第十三章 車の運転でも歩行でも安全に気をつけてください

 幸いなことに、清慕希の事件の後、私の生活がスムーズになった。仕事は順調で、副業でも変なトラベルがなかった。しかし、穏やかなになればなるほど、嵐の前の静けさではないかと心配になる。


「はあ、また人事評価か……」人事評価は本当に嫌なことである。なんだかんだ書類をたくさん作成しなければならず、いくつかの病院理念も暗記しなければならなかった。上層部は入り口で抜き打ちテストを行うからだ。


 何のために病院のなんちゃら理念を暗記するの?毎日しっかりと仕事をこなしていてるとわかっていれば、それでいいじゃないの?


 信号待ちの時間を利用し、暗記が必要な書類を開き、一生懸命勉強を始めた。言葉ばかりにこだわっている内容を読むと頭がふらふらする。くそ、病院は忙しいのにまた時間をかけてこんなつまらないことをして……


 人事評価を行う度に退職を考えている。蒼藍に内境へ推薦してもらい、この口で内境の人々のお金を稼ぐのは簡単で楽ではないか?蒼藍は同意しないはずだけど。


 ついでに、内境の説明をしよう。内境とは人間の魔法集団の総称で、特殊能力を持つ人間を全て統括する運営委員会がある。彼らに数回会ったことがあったが、正直にあまり好きではなかった。以前、蒼藍にも聞いたが、蒼藍も彼らを軽蔑しており、内境との関係を完全に否定していた。蒼藍のみならず、冥府のみんなもが私に内境の人々から離れるように言っていた。何と言っても、私の存在が特別であり、しかも多くの冥官と殿主のプライバシーを把握している……


 その時、目の端に反対側で男の子の姿が見えた。彼は小学生の制服を着て、ランドセルを背負っている。この時間帯は、多分塾の帰りだった。彼は普通に左右を見ながら前に出ようとすると、同時に交通違反の右折車が赤信号を無視して猛スピードで彼に向かって行く。


「待っ──」私が止める前に、車はすでに勢いよくぶつかり、そしてスピードを上げて去って行った。


 救急車を呼ぶために携帯電話を取り出したが、男の子は地面に倒れてなく、血の跡すらなかった。一緒に信号まちしていた人々は全く反応せず、そのまま自分の道を横断した。


 反対側の歩道では、男の子が何事もなかったかのようにランドセルを背負い、次の信号を待っていた。その時初めて、彼の足が少し透けて見えることに気付いた。


 縛られている。


 私は彼に近づき、彼の名札を一瞥し、名前を確認した後、あまり見立たない店の前に隠れた。


リンホンアン、こちらに来なさい」


 私が魂呼びをすると、男の子の体が急に震え、まるで魂を失ったかのように私に向かって歩いてきた。


「どうして帰らないの?」私は年齢の低い患者をなだめるような口調でそっと尋ねた。


「理由がわからないけど、帰れないの」林泓安はずっと俯いた顔を上げたが、頭が支えを失ったように片側に傾いている。血が目、鼻、耳から頬に沿って斜めに滴り落ちている。彼の小さな指は反対側にお葬式を行なっている路地を指差した。「僕の家はその路地にあるけど、帰れない」


「じゃあ、お姉さんは家に連れて行ってあげるよ、いいの?」平べったい胸を極力に無視し、無傷の右手を繋いだ。「お姉さんはあなたを家に連れて帰って、お父さんとお母さんに会いに行くよ」


「はい」


 冷たい感触が私の手に伝わった。男の子の手を繋ぎ、彼の家の路地ではなく別の方向に行った。


「お姉さん、僕の家はそこだよ」


「わかるよ、お姉さんは先に別のところに連れて行くね」彼を直接家に連れて帰り、自分の遺影写真や葬式を見せたら、凶悪化になる可能性がある。正規ルートに従い、先に冥府を連れて行き、七日後に家に帰らせたほうがいいでしょう。


 ただし、サービスセンターは少し遠く、バスに乗る必要がある。二人乗りの席を見つけ、自分が通路側に座り、林泓安を窓際に座らせた。彼は騒ぎもせず音も立てず、ひたすらぼんやりと窓の外を見つめていた。


