第十二章 ロープと紙のバラ

「佳芬先輩、お呼びです」


 その言葉を聞くと、涙が出そうになった。同僚から拷問を受け続けるなら、明廷深に助けを求めるだろう──いいえ!もう一人別の(ハンサムな)冥官に救いを求めたら、また彼らとカップリングされるだろう。


「どのベッド?」食事用の多目的室から逃げ出し、私は真っ先に思いついたのは、患者さんが私に質問したいということだった。意外に、先輩が緊急救命室の隅に立っている女の子を指差した。どこにでもいる高校生のような彼女は、救急科の混乱した環境に少し恐れているので、あえて隅に身を縮め、患者や医療従事者の動線を邪魔しないようにしていた。


 しかし、彼女とは面識がない……その学校の制服なら判る。きちんとアイロンを懸けられた紺色のドレスは、襟と袖口だけが白色、そして制服と同じ色のヘアバンド、近所にある厳格な校風で有名な私立学校──維塔莉絲ウェイターリースー私立高校なのだ。校風がいかに厳しいかというと、そのヘアバンドを見ればわかる。その制服を着ている限り、頭の上にそのヘアバンドをつけなければならない。放課後に別のタイプに変えたくてもダメ。髪を下ろすこともダメなとにかく校則が辞書のように分厚い私立高校である。


 私はこの高校をよく知っている最も重要な理由は、蒼藍もその学校に通っているからだ。


「彼女は誰ですか?」私は慎重に尋ねた。蒼藍以外に、その高校に通っている人は誰も知らないよ。冥官のように、蒼藍が騒動を起こしたから懲らしめに行って欲しいと私に頼むために来たわけじゃないよね?


「わかりませんが、あなたに会いたいとおっしゃっていました」先輩は肩をすくめて、看護記録を入力するためにパソコンに没頭した。先輩は本当に何も知らない様なので、私は仕方なく鼻を触って女子高生のところへ行った。


「えっと……こんにちは……」女子高生が丁寧に挨拶してくれた。彼女が顔を上げたとき、名札の名前に気付いた——廖書涵。


 この名前を見て思い出した……救急室に十秒間の停電を起こし、この不明原因の停電を説明するため病院の全ての人を慌てさせ、処刑人に嫌がらせを受けた少女だ!前回見たとき、彼女は髪を振り乱してベッドに拘束されていたが、今のようにきちんとしていると、若々しく美少女である。


 彼女はどこから私と会話を始めれば良いかわからず躊躇した表情をしていたので、私は再び助けるしかなかった。


「退院されましたか?」


 私の質問を聞いて、書涵はやっとまともに話せるようになった。「はい。先週退院しました。今日は学校に戻った初日です」


 彼女は何かを探しているかのように私の後ろを見た。おそらく、前回清慕希から彼女を「救った」処刑人を探しているだろう。


「彼は今日いないです」宋昱軒がここにいないと聞くと、廖書涵は本当にがっかりした表情を見せた。


 誰もが宋昱軒に一目惚れするってことなの?彼は冥官であり、死者であり、しかも幽鬼だぞ!


「あの……これはお礼です」廖書涵は手に持ったパイナップルケーキの大きな箱を私に渡そうとした。


 ……


『パイナップル』が入ったものを絶対、絶対、絶対医療従事者に送るなと誰にも教わっていないのか?もし後で患者に急な何かの状況が発生したら、それはあなたのせいだ!


「中にもう一つの箱はあのお兄さんへのものです……使えるかどうかわかりませんけど


 一応用意しました……」


 紙袋をちらりと見て、パイナップルケーキのギフトボックスの横には、紙で作った服や靴及びたくさんの冥銭が入ってます。


「……後で彼に燃やしてあげます」


 後でこの袋は絶対ロッカーにちゃんと隠さないといけない。パイナップルケーキだけでも十分同僚たちに悲鳴をあげさせるが、この紙袋を開けてたくさんの冥銭を見てしまったら、間違いなくびっくりして死んじゃう!事情がわからなかったら、この子はプレゼントを渡しに来たのではなく、私に呪いをかけに来たと思うだろう。


