くわからない。所有者の私の同意なしに彼は段ボールを持ち込んだ。
おいおい……動物の死骸を専門に扱う部門を探そうと考えているが……
「佳芬は見える?」
「何が?」と私は聞き返したが、私は白無常が腕で何かを抱きしめたように見えたが、それが何なのか全く見えなかった。彼も多くを語らず、謎の答えを直接明かした。
「動物の魂」彼は言い終わると、腕に猫の輪郭が現れ、透明なガラスのような幻影から、気持ち良さそうに眠る白猫へと変化した。純白の毛の中で唯一真っ赤になっているところは背中で、ナイフに刺された場所だった。
白猫は目を開け、瞳孔が亡霊特有の光輪を放っていた。
「動物も……冥府に行けますか?」初めて動物の魂を見た私は呆然とした。アニメで化け猫を見たことがあるが、猫の亡霊を見たことがないよ!
「普通はないけど、この子は可愛いから、飼っておこう」白無常は細長い手で純白の毛皮を撫でながら、優しく微笑んだ。「どうしてこんな可愛い動物を殺したのか?自分が人間の側に立っていられなくなっていると感じたことがある。悪事を働く人間は人間と呼ばれるに値するのでしょうか?」
「人間と呼ばれるに値しないと思います」前に、十三歳の少女が下校途中に地下室に引きずり込まれて強姦され、妊娠したので学校の先生に救急外来に連れて来られたのを見た。係員は彼女のスカートが短いから、そんなことに遭遇したんだろうと詭弁を言った。
そのような人はまだ人間なのでしょうか?
「でも君子が仇を報じようとするなら、十年かかっても遅くはない!人間はいつか死ぬが、あなたは死なないです!」ふと良い方法を思いついた私は、部屋に戻り、しばらく探してから、純色の古代衣装を着ている青年が使っても違和感はないノートを探し出した。
そんな用途で彼にディズニープリンセスだらけのノートを贈りたくないよ。
「これは……?」
真っ黒なノートの表紙には「デスノート」という文字だけが書かれており、某アニメのグッズだった。今まで使うのを躊躇してしたが、このタイミングで白無常に贈るのは適切なのだ。
「殴りたい魂の名前をここに書き出して、彼らが死んだ瞬間に思いっきりに殴ろう!」
この方法を聞いた白無常は、元々憂鬱な顔が明るくなってきた。「それに、亡霊は二度と死なないから、長年間学んできたスキルを全て彼らに使えることができる。しかも倍以上に使える!」
生きている間は悪いことを絶対してはいけないよね……目の前の白い衣装の美男子がすぐ私にペンを借りた。彼を食卓に残して将来彼が殴る予定の『亡霊』リストを書き出してもらい、そのリストはどんどん長くなり、瞬く間に二ページ目をめくった。
冥官は私刑を行えるかどうかはわからないが……白無常は否決していないことは、使えるということでよろしいよね?
さて、猫の死骸はどうすればいいんだろう?
──いったいなぜ猫の死骸を私の家の前に放置したの?少なくとも脅迫便箋を残して、誰を怒らせたかとの手掛かりを与えてほしいよ!
–
謝必安(白無常)
初期診断:人を殴りたい気持ちを抑えられない。
治療評価:数字を数える方法が失敗した。
処置:『デスノート』療法に変える。要観察。
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