「林泓安、降りるよ」周りの人を怖がらせないように、私はとても小さな声で話した。でも、これくらいの魂呼びはさまよう魂にとって十分だった。彼は素直にランドセルを背負い、ある民家の前について来た。民家のガラス扉には小さな文字が書かれていた:道案内サービスセンター‧忘生支店


 この文字を見ることができるのは霊視者と亡霊だけだ。


 冥府に比べると、道案内サービスセンターは明るく、普通のサービスセンターのようだった。白くて清潔感のある空間、明るい照明、すっきりとしたカウンターがあった。知り合いの冥官が私を見ると、すぐに出迎えてくれた。「簡さん、どうしてここに来たんですか?急に冥府と連絡する必要があるということですか?それとも……」


「彼は道を迷いました。家に連れて帰ります」私は隣にいる林泓安を指差した。小さな子供を見て、女冥官もため息をついた。


 こんなに小さいのに、彼女のところに来て、そして彼女の手を通して別の世界に行く。彼女も見るに忍びないでしょうね。


 彼女は表情を整え、優しい顔で林泓安と同じ高さになるようにしゃがみ込み、親切に言った。「坊ちゃん、家に帰りたいの?」


「はい」林泓安は激しく首を縦に振り、一言だけ言った。


「家族の中で誰が一番好きなの?」


「ママが一番好き!学校から帰って来たらママがいつも美味しい料理を作って待っててくれる!」


「じゃあ、お姉さんはマジックを見せてあげる、ね?」女冥官の話が終わると、徐々に顔が変わった。元のメイクが消えて優しい笑顔の婦人になり、お団子もほどけて少しショートの巻き髪になった。


「ママ……」


「泓安、どうしてそんなに遅く帰ったの?ご飯が冷めたよ!」女冥官の声も変わり、元の親切な仕事用の声ではなく、少しかすれた少々年上の女性の声だったが、母性愛に満ちた女声なのだ。


 彼女は愛しそうに林泓安の頭を撫でて言った。「ご飯食べよう!」


 林泓安は頷き、女冥官の手に自分の手を置き、カウンターに入り、黒い扉を開けて二人で一緒に中に入った。


 扉が閉まると、私の緊張がやっとほぐれた。周りに自分の仕事を処理しながら、こちらに気を配っていた冥官たちも、ついに武器から手を離した。


 先ほどの済度は非常に温かく見えるが、ひょっとして失敗すると、彼が凶悪化になり怨霊になってしまうと、後始末はとても大変になる。


 幸いなことに、すべてが順調で、女冥官の処理も適切であった。しばらくすると、女冥官が扉の後ろから出てきて、同じサービスセンターの同僚たちは彼女を見ると熱狂的に拍手と歓声を上げ、英雄的な歓迎を与えた。女冥官は丁寧に頷き、この歓迎を快く受け入れた。歓声が収まった後、女冥官は私に向かって言った。「簡さん、次にさまよう魂を連れて来る前に、先に連絡してもらえますか?」


 えっと……とにかく……大丈夫ならいい?


「いきなり道端で冥銭を燃やしたら他の人を怖がらせてしまいますけど」事前に知らせていない私が悪かったので、反論をするには少し罪悪感があった。「次は先に連絡しときます」


「せめて事前準備をさせてほしいです!幸い彼はまだ若いから、自分が死んだことに気づいてなかった。そうじゃないと怨霊になってしまったらうちは完全に違う処理方法になりますけどね」大変なことが起こしちゃいそうだったので、彼女はこのサービスセンターの責任者として、私に厳しく注意をした。私も頭を下げて誤りを認めるしかできなかった。


 帰れぬさまよう魂は怨霊に変わる可能性があり、しかもその確率は低くない。


 うぅ、親切に若いさまよう魂を家に連れて帰るのに、先に知らせることを忘れていたので、説教された。


 少なくとも、怨霊をここに送ってはいけないということは覚えている。そうでないと、この間「明廷深が幽霊屋敷を撃破した」後に出会った女性怨霊をここに送ったら、大騒ぎになるだろう。