 でも彼女の好意は、受け入れるしかない。


 私は彼女の瞳を見つめていた。「いまだに変な声が聞こえたり、変なものが見えたりしていますか?」


 彼女はほとんど見えないように頷き、希望を持たずに尋ねた。「これは……解決できそうですか?」


「できます」蒼藍にとって、霊能力を封じることなどは手を振るだけで解決できる。しかし……


「霊能力を封じる前に、あの女冥官はあなたに会いたいと言ってます。よろしいですか?」


 ある月のない夜、私の計らいで私と書涵は一緒に病院と私立高校の近くにある城隍廟にやってきた。


「どうやら……貴様は長い間城隍廟に来ていないようですね」お香に火をつけて神像に三拝した後、香炉に唯一立てた線香の煙が上がった。今は夜の十一時で、城隍廟には誰もおらず、寺院を守るべき神主すらいなかった……どこかに行かされたのかもしれない。


「当たり前だろう!今あなたたちはまっすぐ私の家に来てるのに!」


「いつも来てもらうのは申し訳ないですよ……」側にいた古代の郡の治安判事という格好をしているおじさんは恥ずかしそうに言った。おじさんと言っても、とても親切なかっこいいおじさんだった。この地区に引っ越してから、この城隍爺が自ら挨拶しに来てくれて、たくさんの家具(電化製品を含まれない)の手配を手伝ってくれた。


「また『貴様』なんて……私の名前がよくかぶるのは知っているけど、そんな距離感のある呼び方はやめてもいいじゃん!」私は手に持っていた飲み物を投げ出し、城隍はすぐにそれをキャッチした。飲み物をはっきり見ると狂喜し、すぐに開けてゆっくりと味わい始めた。


 彼はヤクルトが好きな城隍爺だ。


「信者はお茶とお酒しかお供えに出さないが……僕はヤクルトだけが好きですよ!」


「私は何も言ってないのに」


「そんなに美味しいかと顔に書いてありますよ!」


「ヤクルトが好きなんだ!」バーチャルアイドルグループのロゴがいっぱいのパーカーを着ている蒼藍が口を挟んだ。「それでは次回、城隍爺への供物として十二本入りセットを買ってくるよ」


「この服装の趣味が極端に悪い道士は、ヤクルトで僕を買収する気か!」


「星の海音楽少女は最高なんだよ!」


「漫画の女の子三人が歌うだけなのに、なぜ好きなのだ?」


「あれは漫画じゃなくて、アニメだ!」


 私はそんな幼稚な論争には参加しない。横にいる宋昱軒とガッツリ縛られている清慕希も顔色を伺って口を閉ざしていた。


 二人……一人と一鬼が突然話をやめた。まず城隍爺は揺れる蝋燭の明かりを踏んで姿を消し、次に蒼藍が幻術で身を隠し、宋昱軒までもが私にロープを渡した。


「誰がいますか?」少女の声が震えているが、責めるつもりはなかった。真夜中に変なお姉さんに呼び出されて城隍廟で別の幽鬼に会う事は、誰も怖がるでしょうね。


「早く入って!」私は廖書涵に手招きした。「恐れないで、ここは何にもないですよ」冥官二人とオタク道士一人がいるけど。


 久しぶりに気になる人を見て、清慕希はもじもじしていた。ロープを通しても彼女の硬直している体や逃げたい気持ちを感じることができる。


 廖書涵は私から少し離れた場所に立っていて、怖くて近づけなかった。


「……ごめんなさい」


 清慕希は頭を下げ、少女の目を直視する事ができなかった。


 その言葉の意味を理解するかのように、少女はしばらく沈黙した。すぐに拳を握り締め、間違いを犯した女処刑人に怒鳴った。「ごめんなさいを言っただけで十分だと思ってる?あなたは私の人生に何をしたかわかっているの?今私は毎日親にじっと監視されていて、ハサミを手に取るだけでお母さんは死ぬほど心配してる。ベランダに立ってもすぐ家の中に入らせれる。私──」


「本当にごめんなさい、ごめんなさい……」清慕希は二筋の涙を流し、膝を屈してぬかずき、同じような言葉を何度も繰り返した。しかし、慕希がどれほど卑屈に自分の過ちを認めたとしても、廖書涵はまったく受け入れなかった。


「今どうやって返すの?私の人生をどうやって返してもらえるの?今まで幸せだった家はどうやって返してもらえるの?」


 廖書涵は怒りながら憤った。これは全て予想範囲内だった。


「彼女は返してあげられるよ」私は突然話に割り込んだ。宋昱軒が持っていた清慕希を縛ったロープを私に渡したように、私はロープを廖書涵に渡した。「彼女の事をお好きなようにしていいですよ」


「え?あ?これは……」


「どう?それでも満足じゃいないのですか?彼女のすべてはあなたのものですよ。だって彼女はあなたの人生を翻弄したから、これからはあなたが彼女の鬼生を翻弄する番ですね。好きなように使ってね、慕希は幽鬼だから、食い逃げしても、人を誘拐しても騙しても、ものを奪っても気づかれないですよ!世の中に霊視者はそもそも少ないですからね。」