 怨霊は処刑人または蒼藍に処理してもらい、さまよう魂はここの『道案内人』に任せよう。


「簡さん──」


雅棠ヤータン、前も言ったんだけど、佳芬と呼んでください。もう何年の知り合いですか?」


「佳芬」晉雅棠ジンヤータンはすぐ呼び名を変えた。「随分長い間ここに来ていないようですね」


 厳しい女性責任者は、私が普段知っている晉雅棠に戻ったが、私も雅棠のモード切替にとても慣れており、全く不自然と思わなかった。雅棠は公私の区別を徹底している人であり、厳しく叱責すべき時は容赦なく厳しく叱責するが、その後もきちんと教育をする。仕事と関係ない時は、話しやすい人──でなく幽鬼なのだ。


「最近、カウンセリング必要な人がいないからわざわざ邪魔しに来ないですよ。生者の私はここにいると、道を探しているさまよう魂にとって、彼らが死亡したことを知らされる起爆剤になるでしょう?」


「確かにそうですけど……私はここから離れられないですよ!何があったら、部下たちはどうするんですか?」


 この発言を聞くと、彼女はまったく進歩していないことがわかった。


「たまにはもっと部下を信じてあげましょうよ!もっと鍛えないと部下は上達しないでしょう?そうしないとあなた一人で抱え込んでしまい、幽鬼だから死なないとはいえ、心に負担がかかっちゃいますよ!」


 雅棠は部下をとても大切にしている上司である。大切にしすぎるせいで、彼女はサービスセンターを離れることはほとんどなく、毎日ここに鎮座している。何かの危険がある時、いつも最初に駆けつけるのも彼女だった。カウンセリングが必要な場合も、このサービスセンターで行なっていた。


 私にとって、彼女は比較的に扱いにくいクライエントなのだ。彼女はカウンセリングを受け入れたがらず、私の言うことも聞かない。たまにこんな風に彼女を忠告して、観察を続けるしかない。


「詠詩はどうですか?慣れましたか?」この前に会ったばかりの顔を見ていた。この時、唐詠詩はサービスセンターの制服を着ており、その日見た厚化粧も落として、薄いメイクしかしていなかった。初めて会った時の良家のお嬢様である唐詠詩に戻ってきたようだった。


 唐詠詩は私を見ると、丁寧に頷いて挨拶をした。


「まだ一週間しか経っていないのに、どうやって判断するんですか?」雅棠はぶっきらぼうに言った。私がまた彼女を忠告したことについて少し不機嫌そうだった。「一ヶ月後に聞いたほうがマシですけど」


 そうだね……実は私は適当に聞いただけだった。


 サービスセンターの扉が再び開かれ、今度は夫婦が入ってきた。


「こんにちは、帰り道を探していますか?」


「はい……」奥さんは我を忘れたようで、キーワードを聞いた時だけこの言葉を答えた。逆に旦那さんは慌てた顔で、先ほど声かけをした唐詠詩に懇願した。


「妻はどうしてこうなったのかわからない!救急車を呼んでもらえますか?交通事故の後、彼女を引っ張っても無駄で、ここに連れて来られた、『家に帰る』と呟いてるけど、うちはこの方向じゃないよ!」


 旦那さんの言葉を聞くと、私は無意識のうちに壁に退避した。できればすぐにドアから飛び出したいが、旦那さんはドアの前に立っているからできなかった。


「かしこまりました。すぐに救急車を呼びますね」唐詠詩も状況がよくないことをわかり、思い切って旦那さんの言うことに従うしかない。


「私は家に帰る……」黒檀の扉に引き寄せられるように、妻はよろめきながら向かった。


「ちょっとおかしい。彼女の体には白黒無常に掛けられた跡があります」晉雅棠は私に囁き、密かに妻の手首にあごを向けた。片方の手首に一周の黒い跡があったが、もう一本の手にはなかった。


 でも奥さんは怨霊のようには見えない手錠を掛けたら連れて行けるはず?考え終わる前に、サービスセンターのガラス扉の外に白黒無常が立っており、警戒深く旦那さんを見つめているのが見えた。


 雅棠の実力は弱くなく、外にいる二人のお兄さんはもっと強いはずだが、もう一人の援軍を呼んだほうがいいと思った。皆に背を向け、私は財布から折り鶴にした冥銭を取り出し、ライダーで火をつけた。


「もしもし?一一九番ですか?目の前に変な女がいて、ふらふら歩きながら支離滅裂な話し方をしています。こちらの住所は――うわっ!」


 旦那さんは突然電話を奪い取り、受話器に向かって慌てて叫んだ。「一一九番、早く救急車を出してください!僕は妻とバイクで交通事故に遭い、車にはねられた。目を開けると全身白い服を着た男が妻に手錠を掛けている!あの人を押してやらなければ──」


 旦那さんの言葉はここで途切れてしまい、彼は電話が繋がっていなく、ツーの音がしているのに気づいたからだ。


「詠詩、佳芬を守れ!」爆上がりの陰気に直面し、晉雅棠は自分の長鞭を振り、その場にいる他の道案内人も自分の武器を出した。外にいた白黒無常も突入し、比較的にコントロールしやすい妻を黒檀の扉に入れ込み、次に晉雅棠と他の道案内人と力を合わせ、すでに爆発して怨霊に転化した旦那さんを押さえようとした。


 怨霊の旦那さんに私は生者であることがばれると、こっちに攻撃来るのを恐れるので、私はあえて声を立てず、素直に唐詠詩の後ろに隠れていた。


「また怨霊か!しかも凶悪なやつだ!最近あなたは本当に不運だな!」電球が明滅している間に現れた宋昱軒は文句を言わずにはいられなかったが、すぐに剣を握って助けに駆けつけた。もう一人の戦力を加えると、怨霊の旦那さんはすぐに雁字搦めに縛られ、どんなにもがいても白黒無常と宋昱軒に黒檀の扉に引き摺り込まれた。


「佳芬、本当に縁起でもないことを言うのね!」長鞭を巻き付けている雅棠は冷たく言った。「怨霊転化は久しぶりでしたよ」


「それは私のせいじゃないですよ!」道案内人の皆は、体に多少怪我をしていた。きちんとした制服はほとんど引っかかれたり、陰気に裂かれたりした傷があった。


 だって、私は霊視以外に何の能力も持っていないんだよ!


 翌日、葬式を行なっている路地を再び通った。無視するつもりだったが、入ってしまった。


「あなたは……」林泓安の家族は、見知らぬ人である私を見て尋ねた。


「事故の日、私は現場にいました。お線香を上げさせて頂きたくて伺いました」


 林泓安の母親は雅棠が変身した人と全く同じだったが、彼女の目は涙で赤くなり、顔色はやつれていた。彼女は三本の線香に火をつけてくれて、私は林泓安の遺影写真に拝んだ。


『無事に彼岸に着いたら、忘れずにお父さんとお母さんに伝えてね。そうしないと、彼らが心配するよ』


 言い終わると、線香を差し込み、両手を合わせて一拝し、お母さんの方を向いて言った。「事故を起こした車は見つかりましたか?」


「いいえ……轢き逃げです、まだ警察からの連絡はありません……」


「車のナンバーはこれだと覚えています。お力になれればと思う所存です」林泓安が交差点で縛られていたシーンは、本物の交通事故かと勘違いしたので急いで車のナンバーを携帯に書き留めた。


 これで生者と死者に少しの慰めを与えることができるのでしょう?少なくとも目の前のお母さんは私の手をぎゅっと握りしめながら、「ありがとう」の言葉を繰り返していた。


 頭の上の照明が不安定に点滅し、目立たないテントの隅に雅棠が現れ、親指を立ててくれた。私が車のナンバーを教えなくても、雅棠はさまざまな心霊現象を通して家族や警察に相手の車ナンバーを知らせるだろう。ただし、生きている人が直接渡したほうが簡単である。


 林泓安の両親は、すぐに担当の警察に連絡した。彼らが感謝の気持ちを示すために私に何かを渡そうとする前に、私はすでに雅棠と霊堂を出ていた。



晉雅棠

初期診断:部下を過保護する上司

治療評価:進展がまったくない。要観察

備考: このクライエントは病識が薄いため、再診の予約はせず、たまに通りかかって忠告すること

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