「待って、私はそういう悪い事をするつもりはないです──」


「──最後まで言わせて」まるで商品を勧めているように、私は清慕希に向けて紹介した。「冥官の特徴がわからないなら、紹介させてください。一般人が見えないという特徴以外に、最大の特徴は『名前』です。冥官の本名と小道具さえあれば、冥官を束縛する事ができます。何をさせても彼らは反抗せず素直に従いますよ!」私は清慕希の本名が書かれた折り紙のバラを取り出した。ここに書いた名前は私すら見た事がなかった。「清慕希は彼女のコードネームです。彼女の本名はここにあります。彼女をコントロールするブレスレットと同様です」


 展開は突然急転直下になり、私にこう言われると、廖書涵の頭の中にある通常運転していたギアが動かなくなったように、私をぼんやりと見ていた。


「慕希があなたの人生を台無しにしたと言いました。では、元々はどのような人生計画を持っていたのを教えてもらいませんか。それであなたの人生を正しい軌道に戻すために幕希は何ができるか考えましょう。冥官の能力に関してはあなたよりも詳しいから、一緒に考えたほうがいいでしょ!」


「私は……」廖書涵は突然の質問に不意を突かれ、少しためらった。「私は……大学受験に受かるとか……」


「何学科ですか?」


「私の成績はあまり良くないので、これは私が決めることではないです……」


「そうですか……」私は思慮深くあごを触った。「では慕希はどのようにあなたの人生を台無しにしたのですか?もう少し確実に教えてくれませんか?」


「彼女……彼女のせいで私は精神科に行きました!今友達が変な眼差しで私を見ています……」


「では、これらの友達はあなたの人生計画に影響しますか?」


「……」


「他にはありますか?」


「……彼女のせいで両親とどう向き合えばいいのかわかりません!」


「これについては今解決策を考えています。安心してください」私は御神籤カウンターのほうにちらりと見て、同じ質問をした。「他にはありますか?」


「私……」女子高生は突然逆ギレして徐々に声を上げた。「嫌がらせをしたのは彼女のくせに、どうして私はあなたに叱られないといけないの?あなたは何様のつもり?口出しするな!」


「『他人に人生を台無しにされた』というのは非常に厳しい非難だ!お前みたいに人生計画なんて考えた事もなく、ただ社会の要求に従って勉強しているクソガキが何を根拠に他人があなたの人生を台無ししたと非難してるんだ!」


 誰もいない神殿に私の声が響き渡り、城隍の神像が息を呑むように静かに私たちを見つめていた。彼らがまだ呼吸できるのであれば、おそらくこの時点で本当に呼吸を停止し、すべての進展を静粛に見守っていたのでしょう。


 彼女は私に怒鳴られるとは思っていなかったのだろう、困惑した表情に彼女の気持ちが表れていた。


 彼女は自分の将来についてまったく考えたことがなかった。


 今、廖書涵の答えを待っている。時々、カウンセリングは恋愛RPGを遊ぶようなものだと思う。シチュエーションによって異なる答えを選択すると、違う結末につながる。こんな風になるのは私のカウンセリングだけかもしれない、だって私は無免許だからだ。


「──私の人生は私のものです」廖書涵は拳を握りしめ、歯を食いしばって言った。「あなたたちの助けなんていりません」


「大志を抱いてるね!これはあなた自身が言ったことですよ」いきなり彼女に折り紙のバラを渡したように、私は素早く折り紙のバラを奪い取り、ろうそくの炎に、折り紙のバラは黒くなり、灰の塊になった。


「慕希、書涵は気骨のある人です。彼女はあなたの助けをまったく必要とせず、自分の人生を生きることができるので、彼女のことを心配しなくていいですよ。わかりましたか?」


 清慕希は、悔しそうな目で廖書涵を見て、ぼんやりと「簡さん、でも……」と言った。もう少し助けを求めたいようだった。


「でもなんて要らない。彼女は平凡になりたいのも彼女自身の選択です。それが彼女の望みですよ、わかりますか?そういうことです。霊能力を封じろ!」最後の言葉が叫ばれたとき、神像の後ろから矢のような白い光が現れ、廖書涵の額に入り込んだ。蒼藍が行った霊能力封じ安定して効果をもたらし、廖書涵の視線はすぐに不安定になり、清慕希の居場所が見えなくなった。この時、清慕希は涙を拭い、まっすぐに立ち上がった。書涵が見えなくなったので、宋昱軒と城隍は暗がりから出てきて、女処刑人のロープを解けた。


「涵ちゃん」廖書涵は呼び声に反応して振り返ると、後ろに両親がいることに驚いた。


「父さん?母さん?」


「私たちは全部見てたの、あなたは嘘をついてない……」


 女子高生はまだ大きくなっていない子供のように、母親を抱きしめて号泣した。私は立ち去ろうと振り返ったが、善意のない声に止められた。「待ちなさい!さっきは一体どういう意味?」


 私はわざと聞いた。「何の話でしょうか?」


「俺の娘には俺が教えて、どうしてお前がこんなに口出しをするんだ?」攻撃な口調と、妻と娘を庇護する動きは一家の長の勢いが漂っている。


 私が冥府の心理カウンセラーであるかどうかは別として、救急看護師と勢いを比べるのは大間違いの選択である。私たちはいつも感情のコントロール喪失や医療暴力に晒されている、それでも自分のポジションを死守し続けられる人はある程度の胆識を持っている。


「あなたの娘を構っていないですよ」私は冷静に述べた。「慕希に、あなたの娘はとても気骨があり、彼女の助けがなくても問題なく生きていけることを認識させただけです」


「そのために、神様の前で俺の娘を辱めたのか?」


「そうです!」予想外の答えに廖父さんは戸惑ったが、私は彼の反応を気にせず話を続けた。「私は冥府の心理カウンセラーです。私のクライエントは冥官であり、生者のカウンセリングはせいぜい偶発的な事です」


「死者のために生者を辱めるのか?」


「目標なく生きるのは死者よりダメじゃない?」そんな人に対して私はいつも軽蔑している。冷たい笑みを浮かべて、私は城隍の神像の前に立ち、真剣に警告した。「最後になりますが、私の事を話さない、そして密かに報復しようと妄想しないことをお勧めします」


 ヤクルトフェチの城隍が私からのヒントを見て、袖を振ると、暗黄色の光を放っていた赤い提灯は全部が発光し、奇妙な赤い光が祭壇に降り注ぎ、私の体にも降り注いだ。多分今の私はとても怖く見えるでしょう、書涵はお母さんときつく抱き合い、廖父さんも無意識に一歩後退したからだ。


「私は何の能力も持っていませんが、私が知っている『人』は間違いなくあなたたちより多いです」


「佳芬姐さん、霊能力を封じるだけで、どうして自分を悪人に見せつけるの?」


「私は元々善人じゃないよ」私は素直に認めた。


「善人なのにね……」城隍は城隍廟に留まり、私たちについて来なかった。宋昱軒は清慕希を冥府に連れ戻した。私は何度も断ったが、蒼藍は私を家に連れて帰ることを主張した。その理由は、「佳芬姐さんがそういう事をしたので、悪者に狙われるのではないかと心配している」


 別に良いけど!最初は慣れないが……八歳年下の弟に付き添われて家まで帰るのは絶対慣れないだろう!しかし、この弟はどれほど全能であるのをますます理解した後、彼に命を委ねることは心強いなのだ。


「もし善人じゃなければ、あの三人家族がこの事件に対するメンタルを強化させる施術を俺に頼まないだろう?まして、見えないものに嫌がらせをされないように、彼らに祓魔術をかけることまで頼んだりしないだろ」


「これ以上PTSD患者を三人増やしたくないだけ。彼らに煩われたくない。私は心理カウンセラーだけど、便利屋や霊媒師じゃないよ」


「口を酸っぱくして忠告しているのに──痛い!佳芬姐さんは手を出さないとダメなの?」


「だって冥官たちと同じで殴っても大丈夫だから」蒼藍がパンチで壊れるような人ではないと知っているからこそ、彼を殴る力は決して抑えない。そんなことを考えている時、蒼藍の手はすでに白い光に覆われており、打たれたばかりの後頭部に触れた。その白い光はおそらく治療用だね。


「一体どんな心理カウンセラーがあなたみたいに人を叱ったり殴ったりをしているんだよ……」


「冥府心理カウンセラーの簡佳芬だ。唯一無二である」


 –


清慕希

初期診断:原因不明の束縛魔

治療評価:被害者に謝罪し、補償を申し出たが、被害者は拒否した。今被害者はすでに霊能力を封じており、クライエントも被害者と距離を保つことを同意した

処置:元のポジションに戻ること。三ヶ月後に再診を予約した。要観察。

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